我が名は皇帝の勝利


― 48  ―


 それは簡単に壊れるのだ。
 戦争の上の僅かな平和だったと知っていた筈だ、誰よりも。
「アスカータ共和国から、全宇宙に発せられた公文書です! 読み上げます! エヴェドリット王国北方元帥ニーヴェルガ公爵ジルニオン=バランタオン、アスカータ共和国との国境前線放棄! 本隊を率いて……自国帝星侵略を開始した模様!」
 それは予測の範囲にあった事ではあったのだが、明確な手を打つ事ができなかった。
「正確な情報か? リドリー」
「解かりません……ただ、アスカータ共和国が、二百年近くも我々と争ってきたあの国が、講和と同盟を求めて参りました」
「信憑性はそれで充分か」
「はい」
 我が国はアスカータ共和国、アマナ王国、カタハ連邦の三国と国境を接している。どの国とも基本的には国交はなく、小康を保ったままの交戦状態である。
 別に珍しい事ではない、宇宙では小国乱立で同盟など何処とも結ばない。
 ヴァルカはアマナ王国とカタハ連邦の両国の国境線に駐屯している。
 長年交戦していたアスカータ共和国側には、この二年間警備パトロール隊しか配属はしていなかった。
 アスカータ共和国は、我が国の反対側国境がエヴェドリット王国と接していた為、其方に重点を置いていた。特に二年前にリーダ(現ジュレウラ)という、アスカータ共和国ただ一人の機動装甲乗りが別国へと亡命してしまって以来、軍備の九割をエヴェドリット側へと向けている。
 その理由は四年ほど前にアスカータ共和国との国境線に、エヴェドリット王国が派遣した元帥、ニーヴェルガ公ジルニオンにある。
 押さえきれぬ覇気と、垣間見せる侵略者の血の恐ろしさ、隙あらば何時でも攻め込み取り上げ、機熟せば何時でも再び攻めるを繰り返す、戦争をする為に生まれてきたような男。
 煙管を噛んだ口のから僅かにのぞく歯、半眼を装っている目の奥の光、その些細な“部位”ですら、隙なく恐ろしさを感じさせる男。
 アスカータ共和国はジルニオンを押さえるのに躍起となり、こちら側の国境線は貧相なものであった。
 ただ、それは余としても政策を取り易く、軍備費を割いて別の予算に回すことが出来るので特に国境を侵す事はしなかった。

「ニーヴァルガ公爵軍とベルライハ公爵軍が衝突。勝者、ニーヴェルガ公爵。ベルライハ公爵生存確認!」
「どちらか一人死んでくれれば良かったものを……二人が生き延びたか」

 ニーヴェルガ公爵には従兄がいる、二ヶ月ほど年上のベルライハ公爵。
 性質の違う二人ではあるが、才能は優劣が付け辛い程の人物だ。
 そのベルライハ公が南方を守っていたお陰で、ヴェドリット王国は四年以上中央の政治が空白であっても、侵略される事は一度たりともなかった。
 中央の僭主達も何時かどちらかの元帥が攻めてくると知っていながら、それを無視した。
 そして彼らから軍備を取り上げる事もなかった。自分達が遊ぶ為には彼らに国境を守ってもらわねばならない事だけは、理解していたらしい。
 何時か来るであろうニーヴェルガ公の恐怖を享楽で紛らわしていた彼らは、遂に討たれた。何故かベルライハ公は継承権を放棄していた、その理由は杳として解からない。
 ただニーヴェルガ公ジルニオンが即位し、軍の統制をベルライハ公が受け持った。この二つで、たったこの二つだけで、軍事大国の誕生したのは確かであった。
 攻めてくると解かってはいたが、余も何の対応策を練る事が出来ぬまま、この状態に陥った。余の不徳……いや、認めたくは無いが認めざるをえない、余の才能の限界。
 早急にヴァルカ総督をアマナ・カタハ国境線から呼び戻し、何人かの将兵とともに作戦を練る。

「アスカータ共和国との同盟は如何なさいますか?」
「共和国と同盟を結べば勝てる、というのならばそれも案になろうが、意味があると考えるか? リドリー。それに共和国と同盟を結べば、王制以外を認めていないエヴェドリットへ対しての完全なる宣戦布告と取られるであろう」

 大帝国の家臣にして、四王家の子孫は王制以外を認めてはいない。

「ならばアマナ王国と同盟を図るのはいかがでしょうか?」
「あの国が本当に出兵し、尚且つ我々を売らぬという証拠があるのならばな。建国以来弐百余年、我が国はどの国とも同盟を結ばなかった。それは他国とて同じ事、一王の誕生で慌てて慣れない“同盟”なる言葉を用いて足並みを無理矢理そろえて……勝てる相手なのか? それにアマナ王国との確たる同盟となれば、余はアマナの王女と結婚せねばならぬ。インバルトボルグを退け余がアマナの王女と婚姻する。お前達はそれでも良いのか? この国はアマナになるも同然だぞ」

 アマナには現在男の王族がいない。

「全面降伏を視野に入れては」
「インバルトボルグの処刑をも視野に入れるという事になるぞ、あの国は王制以外は認めてはいないが、王を名乗った者に対しても苛烈である。あの国から見れば我々の国は“僭主国家”。僭主は余であるが、僭主の血筋となれば皇后。この二者はまず許されまい。余は構わぬが、民になんと説明する? 民とて愚かではない、無条件全面降伏をすれば皇后の処刑が待っている事くらい理解できよう」

 四王家は大帝国時代の四王家以外の王を僭主と呼ぶ。そして僭主には苛烈な裁きを振り下ろす。
 もはや伝説となっている大帝国暗黒時代の“僭主”に対する嫌悪感。そしてそれを絶やさない教育。
 我等が名乗る皇帝は『小皇帝』
 あの国から見れば“僭主”の称号以外何者でもない。

「では条件降伏で、皇后陛下の御身の安全を」
「それを図ってくれる王だと思うか? あのシュスターの元にあった巨大王国の末裔が、他の王国を僭主と見下すあの国の王が。気位の高さだけは一流であろう」

 戦って勝つ、その気すらこの国には最早残っていない……余にも残ってはいない。根本的に軍事力が違う。国の豊かさ以外にある“モノ”。
 機動装甲だ。
 戦闘用に特化した二足歩行型戦闘機、腹部の辺りに搭乗席があり、そこに特殊な才のある者が乗り込み動かす。最盛期には千人も居たといわれているが、現在では銀河全域に数える程しかいない。
 その数える程のものでも、上下がある。ジルニオンとベルライハ公は……“どちらかが銀河最強であろう”と言われている。
 エヴェドリットの血には、この操縦者が多かった。その血を伝えている二人は当然ながら、我々の想像を絶する強さを誇る。アスカータ共和国が軍備の九割を割いたのも当然だ。

 それでも勝てる……とは思えない。

「逃げを語るな」
「ヴァルカ総督」
「私は前線で戦います。私が勝てばそれで宜しいでしょうが、負けた場合の事はお願いいたします。それとカフェルセルス要塞主任の配備をお願いいたします」
 カフェルセルス要塞は帝星の最終防衛線、その要塞を破られれば帝星は丸裸になったも同然だ。
 だが、機動装甲であれば簡単に破るであろう。かつて科学力ならば我々よりも勝っていた異星人を駆逐したその戦闘機。
「逃げるつもりか、ヴァルカ総督」
「逃げではありません、陛下。私が皇后陛下の隣に立たなかったのは、陛下ほど内政や策略に才がなかったからであります。今、知った顔をして愚にもつかぬ策略を語った所で国政が混乱するのは必定。さすれば私が最も役立てる事をして、国家に恩を返すまでの事」
「捨石になるぞ」
「もとより承知。陛下のご決断を知らぬままこの世を去る覚悟であります」
「……好きにしろという事か」
 インバルトをジルニオン側に差し出して降伏するというのが、最も損失が少ない策。無論差し出すといっても、女として差し出すのではない。
 他の者ならばそれもあるかも知れないが、ジルニオンは同性にしか興味のない男だ。
 娘がいる所から女を抱く事はできるかもしれないが、それを好む男ではないのはあまりにも有名だ。だとしたらインバルトはどうなるか?
 簡単だ“小皇帝”を名乗った国の血を引く末裔として処刑される。
「私はインバルトボルグ陛下の僕で御座います。よって陛下がインバルトボルグ陛下の身を守らなければ、牙をむきます。ですが、あの方は国でもあります。私一個人の感情で一国の命運を決めるわけにはいきません。私は自分の出来る範囲でインバルトボルグ陛下をお守りします」
「はん……お前が死んでいて、エバーハルト皇子が生きていたとしても、この状況は変わらなかったであろうな」
「御意」
 エバーハルトはリーダが機動装甲に搭乗し攻めて来た際に死んだ。
 ただ、リーダを艦隊戦によってひかせる事には成功したのだから……。あの時は一人、今はリーダ以上のが二人いるのだ……。
「前線はお前に任せよう、好きに戦え。要塞主任は余の一任だ、異存はないな!」
「御意!」
「お前とは永遠に理解し合えぬと思っていたが、そうでも無かったようだな、ヴァルカ・デ・ヒュイ」
「ありがたきお言葉、陛下……いいえ、ラディスラーオ・デ・クランタニアン」
「行け!」

 我が国には奴隷はいないが、あの国には奴隷制度がある。全面降伏は奴隷階級とされる者が多くなる可能性もある、よって徹底抗戦の構えを取る事に決定した。


Novel Indexnextback

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.