子爵と遊園地に行く前日、メディオンは帝星貴族街のローグ公爵邸にいた。
美容部全員で選んだ洋服一式は、父のローグ公爵に口を挟む隙を与えない見事なものであった。
「儂は明日、同級生のケーリッヒリラというエヴェドリット貴族と遊園地に行くので、早くに休ませてもらうのじゃ」
そう言い夕食も取らずにメディオンは自室へと引き上げた。
明日が楽しみで仕方ない自分が寝られないことをメディオンは重々承知しているので「翌日イベントがあると興奮して寝られない貴方へ」という睡眠薬を服用して早々に床に就いた。
どれ程時代が変わっても、どんな階級であっても、根本は変わらない。
ぐっすりと眠り爽やかに目覚めたメディオンは、窓を開けて清々しい朝の空気を浴び、澄み渡る空を仰いで満面の笑顔を浮かべる。
天気は管理されているので当然の「晴天」なのだが、気持ちというのは解っているからといって萎むものではない。
召使いを総動員し着飾り、遊園地のパンフレットを眺める。開園直後から遊ぶ予定で、待ち合わせ場所は遊園地から少し離れた公園。
「さてと、行くか。行って参ります、お父さま」
足取り軽く出ていった娘を見送ったローグ公爵は、心の底からどころか表面上でもまったく納得していないのだが、どうしようもないので黙って見送った。
「待たせたな、エディルキュレセ」
「おはよう、メディオン」
メディオンと子爵は公園で待ち会わせをしてはいたが、待ち合わせ時間は僅かにずれている。子爵の待ち合わせ時間が三十分ほど早く設定されているのだ。
普通であれば待ち合わせ時間とは言わないだろうが、貴族間では家柄によって差を付けるのが「当たり前」であった。
子爵は約束の十分前、即ち四十分前から公園にやってきて、追試の勉強をして待っていた。
教科書を連れてきた召使いに渡して、メディオンが乗ってきた馬車に乗り込む。
子爵の召使いは公園で全員帰り、あとはメディオンが連れてきた召使いだけが付いて回ることになる。
遊園地の特別優遇者ゲートへと向かい、従業員たちが両側に立ち体が地面と平行になるようにして頭を下げて出迎えている道を歩く。
メディオンが手を払うようにしてやって来た支配人と召使いを遠ざけ、案内役の従業員と傍仕えだけを近くに置いて、パンフレットを開きもっとも近くにある乗り物に行こうと子爵に話しかける。
「そうだな。順番に回ろうか」
「おう!」
普通の客であれば、空いているアトラクションを捜すのだが、この二人には必要ない。
「メディオン」
「なんじゃ?」
「こちら側で良かったら腕を組むか?」
子爵はそう言い武装している左側の腕を曲げて軽く叩く。
「お、おお! そうじゃな」
メディオンはそう言い子爵の腕に飛び付くようにして腕を回した。
「二人で離れて歩いていると、仲が悪いのに一緒にいると思われるそうだから。ここは一目で仲が悪くはないことが解るようにしておかなくてはな」
「そうじゃな! そうであったな!」
世間一般では物々しい、寮内では「エヴェドリットの食玩ですか?」と言われた子爵の腕を覆うレーザー銃。
子爵はヨルハ公爵やエルエデスたちに見立ててもらった洋服を着て、キルティレスディオ大公から借りた髪飾りを注意深く装着し銃器を装備して、ガルベージュス公爵に最終確認をしてもらった。
「完璧ですよ」
ガルベージュス公爵は喧しく煩く、暑苦しく、とにかく熱いのだが、信頼がおける。すべてにおいて完璧な彼が《よし》としたのを聞き、
「そうですか」
子爵はやっと胸を撫で下ろすことができた。
他の人たちの意見を信用していないのではなく、ガルベージュス公爵が与える安心感が大きいのだ。
「とくにその銃がいいですね。その覆われた腕ならばリュティト伯爵と組んで歩けるでしょう」
「え……腕は組むつもり……組んだほうがいいのでしょうか?」
まさかメディオンと腕を組めと言われるとは思わなかった子爵だが、そう言うのには理由があるのだろうと尋ねる。
「はい。理由は簡単で、民間人に余計な恐怖を与えないようにするためです。民間人は貴族の詳細は知りません。だから一目で《仲が良い》と解るようにしなくてはなりません。それが彼らの領域に遊びに行くわたくしたちの最低限の礼儀です」
一緒に遊びに行くのだから、離れていても仲が良いと思ってくれる……というものでもない。平民は貴族の世界を知らないが、まったく知らないわけではない。
彼らが知る貴族社会で、特に有名なのが「政略結婚 ―― 好意を懐いていない者同士が結婚する」である。
貴族の男女が一般のデートスポットにいても、それは自ら同士が望んだ物なのかどうか? 彼らには解りはしない。だから離れて顔を背けて歩いていたりしたら、それが当人同士は「照れ」であったとしても、突然怒り出すかもしれない、本人たちは望んでいないのに……など、数々の不安を与える。
特にローグ公女メディオンは知名度が高い。メディオンは個人で爵位を所持しているものの、まだ未成年ということもありローグ公爵家の紋を使用することが多い。
「リュティト伯爵が着る服を美容部を通して観させてもらいましたが、一目でローグ公女と解ります。帝国領では他王家の貴族は有名ではないとは言いますが、ルクレツィア初代テルロバールノル王の夫であったローグ公爵家は別格ですから」
上位中の上位でもあるメディオンが、理由はどうあれ《むすっ》として歩いているのは良くないのだ。
「腕を組んで笑顔で歩く。これが最も解り易い”仲良し”です。そこら辺はリュティト伯爵は理解しているでしょうが、卿の体質を知っているリュティト伯爵が自分から腕を組むとは言ってこないでしょう。ですから卿から促してください。普段では許されない行為ですが、民間施設を使用する際には、そのくらいは許されますから安心してください」
ガルベージュス公爵から説明されて「当然だな」と、貴族として理解した子爵は早々に腕を差し出したのだ。
―― 儂が腕を組むことで、平民どもが安心するであろう
メディオンは大貴族なのでガルベージュス公爵が子爵に説明したことは当然のこととして知っている。その他に子爵の鮮やかな赤いマントが人々に恐怖を与えることも重々理解していた。これは子爵の人となりではなく、エヴェドリット貴族は一律で恐怖の対象である。
”簡単に人を殺す”それは間違いではないが、間違いである。
子爵はローグ公爵家ほど有名ではないので、エヴェドリット貴族という括りで見られる。膝丈までの長さのマントの子爵とふくらはぎの中程までの長さのマントを着用しているメディオン。一目でどちらが高位貴族か? 平民でも解る。
子爵よりも高位の貴族であるメディオンが、殺人の象徴的とも言える解り易い武器に腕を回していることは、ある種の抑制力があるように感じられるのだ。
様々あるが、二人が腕を組んで歩く姿は《安心》を与える。
もっとも腕を組んだ二人は、そんな条件や関係や義務などすっかりと忘れて、純粋に腕を組んでいた。
「もう一度乗ろうではないか! エディルキュレセ」
メディオンに腕を引かれて、
「そうだな」
子爵はやや体勢を崩して引っ張られるようにしてついて行く。
その姿だけみれば、気の強い彼女に好んで引き回されている彼氏でしかない。二人が貴族でさえなければ。
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