王に手首を強くつかまれ、引き摺られるように歩いている王妃。その後ろにいる部下の一人リグレムス。
前王の庶子の中では最年長で、ロヴィニア王ランクレイマセルシュと同い年。ランクレイマセルシュの方が “一日早い” 程度の差しかない。
本来ならばリグレムスの方が先に生まれる予定だったのだが、王妃の産む “王太子候補” よりも愛人の子が先に生まれるのは好ましくないとして、王妃の出産を前倒しにして愛人の出産を後になるように調整した。
無論リグレムスがランクレイマセルシュよりも先に生まれていたとしても、ロヴィニア王に就ける可能性は皆無。何故そのような行動を取ったのか? それは王が王妃に対し『お前は特別だ』と感じさせる為。
先代のバイロビュラウラ王も馬鹿ではない、むしろ比較することによって人の虚栄心が満たされることを誰よりも良く知っていた。王妃に対して “王妃と愛人” のはっきりとした差を目の当たりにさせる。
王妃もパフォーマンスだということは解ったが、王がどの愛人にも固執せずにいたことから、全ての愛人に対しても同じ行動を取ることも理解できた。
“ロヴィニア王” は多数の愛人を持つ、だが愛人を配偶者よりも上に扱うことはない。
『はずなのに……』
王は執務室の一角にある仮眠をとるベッドに、王妃を放り投げる。
「あ、あの……」
「王妃と愛人を同じように扱うわけがなかろう」
言いながら近寄り覆い被さって髪留めを外しながら口づける。
「私は……何を」
「何をだと? 私に抱かれるしかないだろうが」
リグレムスは部屋から出て、執務室との境になる扉に背を預けた。この境は防音が施されていないので音が漏れてくる。
王妃の嬌声を聞きながらリグレムスは腕を組み、王が最近王妃よりも大切に扱っている「公爵妃」を頭に描く。
メーバリベユ侯爵 ナサニエルパウダ。
皇帝の正妃候補だった彼女を王は高く買っている。その事はリグレムスも知っていたが、問題は正妃候補から降りてからにある。
彼女が皇帝の正妃ではなく、王弟の妃になったのに “態度を変えない” それどころか、公然と人前で王妃よりも公爵妃を褒めはじめた。王の取る態度としては異質だった。
そのため『ランクレイマセルシュ王は個人的に気に入っているのではないか?』と囁かれてもいる。だが王はメーバリベユ侯爵に対し、そのような気配は見せない。
「ああ……王! 王!」
『何故王は、公爵妃を皇帝の正妃候補時代と同じように、それ以上に扱うのだ?』
“ロヴィニアでは最も地位の高い女だ” 人前でその発言をする愚かしさを王は知っているはずなのに、王は憚ることなくそのように語る。
『解らない……解らないと言えば、ロヴィニア王は大金をかけて選出したメーバリベユ侯爵が皇帝の正妃になれなくても、ほとんど気にしなかった。思えば他王家も驚くほどの簡単に引き下がった……そして今まで婚約者を定めようともしなかったセゼナード公爵に対して……いや何故、婚約者を定めようとしなかった? 爬虫類好き? そんなのは関係しない。メーバリベユ侯爵のような女性ではなく唯々諾々と何にでも従う女を一人あてがっておけばそれで “体裁” は整ったはずなのに。こんなにもはっきりとした女性を王子の妻に? これはまるで……王子の妃を選出したかのようではないか』
王妃の女の声はリグレムスを通り過ぎ全く残らない。
変わり者だが天才的な頭脳を持つ王子、その妻には皇后に最も近かった女性。
『何が……何か裏があるのか?』
王の執務机に通信用画面が現れる。その通信を受け取り王の元へとリグレムスは運んだ。
「失礼いたします」
扉を開けるとベッドの上にいる全裸の王妃が目にはいったが、今のリグレムスにはそんなことは興味がない。
「何についての報告だ、リグレムス」
報告を移した端末を王に差し出す。
「ジュシス公爵殿下より」
「そうか」
それを手に取ると、王は恍惚としている表情の王妃の下半身に手を伸ばし指先で王妃をなぶる。
「足を開け」
「はい」
王妃にはリグレムスがそこにいるのかどうなのかも判別ついていかのように、足を開く。王は報告書を見ながら王妃をいかせた後に、リグレムスを連れて部屋を後にした。
執務室ではない続きにある客間に移動し、王は王妃を報告書に再び目を通しながら、リグレムスに横に跪くように命じた。
「そして顔を上げろ」
命令通りに王の跪き、顔を上げたリグレムスの口に王妃をなぶっていた指を差し込む。
「王妃の不倫の相手は九人だったはずだ。違うか?」
王妃の素行を調べたリグレムスは、口を封じられたまま頷く。
「舐めろ。味わい慣れた味であろう? しばらくは味わえんだろうから、じっくりと味わうが良い」
リグレムスを見下しながら指三本を口の奥に押し込んでくる王の言葉に黙って従った。暫くの間無言で指を犬のように舐め、引き抜かれた後に手を洗う用意を調えた。リグレムスが王の手を洗いはじめた時、王は語り出す。
「リグレムス、私には人を操る力が僅かながらに備わっている。強い暗示とも言うな」
「人を操る……」
自分の手で石鹸を泡立てていたリグレムスの手が一瞬止まる。
「突拍子もない話だと思うか?」
「いいえ……そのような研究も成されていたと、何かで読んだことがあります。私の生まれでは個体の名称までは解りませんが」
気にしていないといったように、再び手を動かし王の手に泡を乗せて包み込むように洗う
「凄い力だと思うか?」
「はい。率直にそう思います」
「実は目を見張るほどのものではない。王族には同じ能力や、これを阻止する能力を持っている者も存在する。見誤り自分以上の操作能力を持つ相手に放ってしまえば身を滅ぼす。知っていると抵抗できものの一つだ。知らなければ王の庶子であっても ”ひっかかる” が」
「そのことを何故私に語られるのですか?」
「私は三年前、父王の残した庶子全員に暗示をかけた。“不満あらば僭主と手を組め” とな」
「……」
「ほぼ全員が浮き足立った。そしてシーゼルバイアはジュカテイアス一派と手を組む、他の者達は僭主と手を組むほどの能力もなかった。リグレムス、お前はその手を取るか?」
王の手を洗っている両手を水に浸し、彼は肌身離さず持っていた “僭主側から提示された” 書類を胸元から取り出してテーブルにのせる。
「私は恋人に試されるのは好きではありませんが、王に試されるのは栄誉と考えて喜ぶ愚かなる家臣です。ケシュマリスタ系僭主メキュリティアーゼに関する報告書でございます、受け取っていただけますでしょうか」
王の手を洗い流し拭き終えてから床に手を付き、ランクレイマセルシュのつま先に口づける。
「メキュリティアーゼ側の方が幾分賢いようだな。シーゼルバイアではなくお前を選ぶ時点で。さてと、これを誰に届けてやろうかな」
その書類を開き画面を眺めるロヴィニア王の足下で、忠誠を誓う口づけを繰り返すリグレムス。
「……その能力を使えば……の座にも収まれるのではありませんか」
その恭順の誓いの合間に彼は自分が一時揺れ動いた感情を、さらに大きくして王に語りかける。
ロヴィニア王がそれ以上の位を目指す、その先は皇帝しかない。
「言ったであろう、それほど凄いものではないと。何より銀狂《殿下》の不興を買ってしまうしな」
「銀狂殿下? 銀狂《陛下》ではなく?」
《銀狂》 はザロナティオンを指し示す単語。銀の月の光のごとき髪を持っていた狂人皇帝。帝国には元々存在していなかった言葉で、この先は誰も使うことの出来ない、ただ一人の皇帝を表す言葉。
「……ああ、そうだな。銀狂《陛下》であったな。さてリグレムス、お前は私にどれ程の忠誠を見せてくれる?」
「なにをお望みですか? 王」
「その体、開けといったら開くか?」
「むろん。この体などでよろしければ。お望みのままに」
四王家は何故各々が選んだ『皇帝の正妃』を潰したのか? その理由は水面下に潜んでいる。
− 勝手に銀狂殿下の妃を決められては困るな、ロヴィニア王よ
− せっかく顔と体だけは美しい、従順で馬鹿……いや無害と言っておくべきか、とにかく大人しいクュレイ公爵の娘を選んだのに
− バーハリウリリステンは夫以外の男で空閨を慰める方法を知っているから、銀狂殿下には最適かと思ったのだが
− お前達の意見など知らんな。私は弟であるセセナード公爵の妃を選んだまでだ。銀狂殿下など知らん
《銀狂》 それは陛下以外の敬称は持たない。メーバリベユ侯爵 それは《皇帝の正妃》になるために選ばれた女性。
浮気 − 終