我が名は皇帝の勝利


― 24  ―


 繁華街の外れの酒亭にダンドローバー公と皇后陛下。
 全く場違いな二人だ。
 皇后の真赤な長い髪は、幼い頃から変わっていない。
 艶やかなまま美しく伸ばしている。その隣に座っているデイヴィット……ダンドローバー公か。
 俺でも聞いた事がある。俺は少しだけ貴族に関係してから調べた。あんまりにも数が多かったんで有名なのだけで止めたが。
 俺の弟、皇帝ラディスラーオはハイケルン伯爵の庶子。後ろ盾は皇后だ、血筋という強大な後ろ盾。
 その皇后インバルトボルグの後ろ盾は武力。帝領伯爵でもある総督ヴァルカが絶対の忠誠を誓っているのが大きい。
 この総督ヴァルカもかなり血筋が良くて、実際ヴァルカがインバルトボルグの夫となり皇帝の座に就くのではないか? 思われていたくらいだ。
 総督ヴァルカは独身だが、妹のママーリエの子がハーフポート伯爵アーロン。ママーリエは皇家の血に繋がる男と結婚していて、ヘタをすればラディスラーオの粛清にかけられるところだった。
 妹とその夫、それに甥の命を助ける為に従った……とも言われている。実際の所はわからないが。
 ダンドローバー公デイヴィットは帝国でも有数の気ままに生きている男だ。それは……今目の前にいても解かる。
「少々聞きたい事がありまして」
「母の事でしょうかね?」
「何故お解かりに?」
「貴方様が知らないで、隣に居るデイヴィットも答えられない事で俺が知っている事となれば、それは母の事しかありませんから」
「聞いてもよいのですか?」
「五歳くらいまでしか共に暮らしていませんでしたので、お答えできる事は少ないかと思いますが、何なりと」
「……」
「どうなさいました?」
「カミラ、どうした」
 大したもんだ、この状況でカミラって呼び捨てに出来るんだからなデイヴィットのやつ。
「いえ、その……お名前は?」
「メセアですが」
「メセアも宮中に居てくだされば良かったのに」
 真赤な紅蓮の炎のような髪と白い肌……の頬が赤く染まった。
 まさか……な。自惚れでもなく、気に入られたようだ。
 貴族とかって、あれだ……下層民を見ると今まで感じた事のない何かを覚えて、好きになった気持ちになるんじゃないか?
 ちなみに“今まで感じた事のない何か”ってのは、大体品の悪さだろうよ。俺の母親だって、そりゃまあ下品な女だったぜ。
 親を悪く言うもんじゃないとか言う奴も要るが、どう好意的に思い出してやっても下品だった……。あれの息子だって言われていた弟も大変だったにちがいない。

*


 俺もメセアも伊達に長い事生きてない、特にメセアはもう四十にもなる男だ。だからさ……ちょっと待て! ……なんでよりによって、陛下じゃなくてその兄に一目惚れすんの!
「もしかしなくてもカミラ、惚れた」
「……。良く解かりませんけど」
 ああ! 貴方様は初恋もまだでしたか……でしょうな。
 見事に叶わない初恋でいらっしゃいますね……。
「えーとですな、カミラ。一度話しを別の事にしましょう。メセアの事を聞くのが先決でしょう」
 これは俺も想像していなかった事だ。普通そんな事考えないよ。
「俺の事と言っても、特に面白い事はないぞ」
 なんともまあ、途切れ途切れに初々しく……はないが、まるで見合いのような会話をしている二人を見ながらこの状況をいかにして上手く使うかを考える。
 二人で逃避行なんてのはない、メセアは皇后陛下の事をなんとも思っていないから。もちろん驚いてはいるが。
 皇后も真当な判断力をお持ちだ。
 ……でも、よく考えてみると「皇后陛下の子」であれば良い訳だし、雰囲気だけみればメセアと陛下は似ているから、メセアとカミラの子が皇帝陛下の子になっても……『策』としてはあり得るが。
 メセアはそこまでバカだとも思えないが、使いようによっては……。
 策は浮かぶがどうも俺一人じゃあ無理だな。もう一人くらい……そう言えばハーフポート伯アーロンが報告してきたな。モジャルト大公アグスティンが兄皇帝の行動を心配して訪問してきたと、パロマ領滞在中に。
 アグスティンなら結構簡単に抱き込めそうだが……いっそ、ヴァルカ総督と協力するのはどうだ。
 そうすればあの真面目一本やりのアーロンも借りてこられるし。後継者の為だといえば、リガルドも協力してくれるだろうしな。
 それにしても、もう少し主人の恋のお手伝いをしてくれてもいい気もするが、リガルドめ(お相手がお相手ですからね/リガルド)そういえばリガルドに妻も……アイツの事だ自力で探すか。
 何で焦ってるかって? そりゃ問題だろ? このままメセアを好きな状態でいられたら、非常に困るだろう。紹介しちまった俺が。
「あーと、姫じゃねえや、カミラ。これから週に二度くらいのペースで通おうじゃないか」
「いいの?」
「メセアも良いだろ?」
「良いが、一度お前と二人っきりで確り話をしたいデイヴィット」
 うわ、目が座ってる……似ているよな。陛下の顔って母親似なんだ。
「ベッドの上なら大人しく聞いてやるけど」
「お前が無事かどうかは知らないぞ、デイヴィット。俺は場末の情事なら何でも知ってるからな、ほんの一時とはいえ伯爵を虜にした女の息子だ」
「お手柔らかに」
 アンタ、宮廷にきても充分やれるよ、メセアさん。そう睨み合っていたところに、ギイィィィと建て付けの悪い入り口の戸が開く音がした。
「今日、お店開かないの? 母さん」
「ああ、ちょっと用事があってね。ね、メセア」
「ああ」
 メセアの家の居候のキサだ。リタの連れ子だって言ってたな……
「キャサリン?」
「カミラ?!」

 キャサリンって……市民大学で一番皇后と仲の悪い相手だったような。貴族関係しか調べていなかったが、キャサリンってのはキサの事なのか?
 そう言えば“キャサリン”が原因で皇后は謹慎処分になったはずだ。


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