子爵がメディオンを遊園地を誘ったのは、一ヶ月近く前のことである。なぜこんなにも誘ってから実際出向くまで時間がかかったのか?
補習などの絡みもあるが、準備にも時間がかかるためだ。
※ ※ ※ ※ ※
週に二日ある休日の前々日に、ヒレイディシャ男爵はキルティレスディオ大公の元へとやってきて、約束を取り付けた。
「寮母殿!」
「なんだ」
「折り入ってお話があるので、休み前日は酒を飲まないで待っていて欲しいのじゃ! もちろん答えがいただけたら酒は奢るし最後まで付き合う!」
「了解した」
酒好きで酒乱の寮母は、職務をこなすため平日は酒を飲まない。飲むのは休みの前日からで、休日終わりの夜まで飲み続ける。性質の悪い酒好きと私的な話をしたい場合は、このようにして約束を取り付ける必要がある。
ヒレイディシャ男爵は休み前日に酒を用意してやってきて、
「……という訳なのじゃが、この場合は前もって知らせておいたほうが良いものじゃろうか?」
メディオンが子爵と遊園地に行くことを、前もってローグ公爵に知らせるべきかどうかを尋ねた。ローグ公爵の排他主義は徹底しており、娘がエヴェドリット貴族と遊びに行くと知れば……と考えたまではいいのだが、ローグ公爵に似たような排他主義タカルフォス伯爵家の出であるヒレイディシャ男爵は”そこまで”しか考えられなかったのだ。
打開策や事前策などは思い浮かばない。
そこで貴族社会に精通している口の固い寮母に相談を持ちかけた。寮母は口が固いと、いつもヒレイディシャ男爵を介抱してくれる公爵執事が教えてやったのだ。
普通の人はあの悪酔いぶりから、酔って秘密をばらしてしまうのではないか? と考えるが、彼は酔うがある部分だけは怖ろしく冷静で、その部分は秘密を凍らせてしまい外へと出すことはない。
彼が本当に酒で全てを喪失していたら、デルシとの婚約破棄の理由を聞き出せている。事実何度か酒を飲ませるだけ飲ませて口を割らせようとしたのだが、彼にそれは通用しなかった。
「そりゃあ話しておいたほうがいいだろうな。直前になってローグがしゃしゃり出てきて、予定潰したら最悪だろう」
「やはりそうですか」
寮母は迂遠なヒントを提出したり、自分で考えてみるがいい、等と言うことはしない。それをすると酒を飲む時間が遠退いたり、飲んでいる最中に”今思いついたのですが”と話しかけられたりと面倒なので、隠さずに答えを与える。
「お前は具体的になにをしていいのか解らないんだろう? ディーグ」
「はい。ところでディーグとは儂のことで」
「おお。クレウと一緒にいると名前を略したくなるから、お前ディーグな」
「はあ……畏まりました」
”クレウ””シク”と名前を略して呼び合っている彼らを思い出し、ヒレイディシャ男爵は頷いた。
―― ヨルハの”ヴァレン”だけは意味わからんがのう……
「そいでよ、面倒は全部ガルベージュスに丸投げでいいだろう」
四十後半の男が十代半ばの少年に任せてしまえと言い放ち、じゃあ酒でも飲むかと手と酒瓶に手を伸ばす。
「お待ちください! ガルベージュス公爵に全ては!」
「俺がなにかするより、あいつの方が上手く……って、お前あれか? 年長者気質で年下を導かねばならぬのじゃ! タイプか?」
「……そうです」
ヒレイディシャ男爵の選択肢にもガルベージュス公爵はあった。だが他属ということを抜きにしても、年下に依頼することに躊躇いがあった。だからこうやって寮母の所にやってきたというのに、結末が同じになっては意味がない。
「なるほど。じゃあガルベージュスに頼むのは嫌か……だったら、アーディランに頼んでおく。あいつなら良いだろう?」
「……」
ガルベージュス公爵の母親サディンオーゼル大公アーディランは、もちろんこの寮母よりも年下である。
「あいつらなら上手く噂を立てて、巧妙にローグを誘い込んで、器用にプライド刺激しつつ挑発して圧倒的戦力ですり潰すから大丈夫だよ」
「お手柔らかに……お願いするのじゃ」
美容部員と仲良く張りきって洋服を選んでいるメディオンの笑顔を前に、最善の策を講じた年長者気質の髭鉄仮面は、約束通り寮母の酒の席に付き合った。
※ ※ ※ ※ ※
メディオンはどんな洋服でも持っているが、
「軽装かつ格式高く。エヴェドリットと一目で解る格好でありながら控え目に」
「やっぱりそうだよな、ヴァレン……」
子爵はそれほど洋服持ちではない。
もちろん貴族としては不足ない衣装を持っているが、
「ローグ公女と二人で遊園地なんぞ砕けた場所に行こうというのが間違いだろ」
「確かにエルエデスの言う通りなんだが……」
他属で自分よりも上位に位置する貴族と出歩くのだから、失礼のない格好にしなくてはならないが、正装すれば良いと言うような簡単なものでもない。
「襟は口角の位置まであって、外側に折り返しがあるものにするといいそうだ」
そもそも第一級正装というのは正式名場所で正式な相手と会う際の格好であって、砕けた場所に着ていくものではない。準一級正装はというとそれも場所と相手が……。場所や相手に合わせた格好をしなくてはならない世界は、結構大変なのである。
「ふむ」
「マントの長さはいつも通りの膝丈でいいだろうが、赤はそれでなくても目立つからマントの上に家紋入りの黒レースを背負え」
「なるほど」
目立たずそれでいて自分を表すものを削らない。お忍びなどというものではなく、後ろめたいことはなく正々堂々と出歩くのだから、当然それらは必要になるが、あまりに目立つ格好は避ける必要はあり、繰り返すようだが必要最低限の物を持たねばならない。
「このアトラクションに乗るとしたら、帯剣はできないぞ、シク」
「剣なんて持たないでも……そうは行かないか」
「他の一族ならまだしも、エヴェドリットが武器持ってませんって、笑われたいのか」
「いや……武器隠し持ってるってところで」
「エヴェドリットが武器を隠して持って歩いているなど、情けないにもほどがあるだろう」
「我等は体自体が凶器だけど、やっぱりそれなりに武器も持ってないと」
「そうなんだけどなあ」
帯剣は軍人の嗜みであり、エヴェドリット貴族の標準装備である。本来は彼らの武器であるデスサイズを持って歩くべきだが、家族の憩いの場に刃渡り140cmのデスサイズを持ってるエヴェドリット貴族など営業妨害以外の何者でもない。
アトラクションに乗るにも一々取りはずさなくてはならず、デスサイズを持たせるための召使いを連れて行く必要がでてきて……と考えれば考えるほどややこしくなる。
通常営業の遊園地に足を運ぶだけで充分営業妨害なのだが、そこら辺は目を瞑って貰い遊園地を楽しむのだ。
「んー……そうだ! シク。繊細なヤツにしようよ!」
「繊細なヤツ……電子兵器か?」
「そう、それ! 見た目も派手だし」
ヨルハ公爵が”繊細なヤツ”と言った電子兵器は、レーザー兵器のことである。
「家畜の肉を切るくらいしか使い道ないあれか」
レーザー兵器は普通社会では強力なのだが、上位階級にくると役に立たない武器の代名詞と化している。
彼らの超回復能力には完全敗北。それどころか、体に傷をつけることすらできない。振り下ろす速度にレーザーを発する装置がついてこられなかったり、出力用のエネルギー炉が付属するのでやたらと装置が大きく、乱戦になると壊れやすい。なによりもレーザーが出るまでの時間が”彼ら”には遅すぎて、そんなものを装備するくらいならば普通に自分の拳で殴ったほうが早くて確実。
「たしかにアレなら、いかにも武装してます! って見えるな。よし、腕に装着するのを作ろう」
子爵も”使い道ない武器だ”と購入したことはない。一般階級の悪い人の用心棒がこれ見よがしに装着して、たまに温く戦闘して死傷者が出る程度のもの。
子爵は販売店を開きパーツを購入することにした。組み立ては、軍事的なことならば何でも出来る家で育ったので、使用したことはなくても簡単にできる。
ちなみに最初エヴェドリット製のパーツを使って組み立てようとしたのだが、エヴェドリットの出力は大きすぎて帝星では使用禁止となっていたので、帝星のパーツ販売店にから選ぶことにした。
最初子爵は手首に巻ける程度の装置で幅3cm、長さ25cmくらいのレーザー刃が出る程度の物を作ろうとしたのだが、
「あまり小さくても駄目だろう」
「そうだよ、シク。もっと派手に装備しないと。他属ならまだしも、エヴェドリットは武器らしい武器を装備していないと目立たないよ」
ヨルハ公爵とエルエデスに言われて、子爵は結局その店で売っている最高ランクの武器パーツを購入することに。
「身分証明書と住宅証明と一括料金を持って、店舗に直接行かなくてはならないらしい」
輸送出来るような代物ではないので当然である。
「良い店だね」
「そうだな、ヴァレン」
「すぐに購入できるのだろう? 行くぞ! ゼフ、ケーリッヒリラ」
かなり武器が好きなエルエデスが率先して二人を連れて帝星の武器屋へと向かい、
「これ全部買ったら駄目なのか」
武器パーツ屋を威嚇する。
店内の武器全て用いても、ヨルハ公爵どころか子爵を倒すことすらできない程度なのだが、
「駄目だと思うよエルエデス。寮に持ち込み制限があるから」
それはそれで楽しいのだ。
店員は死にそうな顔で、店内にいた上客と言う名のヤバイ筋の人も出来る限り目を合わせず。
「こんな玩具のような出力に制限など。それでは我やお前、ましてガルベージュス公爵など制限されてしまうだろうが、ゼフ」
「そうだね、エルエデス。でも、ほら、そこは我等は精神的に安定? ……も、してないか! まあ良いよね!」
子爵は楽しそうに会話している二人を背に、微笑みながらパーツを買いながら書類にサインをし、
「民間レベルだとこのくらいでも相当な重装備になるのか?」
「はい。帝国領では届け出を出さなければ所持できません」
「そうなのか」
帝国への届け出用の書類を受け取る。
「エヴェドリットではこの程度ならば軽装備なのだがな」
「は……ははは、そうですか。さすがでございますね」
店長はそれ以外言えなかった。
心の中では《そりゃそうでしょうねえ。普通貴族が艦隊持ってるようなお国柄だしさあ》と思っても、言えないのである。口に出してしまったとしても子爵もヨルハ公爵もエルエデスも怒りはしないが、言えるはずがない。
届け出は「普通の人」ならば記入して店舗に任せてもいいのだが、貴族は貴族庁に提出しなくてはならないので、平民経営の店舗側では提出が不可なのだ。
「なによりも、持ち帰るなら寮に書類を提出しないと」
「面倒だが……だが一つくらいなら」
武器好きというのは、その面倒込みで”好き”とも言える。
「じゃあ我が見繕おうか? エルエデスに似合う武器選べると思うよ」
宇宙の支配権を決定するような真の戦いに赴くための気負った武器ではなく、遊び(エヴェドリット的には)なので「この洋服が似合うよ」程度の気持ちで選べるからこその台詞である。
「……ま、まあ。代わりに我もお前に買ってやろうか?」
それでも好きな相手に、武器を選んでもらえるのは嬉しいもの。もちろんエヴェドリット属限定だが。そしてお返しは当然の如く武器である。
「え? 買ってくれるの! じゃあさ、クレウのも一緒に選ぼうよ! 我とシクとクレウとエルエデスで武器構えて遊ぼうよ」
「それは楽しそうだな」
勘違いされてしまいそうだが、この武器は遊ぶような物ではない。……一般階級では。
パーツを買い届け出に記入して、店舗に併設されている組み立て用の建物へと向かい、設計図を開いて組み立ててゆく。
「シク、上手いな」
「物を作るのは好きだからな。ヴァレンも好きだろう?」
「まあね。武器なら組み立てていても叱られないのがよかった。今はもう誰にも叱られないけれど」
「そうそう。デスサイズを磨いたり、狙撃銃を組み立ててるのは叱られないがなあ」
菓子を作ったり、硝子細工を作ったりすると《生命の危機に瀕する程》叱られるのである。
この月、店舗は非常に売り上げがあった。
なにせ買って帰ったエヴェドリットの三名が、試し装備やら、試し撃ちやら、試し戦争などをして即日武器を完全破壊して、翌日同じものを買いに来たため、店はとても潤った。
「さすがエヴェドリットですね、店長」
「噂通りだな」
武器好き店長と武器好き店員は、桁が違うというのを思い知り、上客として店に着いて欲しいと思う反面、真剣に恐いので二度と来て欲しくないと思いながら接客をしていた。
※ ※ ※ ※ ※
「シク、格好良いです!」
子爵がメディオンと遊園地に行く際の正装用武器として選んだのは、見た目が派手なレーザー銃。肩から手首までを覆う造りで、最大射程距離は2km。本来であれば専用のスコープも購入して装備するのだが、子爵の視力があれば必要は無い。ちなみに最大射程距離が2km程度では、ヨルハ公爵が”ふらり”と攻撃態勢に移ったら”死”からは逃れられない距離でもある。
流線型のフォルムで、内部が見えそうで見えない装甲。装着が簡単で実に軽い。説明する必要もないが”彼らにとって”軽いのであって、普通の人間では装備はできても重くて動くことができない程の組み合わせで作られている。
「本当に格好良いね」
今日も今日とて首からロープをぶら下げたままの白鳥が相槌をうつ。
「武器が似合うように発達したのだからな」
子爵はさらっと流して武器を取り外す。
「それで、後はなにが必要なのですか?」
「装飾品だな。一点くらい高価なものをとは考えているのだが、何分我が持っている程度の高価ではなあ。大宮殿に出入りしている宝石商の所に足を運んで、そいつらに”ローグの姫君の前に出してもいいものか?”と尋ねたら、全員が商品下げた」
「宝飾類はテルロバールノル王国が本拠地だからね。それでさ、我が持ってるのを届けさせたんだ。これを使うといいよ、シク! シクの青緑色の瞳に似合うと思うよ、この紫ダイヤモンド」
ヨルハ公爵が大きさのある紫ダイヤモンドの髪飾りを取り出す。それをエルエデスが手で払い落とし、
「ケーリッヒリラは薄紅色の瞳に合わせた黒ダイヤモンドの髪飾りのほうが似合う」
これまた自分の家から取り寄せた髪飾りを突きつける。
「ええ! シクには絶対紫のほうが似合うよ」
「いいや、こっちだ! 我が選んだほうが似合う!」
可愛らしい小競り合い(エヴェドリット的に)を始めた二人を前に、
「シク、愛されてますね」
「そうだな……」
「でもどうするの?」
子爵はどうしたものか? と悩んでいたら、
「ここは間を取って、鼻に似合うのでどうでしょう」
ジベルボート伯爵が《あいだ》を間違い、
「その場合《あいだ》は口になるんじゃないのかなあ、クレッシェッテンバティウ」
ザイオンレヴィまで道を間違う。
「絶対鼻ですよ!」
「いや、口だって」
子爵が事態を収拾することを放棄したとしても、誰も責めはしないであろう。
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