まさかファドルが此処まで来るとは思ってなかった。いや、想像以上の行動を仕出かしてくれて楽しいもんだな、アグスティン……とも言ってられない。
陛下がおいでになった。
部屋の中に入ってきて、この惨状に言葉を失ってる。いやな、陛下が声をかけてきたんだがファドルのヤツ、全く聞こえてないらしい。必死になってアグスティンが“陛下”を説得中ってか、現状を説明中。リガルドが必死にファドルを遠ざけようとしているが失敗。
いやあ、人生って面白いってかスリリングだな。
それにしても、わざわざ俺の所においでになったって事は、陛下から折れるのか。やっぱり軍隊を掌握しているヴァルカ総督は強いよな。通常は全く政治に口は出さないからそれで良いんだけど。陛下は軍部と政治を切り離した状態にしたいらしい。結構な危険も伴うが本来ならばそれが正しい姿なのかも知れない。
この長い戦乱が続く現在で、それを貫くのは危険と隣合わせではあるが。
「ファドル、ちょっと待ってくれ。重要な話があるからな」
言いながら、ファドルを俺の後に押しやる。少しくらいなら待たせても平気だろうが、度を越すと怒り出すだろ。この人の性格じゃあ。
「お待たせしました、陛下」
「そうだな。お前の事だ、余が此処まで出向いた理由は解かっておろう」
「はっきりと言っていただけなければ動けません」
「総督を説得しろ。今日中には第四種警戒態勢を解く」
「畏まりました。その際、皇后陛下をもお連れしてよろしいでしょうか。私が百万言費やすより、皇后陛下の一言の方が説得力があるでしょうから」
「貴様に任せる」
丸投げ……でもないか。陛下も皇后の口から説得しないとヴァルカ総督が収まらないのは解かってらっしゃる筈だ。だが通信の際、隣に皇帝陛下が立ってる事で「言わされている」と取られるのも解かってらっしゃるんだろう。
「不服か?」
「いいえ。全幅の信頼を頂き感無量でございます」
「余も感無量だ。帝国の色事上手が四年間も通った相手に罵られている様を見るのはな」
足ついて調べられたんだな、構いはしないけど。
それだけ言われると陛下は立去ってくださった。やれやれ……背中に隠していたファドルは、途中で目の前に居るのが皇帝ラディスラーオだと気付いたらしく、俺の服の裾を握って硬直してた。
「もう大丈夫だぞ、ファドル」
「……本当に貴族なんだな」
「まあ。後で怒られるし、何でもするから今は許してくれ。大至急ヴァルカ総督を説得しに行かなけりゃならないから!」
ここでファドルを優先出来たらなあ……とも思わないでもないが、そうも行かないのが現実だ。
「早くヴァルカ総督を説得してこいよ。デイヴィットにしか出来ない事なんだろ」
「感謝する。アグスティン、使者になってくれ。皇后陛下にご連絡を、通信室はグラショウの執務室を使うから其方へご案内してくれ。着衣は平服で、正装は避けさせてくれ」
「解かった。じゃな! ファドル」
いいながらアグスティンは駆け出していった。俺は失礼のない格好に着替えて……
さてと、ヴァルカ総督は説得を受け入れてくださるかどうか。
*
部屋から出て行ったデイヴィットを見送った後、どっと疲れが出てきた。
「お疲れでしたら、お休みになられますか」
突然かけられた声に、驚きつつそっちの方向を見ると
「リガルドですよ。パロマ領ではお世話になりました」
「いいえ、此方こそ」
「おかけになってください。主が、ダンドローバー公が戻って来るまで、まだ暫くありますので」
宮殿に押しかけてきて、大騒ぎしちゃったなあ。自分の人生だとは思えない、何してるんだろうか……
「あの、もう帰りますので」
居た堪れない。思えば皇帝陛下をも無視してデイヴィットと喧嘩していた気がする。なんと言うか……もう
「残念ですが、私ではファドルを帰して差し上げる事はできません」
「え?」
「我が主、ダンドローバー公は現在軟禁中でして自由が利きません。モジャルト大公殿下は、貴方の事をここの小間使いだと偽って連れてきたそうです。それが通されてしまった以上、簡単に宮殿の外に出る事は出来ません」
「…………」
「まあ、ごゆっくりお待ち下さい。主も疲れて帰って来るでしょう。その際に貴方が居れば疲れも吹き飛ぶに違いありませんから」
「待っていても、よろしいのですか?」
「もちろん。そして一緒に叱りましょうね、あの方に対して色々と」
……多分、グリーブスさんは相当何かを腹に据えかねている気がする。待っていても良いって言ってくれてるんだから……
「アグスティンってモジャルト大公? モジャルト大公って」
「陛下の弟君ですよ」
全然似てない、全く似てない……あの雰囲気とか面立ちとか。あ……大貴族じゃないか。心の中で謝っておこう、見えなかったって言った事に。