あの大勢の前で言い切った姉は、見事にロヴィニア代表の貴族として皇帝陛下の元へと送られたが、利害関係の絡みで結局潰された。それでも『皇后候補』と呼ばれた姉。
そのまま姉は自らの意思で、ロヴィニア王弟と結婚した。
「ナサニエルパウダ、何処まで大きくなるやら」
祖母様は抜けるように美しいロヴィニアの空色に似た空を眺めながら、遂に王家と縁付いたメーバリベユ侯爵の手腕を褒めていた。
爵位を譲り、皇后ではないが公爵妃の座に納まり、王から絶大な信頼を受けた姉の成長に祖母は徐々に小さくなった。小さくなったとは言え、その毅然とした態度がなくなるわけではない。
私は王族と縁付いた姉の立場を悪くしないように、礼儀作法を学ばされた。
まだ一年と少ししか経っていない未熟さの抜けない時期に、姉は私を王宮へ来るようにと命じた。
姉は祖母に書類を私に持ってこさせるように依頼していた。
「あら、ありがとう、リデランディス」
出迎えてくれた姉は、正妃候補として領地を出て行った頃よりも美しかった。
あの頃の美しく張り詰めた雰囲気ではなく、もっと優しげな……当然かもしれない。あの時は陛下の正妃を目指して努力し、正妃となるべく陛下の元へ向かう前だったのだ。幾ら姉であっても緊張もするだろうし、張り詰めた雰囲気があるだろう。
「呼び立てて下さりありがとうございます!」
ロヴィニア王城へと足を踏み入れ私はとても嬉しかった。ついこの前までは、貧乏貴族として泣くだけの母と、何も出来ない父とこの先も暮らしてゆくのだと思っていた頃からすると、それは天と地ほどの違いがある。
「確かに受け取ったわ。私の仕事が終わったら、後で王宮を案内してあげるから楽しみに待ってなさいね」
「はい……」
姉の背後から、あの日祖母が眺めていた空色の着衣を纏ったケシュマリスタ容姿の人物が近付いてきた。
「どうしたの? リデランディス。あら? ロヴィニア王殿下」
私は膝をつき、頭を下げる。
頭上では姉が王と会話をしている。視界の端に映る王の着衣は豪華その物で、姉は本当に違う世界に来たのだと実感した。
完全正装しておいでの王は
「メーバリベユ、それが弟か」
そのように言われた。
「はい。まだ王と面会させるに値するほど躾と礼儀が行き届いていない弟ですので紹介はいたしません」
紹介されなかったことに、私は安堵する。
ここで姉が紹介してしまったら、私は公爵妃の弟として王殿下に挨拶をしなくてはならない。だが私はその方法をまだ覚えてはいない。
「確かに躾と礼儀はまだ足りないであろうが、知性は充分のようだな。メーバリベユ、話がある」
「はい。じゃあリデランディス、後でね」
私は無言でその場で頭を下げ続けた。
母と父は姉が正妃候補になった時点で、侯爵家の隔離用の屋敷から出ることを許されなくなった。
皇帝の正妃の母親が、知性もなにもない男を追いかけて家を出て行き、貧乏暮らしをしていたなど恥ずべき存在であり、外に出る自由はないとして。皇帝の正妃にはなれなかったが、王弟殿下の妃となった事で、そのままにしておかれる事となった。
父も同罪として二人は厳重な警備に囲まれて、生活には不自由ない程度の物を与えられ飼い殺される事になる。
だが二人は満足しているようであった。貧しい生活に戻るくらいなら、二人で監視された屋敷の中で、贅沢はできないが不自由なく生活出来る、それで充分だと。
「リデランディス卿、頭を上げてください」
「は、はい……」
周囲には声をかけてくれた人しか居なかった。
声をかけてくれた女性はリオンテと名乗り、
「お話が終わるまで、こちらの部屋でおくつろぎ下さい」
部屋に案内してくれた。
私はそこで姉が来るのを待った。
その時私は自分がこの城で働くようになるとは思っても居なかったが、成長した私は王城での仕事についた。
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後で姉から聞いた。
姉は公爵殿下が初恋だったのだと。出会って直ぐではないけれど、出会って別れる時に確かに恋したことを成長してから理解したと。
初恋が叶って良かったねと私が言うと、姉は笑った。
「不謹慎だけれども、そう言ってもらえると嬉しくて笑顔になれるの」
それは葬儀の場であった。
向こうから公爵殿下が近づいてきて、私は挨拶をして “身内” としての口上を述べる。
「公爵殿下、姉の身内の葬儀に参列してくださり……」
遠くで鐘が鳴り響いていた。