俺なりに頑張ったんだけどさあ……
「えーと、兄上。ごめんなさい! どうしても解からなくて!」
三十近くにもなってこの有様。
書類書いたけどさ今一つ良くわからない箇所が……結構あった。
昔の俺の学校の宿題みたいに、期日過ぎて提出して俺の評価が下がる……くらいならいいけど、この手のモンはそうはいかないだろ。こういうのって不備があるとすぐに管理者を変えたりするらしいし、変わると混乱がどーのこーの。
『インバルトボルグ様の夫の弟』としてだけれども、俺を慕って頼りにしてくれる人達には出来る限り応えたい。それが皇后陛下のお気持ちにも沿うことだし。
だから、早目に兄上に。
かなり遠くの地区に居る兄上に、作った書類と……多分資料になりそうなデータを送った。
受け取った兄上ざっとデータに目を通して、
『二時間後に渡す。其方から回線を開け』
そう言って回線を閉じられた。
あーもう……ごめんなさい。俺としては頑張ったんだけどさあ。
兄上がこの国に居たころ、もう少し政治に参加しておけばよかった。思えば俺が少しくらい手伝えば、兄上もう少し余裕があったんじゃないか……俺が手伝っても余裕なんてあるわけないか。
「ま、兄上に二時間後に連絡を入れるのを忘れないようにアラームをセットして、次はこっちも書いておこう」
毎日携わっていれば、自分一人でできるようになるかなあ……
*
「母さん……」
「何? キサ。大公様にお夜食持って行くんでしょ」
アグスティンとあたしは話し合ったのよ。
メセアと母さん結局別れたんだけど、その理由が……母さんはあたしがアグスティンと一緒にいるって言ったから此処に残って、メセアはラディスラーオ様が別地区に移動を命じられたから付いていったんで遠く離れるし再会できるかどうかも解らないからって。
私は本当はラディスラーオに“様”とか付けたくないんだけど、付けなきゃカミラが悲しむかなあってさ。
そう、それでメセアと母さんはあっさり別れちゃった。
会いに行こうと思わなければ絶対に再会する事がないようなそんな距離。メセアはさ、仕方ないとおもうよ。
ずっとラディスラーオの事気にしてたみたいだから。あ! 様つけるの忘れた、まあいいや。
それにあの人子供だし、絶対に子供! カミラも大変だったんじゃないかな。メセアが付いていなかったら大変なことになってるよ、絶対に!
手間隙かかるのはアグスティンも同じだけど。『そういう所似てるよね』って言ったら『本当は兄弟じゃないんだ』って。
話聞いたけど、思わず言っちゃった。
− ばかじゃないの。どっからどう見ても兄弟じゃないのよ
似てるのよ、とっても。役に立たない所とか、役に立たない所とか……そのくらいしかないけど、似てるのよ。
言い切ったらアグスティン苦笑いしてたけど、瞳の奥が嬉しそうって言うか濡れてた。
バカだなあって本当に思った。
だから一緒に残ることに決めたし、絶対に一緒に居ることにした。私はアグスティンから離れることは一生ない。
「母さん。あのさ、メセアの所行っちゃいなよ! いいよ、平気だよ! もうあたしも大人だし」
本当はさ、母さんとだってずっと一緒にいたいけど、私は母さんの背中を押すことも出来るようになった。
「メセアも待ってると思うよ! 絶対に持て余してるよ! あんな我儘で偏屈な人! メセアのためにも行ってあげなよ!」
此処で離れちゃったら、一生会えないかもしれないけれど、会おうと思えば直接じゃなくたって会える。
カミラにはもう会えないけれど
*
「アグスティン」
『はい!』
「完成した」
画面の向こう側で、感謝を叫んでいるアグスティンは随分 ”しっかり” としてきてようだ。
黒髪の弟は、遠縁の死んだ伊達男に随分と似てきた。
「アグスティン。お前はできが悪いわけではない。宿題も自分が出来る範囲の事はやってから私に寄越していただろう。お前は自分が思っている以上に有能だ、覚えておけ」
『はい! ありがとうございました! 兄上の弟と名乗るもおこがましい不肖の弟ですが、これからも頑張りますので』
通信を切って届けられた資料を見直す。
懐かしい資料統計、あそこにはリドリーがいるから間違いはなかろう。
ファドル・クバートが死んだという知らせは、ハーフポートから聞いた。特になんの悲しみも思い浮かばぬが……もうどうにもなりはしないだろう、俺は。良く解からんのだ、何一つ。
あの後、俺達はインバルトの棺を遠目に観ただけで、近寄る事は許されなかった。
まだ腕の中でぬくもりの残っていたインバルトを奪われたせいなのか、俺の中では、どこかでまだ生きているのではないか? と思う時がある。
長い事会わないで、偶にしか触れることのなかったインバルトだ……諦めの悪い事だとは思うが。
「お前の勝利の名のお陰か、あいつらは全く負けなしで進撃している……一番傍で見ているのだろうが」
お前はあの王が全ての国を征服させる瞬間を、傍で見るのであろう。遠く遠く何処までも行くのであろう。
ドアをノックして、入ってきたのはメセア。
「起きてたか。連絡端末に緊急を要するってやつがきてた」
B5サイズのそれを受け取って開き……
「……んだと……」
「どうした? ラディスラーオ」
『本日クレスターク=ジルニオン十六世退位。ニーヴェルガ大公と……』
言葉を失った。あの日から一年しか過ぎてはいないというのに。
*
「葬式だってのに、明るいなあ」
帝星に来てる。
帝星ったって、俺が生まれ育ったインバルトの国の帝星じゃない。
エヴェドリット王国の帝星だ、対異星人戦線の前線だった完全人工機動惑星・シセレード。
別に、普通の惑星にしか見えねえけど、この惑星有事の際は戦艦のように動いて攻撃するんだってな。
「俺はあの店で待ってるからな。護衛は頼んだぞ、アーロン」
カハヌ……じゃねえや、ラディスラーオは国王陛下にお呼ばれ。
俺も付いて来いって言われたんだが、さすがにそれは勘弁してもらった。宮殿近くの休憩所、宮殿の費用で運営してる喫茶店らしい。
何でそんなモンをわざわざ国費で運営してるかって? 宮殿に用事があって来た主を待つお手伝い達が傍で時間を潰すのはいいが、そんな奴等がたむろすりゃあ、回転率が悪くて収益が上がらない……なんだってよ。
当然客は選ばれるらしい。俺はラディスラーオに渡された身分証明書を差し出して、
「では、ラディスラーオ・ハイゼルバイアセルス殿が宮殿を出られましたらお伝えします」
はいはい。
「それでは此方へ。お客様のお連れの方がお待ちです」
「あ? 連れ? 人違いじゃないか?」
こんな所に知り合いなんて居そうに……
「メセア」
俺の顔をみて椅子から立ち上がった
「リタ……何しに来たんだ?」
リタはそりゃ妙な格好してた。余所行きって奴? 似合わねえ。俺も言えたモンじゃねえけどな。
「怖かったよ……」
「泣くなよ! それで、お前が何で此処にいるんだよ!」
リタの話しによると、キサの奴に「新婚家庭に姑は必要ないから!」と追い出されたんだそうだ。
追い出されたならってんで、リドリーの奴がインバルトボルグ地区の代表の手紙を持たせて此処まで来させたんだとよ。
「別に国王陛下にお会いした訳じゃねえだろ? ただ役人に手紙渡しただけだろが?」
この国の一地区の管理代表者の代理人なんぞに会うほど暇……
「いや、会ってくださったんだよ! 国王陛下自らさあ、吃驚しちゃったよ。私だってまさかお会い出来るなんて思ってもなかったから!」
だったのかよ……。
国王って解らねえなあ。あの国王も最後まで良く解んなかったしよ。
ま、国王がどうのこうのよりも
「で、お前どうすんだよ」
俺はこっちの方を解決しなきゃな。
「メセアと一緒に行ってもいいかな」
新婚家庭に邪魔だって言われたんだ、帰るわけにはいかねえよな。
「あ、こいこい。言っておくけどよ、キサの百倍は面倒なのが二人もいるんだぞ、それでも良いのかよ」
俺もお前も貧乏籤ばっかり引いてる人生だが、まぁ……あいつらが引かないように、たくさん引いておくか。