我が名は皇帝の勝利


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 私は皇后がどんな方なのかは、知らない。
 知る必要もない事なのかもしれないが、目の前にいるのは全く知らない方と言っても許されるだろう。
 私の中に存在する皇后陛下は、八年前に王宮の一室にいた「エバーハルト皇子の姫」であって、それ以上でもそれ以下でもない。陛下の、ラディスラーオ様の妻であるという認識は低い。むろん、皇后陛下にラディスラーオ様の子を産んでもらわなければならないという事はあるが、それは夫婦とか言うのではなく……。
 恐らく私は何も知らない、そしてラディスラーオ様も何も知らない。
「皇后陛下」
「私は二年程前にあの通路を見つけて外に出ました。その時は確かにラニエに対して怒りを覚えていた記憶もありますけど、そんな事も外に出た時忘れました。不思議なものですね、グラショウ」
「何がでございましょうか?」
「私はこの王宮から抜け出した時、とても楽しかったのですよ。そして、外で過ごすのもとても楽しい。その権利をお持ちであった陛下は、何故その楽しさを捨てて王宮などに来られたのか。私には不思議でたまりませんわ」
 おそらく、皇后陛下は永遠に皇后陛下なのだ。
「私からは何も……」
「グラショウから聞き出そうなどとは思っておりませんよ。そして、陛下から直接お聞きするつもりもありません。ただ……才能もあられて上昇志向もお持ちでらしたのでしたら、王宮に居たほうが楽しいのかもしれませんわね」
 それから皇后陛下は、二年間の出来事を語ってくださった。
 最初に外に出た時にダンドローバー公に会った事、此処であの公爵に出会ったのは皇后陛下にとって幸いであったに違いない。
 それから市民大学に通い、メセア・ラケにも会い、現在に至ると。
 あのダンドローバー公の事だ、此方が勝手にハーフポート伯のことを調べて到達するのを待っていた可能性もある。
「皇帝陛下に御報告してもよろしいですか?」
「グラショウという人間は陛下に対し、隠し事をする人間ですか?」
 私は平伏し、レンペレード館を後にした。
「参事官、ダンドローバー公がお待ちになられておりますが」
「来たか」
 王宮内にあるにしては殺風景な私の執務室に、正装したダンドローバー公とリガルドが並んで座っていた。
「お待たせいたしました、ダンドローバー公爵閣下」
「いいえ、全く待っておりませんよ参事官殿。さて、先ずは感謝を。彼等に対する警戒を解除してくれて、ありがとう。それでも警戒のために、モジャルト大公とハーフポート伯は別の場所に待機させてきました。これは基本的に私の一存で始まった事でして、あの二人は殆ど関係のない事です」
「お聞かせ願えますか? 理由を」
 ダンドローバー公の言い分は、単純明快であった。
 皇后陛下と皇帝陛下の仲を取り持つ。全くの不仲である二人を少しでも近い場所に立たせる為に、あれこれと策を講じたのだと。
「もちろん私も、あの場所に皇后陛下がいらっしゃらなければ、このような策を講じようとは思いませんでしたが」
 リガルドがあの公営住宅の歴史と、その関係者を並べる。
「金銭的な面から考えても、皇后陛下の教育に使われる予定であったと考えて間違いはないかと。リドリー……参事官殿」
 不透明な金の流れはなかった。
 これは先々代の皇帝も許可を出していた可能性が高い。
「元々ガートルード母妃と老女ディアヌは仲が良かったらしい。母妃も早くに母上を亡くされて、子が一人もいなかった老女が養育係を受け持ったと証言がある」
「何処からそれを?」
 主だった皇室関係者は処刑されている。ガートルード母妃とかつての愛妾であった老女との関係など
「むろん、ヴァルカ総督から」
 あの人ならば知っているかも知れない。

*


 ダンドローバー・デ・デイヴィット、一世一代の賭け……とまではいかないが、喜んで行きたい場所じゃないのは確かだ。
 グラショウに連れられて、ただ今ラディスラーオ陛下の元へと向かっている。
 ファドルには連絡を入れておいたから『夕食が無駄になった!』などと叱られる事はない。今はそれ以上に叱られそう……いや罵倒されそうな恐れもあるんだが……こればかりはなあ。リガルドには“まだ”叱られていない。上手く事態が収拾して、生きていたら叱られるだろう。“生きていたら”ってのが苦笑するしかない所だけど。
「陛下、グラショウです。ダンドローバー公をお連れしました」
 お連れってか、勝手に付いて来たの30%で無理矢理連れてこられたの70%くらいなんだけど、そうも言ってられないか。
 何の面白味もない陛下の執務室に連れてこられた。噂通り、室内のいたる所に電子画面が映し出されて、国内どころか国境のない隣国の映像なども目を通されているようだ。ご苦労な事だ……ご自分で買って出られた苦労なのだから当然と言えば当然でもあるが。
「ダンドローバーか……」
「ご無沙汰しておりました陛下。詳しい事は参事官殿からどうぞ」
 黙って立って周囲の電子画面を見回す。
『良くこんなに調べるよな……此処まで隣国、それ以上の国まで調べられるんだから、一緒に住んでる娘の気質くらい簡単に理解できそうなんだけど。そうも行かないんだろうな。おっ? エヴェドリット、北方軍事施設工場で……製造がほぼ終わったって、機動装甲のか? ……おい、まさかなぁ……でも、こんなモン四体も作って黙ってられるような性質じゃないだろうし』
 一つ向こうに、困った国がある。
 今は中央が壊滅状態で、その国の人間には悪いが周囲は胸を撫で下ろしている国がある。でも、近いうちにこの男が政権を取りに行くのは確実だ。
『四年くらい経ったか……そろそろか?』
 政権を奪取したあとどうなるか? あの男の性質上必ず侵略を開始する。その際攻めるとしたら“こちら側”が一番楽だ。
『南方は直ぐ向こうに大国オーダイドールが控えている、東方はかつての同胞にして敵であるテルロバールノル、どっちも機動装甲があるが、こっちは暫く先まで誰一人いない。厄介だよなあ、ニーヴェルガ公ジル……』
「ダンドローバー」
 説明が終わったらしい。
「はい。何でございましょう」
 何と言われるのやら。相変らず表情の読みづらいお顔でいらっしゃる。
 俺も読みづらいとは言われるが、意図してやってるわけじゃあない。ただ笑っているだけであって、ラディスラーオ陛下のように目じりまで完全に武装しているような表情の読みづらさとは違う……と思う。
 今のラディスラーオ陛下は、怒っているのは日常茶飯事なんで、でも困惑してるわけでもない。
「先ず第一に聞こう。皇后に間違いはないな」
「ございません。皇后陛下は陛下に忠実でございました」
「嫌味か」
「そう取られても結構でございます。むしろそう取っていただかないと困ります。誰かの肩を持てといわれたら、私は皇后陛下の肩を持ちましょう。陛下、率直にお答えくださいませんでしょうか? 陛下は皇后陛下をお望みか?」
 苦虫を噛み潰したような顔が、もっと悪化したぞ。
「望んではおる。あれがいなければ困るのは、お前達が良く知っているだろう」
「言葉を濁されましたが」
 机に手をつけて顔を近付けて
「正直、皇后陛下のお子を望まれていらっしゃいますか?」

どうでる? ラディスラーオ・デ・クランタニアン。この国の名を継がない皇帝陛下

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