「今年の二年はどうだ? デルシ」
一般人と常識と身体能力と性格がかけ離れている帝国上級士官学校の生徒たちが、市民の元で研修を行うとどうしても騒ぎが起こる。
「今年は……今の所は少ないようですな」
「そうか。余が注意してやった方が良い者はおるか?」
騒ぎの大きさは、なぜか皇帝の”覚え”に比例する。皇帝の覚えがよろしければよろしい程、とんでもないこと(例・鼻から心太)をしでかす。
「マルファーアリネスバルレークですな。あのガニュメデイーロ、街中でも誇り高くガニュメデイーロになりかけたそうです」
「なにが起こったのだ?」
―― 騒ぎが起きた翌日、ヒレイディシャ男爵は筋肉痛で動けませんでした ――
※ ※ ※ ※ ※
イデールマイスラが劇は嫌だ! ということで、研修用の防犯プログラムを取り替えたヒレイディシャ男爵は、組んでいるゾフィアーネ大公と共に着ぐるみを装着し、奴隷たちにも分かる防犯劇を行っていた。
ヒレイディシャ男爵から見れば、行動の七割は奇行に見えるゾフィアーネ大公だが、頭その物は良い。
ガルベージュス公爵が普通に入学していれば、この学年では首席であり続けたであろうと言われる男だ、その知性に疑いはない。
毎日防犯劇を演じ、終了後に観劇していた奴隷たちに”解らないこと”を尋ね、丁寧に説明する。全員の質問に真摯に答え、その後ヒレイディシャ男爵と反省会をして、脚本に日々手を入れて、演出にも手を抜かない。金さえあれば何でも出来るが、ゾフィアーネ大公は通常の警官が防犯劇の際にもらえる予算の八割程度で収める目標を掲げた。
もちろん持ち出しなどはせず、全部を予算で賄う。
普通警官とは体格がまったく違うので(ゾフィアーネ大公は足が長い)着ぐるみの型紙を起こす為に裁縫の本を読むことから始め、低予算で成し遂げるために古布やフリーマーケットを利用し、自らの手で着ぐるみを縫い上げる。
研修は授業であり評価の一環であるである彼らは、普通の警官たちの防犯劇とは違い、理解されたかどうか? を記録し提出する必要もある。
文字が書ければ観劇後アンケートに記入して貰うという手もあるが、相手はほとんど奴隷たちなので識字率は低く、自ら読み記入するアンケートはできない。
そこでゾフィアーネ大公は「○」と「△」が書かれた、160cm女性の手のひら大の袋を作った。袋はよく歩いて食べる際に使用されるやや厚みがあり、前と後ろの長さが違うもの。
この袋には”最後”に手作りクッキーが入る。
防犯劇のあとに理解しているかどうか? を確認す少し捻った応用的なクイズ劇を行う。そこで黒山羊(ゾフィアーネ大公)が取った行動が正しいと思った人は○が描かれた袋を、正しくないと思った人は△が描かれた袋を持ち出口に向かうと、そこで一枚クッキーを入れてもらえる仕組みになっている。
その後、残った袋の枚数を数えて(これは監督官に行ってもらう)、理解してもらえたか? 理解してもらえなかった場合は、どうしてそうなったのか? 解ってもらうにはどうしたらいいのか? を、監督官を交えて話合った。
ケシュマリスタ王位継承権第三位を持つ皇王族の全身全霊をかけた本気を前に、監督官は心から尊敬した。
ヒレイディシャ男爵も尊敬はした。ゾフィアーネ大公の才能と、潔さには感服している。それと同量以上の皇王族らしさに振り回されているのも事実だが。
レイディシャ男爵とゾフィアーネ大公は研修で二位を取った。本来であれば一位であったのだが、研修内容の基礎はガルベージュス公爵が作ったもので、それを交換しただけだと申告したためである。
「わたくしも貴方の計画書と下調べを活用したのですから、言わなくても良かったのに」
ガルベージュス公爵はそう言ったものの、イデールマイスラの我が儘に付き合った結果二位に甘んじることになるのは、ヒレイディシャ男爵としても避けて欲しかったので、順位を交換してもらった……ような形となった。
なにを差し置いてもイデールマイスラを優先するヒレイディシャ男爵だが、この時ばかりはガルベージュス公爵の為に正直に申告することに同意した。
「手伝いで点数を稼げるとは」
「良かったですね! シク!」
手作りのクッキーを作る際に、レシピを提供したり、手が空いている時は作るのを手伝った人体調理部の面々は、ゾフィアーネ大公たちの申告により研修結果に加算され、並の点数(赤点は脱した)であった子爵やジベルボート伯爵はほくほくとした笑顔を浮かべた。
二人ともまさか加算されるとは思っておらず、まさに無欲の勝利とも言える。
ゾフィアーネ大公は確かに完璧な男であった……が、彼は完璧なるガニュメデイーロであり、またケシュマリスタ王位継承権を持つケスヴァーンターンであった。
あちらこちらで防犯劇を公演し、アンケートを採取する日々。
「監督官殿、アンケートの集計頼みました」
「畏まりました、両閣下」
監督官にアンケートを預け、ゾフィアーネ大公とヒレイディシャ男爵は”そのまま”の格好で街を見て回った。
舞台と言えないような舞台で劇をするので控え室がなく着換えられないということもあるが、
「直接街を見て歩くことは必要です」
「そうじゃな」
厳つい鉄仮面ヒレイディシャ男爵と、あまりに研修に真剣過ぎて”皇帝陛下に捧げます! ガルベージュス公爵閣下、計画書ありがとうございます!”となり、着ぐるみを脱ぐと彼だけの正装姿になってしまうゾフィアーネ大公の二人組故に、着ぐるみを脱ぐわけにはいかない。
ヒレイディシャ男爵は脱いでも良いのだが、彼が脱ぐと大宮殿内では正装だが街中では軽犯罪になりそうな男が『参上!』してしまうので、それを避けるためにもヒレイディシャ男爵は、お手製の通気性の悪い元値の安い着ぐるみを被ったまま付き合っていた。
何事もなければそれで良かったのだが、何事かが起こった。
”スポーツ観戦をしていて、贔屓のチームが不甲斐ない負け方をしたことによる暴動”
二人が居る所からほど近いところで暴動が起き、ゾフィアーネ大公に気付かれた。彼は軍の小型通信機を耳に差し込み、己の能力を使い警察通信を無断で傍受していたのだ。
”研修中の大貴族さまたちは気付かれないように!”
そんな声を聞いたものの、彼は無視する。
「近くで暴動です! 声、聞こえますね? ヒレイディシャ男爵」
「確かに聞こえ……」
ゾフィアーネ大公は暴動鎮圧のために、着ぐるみを脱いだ。素材が安いので暴動鎮圧の際にこれを着ていると壊れてしまう可能性がある……なので、ヒレイディシャ男爵もそこまでは譲ったのだが、
「いきますよ! ヒレイディシャ男爵」
「ま、待て! ゾフィアーネ大公。貴様なんで! 腰布まで脱いでおるのじゃ!」
いついかなる時も、どんな状態でも”ひらり”とゾフィアーネ大公の全てを『お隠し申し上げまする』していた、生き物にも見える腰布を彼は脱いだのだ。
その時彼、ゾフィアーネ大公マルファーアリネスバルレーク・ヒオ・ラゼンクラバッセロ(十三歳)は全裸になったのだ。
「着ぐるみは研修の命であり、弱き物であります! 腰布は陛下に酒を捧げる栄誉ある、銀河帝国でただ一人、この私だけに許された正装! その正装で平民が起こした暴動の鎮圧などに向かうわけにはいきません! 大貴族であり選民であるヒレイディシャ男爵なら解ってくださるでしょう!」
―― 儂の選民思想も、案外底が浅かったのじゃなあ……
言っている意味はわかったが、納得できなかった。本当は納得したかったのだが、納得したが最後、テルロバールノル貴族ではいられなくなると理性が警告していた。
「ま、待つのじゃ! ゾフィアーネ大公」
ヒレイディシャ男爵も着ぐるみを脱ぎ、まとめて被っていたアルパカの面に詰め込みながら、
「帝国に生きる者として、大事な部分は隠して向かうべきじゃろう」
迂遠に”隠せ”と告げた。直接的に言っても通じないことは経験済みなので”あえて”、そして彼の良心と常識と人間性に賭けたのだ。
「……そうですね! やはりここは隠すべきですよね!」
ゾフィアーネ大公は「解りました!」とヒレイディシャ男爵と同じく脱いだものを詰め込んでいた面を被った。
いくら頭が小さくても、中に着ぐるみと腰布がはいっているので、ゾフィアーネ大公の下唇から顎にかけては丸見えである。
「な、なにを……」
「ケシュマリスタ系皇王族として、顔は大事ですから!」
顔の五分の四が隠れている状態でも、美形だと解る下唇と顎のライン。ケシュマリスタの血が色濃い証拠だが、中身は皇王族でしかなかった。それこそ《惜しげもなく》脱いで晒した体も中身同様、皇王族のそれ。
「さあ! 行きますよ!」
「うああああああ!」
ヒレイディシャ男爵は走った。人生の全てをかけて、ここで死んでも良い! と考える余裕すらなく走った。
最上級の皇王族「人造人間」が多いゾフィアーネ大公の足の速さに、人間が多いテルロバールノル貴族のヒレイディシャ男爵が付いて行くことは不可能……なのだが、人間には特別な能力があった。
危機的状況に陥ると、普段では考えられない力を発揮することができる……というものだ。
ヒレイディシャ男爵は走った。
―― 暴動の最中にあれを突っ込ませて、民間報道局や警察に見られたら! マルティルディの機嫌が! ぬぉあああああ!
ゾフィアーネ大公が華麗に舞った姿をマルティルディが確認した時、何もしていない、諦めた自分がそこにいたことが知られたら、イデールマイスラに迷惑をかけるだろうと。
”壁”を走り、暴動を視界に捉え、放送部で「放送機材要らず」と言われる通り過ぎる声も高らかに。
「止めなさい!」
”角”を蹴り争いの中心を目指して華麗に宙に舞う(全裸)ゾフィアーネ大公。
「うおあああ!」
無表情のまま断末魔に似た声を上げて、睫が強調されているアルパカの面で、普段は類稀なる腰布が隠している部分を隠す。
「お止めなさい!」
足を上げてキックする際にも、
「ほう!」
全力でヒレイディシャ男爵とアルパカが組んで隠した。
「逃げようと思っても無駄です」
角材で人を殴って怪我をさせた人が(黒山羊全裸アルパカ良心から)逃げようとするのを、スポーツ選手を思わせるファンタスティックなフォームで追いかける時も、
「ぬああああ!」
走る際に邪魔にならないように隠しながら並走した。
―― 人間の足が遅くて良かった……こやつが本気であったら、アルパカの面を……
隠しに隠して隠しきり、警察の到着に、
「出しゃばりはいかんぞ!」
先程まで良心であったアルパカの面を被り、ゾフィアーネ大公を連れて大急ぎで逃げた。暴動は人間相手であったので、ゾフィアーネ大公は遊び程度の動きであったが、彼の動きは予想がつかないので、暴動を起こしている者たちや監視用衛星から隠しきるのは至難の業で、ヒレイディシャ男爵の疲労は筆舌に尽くしがたいものであった。
「苦労かけるな……イヴィロディーグ」
外での大騒ぎであったため、記録に残されており、それを見たイデールマイスラは頭を抱えた。そんな王子の手には《簡単お掃除マニュアル・台所編・酢と重曹、愛の調べ》
※ ※ ※ ※ ※
暴動現場に迅速にかけつけ、死者を出すことなく収めたゾフィアーネ大公。行動”そのもの”は褒めるに値する。
「マルファーアリネスバルレークよ」
「はい! 陛下」
全裸に黒山羊面は”外の世界では”許されない。その事はゾフィアーネ大公も知っているのだが、彼だけは特別に許されているのも事実であった。
大宮殿内で彼は皇帝に酒を注ぐ際に腰布を纏うのであり、普段は全裸であっても咎められない。大宮殿内の常識は外の非常識。
―― 我等エヴェドリットの人殺し通じるものですな、陛下
―― なるほどな、デルシ
「暴動鎮圧、死者を出すこともなく、よくやった」
「お褒めに預かり、光栄であります!」
そこを上手く収めるのが皇帝。
「ただ余が残念なのは、あの暴動を収めたのが美形の黒山羊になってしまったことだ」
「顎しか見えなくても美形とバレてしまいましたか!」
「当然であろう。お前の顔は皇王族でも際立っておる。それなのだが、歴代のガニュメデイーロは研修の際には顔は決して隠さん。皇帝の酒宴を司る美を皆に見せてやっておった」
「それは……知りませんでした」
「知らぬであろうなあ。故にお前はこれから正義を行う際には、ガニュメデイーロであるがよい。余はそれを望んでおる」
「畏まりました! ……陛下、一つよろしいでしょうか?」
「なんでも聞け」
「研修の苦楽を共にしているタカルフォス伯爵家の第二子ヒレイディシャ男爵が”大事な部分は隠せ”と言ったので私は顔を隠したのですが、間違っていたでしょうか?」
「顔ではあるまい。ケシュマリスタが隠すのは胸であろう」
「…………と言うことは、ニプレスですね!」
「それで良かろう。ガニュメデイーロの研修中の立ち居振る舞いについてはヒロフィル聞くが良い」
―― イヴィロディーグよ
―― はっ
―― お前は良くやった。あまり無理はするな
―― ……
―― 今はすっかりと落ち着いたフェルディラディエルのヒロフィルだが、若い頃はマルファーアリネスバルレークと同じような男であったそうだ。余の祖父帝がヒロフィルと組み研修を行ったが……正直研修内容は覚えておらんそうだ。お前と違い、祖父帝はガニュメデイーロになったヒロフィルと騒いで歩いて騒ぎと被害が甚大になったそうだ。お前のようなストッパーがいること、マルファーアリネスバルレークにとって幸いである。あまり無理はするなとは言ったが、あのガニュメデイーロのこと、よろしく頼むぞ
―― はっ! 身命を賭けても!
―― 賭けんでよい。生き延びろ
「前回は済みません。顔じゃなくて乳首を隠せといったんですね! 気付かなくて申し訳ありません。陛下に言われたので、次回からは着ぐるみの下に腰布とニプレス装備で行きます!」
―― メディオンよ。お前の夫候補は……その……ローグ公爵よ、これでいいのか? いや……
「わ、解ってもらえたら、良いのじゃ……のじゃ……」
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