帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[180]
グラディウスは美味しく楽しく悲しく嬉しい昼食を終えて、
「プレゼント見せて」
「はい、ほぇほぇでぃ様」
庭でお土産を広げて見せることになった。
背の低い石造りの椅子。離れた場所には直射日光を遮る幌が張られている。
背の低い椅子だが、椅子と言っても大きな正方形で、見た目には背の低いテーブル。その石の椅子に柔らかい絨毯を被せ、マルティルディは専用の枕を敷いて横になり、グラディウスは足を伸ばして座った。
グラディウスはこのいかにも貴族らしい寝ながら体勢ができない。
起きているときは起き、眠るときは寝る。仕事をするときは仕事をし”ながら”で仕事をするような生活ではなかったので、馴染みがない。
何度か試してみたものの、自分で腕枕をしてもひっくり返り、支える座椅子を用意しても座椅子ごと転がる。
その姿はそれはそれで楽しく、できなくても良いよ――サウダライトはそう言い、横たわる自分を背もたれにして座るように言っている。
黄金髪を広げて横たわる美しいマルティルディの前に、
「これがリュックサックで、こっちがイヤリング。これが香水です」
合奏するので持ってくるよう命じたトライアングルをはみ出させながら、グラディウスは用意してくるように命じられていた品を並べた。
まずマルティルディは香水に手を伸ばし、召使いたちに命じる。
「鏡をそこに。全身を写せる姿見を四枚用意しろ」
瓶の蓋を開けて、香りを嗅いで、
「気に入ったよ」
指先を濡らして耳の後ろにつける。
「いい匂い」
「そうだね。次はイヤリング、君が僕につけるんだよ」
豊かな髪をかきあげ、香る耳を露わにする。グラディウスはイヤリングを取り出して、
「かたばみ!」
ケーリッヒリラ子爵と一緒に必死に、そして楽しく作ったイヤリングを見せる。
「かたばみねえ。なんでかたばみにしたの?」
「ほぇほぇでぃ様みたい。ちっちゃくて可愛い」
「……僕が、可愛いねえ……。ありがとうって言っておくよ。さあ耳につけて」
「はい」
運ばれてきた卓上鏡がマルティルディの前に置かれる。その鏡に映っているのはグラディウスの後ろ姿。顔を見ても背中を見ても、必死とすぐに分かるその姿を眺めながら、マルティルディはイヤリングが付けられるのを待った。
「できました!」
右耳は顔に近く、左耳は耳朶の外側と、均等ではなく付けられたのだが、そこはマルティルディにとっては想像通りで、言う必要もないことなので触れなかった。
「へえ良いじゃないか」
かたばみが閉じ込められた小振りな硝子のイヤリングは、マルティルディが思っていた以上に自分に似合っていた。
「気に入って、く、くれ、くれましたか」
ケーリッヒリラ子爵から教えられた言葉を思い出しながら、グラディウスが尋ねる。
「もちろん。とっても気に入ったよ」
耳朶を指で弾くようにして、耳朶を飾るイヤリングを揺らす。
「よかった! おじ様とね、一緒に作ったの」
「そうかい。君にここまで上手に作らせるとは、さすがケーリッヒリラだね」
「おじ様”きほう”を消してくれたの。あてし”きほう”だらけにした」
「そうなんだ。気泡あっても良かったけど……まあ、あいつはこれに関しては職人だもんね、そこは気にするか」
マルティルディは体を起こして卓上鏡をのぞき込み、隣からグラディウスも一緒にのぞき込む。
身長は五十センチ以上マルティルディの方があるのだが、
「グレス、君、顔でかいね」
「ほぇほぇでぃ様、お顔小さい!」
頭はマルティルディのほうが小さい。
「僕の顔が小さいのはいいんだけどさ……君らしくていいね。じゃあ最後にリュックサックだ。わざわざ名前を縫いつけてくれたのかい」
卓上鏡を倒し”下げろ”と指示を出し、緑地にデフォルメされた蛙がプリントされている生地で作られたリュックサックを手に取る。
「これ、蛙の絵なんだって! あてし、こんな蛙いるって知らなかった!」
グラディウスは写実以外の絵は理解できないので、服を着ている蛙の絵に心が躍り、生地が緑でもあったのでマルティルディに似合うだろうと考えてリュックサックの生地に選んだ。
口を閉じたり肩に回すカラーロープは茶色。
名前は黄色いフェルト。名前用の型抜きされたものではなく、リニアの力を借りて、グラディウス自らペンを持って描き、切り抜いて整ってはいないが丁寧に縫いつけたものであった。
「リニア小母さん、褒めてくれたの」
「そりゃそうだろうね。わざわざ僕の名前を切り抜くなんて」
「へへへ、ほぇほぇでぃ様の名前覚えたよ。もう間違わないで書けるよ」
「そうなんだ。見せてもらおうかな、紙とペン」
―― この僕に蛙のイラストがプリントされた布で……この子が書いて切ったせいなのか、僕の名前、シャープさの欠片もないや……ほぇほぇでぃって読みたくなる
ペンと紙を受け取ったグラディウスは、本当に丁寧に心を込めて「まるてぃるでぃ」と書いた。自分の名前すら、文字の大きさが均等ではなく、まっすぐに書けず”がたがた”になるのだが、マルティルディの名は字は綺麗ではないにしろ、大きさが均等でぶれもない。
「練習したってだけのことはあるね」
マルティルディは気分よく、グラディウスの頭を撫で、頭を撫でられる感触に、グラディウスの顔は今までも明るかったが、より一層明るくなる。
「ほぇほぇでぃ様に褒められた!」
「たくさん褒めるよ。香水の分」
両手で頭を撫でるとグラディウスの表情は益々喜びに満ち、大きな藍色の瞳が喜色に染まり、口は大きく開き歯を見せた笑顔になる。
「香水の分!」
「これは、イヤリングの分。ケーリッヒリラの分も撫でるよ」
「おじ様の分! あてしお家に帰ったら、おじ様撫でるよ」
「いいね。それで、これが、リュックサックの分」
「リニア小母さんの分は?」
「今、撫でるよ」
撫でているマルティルディも楽しくなってきて、纏まりと通りの悪い髪を指で挟んで、分け目をぐしゃぐしゃにしながら頭を撫で続ける。
「そして最後に、生ハムの分。ルサの頭も撫でるといいよ」
「はあい!」
マルティルディが満足するまで撫で、終わって手を離した時、グラディウスの頭はまさに「ぼさぼさ」であった。
「櫛にブラシ」
マルティルディが結い直してやろうとしたのだが……
「君の髪、固い! なにこれ……ええ?」
シルクの指通りと柔らかさを兼ね備えた、金糸の光沢を持つマルティルディの髪とは全く違う、マルティルディも知らない、ごわごわでもわっとした未知の感触である頭髪。
「柔らかくなったよ。リニア小母さんとジュラスが毎日頭揉んでくれるよ」
「これで? うわ……」
出来ないから自分でやれよ――言いたいところだったが、姿見に映ったグラディウスの表情があまりに間抜けで幸せそうだったので、
「ありがとう、ございます! ほぇほぇでぃ様」
「本当に感謝しろよ」
最後まで頑張って結い直してやった。
「ほぇほぇでぃ様の三つ編み!」
椅子から降りて姿見に近寄り、お下げを両手で掴んで広げて喜ぶ。
マルティルディはリュックサックを持って椅子から降りて、姿見に近付き長い髪を肩にかけて前身に垂らして背中が見えるようにしてリュックサックを背負う。
「似合うかい?」
「……はい!」
「その空白はなんだよ」
「よく解んなかった」
「だろうね」
合わせ鏡にして背中のリュックサックを見て、マルティルディは首を傾げる。
「どうしたの? 駄目ですか?」
「いいや」
リュックサックを降ろして、
「よく見えないのが気に食わない。グレス、リュックサック背負ってみて」
「はい」
グラディウスに背負わせて、すこし離れた位置に立たせてみる。
「どーですかー。ほぇほぇでぃ様」
「君が僕に背中を向けているのが気に食わない」
リュックサックが見たいと言われたので背を向けて尋ねたグラディウスに、いつものマルティルディが投げかける無理難題。
だがグラディウスはあまり理解できておらず、前を向いて、
「どうですかー。ほぇほぇでぃ様」
再度尋ねる。
「リュックサックが見えない。肩紐だけじゃないか……おい、そこの。グレスからリュックサックを受け取って背負って僕に見せるんだ」
マルティルディの命令を受けてグラディウスの元へとやって来た召使いに、
「はいどうぞ」
手渡してその場でリュックサックを見つめていたグラディウスだが、
「グレス。なんで君はそこにいるのかな? 僕の隣来るべきだよ。君が僕の隣にいないのが腹立たしくて、そいつに背負わせたんだ。はやく僕の隣に来るんだよ」
言われて、急いで走り出す。
あまりにも気が急いて、躓いて転びかけたが、なんとかこらえて隣へとやってくる。
「あてし、きた」
「そうだね……おい、リュックサックを降ろして持って来い」
召使いはグラディウスよりも急いで命じられた通りに動いて、すぐにその場を後にした。
「どうしたの? ほぇほぇでぃ様」
「このリュックサック背負うと見えないじゃないか。それで君に背負わせてみたんだけど、見るためには君は僕から離れるだろ。それが気に食わない。だから違うやつに背負わせてみたけど、僕の物を他人に触れさせるのは嫌だ。でも僕、このリュックサックが背負われているのを撮影された映像じゃなくて、直接見たい。どうしたら良いと思う? グレス」
またもや無理難題を持ちかけられた形のグラディウスだが、
「解りません」
なにが問題なのかも理解できずに、いつも通りの返事をする。
「そうか。頭がいい僕と、悪い君で解らないんだから、誰にも解らないかもね」
「おっさんなら解るかも」
「グレスはダグリオライゼのこと信じてるもんね」
「うん! おっさん大好き」
「そうかい。そうだね、ダグリオライゼに背負わせて見てみよう。リュックサック、ありがとうね」
「使ってね」
「もちろん。なにを入れようかな。楽しみだね。さてと、土産で楽しむのはこのくらいにして、さあ、僕の声とグレスのトライアングルで合奏しよう」
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