浮気・1

 必要な情報は掴んだからいいけど、その代償の一つがコレか!
 今俺の目の前で繰り広げられている[修羅場]ってやつ。俺はこれがどうも苦手だ。
 俺は兄貴に言われて、王妃を連れて指定された場所へと向かった。
 でも仕方ないか【柱】が使えるようになる為には、この位のことは……この位の……ああ、面倒だ! ビーレウストの土産は何にしようかな? 久しぶりにエルガマストル(ロヴィニア王国主星)にいるから……

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 前線に向かっているザセリアバ王の元に連絡が入ったのは、エーダリロクが兄の妃と共に城を出てすぐのこと。
「ランクレイマセルシュから通信だと?」
 連絡を持って来た実弟のダバイセスが、
「はい。ランクレイマセルシュではなく “ロヴィニア王にしてヴェッティンスィアーン公爵からの親信” にございます」
 先ほどロヴィニアで勘違いした庶子とは違い、正確に取り次ぎを行った。
「イデスア公爵を我の代理に立て、返事を返せ。正装の用意は出来ているか」
「はい」
 正式な手順での面会、それも王同士となると用意や取次ぎまで複雑な儀礼が必要となる。
 連絡を受けていたビーレウストは略式正装に着替え[ザセリアバ王]の指示を待っていた。ダバイセスを通じて、ロヴィニア王への連絡を受け持ち正式な通信室、戦艦において謁見の間に相当する部屋へと向かった。
 これからビーレウストはザセリアバ王の叔父として、また先代王ガウダシアの子としてロヴィニア王に[こちらから連絡を入れなおしますので、暫くお待ち下さい]と告げなくてはならない。
「……上手くいったか? エーダリロク」

 ビーレウスト=ビレネスト王子が頭を下げ「決まり通り」の言葉を告げると、ランクレイマセルシュもそれに従う。

 一時間半後、ビーレウストが無言で残っていた部屋へと正装したザセリアバが現れた。
 代役を務めたビーレウストに形ばかりの労いの言葉をかけ、ビーレウストも形式上の挨拶をしてその部屋を出る。
 そしてダバイセスに通信を開くように命じた。
「何用かな、ヴェッティンスィアーンよ」
 現れたランクレイマセルシュに、ザセリアバは無表情で話しかける。挨拶などは全てこの前段階で終了しているのでいきなり用件を尋ねるザセリアバ、それに応えるようにランクレイマセルシュは前置き一つなく口を開く。
『リスカートーフォンよ、私にお前の巴旦杏の塔起動【柱】制御権利を売れ』
 予想していなかった言葉にザセリアバは少しだけ表情を崩し、向かい側に映し出されている自分に良く似ていると言われる、全く似ていない男の【性質】に声をかける。
「いきなりだな。まあいい、幾ら払う」
 ランクレイマセルシュに無料などという言葉はない。
 無料ほど恐ろしいものはない、それがロヴィニアの信条だ。
『お前の言い値で払おう。お前はリスカートーフォン、戦死することをも考慮して三年更新で支払う。さあ、金額を言え』
「ロヴィニアの今年の国家総予算を倍額にして一括で支払ってもらおうか」
 吝嗇で有名な現在帝国で最も資産を持っている国王は、その一言をあっさりと受け取った。
『契約成立だな。ロヴィニア王国軍を率いているセゼナード公爵に金と書類を運ばせる』
 ザセリアバは契約成立した大まかな金額を思い出し “死などとは別種の恐怖” 背筋が凍る。目の前に映し出されている男が、その金額を即座に出すことは “恐怖に値する出来事” だった。
「ヴェッティンスィアーンよ、一つ聞くが口外法度、秘密厳守かな?」
『当然だ』
「なら今年のロヴィニアの国家総予算の三倍を一括に変更だ。一年分は口止め料だ」
『良かろう』
 ランクレイマセルシュは表情一つ変えずに言い切った。
 この男が口約束だけでも、金を全く値切らずに支払うと言う裏に潜む物は並大抵のものではないことを知っているザセリアバは、ランクレイマセルシュに向けて笑顔を作る。その獲物を狩るような笑顔に対し、ランクレイマセルシュは一切表情を変えない。
 自分の表情に “乗ってこない” ランクレイマセルシュに、狙いの一つを理解した。
 ランクレイマセルシュはザセリアバの後ろにいるダバイセス。
「用はそれだけか?」
『ああ』
「それでは通信を切る」
『勝って帰ってくるがいい。折角の金で軍備が整えられるのだからな』
 腕を組み俯く。
「五倍とかにして、拒否した方が良かったんじゃないのですか」
 後ろに控えていたダバイセスの声も割れている。他王家の【柱】を触らせろとは尋常ではない申し出であり、ダバイセスの言っていることは法律的には “正しい”
 だが、ザセリアバ王の中では違う。
『ランクレイマセルシュが【柱】に興味を持ったとは考え辛い。あいつは金と利害勘定は得意だが、それ以外のことに関しちゃあ一切興味を持たない。我が人殺しと戦争以外には興味を持たないのに近い』
 その事は、精神感応が開通しているザセリアバが誰よりも良く知っていた。
「五倍でもあいつは払った、十倍でも一括で支払っただろう。冗談じゃねえ、あの吝嗇が国家総予算の三倍を一括で払うなんざ、恐怖以外のなにものでもねえよ」
 ダバイセスに答えながら全く違うことを考える。
『【柱】関係であいつが金を払うのを惜しまない相手か……エーダリロク、いや《デイロン・シャロセルテ》が来たか。あれが来たら従うな、ラティランクレンラセオでも従うだろう。お前等がロヴィニアのバカ王子呼ばわりしているのが《デイロン・シャロセルテ》と知ったらどんな顔するか? いや、お前達が知ることは無いな。これを知ることが出来るのは、各王と皇帝陛下のみ……帝国宰相と帝婿は例外的に知ってるだろうが』
「一体何があったのでしょう?」

**********


 【柱】か……
 個人的に【柱】も【巴旦杏の塔】もどうでもいい。本音を言えばレビュラ公爵は“欲しい” 皇帝と寝ようが何をしようが、欲しい。
 奴等のケシュマリスタの因子が機動装甲の操縦に必要であり、その因子の根源は両性具有。エヴェドリットに女がいたら、レビュラの種を仕込ませたいくらいには欲しい。それを組み合わせて《身体的にも強い帝国騎士》を作り上げたい。いや、作り上げてみせる。

 どんな手段を使ったとしても、ケシュマリスタに負ける気はない。戦いは我等の原点、戦争は我等の全て。

「喋るなよ、ダバイセス。口止め料込みで貰ったんだ、何処かから情報が漏れたら今度はこっちが金毟り取られる。あいつらは容赦ねえからな」
 帝国騎士の両性具有に例外を適用させたいが、中々賛同は得られそうにない。
 ランクレイマセルシュは良いし、陛下は帝国宰相が上手く操るだろう。だがラティランクレンラセオとカレンティンシスがどうもな。二者のうちどちらかが【両性具有の特別枠】に賛成するようなやつに……ラティランクレンラセオの野郎は無理だが、カレンティンシスの実弟はカルニスタミア。あのレビュラ公爵に入れあげている『我が永遠の友』を即位させれば、我の望みは叶うやも知れん。

 ……少し考えてみるか

「どうなさいました? 王」
「未だ国軍大佐のライハ公爵カルニスタミアの事を考えていた」
 突然カルニスタミアの名前が出て、ダバイセスは驚きを隠せないようだ。
「あ、はあ」
「テルロバールノル王国軍自体は悪くないが、指揮官がな。カルニスタミアは国軍の代理総帥に納まるべき男だとは思わんか。あの男が自王国軍の全艦隊の指揮を執ってくれたら、我々は思う存分攻撃できる」
「王は既に戦争のことをお考えでしたか」
「悪いか?」
「いいえ」

 戦争狂いと馬鹿にするは構わんぞ、実弟よ。

 我は自らが戦争狂いであることを認めるが、お前もまた狂っている。簒奪を狙うのは構わないが、手を組んだ相手がどうにもなあ

 シーゼルバイアなんぞと手を組んで、何が出来ると言うのだ? 私は戦争狂いだ、だがあのランクレイマセルシュは違う。そしてヤツは私の方が役に立つと踏んで、手を結ぶことになった。ロヴィニア系統の僭主だからなあ。
「争い事はお前も好きだろう? ダバイセス」
「ええ、まあ」
 ふふふ……貴様も育ったなあ。まだ一桁の年齢だった貴様も、もう二十を超えた。そろそろ育って、殺し甲斐がありそうだ。貴様は死ぬ時、どんな叫び声を上げる? 
「ダバイセス」
 貴様は良い子だ、我のために反逆し殺されてくれるのだからな。
 ビーレウストとシベルハムは地位よりも虐殺に興味が向いている、同じ血が流れているのだろう。
「はい」
 アシュレートは結婚を断った。反逆の意があるのかと思ったが、以前よりも従順になった。あの男、少し変わったな。
「愛しているぞ」
 どうやらこの手で殺せる近親者はお前だけのようだ、ダバイセス。愛しいぞ、愛しいぞ。さあ、内臓をぶちまけて脳を飛び散らし、眼球を転がして我に食われろ! 食われろ!
「……は、はい」
 貴様はどんな顔で死んでゆく? 
 それを考えるだけで、達することが出来そうだ。

「楽しみだなあぁぁ……」

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 ダバイセスはザセリアバの変化に気付いたが【柱】に関することに気を取られていて、結局実兄の内心を知ることはなかった。彼がそれを知ったのは……

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