君想う[017]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[68]
「いやー、全く勝負にならなかったね」(六年生指揮官・ロヒエ大公)
「昔から勝負になったことないけどな」(五年生指揮官・ベリフオン公爵)
「来年は一回だけでいいだろ。ガルベージュス対五学年で」(四年生指揮官・イルダーテネ公爵)
「来年は逃走してガルベージュスの隊に入っちゃおうかな。そっちの方が楽しそうだし」(三年生指揮官・ジーディヴィフォ大公)
「何食わぬ顔でガルベージュス公爵配下ですか。いいですね」(二年生指揮官・イルトリヒーティー大公)
「……(俺は脱走するぜ)」(来年度、首席入学ほぼ確定・マーディアーデ公爵)

「五対一で勝てるとお思いですか?」(一年生指揮官・ガルベージュス公爵)

「陛下」
「どうした? デルシ」
「来年のオリバルセバド・シミュレーションは、脱走兵狩りも入れる必要がありそうです」
「ガルベージュスの勝ちすぎが原因か」
「はい」
「それはそれで面白かろう。帝国軍人の極みとも言うべき男だな」

 ”親睦を深める為に行われる艦隊戦シミュレーション”は前評判通りで終わり、来年は更なる殺伐さを持つこととなる。

※ ※ ※ ※ ※


 帝国上級士官学校の一日。

「朝か……今日は……」
 寮は消灯時間がないように、起床時間も決まってはいない。ただ朝食が六時半からなので、大体の者は五時半には起きて準備をする。
 顔を洗い髪を梳き、灰色地の制服に着替える。
 制服はスラックスにダブルの詰め襟のフロックコート。ボタンは黒で、くすんだ金で縁取りされている。フロックコートの丈は膝まである。
 制服には彼ら通常身に付けているマントは着用しない。
 髪型に指定はなく長さも結い方も自由だが、平日は自分で手入れするので長くても腰の上程度で、結い方も一本結いが主流。
 首から学生証を下げて部屋を出る。
 当番の者は朝食の用意を整え、全員が椅子の隣に立ち、鬼も逃げ出す執事の号令により一糸乱れぬ動きで着席し朝食をとる。
 七時十五分に食事を終えて、五分で食器を片付け、当番の者は食器類を運び出す。それ以外の者は列を作り彼らを待つ。
 彼らが戻って来て列に戻り、そのまま校舎へと向かう。正門を通過する際に《本日の授業》に使うための情報が入った手のひらに収まるサイズの端末が渡される。
「シクは得意だろ」
「一応は得意だ、ヴァレン」
 一学年の本日の授業は《伝令》
 戦艦の通信網がすべて途絶した際に原始的だが最終手段でもある《伝令》が走る。この伝令をいかに上手く走らせるか? その為の実技。
 実技は一生徒に一戦艦を与えて、一斉に実技は行われる。
 まずは艦橋からシミュレーターで《人間の伝令》に指示を出し、死亡せずに艦橋まで呼び寄せる。人間が走る状況は艦内艦橋も悪化しているので、細心の注意を払わないと即座に死亡してしまう。
「あ……素手だからハッチは開けないか。じゃあこっちのルートは、酸素が少ないなあ。無理か」
 刻一刻と変化する環境と、落ちてゆく体力。
 減ってゆく酸素に有害物質。装備の貧弱さと力の無さ。そして体の小ささに悩みながら。《死亡》させてしまった場合は、
1 死亡した場所から死亡より一つ前のポイント数値でやり直す
2 死亡した場所から開始数値でやり直す
3 開始場所から開始数値でやり直す
4 開始場所から死亡より一つ前のポイント数値でやり直す
 この四つから選ぶ。
「三回目で終わった」
 人を逃がすのが得意な子爵だが、想定外の人間の脆弱設定、皇王族が趣味で作成という、まさかの設定で用意された落とし穴トラップに引っかかり二回死亡。
 やり直しは4番を選んで苦労しての完了。
 シミュレーターが終わると今度は子爵が《人間の伝令》となり艦橋を目指す。彼らの人並み優れた能力は携帯端末によりマイナス査定となる。
 人間の設定は《人類最高値》で設定だが(ジオ・ヴィルーフィは入りません)この学校に入学する生徒の身体能力では易々と越えてゆく。
 人間の速度を保ち、人間らしいジャンプ力、人間らしい皮膚の弱さに、
《ここの酸素濃度では即意識不明です。やり直してください》
「そっか……酸素がないと人間は動けないんだった。一酸化炭素も高濃度だと意識を失うんだったな。あとは……」
 人間設定と人間の性質を思い出しながら、子爵は艦橋へと向かった。

―― 壁突き破って直線距離で走ることができたら早いんだけどなあ

 人間は厚さ五メートルもある隔壁を身一つ突き破って走りぬけることは不可能である。

「無事到着したな、ケーリッヒリラ子爵」
「はい」
 艦橋に到着すると子爵の動きを見ていた教官二名が大画面に映し出され、そこで《伝令》として報告を上げる。
「今日の帝星の天気は晴れとみせかけて てん 実は えくすくらめーしょんまーく 秘密です」
《よろしい。では戦艦を所定の位置に戻せ。時間内に戻さねば戦艦は爆発する。以上だ》
 画面の教官が消えてから、
「自動操縦全部切られてる! 当たり前か! 起動スイッチ……ダミー! こっちは……こっちもダミーか!」
 爆破前に戦艦を所定の位置に戻して、移動艇に乗り込み校舎へと戻る。
 出入り口の端末に朝正門で受け取り、先程まで《人間らしい動きチェック》をしていた端末を機械に通し、
「ケーリッヒリラ子爵、私はこちらですよ」
「ゾフィアーネ大公……はい」
 教室の壁に張り出されたチーム(五名)で情報を交換しあい、レポートを提出するための話合いをする。
 帝国上級士官学校では昼食の時間というものは取られていないが、話合いの場が大体昼食時間にあたり、教室内にある自動販売機から飲み物や食べ物を買い、行儀など気にせずに、
「こっちの部屋は一酸化炭素ですか。ということは、どこかの部屋で火災が起きていたということでしょうね」
「ですが火災の燃料になりそうなものは積み込みリストには載っていません」
「どこかにあるはずです」
「隔壁材は?」
「そんな危険なものは使われていないはずだが」
「だが我々を念頭において考えると……」
「ハッチ開閉用作業手袋の材質はどうだ?」
 食べながらテーブルに用意されているノートにメモを取り、端末で情報を検索し続ける。
 この昼食も兼ねた話合いは十二時三十分には終了し、提出レポートを書くために隣室に移動する。座る場所は端末に送られており、そこに着席して学生証で承認を得て一時間十五分かけてレポートをまとめる。
 まとまろうが、まとまるまいが時間が来ればそのまま端末は封鎖されてレポートが提出される。そして予習したいものは予習するようにと、画面には明日の授業項目が現れる仕組み。
「明日は薬品調合か」
 教室を出る際にも、同じように端末を機械に通す。端末はそのまま明日の授業用のデータを書き込む場所へと送られる。
 こうして授業は午後二時に終了し、あとは夕食までの時間は自由。ほとんどの生徒はクラブ活動に勤しむ。

「シク! 今日も来てくれたのか!」
「ああ……あれ? クレウは」
「隣の部屋で卵を割って黄身と白身を分けているぞ。さあ! 我等も分けようではないか!」
「解った。ところでヴァレン」
「なんだ?」
「黄身は産業廃棄物なのか? それともなにかに使うのか?」
「一人で活動していたときは飲んでいたが」
「そっか。じゃあ今回も飲んで片付けるか」

―― 凄いんですよ、さすがエヴェドリットでしたよ。ヴァレンもシクも、水を飲むみたいに飲んでいくんですよ! それで……あのーそのーザイオンレヴィの首からぶら下がってる極太のロープは。あ、はい。聞きませんとも! ――

 夕食後部屋へと戻り、昨日の評価を受け取る。
 追試験はもちろんあるが、
「昨日の点呼の試験は赤点か。では、どれにしようかな」
 三から六種類ほどあり、自分で選べるようになっている。もちろん一種類合格すれば良い。追試験は赤点以外の者でも受けることができ、
「ガルベージュス公爵、追試まで完全網羅で満点とか……」
 成績優秀者はすべて受けて、最高の得点を叩きだしてゆく。

 帝国上級士官学校は性質からして、黙って座って教官の講義を受けるような授業はほとんどとない。

「休日に補習と追試験の予約を入れて、あとは風呂上がりに明日の予習をしてと。……補習の前にヴァレンに聞いてくるかな。あと点数稼ぎを兼ねて、白兵戦の模擬戦でも受けるか」
 これが子爵の大まかな一日である。


 その後はというと ――


 子爵は部屋に備え付けられている風呂に入りながら、予習・復習用として渡される教科書を開き目を通す。
 寮は部屋の風呂以外に、共同浴場がある。学年別に用意されているもので、男女共用。もちろん全裸で入る。寮の部屋割りと同じで異性に対する精神力を養うという名目。実際は《同性だけにしておくと帝国はやばい》である。
 風呂からあがり、髪を乾かして、
「明日の制服を用意しておくか」
 クローゼットから新しい制服を取り出す。
 同じ制服を着て毎日通うという平民の習慣はないので、全員が毎日制服を変える。
 一度着た制服に二度と袖を通さないテルロバールノル勢や、洗濯をして二ヶ月は着るロヴィニア勢など様々。
 制服は一着50万ロダス(約五百万円)ほどで、彼らの被服としては安い部類にはいる。
「飲み物……ないな。買いに行くか」
 制服よりも高い私服を着用し、自動販売機が並ぶ部屋へと向かい夜食を購入。
「十一時くらいまで勉強しておくか」
 本日の子爵の夜食は《子爵的には一口サイズ範囲内》のピザ・マルゲリータ(直径15cm)を三枚と、
「シロップ漬けの桃ってなんだろうな。ん? 付属の炭酸水って。シロップを割っての飲む?」
 フルーツ缶詰を二個ほど購入し(おまけの炭酸水付き)部屋へと引き返す。途中廊下で、踊り狂っているジーディヴィフォ大公と反重力ソーサーレース部部員(ザイオンレヴィをのぞく)を見かけたので大回りして、逆方向から部屋へとむかう。
「リュティト伯爵? どうした、リュティト伯爵」
 子爵は濡れた髪もそのままで、廊下をうろうろしているメディオンに声をかけた。
「ケーリッヒリラ子爵! あ、あのな」
 メディオンの手には《浴槽用パテ》と《ヘラ》
「浴槽壊したのか?」
 寮は少佐待遇の部屋。当然浴室も少佐待遇なので、風呂は小さい。
「膝がぶつかったらヒビが入ってしまって。いま急いで設備管理から買ってきたのじゃ」
 悪いことに彼らは少佐の部屋に使用される材質程度ならば、簡単に壊すことができる。壊したくなくても壊してしまうことも。
「やったことは?」
「説明書をみながら、やってみる」
 子爵のように軍生活用に教育された貴族ならまだしも、王城で貴族として育てられたリュティト伯爵には風呂は狭すぎ、何度もぶつかった結果浴槽にヒビが入ってしまった。
 一週間に一度、部屋には掃除を兼ねたメンテナンスが入るが、それまでは自力で補修して使う。
 トイレや風呂は共用の物があり、持ち込み品でもベッドの破損などは《毛布にくるまって床に寝るのも良い経験》と見なされてしまう。
 ちなみに掃除は一週間に一度しか行われないので、気になる者は自分で掃除をすることになる。
「我でよければ補修するぞ」
「出来るのか」
「ああ」
「では頼むと……ちょっと待て! 待っておれ!」
―― 炭酸水の瓶を片付けるのじゃ!
「お、おお。待ってる」
―― そうだよな。女性の部屋で入浴中だったんだから……もしかしてかなり失礼なこと言ったか? 人の思考を直接読めるとそれ以外の能力が低いと聞いていたが、我もその部類か。気を付けねばな

 そして補強後 ――

「いいのか?」
「ああ、良かったら食べてくれ」
 メディオンの部屋で夜食用のピザを二人で食べながら、設備補修のコツを教えることに。
「儂、マルゲリータ好きなんじゃ」
 六等分した一欠片を口に運ぶメディオンの姿に、
―― 口が小さいな。これで最大か? いや、普通なのか?
 子爵は異国情緒すら感じていた。
「テルロバールノル料理だもんな……ところで、ヒレイディシャ男爵は?」
「食後またクラブに行った。放送部で汗を流しておるようじゃ」

―― 放送部なのに汗? ……なんかあるんだろうな

 その頃ヒレイディシャ男爵は、腰布一枚のゾフィアーネ大公と向かい合いながら、スクワットを繰り返していた。高速スクワットながら腰布は見事に一部にしてすべてを完璧に隠しきっているのは言うまでもないことである。


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