帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[40]
グラディウスを迎えてすぐの頃はサウダライトは足繁く通ったが、しばらくすると以前より頻繁に訪れることがなくなった。
グラディウスに飽きたのではなく、本来の回数に戻ったのだ。
既に三人の正妃がいるサウダライトは、満遍なく正妃のもとへと通わなくてはならない。
グラディウスは「サウダライトが初めて気に入った娘を召し上げた」事実と「この一年少し努力した傍系皇帝にご褒美として時間を与えてやろう」というお情けから出たものだった。
サウダライトにとって”夢のように楽しい、グラディウスとの毎日”が終わり、しばらくは”お時間ありがとうございました”の意を込めて、正妃たちの元へ、頻繁に通わなくてはならないのだ。
※ ※ ※ ※ ※
「お邪魔いたします」
サウダライトが訪れたのは、皇后デルシ=デベルシュの部屋。
美しいが男を拒む雰囲気を持った少女たちの中に、
「来たか」
サウダライトでは足元にも及ばない強さと凛々しさ、そして迫力をたたえた五十三歳になる王女が、両脇に娘を侍らせ遊んでいた。
男であるサウダライト自身「自分が女だったら、私よりデルシ=デベルシュ様を選ぶだろうな」と思う程の美形と”女性”を超越している。
「お前たちは下がれ」
癖の強い赤い髪と、胸元がすこし乱れただけの軍服。
足を組み、その豊かな髪をかき上げて、
「では食事を共にしたあとに、それなりの会話をして、寝所に入るか」
立ち上がる。
「はい」
サウダライトの亡き母親、厳しくプライドが高かった皇妹が”姉のように慕っていた”相手で、軍部に影響力を持つ前皇帝の親友。
―― 子供の頃”おばさま”と呼んで、肩車をしていただいた相手と結婚することになるとは
その頃のサウダライトはデルシ=デベルシュにとって「陛下の妹御の可愛い一人息子」なる存在だった。
彼女としても不思議な巡り合わせだったが、これが世界の流れであるのならと彼女は受け入れていた。
サウダライトには妃は他にイレスルキュランとルグリラドの二名の王女がいる。サウダライトにとって二名の王女は「王女殿下」であり、妃と認識することはできた。サウダライトの父方の祖母はケシュマリスタ王女であり、王女を妃に迎えることが出来る家柄なので、頭が上がらず気が休まらない相手であっても妃として受け入れられる。
だが皇后デルシ=デベルシュは無理だった。彼女はサウダライトにとって王女殿下ではなく、もっと遠い所にいる人。
それこそマルティルディが存在する世界に近いような存在で、この人を妃と思うのは一生無理であると感じてもいた。
努力などではなく、存在そのものが自分と同一上にはない相手。
「さて、寝たくはないであろうが、これも仕事だ。いくぞ小僧」
全裸で筋肉質な体を露わにしてベッドに向かう後ろ姿、
「はい。ご奉仕させていただきます」
「気味の悪いことを言うな」
よろよろと付き従う姿は、もの悲しくもおかしい。
※ ※ ※ ※ ※
皇后と過ごした次の日は、当然違う正妃の元へとむかうことになる。
「来たか。寝るか」
サウダライトにとって正妃三人の中で、もっとも気楽に”抱ける”のは、
「はい、イレスルキュラン様」
ロヴィニア王女のイレスルキュラン。
娘と同い年だが、性的なことに関しては娘とは真逆の彼女は、非常に割り切りって接してくれるので気が楽だった。
デルシ=デベルシュも割り切って接してくれているのだが、様々な過去が絡み合い、その上「体格差」が割り切るで済む問題ではない。
イレスルキュランは、スレンダータイプの体に形良く張った胸が付き、ちょっと”きつめ”の顔立ち。三人の正妃の中どころか、愛妾を含めてもサウダライトのもっとも好みの容姿。
三人の正妃の中では丹念に愛撫することも許され、他の二人ではできない体位も取る事ができる。
ルグリラドは正常位しか許可せず、デルシ=デベルシュには頼めば別の体位になってもらえることは解っているが、サウダライトの腕力ではデルシ=デベルシュの体を動かすことはできず、言うのは申し訳ないという気持ちが先に立つので、正常位以外はとったことがない。
”これぞ王女”と言った我が儘さと、男を誘う動きなどを楽しみ、皇帝と正妃の結合の最終目的である射精が終わると、体を洗い共に夕食を取り会話の時間となる。
抱くのは最も気楽だが、この会話がサウダライトにとっては苦手だった。
「マルティルディのことだがな」
「マルティルディ様のことですか」
姉王からの司令とサウダライトも解ってるが、とにかくイレスルキュランはマルティルディのことを知りたがる。
一度違う話題を振ろうとしたのだが、口先でのし上がったロヴィニアの王女。サウダライトの話題逸らしなど問題とせず、自分の聞きたい話へとすぐに軌道修正してしまう。
サウダライトも口下手ではない。
これでも文官としてマルティルディ第一の部下だった男、口も達者で嘘も上手い。
その嘘でグラディウスを誑かした……グラディウスは誰でも誑かせそうだが。
「マルティルディとラウフィメフライヌ王についてだ。私が調べたところによると、あのクーデターに関わっていた家の……」
―― うわ、それは聞かないで欲しいが、嘘はどこまで許されるか。でも真実は……
性行為の後、尋問が繰り返されていた。
※ ※ ※ ※ ※
煌めく黒髪と、物憂げな眼差し。優美な手足に、知的な顔立ち。
「ガルベージュス公爵ローデ閣下」
黙っていると涼やかな銀河帝国軍総司令長官ガルベージュス公爵《エリア》の執務室に、
「どうした、エシュゼオーン」
部下であり幼馴染みであり、従姉であり生まれた時から決まっていた婚約者でもあるエシュゼオーンがやってきたのは、宵にはいってすぐのこと。
「夕食は?」
「まだです」
「では共に取ろうか」
執務室内にある”食堂”へと移動し、二人は高らかに互いのフルネームを叫び、乾杯して食前酒に口をつけ、最近の出来事を語らいその時間を楽しんだ。
食後のデザートが運ばれ、給仕たちが去ってから、エシュゼオーンはテーブルに乗せていた端末を起動させて訪問目的を語り始める。
「愛妾区画で、怪しい動きがあります」
「ほう、どのようなものだ?」
「愛妾数名がグラディウス・オベラに対し、嫌がらせをしようと画策しております」
「グラディウス・オベラか。嫌がらせは具体的になにを?」
ガルベージュスは皇帝のお気に入りであり、自らの「愛しい姫君」ことエンディラン侯爵のお気に入りでもあるグラディウスのことは、良く知っていた。
「グラディウス・オベラが気に入っている硝子製品を破壊するようです」
「直接危害を加えるわけではないのだな」
直接危害となれば、早急に排除するのだが”壊そうとしている”状態では手出しできない。むろんガルベージュスの権力を持ってすれば、サウダライトに告げる必要もなく排除は可能だが、彼はそのような越権行為は決してとらない。
皇位継承権は持たないが、皇位に近すぎるという危うい立場でもあるガルベージュスは、規律を遵守し過ぎるくらいの態度をとる必要があった。
「はい。最初は直接危害を加えようとしていましたが、共謀相手に諭されて止めました」
「共謀相手? 諭すくらいであれば、嫌がらせそのものをやめさせるべきであろうが」
「共謀し諭した人物。フォル男爵 エルセ・テル・ラー」
エシュゼオーン大公は、彼の姿を画面に映し出し指さす。
「かの偉大なる第十六代皇帝オードストレヴを祖とする皇王族か。彼は何を望んで嫌がらせなどという下劣な行為に手を貸そうとしたのだ?」
「手を貸したのではなく、自らの有能さを売り込むために、愛妾を使うつもりのようです」
「わたくしはどれ程巧妙な手段を用いようとも、その能力を嫌がらせなどに使うものは有能とは思わない」
皇王族であれば普通ガルベージュスに自分を売り込むのだが、
「私たちではなく、マルティルディ王太子殿下に」
フォル男爵はこの行為を受けて入れてくれそうなマルティルディの方に傾いた。
「ほぉ、美しきアディヅレインディン公爵殿下にか」
真っ正面からガルベージュスに才能を示すことは諦めたのだ。
それがフォル男爵の限界とも言えるのだが。
「そのようです」
ガルベージュスとしてはエンディラン侯爵お気に入りのグラディウスを護るべきだと考えるが、感情だけではどうにもならない所がある。
「エシュゼオーン。美しきアディヅレインディン公爵殿下はこのことをご存じか?」
現在愛妾区画を支配しているのはマルティルディ。
マルティルディは有能で、情報収集などにも長けている。愛妾は七千人以上存在しているが、千人近くはマルティルディの情報収集に使われている。
”息が掛かった者”ではなく、彼女たちの集めた情報をそのまま抜き取っているのだ。
レルラルキスの友人であるシャナは、その必死の情報収集でマルティルディに目を付けられており、彼女の情報は有意義に使われていた。
「ご存じかと思われます。私如きが掴めたのですから、あの御方が気付かぬはずがありません」
帝国軍でも屈指の軍人エシュゼオーンから見ても、マルティルディは強くそして全てに長けている。
「手を打つと考えるか?」
彼らは自らの実力に驕ることはなく、他者をも認める事ができる。
その彼らが実力を認めているのがマルティルディ。
「私個人の考えですが、マルティルディ殿下はフォル男爵を自由にしておくと」
「そうだな。美しきアディヅレインディン公爵殿下とて、そのような下劣な者を愛しき幼子の贄に加えたくはあるまい」
マルティルディの隠された第一子イデールサウセラが巴旦杏の塔に収められる際に、生贄にされる存在の一人。
生贄の善し悪しに関してガルベージュスは触れない。
それは善し悪しだけでは語られないことを、彼は知っているからだ。
「確かに」
フォル男爵はマルティルディの第一子が両性具有であることは知らない。
知っていたとしても彼は、同じ行動を取ったであろう。
「本人は認められぬであろうとも。それはともかくとして、手段を講じないわけにも行くまい」
自らの死を回避するための行動を取る。
男爵がそのような行動を取ること自体は珍しくはないのだ。そしてある程度実力を見せれば、生き延びることも出来る。それを教えていないだけのこと。
生き延びる方法を見つけ”間違わず”に見せる。それが重要となってくる。
「では私が阻止いたします」
彼は既に間違っている。だが誰も正すことはない。
「いいや、お前が出ては大事になる。男爵の相手は男爵でなければならぬ。確かグラディウス・オベラには小間使いの他に、男爵が教育係としてついていたな。ルサ男爵であったか」
「はい」
「ではルサ男爵に銃携帯許可と、射撃訓練を施すように。それらの許可はわたくしが陛下より直接いただいて来る」
陛下が通う部屋の守りという名目で、武力牽制を行う。
男爵と愛妾相手では、この程度の武力牽制が大事にならず、それでいて特別であると周囲に知らせる”ほどほど”のラインだった。
「事実を告げられるのですか?」
「告げはしない。美しきアディヅレインディン公爵殿下を差し置いて陛下に告げる気はない」
「さようですか。それでは射撃訓練や銃の選別は、私とゾフィアーネが担当者を選び指示を出してもよろしいでしょうか?」
「よろしい。それとグラディウス・オベラの傍に出来るだけ近づき、便宜を図れ。それで帳尻を合わせるというのは卑怯ではあるが」
「畏まりました。それでは失礼いたします。夕食、ごちそうさまでした」
「後日、ゾフィアーネも招きまた夕食を楽しもう」
エシュゼオーンが去った部屋で、空になったコーヒーカップの模様をなぞりながら、行儀悪く頬杖をつく。
「ことは早急に進めねばな。本日陛下は、セヒュローマドニク公爵と同衾か。お会い出来ると良いが」
―― 一度だけじゃ。二度と望まぬと約束するから。お願いじゃ
「……さて、ゆくか」
ガルベージュス公爵は執務室を後に、ルグリラドの部屋へと向かった。
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