翌朝目覚めた子爵はのんびりと帰り支度を始めた。着換えを終えて部屋で朝食を取っていると、
「ギュネ子爵からか」
ザイオンレヴィから連絡が入り、一緒に寮に戻ろうと誘われ「了解」の返事を送り返し、部屋を引き払う。
「当ホテルではアメニティを……」
遊園地内施設であるホテルのアメニティは、お土産としてとても喜ばれている。大きい袋にすべてのグッズを詰めたものをコンシェルジュが差し出す。
子爵は内容を聞き、
「もう一セット欲しい」
メディオンのお土産用にともう一セットを依頼した。
「用意させておきます」
子爵はその袋を手に持ち、全身が映る鏡の前に立ってみた。
「……荷物と一緒に送れ」
「畏まりました」
袋にロゴとイメージキャラが書かれているので、持って街中を歩けば遊園地の宣伝になるかと思ったのだが、自分の格好ではむしろ営業妨害的な要素が強い気がしたので、持ち歩かずに届けさせるようにした。
ホテルのロビーにはザイオンレヴィが既に到着しており、子爵を見つけて手を振ってくる。
「おはよう、ギュネ子爵」
「おはよう、ケーリッヒリラ子爵」
子爵も椅子に座りサービスのドリンクを選んで、ザイオンレヴィにも勧める。
「楽しかった?」
「楽しかったよ」
「それは良かった」
「ケシュマリスタの会合はどうだった?」
ロビーはシンプルではなく、高級さを追求してもいない。遊園地の楽しさをそのまま感じていられる”楽しげ”な造りになっている。その現実を忘れるロビーに二代皇帝を彷彿とさせる美しい人物が座り、向かい側には二代皇帝の夫の家臣に瓜二つの男が座っている。それだけで遊園地のホテルが貴族の集うサロンにすら見えてくる。
「会合そのものはちっとも面白くなかったけど、ゾフィアーネ大公とジーディヴィフォ大公が来てたから、ちょっと話をさせてもらった」
「寮でも話せるのにわざわざか?」
「うん。寮内で”食べ物の好き嫌いが……”は、ちょっと恥ずかしい」
「それか。それで何か案はもらえたか?」
「うん、自分好みの調味料を捜しだして、かけるといいって。料理の味を壊す行為だから褒められたものじゃないけれども、料理を食べられるようになるのが先だからって」
「なるほどなあ。それで両大公推薦の調味料はあったのか?」
「マヨネーズ」
「へえ。それを何にかけるんだ?」
「ご飯」
話している内容は一般人のそれと大差ないのだが、見た目が見た目で割と深刻そうに話をしているので、様にはなっていた。
「……ご飯? 炒飯やピラフやドリアじゃなくて、ただのご飯?」
「うん。僕あの、なにも味付けされていないご飯が大の苦手なんだ」
ザイオンレヴィは「おかずを食べてご飯を食べて」という食べ方自体が苦手である。
「あーなるほど。……」
「どうしたの?」
「隠し味で使うのは聞いたことあるが、直接味を変えるほどかけるのは聞いたことはなかったから……寮に帰って作ってみるか」
「マヨネーズ作れるの?」
「ああ。マジパンを作る際に卵黄が残るだろう。我等は普通に飲み込めるんだが、クレウは自分は無理だからと。無理して飲まなくてもいいと言ったのだが、消費するのも部員の仕事だと言い張って、卵黄レシピを探し出してきた。その中にマヨネーズがあった」
ザイオンレヴィは部屋で卵黄を皿に載せて、猫のように舐めてみては額を抑えているジベルボート伯爵を思い出した。
―― ヴァレンもシクも一秒で百個くらい軽く消費しちゃうんですよ……桁違いです
エヴェドリットとケシュマリスタの消費能力の桁の違いを肌で感じたジベルボート伯爵はというと、イルギ公爵のところへと行き音楽の勉強をしていた。
発声はキルティレスディオ大公に習っているのだが、その大公に「普通の基礎を教えてもらってこい。そっちのほうが教えやすい」と言われたので、イルギ公爵に楽典の講師を務めてもらっていた。
「そっか。じゃあ帰ろうか」
※ ※ ※ ※ ※
「イルギ公爵、生卵一気に何個飲めますか?」
「やったことはないよ、ジベルボート伯爵」
「……」
両手の指を組み顎の辺りにおいて、可愛らしい唇を少し開いて微笑む。天使の容姿に、期待満ちた輝く眼差し。
「……飲んでみればいいのかな?」
ジベルボート伯爵の”おねだり”は強力。本人が苦手としているケシュマリスタ女の仕草に良く似ているのだが、男性なのでエターナ・ケシュマリスタの清涼さが前に出てきて、女性とはまた違う感じを他者に与える。
「お願いします!」
「でも多分、ヨルハ公爵みたいには飲めないと思うよ」
「ちなみにですね! エルエデス様は生卵殻ごと百五十個、十五秒で完食なさいました!」
「そ、そうか。エルエデスは強いからね」
生卵殻ごと百五十個食べられることと、強さはあまり関係ないのは言うまでもない。
(子爵の記録は十五秒で四百二十個。口のサイズに動き、嚥下能力が最早詐欺レベルなフレディル一族)
※ ※ ※ ※ ※
寮に戻ると玄関で、
「シク! 待っていたぞ!」
ヨルハ公爵が出迎えてくれた。
「どうした? ヴァレン」
「これを読んでくれ!」
昨晩一人で読んで、楽しくなってしまったクロントフ侯爵からの「飾り付け依頼書」を取り出し、子爵の顔に押しつける。
「ヴァレ……ヴァレン! 顔、鼻の骨、折れ、折れる!」
子爵たちは部屋へは戻らず人体調理部の部室へ直行し、
「ヴァレンはコレもう読んだんだな?」
「うん」
「じゃあ我が読んでいる間に、米を炊いてマヨネーズを作ってくれ」
「解った!」
ヨルハ公爵に依頼して、子爵は依頼書に目を通した。
「全員の意見を聞いてから返事をする」
「そうか。我は構わんぞ。この紙のカラーテープで輪っかをつくり繋ぐという飾り、楽しそうだな」
紙を使うのは貴族だけで、遊びに使われることは稀である。
「そうなの。紙で飾り作るんだって」
「紙吹雪な。へえ、単純だが中々作りがいがありそうだな」
子爵もすっかりと乗り気である。
「でしょーシク。あ、ご飯炊けたみたいだ」
マヨネーズを作り終えたヨルハ公爵が、火にかけている飯盒のそばへと近寄る。
「この小さい蓋付きバケツみたいなので炊けるんだ」
ザイオンレヴィは興味深げに飯盒の傍でしゃがんで見つめていた。
「飯盒って言うんだよ、ギュネ子爵。大昔の野外活動道具の一つ」
「そうなんだ。でもお米なんて持ち歩いても」
「米って乾燥してるから、持ち運びやすいんだよ。大昔は食品を加工して圧縮するなんて技術はなかったから。干して軽くして水で戻すみたいなのが多かった……らしいよ。前々歴時代(西暦のこと)の話だから間違ってるかもしれないけれどもね」
「へえ」
飯盒の蓋を開けたところで、
「ただいま帰りました!」
ジベルボート伯爵も戻って来て、ご飯にマヨネーズをかけて食べつつ、クロントフ侯爵からの依頼書に目を通し、人体調理部全員一致で引き受けることになった。
「……」
ちなみにご飯にマヨネーズをかけて食べてみたザイオンレヴィの感想は「無言」であった。だが彼は以後、ご飯に文句を言わなくなった。彼の口には……
※ ※ ※ ※ ※
―― 見事な死人のような目でした! もっと死んで欲しいところでしたが! 初めての死体ですから! 今後の死体に期待します!
イデールマイスラの脱力死体を皇王族たちが取り囲み、彼の努力をたたえて踊り、フィナーレの紙吹雪を子爵たちが撒く。
冬期休暇の始まりを告げるミステリーツアーはこうして終わり、生徒は各自休みを過ごすために移動を開始した。
「メディオン」
「なんじゃ? エディルキュレセ」
「渡すの遅れたが、遊園地のホテルの土産だ。アメニティの詰め合わせだそうだ」
メディオンは小さい頃から一緒に育った王女ルグリラドが、今か今かと帰りを待ちわびているテルロバールノル王国の王城シャングリラへ。
「お、おお。ありがとう!」
「また行こう」
「おう! 今度は前もって泊まる方向で予定を立てよう」
「ああ!」
子爵はヨルハ公爵たちとサズラニックス王子が待つ、エヴェドリット王国バーローズ領へと。
「イデールマイスラ。そんなにケシュマリスタ王国に行きたくないんですか」
「……」
結婚した先に帰りたくないイデールマイスラに、そのお伴で黙って立っているヒレイディシャ男爵。説得をするガルベージュス公爵の背後から現れたのは、
「やあ! ベル公爵。私の名はジーディヴィフォ大公。いつも惜しげもなく髪を結い上げる、腰の部分丸出しの同性愛者なお兄さんだよ!」
自己紹介が変態以外なにものでもないジーディヴィフォ大公と、何時もの事ながら正装でやってきたゾフィアーネ大公。
「ベル公爵! 私たち兄弟がご一緒しますから! さあ、帰りましょう! 懐かしのケシュマリスタへ!」
ゾフィアーネ大公は「懐かしの」と言っているが、彼はケシュマリスタ王国に行ったことはない。
「やめろー! 貴様等が来たら、マルティルディの機嫌が益々悪く……」
イデールマイスラはテルロバールノル王子なのだが、残念ながらこの二大公を止めることはできない。出来るとしたらガルベージュス公爵だけだが、
「楽しんできてくださいね!」
「ガルベージュスウゥゥゥゥ!」
二人に腕を取られて引き摺られて行くイデールマイスラの叫び声を笑顔で聞きながら、ヒレイディシャ男爵の肩に手を置き、
「ご安心ください、半月したら迎えにいきますから。それまではお願いしますね、あの二人」
半月後の回収宣言をして去っていった。
―― 休暇半月の間、この二人の相手をするなぞ……キルティレスディオ大公の酒の相手を毎日している方が楽じゃ!
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