繋いだこの手はそのままに −73
デ=ディキウレとザウディンダル以外の兄弟とその妻子全員を集め、礼儀作法など気にせずの食事と歓談はロガの体調回復に劇的な効果をもたらしたようだ。
デウデシオンが許可を出したことをメーバリベユに告げると、傍に居たフォウレイトが「それでしたら、ご兄弟の妻子もご一緒させたらいかがでしょうか?」との提案。一部屋に全員集めて礼儀に沿った自己紹介もなしにして、とにかく話をさせて食事をさせる。
難しいことなど何一つない……余は初めてなので難しかったが、ロガはその形式に宮殿に連れて来て初めて緊張せずに人に接しておった。
やはり男だけの兄弟ではなく、女性が混じったのが大きい。
どの妃達もロガに優しく話し掛け、母が子ども達を紹介し、紹介された余の甥達が今度ロガに話しかけてといった流れだ。甥の最年長者はタウトライバの長子エルティルザで今年十三歳。余よりもロガの年の近い、タウトライバに似た賢い甥は他の者達を上手に説明しておった。ケシュマリスタのヤシャルといい、タウトライバの息子エルティルザといい帝国は次代も安泰だな。
……最大の問題は余の次代だが……それは今は考えないで……
余はそれを眺めつつ、
「このクリュセーク! 生きているうちに陛下にお会いできるとは思ってもおりませんでした!」
「第九庶子クリュセーク兄に続いて! 第十三庶子クルフェルも陛下に生きている間に会わせていただけるとは思ってもおりませんでした! 己の性癖が男性に向いていることもあり、決して! 決して陛下においあい……うあああ」
「陛下、この愚弟共の混乱をお許し下さい。この容姿で生まれついた為に陛下に会うことが今まで叶わなかったために言葉も怪しくありますが……あ、私の事は変わらずキャメルクラッチで結構ですので」
ケシュマリスタ系容姿の兄弟に囲まれておった。
いやぁ〜本当に綺麗な容姿だ、僅かながら四大公爵とは違うのだが、まさしく綺麗の言葉がしっくりくる。今はこの場にいないデ=ディキウレも同じだそうだが……何時か全員を一同に会させてやりたいものだ。デ=ディキウレと妻……デ=ディキウレの妃の名、余は知らぬ……何故だろうか? 二人の子ども達は此処に来て楽しそうに話をしているので、後で聞いて……皇帝が異父兄の妻の名前を知らなくて、二人の実子に聞くのはまずいか? ……まずいであろうな。また今度にしておこう。
それはさておき、今居る三人だ。
三人が余に会えた事を心の底から喜んで足元で騒ぐ様は、父たちにも似ており頭を撫でてやったりすると、
「私一生髪洗わない」
「洗え!」
などと……まあ、楽しそうだ。
「機会があらばいつでも撫でてやるゆえ、そのために洗っておけクリュセーク」
「次回があると言ってくださるのですね! 陛下」
あまりにも三人が余の周りで話しをしていて他の者達が寄ってこられんな、そう思っていたら
「お前等いい加減退け!」
デウデシオンの怒号が飛び、キャッセルはクリュセークとクルフェルを連れてロガの元に向かった。『今までと同じく、キャメルクラッチと呼んでね!』とロガに声をかけておる。
「キャッセルは本当に陽気な男だな」
「ぶっ」
「どうした? タバイ」
「いいえ、失礼いたしま……ごほっ」
余の横でグラスを口に運んでいたタバイが、鼻から噴出さんばかりに咽て医者である妻が急いで近寄ってきて背中をさすっておった。
「あ〜ミスカネイア、余はタバイに何か悪いことでも言ったのかな」
ミスカネイアはタバイの妻で縦ロールが特徴である。確りとセットされておる栗毛の縦ロールは……まあ似合っておるのではないか? 余はそういった事を判断する能力が著しく欠けておるのでなんとも。
「そのようなことはないかと。よければ何を話したのかを教えていただければ幸いに存じます」
その縦ロールを揺らしそう言ってきたので、自分の膝に視線を落としつつ……
「……キャッセルは本当に陽気な男だな、と言ったような。それ以外に何か言ったかな?」
視界の端で縦ロールが乱舞したような気がしたのだが……気のせいか? 縦ロールとは何かあると乱舞するように出来ておるのか?
「え、ええ! そうですね、ガーベオルロド公爵閣下は后殿下の前でもそれは陽気な方ですわ!」
そう言ってロガと話をしているキャッセルに視線を向けると、それは陽気そうにキャッセルとタウトライバがロガの傍で膝をついて話をしておる。ただ……タウトライバの子達が伯父であるキャッセルを腰が引け気味になって『見てはならないものを見てしまった!』というような表情で眺めているのは何故だ?
キャッセルは男が好きだから女と話している姿は珍しいのだろうか?
「ナイトオリバルド様。どうぞ」
そんな事を考えているとロガがパイを運んできてくれた。
「ああ、ありがとう」
一口サイズのパイをつまみ口に運ぶ。室内に添えつけられている料理する場所で、アニアス=ロニが料理をし続けておる。
「ロガ、楽しいか?」
「はい」
「余もテーブルに座って礼儀正しく食べるよりは好きだ。毎食こういった形式には出来ぬが、毎日一食くらいは二人きりで外で食べよう。マナーなど気にせんでもいいようにな」
「ありがとうございます」
出来るだけ食事にも負担をかけぬようにせねば。
兄弟達と歓談しながらサンドイッチを頬張っている姿をみると本当にそう思う。
「ところでデウデシオン。デ=ディキウレは秘密警察ゆえに姿が現せないのはわかるが、ザウディンダルは……」
やはり、余のことが嫌いなのだろうか。
嫌いと……嫌い言われてもこの際仕方ないのだが……
「体調不良です。体調不良と言っても自己管理のなっていない二日酔いで、食事の匂いで吐きそうになるとのことで。本人も挨拶ができないことを気にしておりましたので明日、后殿下に挨拶に伺うライハ公爵、セゼナード公爵、イデスア公爵、それとガルディゼロ侯爵と共に挨拶をさせてやってもよろしいでしょうか?」
「そうか。挨拶に来てくれるのならば」
嫌われてなければいいのだが……何というのだろうか? 前と違った嫌われ方をしているような気がするのだ。ロガを宮殿に連れて帰ってくる際に、ダーク=ダーマにザウディンダルも乗船したのだが、その時からこう……奴隷の妃が嫌というのかなんと申すか……その、ロガも嫌われているような気がするのだ。
気のせいだろうとは思うのだが。どうもロガのことを良く思っていないような。だがザウディンダルがロガを嫌う理由はこれと言ってないのだから、要するに余か!
「ん?」
赤子の泣き声が聞こえてきた。タバイの末子の……何と言ったか! ちょっと思いだせぬがタバイの第五子で……
母親であるミスカネイアがゆりかごから抱き上げて、ロガに二三囁き赤子を手渡した。渡された第五子(名前が思いだせぬ!)をロガは笑顔で抱きかかえ、上手にあやしておった。
“后殿下お上手です” “これなら何時でも” という喝采を浴びながら。
本当にあやすのも上手いし、手際も良い。……えっと……えっと、やはり最大の障害は余か!
そうしている間に一同が会する集まりは終りとなった。最後に改めて兄弟が年齢順にならび配偶者や子が居る場合はその者の後ろに並び、第一名だけを名乗り自己紹介を終えて去っていった。
「本当の兄弟じゃないって聞きましたけど、仲良いんですね。楽しい人もたくさんで、やっぱりナイトオリバルド様の兄弟ですね」
「ほとんどは仲が良いとおもうぞ」
ザウディンダル以外はなあ……そして楽しい人多かったか。それは良かったな、でも『やっぱり』とは一体? 他の兄弟達にも余に似た所が……容姿は似ておるだろうな、何せ片親が同じなのだから。それにその片親、かなり強烈であるし。あくまでも人伝に聞いたイメージだが、こう……強そうだ。
「あれ? エルティルザさんとバルミンセルフィドさん」
タウトライバの長子とタバイの長子が壁の影から此方を伺っておる。
「どうした?」
「忘れ物か何かですか?」
「入って参れ」
声をかけると二人は頭を下げて、ロガに頼みがあるので三人だけでお話しをさせて頂けませんでしょうか? と申し出てきた。
「もちろん変な話をするわけではなく、隠れるわけでもございません。陛下の目の届くところで」
何をそんなに必死に説明しておるのやら。
「ロガ、話を聞いてやってくれ」
「はい」
本当に余からちょっと離れた場所で、エルティルザとバルミンセルフィドはロガに何かを頼んでおった。それに対しロガは笑顔で頷いて、
「あいつら何を」
「おお! ザウディンダルか。調子は良くなったのか?」
突然現れたザウディンダルが、不快そうにロガと話をしている二人の方を睨んだ。
「頼みがあるとのことで」
「あいつら一体何を」
「あ、ザウ……」
余が制止する暇もなく、三人の所に近寄って少しだけ話して、早く帰れと手を振って追い払った。
二人は気にするでもなく、離れた場所から余に向けて挨拶をしてその場を去って行ったのだが、
「別に良かったのだが」
「陛下、そう簡単に正妃と男が会うのを許しては駄目ですよ」
「そ、そういうものか? 今度から気をつける。ロガ、してあの二人はなんと? 余に申せぬことであれば言わずとも構わぬが」
ロガの話によると “偶にこのような、陛下か后殿下の名による会合を開いて欲しい” そう言ってきたのだそうだ。父親も母親も忙しいので中々会えないのだが、陛下のお呼び出しであれば、
「何を差し置いても出席してくれるから、親子で会えて嬉しいって言ってました。また、お願いしてもいいですか?」
なのだと。
そういう事であれば、
「ああ。そう頻繁には開けぬであろうが、その際はザウディンダルも出てくれる……か」
「よろこんで」
それで何故ザウディンダルがこの場に来たのか尋ねると、本日出席できなかった非礼を詫びに来たらしい。
「気にするな。二日酔いは辛かろう。なったことはない……」
「どうしました? ナイトオリバルド様」
二日酔いくらい薬で直ぐに治るような……その、あの、やっぱり嫌われている?
「陛下、私はその……少々薬に過敏に反応する体質でして。薬はバラーザダル液以外極力使わないようにしております。特にこれから会戦も控えていますので」
ロガには明日正式に挨拶するからと告げ、ザウディンダルは去って行った。何にせよ、
「ロガ、ボーデン卿のところまで歩いていこうか」
ほぼ日課となっておるボーデン卿参りに向かうことにした。ボーデン卿を怒らせてはいかんだろう……なぜかそう思うのだ。刷り込みかもしれんが。誰にどう刷り込まれたのかも解らんが。
「それにしても怖かったですわ、キャッセル様」
「本当にそうですね、ミスカネイア。あの方怖いとは思ってましたが、陽気になられると怖さが余計増しますわね」
「やっぱりアニエスもそう思います? メリューシュカは戦場でのキャッセル様もご存知でしょう? どう?」
「陛下の前にいるキャッセル様と、何時ものキャッセル様と、戦場にいるキャッセル様は違う人かと。それと寝所にいるキャッセル様も」
「でも後者の三つは “怖い” に括られるけれども、最初は……。このミスカネイア、生まれて初めて人の二面性をはっきり見たような気がしましたわ」
「浮かれてらっしゃったんでしょうねえ」
「聞けば陛下に初見が叶った後、帝国騎士本部でも大喜びで踊り狂っていたとか」
あのキャッセルは何時ものキャッセルではないことだけは確かなのだが、皇帝がそれを知ることはなかったようだ。
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