グィネヴィア[12]
 勝負方法が思いつかないということで、
「思いついたら、私のところに計画書を持参するように。私が吟味して、勝負として相応しければ、場所と審判を用意する。よいな」
「分かりました! ウエルダもいいな!」
「はい……」
 この場での勝負は流れた。
 帝国宰相はどんな勝負計画を提出されても、決して許可するつもりはない。ウエルダのことを考えているのではなく、甥の天才的奇行をあまり晒したくはない故の手段。
 帝国の実質支配者の心中はさておき、勝負について落ち着いたので、
「祝いとしてマローネクスには中尉を、クレンベルセルスには少将を、そしてグレイナドアにはヴィゼールの総督の座を与えよう」
 ウエルダは深々と礼をして感謝を体で表す。
「ありがとうございます、陛下。マローネクス共々、帝国軍人として帝国と陛下に対し、いままで以上に忠誠を誓うこと、ここで宣言いたします」
―― バルデンズさん、ありがとうございます
 ウエルダは礼を述べてくれたクレンベルセルス伯爵に感謝する。
「ヴィゼールの総督ですか! いいんですか!」
 椅子に座っているグレイナドアは、テーブルに両手を音を立てて乗せ、皇帝の側に身を乗り出して聞き直す。
「グレイナドアならば上手に治めてくれるだろうと思ってな」
「任せてください、陛下!」
 ”ヴィゼール”とは帝国領の一州に該当する場所で、ゾローデの故郷ルド星を含む区域。ルド星そのものはゾローデに与えられるのだが、それを含む区域の管理を皇帝はこのグレイナドアに任せた。
 帝国領の総督に王族が就くのは珍しいことだが、彼は母親が親王大公でもあり――また、彼の伯父が脇にいる帝国宰相でもあるので、様々な関係で彼に与えられた。
「グレイナドアならば、余も安心できる」
 恋愛が絡むと奇行が惨状を巻き起こす(主に周囲にいる身内が)ものの、通常の状態であれば、グレイナドアの管理能力は問題はない。
「でしょうね!」
 自信に満ちた受け答え――とは少々違う、話が合っていないような、合っているような不可思議なその時間。
「ウエルダ・マローネクス、立て」
「はい」
 帝国宰相の命令により立ち上がったウエルダは、椅子に座るよう指示されて、緊張しながら皇帝から見て右斜め前の位置に腰を降ろす。
 風はないが散る降りてくる藤の花がテーブルを飾る。
「三人とも、ヴィオーヴ侯爵にこれからも良く仕えるようにな」
 皇帝は三人にゆっくりと話しかけた。
「大丈夫ですよ! この私がいるのですから!」
 総督となった大天才でありながらヴァカな王子が笑顔で答える。
「そうだな……余は若かった頃、グレスの母であるハヴァレターシャ殿下にお世話になってなあ……皇帝たる者、他者に敬称を付けてはならぬのだが、こればかりは許してくれ。余にとって、皇太子であったハヴァレターシャ殿下は別格だ。透き通る声で軽やかに歌い、白銀の癖のない髪を舞わせて刀をふるう姿。余よりも年下でいらしたが……素敵な方だった」
 グレスの母親ではない、ケシュマリスタ王妃でもない、皇太子であったハヴァレターシャの姿。ウエルダは物心がついた頃の出来事で、成長してから家族運の薄い王太子がケシュマリスタにいることを知る程度。悲運の王妃のことは何度か聞いたが――悲運の王妃でしかなかった。
 クレンベルセルス伯爵の記憶は、はっきりとしている。だがやはり、それはケシュマリスタ王妃としての彼女。かつて皇太子であったということだけ。
「私は一度直接会ったことはあるが、たしかに声は美しかったなあ」
 子供の頃から大天才であったグレイナドアは、
「覚えているのか? グレイナドア」
「もちろんですとも! 伯父上」
「生後二ヶ月だったろうに、良く覚えているものだな」
「伯父上も覚えているでしょう!」
「普通はあまり覚えておらんものだ。しかし、意外だったな」
 幼少期から紛れもない天才であった――その片鱗を見せて、三人は皇帝の元を退出し、次はケシュマリスタ王の元へと向かった。

 ソファーに横たわったまま、長い黄金色の髪を指先で弄りながら、三人の挨拶を聞き、赤味のない口元を緩め、それは美しい微笑みを浮かべた。
「意外だったな。ウエルダはゾローデのことを見捨てると思ってたんだ。真実を聞いたら、普通は怖くなって逃げるだろう?」
 楽しそうに語りかけてくるケシュマリスタ王に、ソファーの背後に立っているカロラティアン伯爵が耳元へ顔を近付けて諫めるも、王は気にもしない。
「蜥蜴みたいなものだよ。肌触りとか気持ち悪くない? あの綺麗な人間を模した皮の下には、違う生物が潜んでいるんだよ?」
 笑顔は美しく声に蔑みもなく、はっきりと分かるのは憎悪。それはウエルダにむけられたものではないことを、話しかけられたウエルダと聞いているクレンベルセルス伯爵は感じ取った。間違いなくそれはゾローデにむけられていると。
 どのように返事を返していいのか? 悩んでいると、
「ヴァレドシーア。今の言葉、そっくりそのままニヴェローネスに伝えてもいいのか?」
 グレイナドアが淡々と切り返した。
「告げ口するの!」
 グレイナドアの問いかけに、ケシュマリスタ王が体を起こして、ソファーから立ち上がりかける。
「告げ口も何も。ニヴェローネスに伝えられて困るようなことは言わないほうが良いだろう。そのことが分からないお前ではないだろう」
 優しく言って”馬鹿”本当は……な奇行しかみたことのなかったウエルダは、王相手に自信満々で切り返しているグレイナドアの姿に、王子らしさを感じた。

 いままで感じていなかったとしても、それは許されることであろう。

「……ウエルダに謝るから、ニヴェに伝えないでくれる?」
 視線を外し床を見るようにして、ケシュマリスタ王が答える。
「そんなに伝えて欲しくないことを言っていたのか。まったく、子供だなあ」
「君に言われても、腹立たしくないのは何故なんだろうね」
 長居をするような状況ではないので、三人は礼をして早々に退出する。
「ヴァレドシーアは、いつもあんな感じだ。一々気にするな! だがヴァレドシーアは軽いぞ! 私が側近にしてしまったケシュマリスタ女は……」
「怖い話はしないでくれないかなあ、グレイナドア殿下」
 ウエルダは後半は聞かなかったことにしたものの、後日ゾローデと会った時、今日の会話を伝えるべきかどうか? しばしの間、悩むことになる。
 そして考えた結果、事実を打ち明けるのだが、その頃、すでにゾローデはケシュマリスタ王に嫌われている事実と理由を知っており「心配してくれて、ありがとう」という感謝と共に、それは消え去ることになった。

**********


「シュダンレヴィトニ」
「はい、ヴァレドシーア様」
 ゾローデの側近三人が部屋を出た後、ケシュマリスタ王は背後に控えているカロラティアン伯爵に尋ねた。
「グレイナドア、ニヴェに言うとおもう?」
「さあ。心配でしたら口止め料を支払うしかないかと」
 ロヴィニアは金で解決する一族として有名。
「幾らくらい?」
「ゼルケネス親王大公に聞くしかないかと」
 グレイナドアの金の出入りは伯父とすぐ上の兄が厳重に管理している。彼もロヴィニアなので、金をだまし取られることはなく”引き受けてはならない”類の仕事は請け負うこともなく、領地からの上納金などの管理も完璧。
 そんな彼の何を管理しているのか? それは”奇行”
 イズカニディ伯爵を捕らえようと大きな篭を発注したり――それに関しては彼らは止めない。個人資産の使い道は自由だ。だがその奇行用商品が、適正価格であるかを見極めるために、彼らは管理するのだ。
「…………黙って叱られておく。……なに笑ってるんだよ、シュダンレヴィトニ」
 その関係上、グレイナドアの資産は全て彼らに見られる。性格この上なく悪いゼルケネス親王大公は入金の出所をテルロバールノル王に指し示すくらいのことはする。そうなってしまったら無駄。わざわざゼルケネス親王大公を黙らせるために金を支払う気にもなれないので、
「叱られると分かっていらっしゃるのに、言ってしまうのですね」
 耐えることにした。
「僕はそういう男だよ。知らなかった?
「よく、存じております。私はファティオラ様には言いませんので、ご安心ください」
「キャスに言うとかなしだよ」
「もちろん」

**********


 ケシュマリスタ王の次は、午前中最後の面会となる、グレイナドアの実父ロヴィニア王。
 通された室内には、王や王太子、以下関係者が”ずらり”と控えていた。通常であれば、王と王太子は暗殺を考慮し同室にいない……だがロヴィニア王家は、それらに関しては無頓着。子供が大勢いるので、家系が途絶えるということがない自信の表れである。
「私の父上だ」
「ロヴィニア……」
 長々と挨拶をしようとしたロヴィニア王を遮り、
「こっちが私の一番上の兄だ!」
 グレイナドアは長男を紹介する。
「グレイナド……」
 父王の話をぶった切っていると注意しようとした兄だが、
「こっちが私の異母兄の一人だ!」
 それすらも無視して、別の人物を紹介。異母兄、即ち愛人の子である自分が紹介されるなど思ってもいなかった男は、
「でん……」
 王の挨拶がまだですと……言いたかったが、そんなこと気にもせず、
「そしてこっちが、私の異母姉の一人だ!」
 別の異母姉を紹介。
「で……」
「そしてこれが、私のプー兄上だ!」
 グレイナドアに多大な迷惑をかけられている実兄ギディスタイルプフ公爵が紹介される。ロヴィニアの特徴を兼ね備えた白銀の鋭い目つきの貴公子。
 彼だけが、渾名とはいえ”名前”付きで紹介されたのは、グレイナドアにとって一番仲が良い家族だからである。
 他の家族とも仲は悪くはないのだが、ギディスタイルプフ公爵以外はこの天才を持て余しているので、あまり深く関わらない。
「ナジュ」
 ギディスタイルプフ公爵も持て余し気味に見えるが、あれは深く関わっているからこその状況。
「なんと! 私は十三人兄弟の末っ子なのだ! 驚いただろう! じゃあ、昼食の時間になるから、また!」
 グレイナドアが元気よく部屋を出ていったので、
「側近同士、支え合いますのでご安心ください。じゃあ行こうか、ウエルダ」
「し、失礼します」
 クレンベルセルス伯爵は舌先三寸嘘つき詐欺師王家から逃れる良いチャンスだと、ウエルダの手首を掴んでグレイナドアの後を追った。

―― あんな大量にロヴィニア揃えて、こっちの資産、毟り取るつもりだったとしか思えません。ぶるぶる……あーこわいなーヴェッティンスィアーンこわいなー

 どこが怖いのか? 問い質したくなるような事柄を心中で呟き、
「さっくりと終わってよかったね、ウエルダ」
「そ、そうですね」
「待って、グレイナドア殿下」

 心は既に昼食にしかないグレイナドアの背中に声をかけ、早足で追いかけた。

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