帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[24]
「話の流れだ」
「はあ」
 一体何が話の流れなのだろうか? 思いながら、キーレンクレイカイムは顔を拭いていたタオルをテーブルの上に投げるように置く。
「さて現在の皇帝サウダライトの母親は、先代皇帝の実妹にあたる。皇帝の子は全員親王大公と呼ばれるが、その中でも最も地位が高いのは誰だ?」
「両親を同じくする親王大公ですね……それが?」
「サウダライトの母親は、何故親王大公であり、先代皇帝の実妹でありながら、普通の貴族の元へと嫁いだ?」
「体面的にはケシュマリスタ王家に ”男児” が居なかった為ですが、正式な理由は脊椎核ではなかったからでしょう。そのくらいのことは知っています。……と、言いますか必須の知識じゃないですか」
 何故王族であれば解ることを、再度聞くのだろうかと不思議に思いつつも、背筋を伸ばして座り直し姉王を見つめた。
「脊椎核の者が優先的に王家に出され、皇族内での結婚の優先順位も脊椎核であるか否かにより決まる。解っているようだな」
「解ってますって」
「私達の母親・王妃サズラナシャーナは、脊椎核の持ち主であった。さて、聞こうかキーレンクレイカイム。母であったロヴィニア王妃の死因は?」
「母上の死因は難産だったと」
 難産であり先代ロヴィニア王の第九子にして、第四王女になる筈だったキーレンクレイカイムとイダの実妹は王妃と共に死亡した。
「先ほど両性具有を出産する場合は、出産が重いと教えたな。どの 《核》 の持ち主が、重いと教えた?」
「脊椎核」
「母上は?」
 王の元に送られる皇族側の配偶者は、脊椎核が優先される。この脊椎核は完全な人造人間ケシュマリスタ一族の大きな特徴でもあり、帝国において重要視されている。
 そのためケシュマリスタ王族には無条件で 《皇位継承権》 が発生する。皇帝の血筋もケシュマリスタに似るように改造が加えられているので、脊椎核保持者が生まれるが、後天的な改造であるために多くても 《一人から四人程度》 しか生まれてこない。
 対するケシュマリスタは、現在でもほぼ全員が脊椎核の持ち主。
「脊椎核……」
 ただ皇族も強度の改造が行われている血統故に、親王大公同士が結婚した場合は高確率で脊椎核の所持者が生まれてくる。
 親王位を返上した大公を両親に持つガルベージュスは、その規則性通りに脊椎核の所持者であり、その数は現帝国で二番目に多く十六個を数える。
「母上は二度目の難産で死んだとされたが、実際は違う。初めての両性具有の出産で、激痛に耐えかねて死んだのだ」
「……」
「私はお前が産まれた時 ”母上が難産だ” と聞かされ、人目を盗んで母上を見舞いに向かった。その先で見たものは、生涯忘れられない先代皇帝の絶叫だった。体が裏返るというのは、あのことを言うのだろうな。肌も土気色を通り越し、紫になって……あの有様を二度も見てしまった王達は、次の御子をとはとても言えなかった」
 王達が 《他の皇子・皇女》 の希望を口に出来なくなる程の有様など、キーレンクレイカイムには想像もつかなかった。
 自分を作り、殺そうとした父王と然程変わらないであろう ”王” 達が、遠慮するほどの惨状。それらを知るのは我慢できるが、見たいとはキーレンクレイカイムは到底思えない。
「母上と先代皇帝の核数は同じだった筈ですが」
「個人差だ。激痛にどれ程の耐性があるか、まさに個人差だったのだ。母上は激痛に耐えかねて、死亡した。私は後継者として、弟妹達とは違い遺体と対面したが酷い有様だった。顔は鬱血して腫れ上がり、身体中は内出血でどす黒く、手足どころか指まであり得ない方向を向いていた。激痛のあまりに、骨が折れたのだという。内臓は腹圧で全て破壊されていた、胸骨そのものもな。産み落とせなかった両性具有が胎内で死亡し、繋がっている脊椎が肥大化して体は弓なりになっていた」
「……」
 イダ王以外の者は 《見ることを禁じられた遺体》
 なぜ禁じられたのかは解らなかったが、父王に ”イダは後継者だからだ” と言われて、王位継承順位の低い弟妹は、階級に付随する当然の差別であると理解し黙っていた。
 だがそれを見せた父王の真意は違う。
「キーレンクレイカイム、私の核は何処にある?」
 イダ王に 《危険》 を教えてやらねばならなかったのだ。
「脊椎です」
 母である元親王大公の側に両性具有の因子があると見て間違い無い。それらの血を受け継ぎ、同じく親王大公であった皇族を親に持つ夫を迎えているイダ王。
「私は死にたくはないのだ。解るか? 私は母の有様を見て、とてもではないが子供を産む自信がない。私は子供を宿し、それが両性具有であったりしてはならないのだ。私は王だ、死ぬわけにはいかない。そして先代皇帝ほど痛みに対して強いとも言い切れず、核に絡まった神経の全てを排出できる等と楽観視も出来ない」
「姉上……」
 無責任に ”大丈夫です” とは言えない現実を前に ”口が回る” と言われるロヴィニアの王子も言葉を失う。
「そこでお前だ、キーレンクレイカイム。お前とイレスルキュランは私の実弟妹のなかで、二人だけ脊椎核を持つ。イレスルキュランは正妃になった、残るお前は親王大公を絶対に娶らせる。その子をロヴィニア王族として、政略結婚に使う」
 王としての責務を果たすことを前提にした場合、それは当然の判断でもあった。
「私に王の座を譲る気はないのですか」
 特に王位など欲しいとは思わないキーレンクレイカイムだが、敢えて笑顔で尋ねてみると、
「ないな。お前は王の下で能力を揮うほうが向いている」
 深刻な表情をしていたイダ王も、やっと表情を崩して答えた。
「然様で。それにしても出産は女性にかかる負担が大きいですな。人造にする際に、もう少し考慮すれば良かったものを。出産は女性だけであっても、両性具有に関してはもう少し……」


―― 両性具有「を」隔離するって、可笑しいと思わないかい? ――


「……キーレンクレイカイム」
 マルティルディの ”その表情” を思い出し、イダ王は口を開いたが直ぐに口を噤む。
「はい」
「……いや、もう少しはっきりと解ってから話そう」
「はい」
 まだはっきりとした事が解っていないのだ。不確かな事を語るのは、イダ王は良しとしない。
「ただな……」
「はい? 言いたくないのでしたら、今言わずとも。姉上が言いたくなった時にでも教えてくだされば」
「二、三年前にマルティルディが妊娠したという噂、聞いたことはあるか?」
「それですか? すぐに立ち消えになりましたが、確かに小耳に挟みましたね」
 あの二人の子供なら、さぞや綺麗で性格に難のある子が生まれてきたでしょう、と笑ったキーレンクレイカイムにイダ王は首を振る。
「噂ではなく本当だ。死んだ皇太子に献上されるべき女王を産んだ」
 《献上用両性具有》の誕生は、皇帝と王だけに伝えられる重大な機密事項でもある。
「女王? ちょっと待ってください! 姉上! マルティルディは、脊椎核に二十個……」
 たった二個で死にかけた先代皇帝と、死んでしまったロヴィニア王妃。
 だがそれの十倍の数を持つ王太子は ”生きている” まるで何事も無かったかのように。
「マルティルディ、私はあの女は嫌いだが、畏敬の念は持っている。皇帝に相応しいとは思わぬが、皇帝と認めることが出来る、この帝国でただ一人の女だ。キーレンクレイカイム、私はお前の事は嫌いではないが、畏敬の念はない。王として采配を揮うことは可能であろうが、王として、お前を ”王” とは認められない」
 イダ王はマルティルディを本心から嫌っているが、嫌いを凌ぐ畏敬の念を持っている自分をも否定はしない。自分が恐れた両性具有の出産を無事に終えて、何事も無かったかのように振る舞っているマルティルディ。
 たしかに出産後は体調不良で、暫くの間王城に篭もったが、回復は早く恐怖を感じたような素振りは一切見せない。
 出産前との唯一の違いは夫であるイデールマイスラとの夫婦生活を完全に拒否している所だが、体調が完全に戻っていないとしたら ”仕方のない事だろう” と、イダ王はそれに関しては完全にマルティルディ拠りであった。
「わざわざ答えてくださり、ありがとうございます。となると、ガルベージュスの両親がアーチバーデ王城に滞在している理由は、両性具有の養育ですか」
 夫婦仲が悪く、腕に覚えのある調停員が必要と言う事で送られた ”元親王大公の軍人夫婦” その真の目的は、献上用両性具有の養育。
「さて、私は大宮殿へと向かう。お前は王城で感傷にでも浸っているがよいキーレンクレイカイム」
 ガルベージュス、性格は ”アレ” だが、公人としては文句の付けようがない。それを育てた両親は、息子には及ばないが機密保持能力も高く、ほぼ誰にも知られずに養育していた。
「御意」
「言い忘れたが、イデールサウセラだそうだ」
 イダ王が振り返らずに語ったイデールサウセラ。それは何を指すのか言われなくても解る 《名前》 だった。
「良い名前と言って良い物なのか、なんなのか……誰が付けたんですか?」
 あまりの 《名前》 にキーレンクレイカイムは、この会話何度目かの驚きと共に、初の脱力をも感じた。
「知るわけなかろう」

 マルティルディ・メルヴィオイレンゲンジェ・《サウセラ》イラ

 そこまではっきりと二人の子だと解る名前を付ける必要があるのか? 知ったものは奇妙に思うが、誰に聞くわけにもいかない、不思議な名 《イデールサウセラ》

 不仲なマルティルディとイデールマイスラが付けたとは、到底考えられない。誰が、どうやってこの名を承伏させたのか?

 姉王を見送ったキーレンクレイカイムは顔を上げて ”イデールサウセラとやらが、ガルベージュスみたいになったら、献上された皇帝も困るだろうなあ……” まず、それを考えたが、どうにもならないことも解っているので、考えることを止め、そして思い出した。
 キーレンクレイカイムの記憶に残る ”噂” 通りにマルティルディが妊娠いていたのだとしたら、出産した頃にガルベージュスの両親ばかりか、ガルベージュス本人もアーチバーデ王城に滞在していたこと。
「だが何故、ガルベージュスが?」
 そしてマルティルディのお気に入りの下僕であるザイオンレヴィが、その頃、マルティルディの居るアーチバーデ王城から遙か遠くに配置されていたことを。


―― 愛しているイデールマイスラ。君は僕を愛している?
―― もちろん、愛している。誰よりも愛していますよ。マルティルディ


―― でも、そろそろ戻りましょう ――


 マルティルディの命令でイデールマイスラに話かけた時の過剰反応を思い出し、
「あの二人、滞在中になにかあった……まさかな……幾らイデールマイスラとガルベージュスが見た目瓜二つだからって言っても、出産直後のショックで間違ったり……わざと間違って……」
 キーレンクレイカイムは想像してはならないことを想像し、直ぐに頭を振ってそれらを追い払った。

「あのガルベージュスがそんな事に同意するとは思えないが……いや、あり得ないだろ」


|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.