裏切り者の帰還[47]
「貴様がやったのだな」
「そうです」
ヒオは検査機器に入り込み、なにが行われているかを瞬時に理解して、
「貴様の能力を使えば容易いと」
機器を乗っ取り、偽りの調査報告を作りあげた。
「はい、書き換えさせていただきました。ゾローデ君は平和な人生を望んでいると……思ったのですが、宇宙がそうはさせてくれなかったようです」
「なるほど……」
生きていれば不条理なことはままある。
一通りの負の感情、殺人犯と遭遇したことによる傷。
未来を自ら切り開くことはできないのだろうか? 考えたゾローデ。
千年続く戦争を前にした時、平和過ぎる時代を生きた軍人ヒオは黙っていられなかった。
ヒオは平地に乱を起こす性質であった。
だが彼が生きていた時代は平和で、停滞しており、乱を起こしたくとも、どうやっても起こすことができなかった。
彼は戦争が好きなのではない。平和をこよなく愛している。だが誰かが用意した平和は好まない。自ら平和を作るのが好きなのだ。だがその機会には恵まれなかった。
彼は戦争のない時代の、もっとも好戦的な軍人であった。二人の希望が合致した時、彼らは軍人を目指すこととなり、そして――
「ザロナティオンさんは気付いたようです。彼が二回目に生を受けた際に、隠れた僭主を発見する方法の基礎を構築した男性がいたようですね」
「帝王の宿主であったロヴィニア王子が理論を作りあげた」
「ほー。その方、怖ろしい頭脳の持ち主ですね」
「……」
ヒオの性質はほとんど掴めないが、公爵には”彼に関して”少しだけ記憶があった。
その記憶にあるヒオは ―― 皇太子を陥れていた。
ヒオが陥れた皇太子は最後の直系。この皇太子が殺され(公式には事故死)帝国に初の傍系皇帝が立った
「どうなさいました?」
真相を知りたいと公爵は一瞬考えたものの、その欲望をすぐに制した。
「ところで貴様、これからどうするつもりじゃ? 帝王は人前に出ることを避けておるが、貴様はそういう類ではないと」
「はい! 元気に皆さんに自己紹介して、ゾローデ君やその仲間たちと、末永く仲良く生きていきたいと思っております!」
「<お前、死んでるんだぜ>」
帝王ザロナティオンの実兄ラードルストルバイア。彼は行動が鬼畜であったことは誰もが認め、自身も認めるが、身内以外の他者に対しては常識的に振る舞う ―― これに騙されて、幾人も悲惨な最期を遂げたのだが、とにかく彼は世間で思われているほど非常識ではない。
「些細なことは気にしないでくださいよ、皇兄さん。いいなあ、ザロナティオンさん。お兄さんも一緒で。私のお兄さんも一緒にいてくれたら。一緒に全裸になるのに」
―― いっしょにぜんら……
「<俺はシャロセルテに嫌われてるがな>」
「それは可哀想ですね。わかりました! 言わずとも分かっております! この私が兄弟仲を取り持つのに、一肌脱ぎましょう!」
「本当に脱ぐな!」
公爵が”脱ぐな!”と言い終えた時、ヒオは全てを脱ぎ去っていた。
「<早ぇーな>」
野郎の裸を見て喜ぶ趣味はない……と言い切れない、両性具有好きのラードルストルバイア。彼は自分が襲った際に、相手の服を力尽くで剥ぐよりも、服を裂くことなく脱いでいるヒオのほうが早いのは凄いと、おかしなところで感心していた。
「早いですか皇兄さん!」
「<貴族王が言う通り、帝星のガニュメデイーロよりずっと早ぇーぞ>」
帝星でジャスィドバニオンが脱ぐところを見たことのある皇兄は”あれも早いが、上には上がいるもんだ”と、職人の極みというものを噛みしめる。
「そうですか! では! 今のガニュメデイーロ、パスパーダ大公ジャスィドバニオン=エジュラニオン君に、私がフェルディラディエル公爵より賜った技術を伝えてしんぜましょう!」
フェルディラディエル公爵とは説明する必要もないが、ヒオの前のガニュメデイーロである。
公爵はテルロバールノル貴族として、ヒオに服を着用するように、再々度命じる。
「貴様、そんなに頻繁に脱いでいたら、ゲルディバーダ公爵が怒るぞ」
ゲルディバーダ公爵は公爵がいう通り、嫉妬深いので……嫉妬深くなくとも、ガニュメデイーロではあない夫が、気付けば服を脱いでいたら怒るだろう。
<無駄じゃねえの? ほら>
だが公爵の注意はヒオには伝わらない。
うっとりとした表情を浮かべて(体はゾローデ)頬に手のひらをあてて、
「そうですねえ。今回はおもいっきりケシュマリスタ女性に嫉妬してもらえるのですね。ふふふ、楽しみだなあ」
嫉妬の炎でミディアムにされる喜びを噛みしめていた。被害を被るのはゾローデ、愉悦するのはヒオ。
「……」
<強ぇ。こいつは強すぎる>
「それではヒュリアネデキュア公爵ハンサンヴェルヴィオ・ラディニントレジオスカ・シャディオスト=シャディルオさん。まずは話の辻褄を合わせましょう」
二人に皇王族の苦手意識を植え付けまくっている、着衣したヒオは、また訳の解らぬことを言いだした。
「辻褄?」
「はい。まずは私と出会ったのは医務室でと」
ゾローデが公爵から聞いた話と、実際は随分と違う――
「なぜそのようなことを」
話を聞いた公爵は、やはり意図が掴めなかったのだが、
「楽しいからです!」
そもそも意図など最初からない。
「……分かった」
<随分と折れるの早くないか?>
―― この男はクレスタークに似ておる。これは下手に長引かせると、面倒に巻き込まれる
公爵とクレスタークは付き合いも長いので、粘るべきところや、ここで切り上げるべきというポイントが分かるが、ヒオは初対面。
かつてクレスタークと言い争い、殴り合いを繰り返した公爵は、このタイプはある程度性格を掴まないと、全てが悲惨な状態になることを、誰よりも理解していた。
こうしてゾローデは公爵から”少々”違う話を聞かされることとなった。
「……で、良いのじゃな」
話があまりにもおかしい場合は異義を唱えるつもりであったが、意外と”まとも”であったため、公爵はこの茶番めいた行為を容認した。
「はい。お願いいたします」
「それではな」
長い一日が終わった ―― 公爵は立ち上がり、部屋を出ようとする。
「はい……あ、最後に一つだけ」
「なんじゃ?」
扉の前まで行き、声をかけられ立ち止まった公爵は【これが本題】であることを肌で感じ取った。
「テルロバールノル王国とケシュマリスタ王国の国境近辺に、ファシュネースという惑星がありましたよね。あれはどうなりました?」
それは”ちっぽけ”な惑星。ケシュマリスタ王国に属している、大きい航路から外れた空間。隣のテルロバールノル王国にとっても端の方。
未来永劫、決して開発されることのない、忘れ去られるようにされた場所。時間が止まったまま在り続ける。大きな木があり、そして ―― とある下級貴族が暮らしていた。
「三十一番目の終わりの始まりに消された」
公爵は振り返らない。
「誰に?」
「ベル公爵ハーベリエイクラーダ殿下」
「ベル公爵というと、テルロバールノル王族ですね」
「貴様は良く知っておろう。ベル公爵イデールマイスラ殿下を」
「はい。いまはテルロバールノル王族の爵位ではなくなったようですね。それで、惑星破壊弾かなにかで?」
「そうじゃ」
「領主一族は【荷物を持って】避難できましたか?」
「避難なぞできなかった。本当にいきなりで、惑星もろとも滅亡したわい」
「そうでしたか……ありがとうございます。お引き留めして済みませんでした」
「いいや」
公爵が部屋を去ると、ヒオは呟く。
「無くなってしまったのですか。残念です……シクの作品に会いたかったのですが」
そしてパジャマに着替えてベッドに潜り込み目を閉じた。
**********
「ゾローデ、行こうぜ」
「ああ」
ウエルダに声をかけられて昇降口へと向かうと、他の皆様方に”主役が一番に降りないと!”促され背を押されて、元帥殿下よりも先にタラップを降りることに。
この旗艦を降りたら待ったなしだ。
覚悟を決めて全てと向き合うために、逃げることなく ――
「ゾローデ。なんか佇んでた雰囲気、めちゃくちゃ格好良かったぞ」
「え? そう。なんでだろ」
「別人みたいだった」
「あ、あはは……」
実は俺じゃない御方が居るんだけど、その人の雰囲気なんじゃないかなあ。
これから仲良くやっていくよう、公爵に言われたんだけど。
**********
マルティルディ王が寿命よりも早くに死んだことが、第二の反逆王を作り出した。第二の反逆王が現れたことが切欠で、三十一番目の終わりが訪れた。
あの時は最良の決断をしたと思っていたのですよ。
マルティルディさまの寿命を削るかどうか? 悩んでいたガルベージュス公爵の背を押したのはこの私。
悪いことをしたとは思っていません。
結果を知った今でもね。
未来を知った今でも、私は同じ決断をするでしょう。
ファシュネース星が失われたことは非常に残念ですが……
やはりガルベージュス公爵はマルティルディさまの寿命を削らなくてはならなかった。
貴方は”最終決断は自分で下した”と言っていましたね、ガルベージュス公爵。
その決断を下した貴方に伝える術がないのはとても残念ですが、貴方の決断は間違っていませんでしたよ。
ここにいる私が断言します。
私も貴方もマルティルディさまも兄さんも、全ての人が望んだ通り。あの決断は最良であった――
ですがその結果、随分と帝国は苦労したようですね。そういった意味では、私は裏切り者でしょう。
だが私の知っている人たちが幸せになれたのですから、裏切り者であっても構いはしません。
「最後の少女は永遠の少女であり続けるのですから」
Chapter -01 − 裏切り者の帰還【終】
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