繋いだこの手はそのままに −68
 ロガを宮殿に連れて来ることが出来た。
 共に宇宙船に乗って、十五分もすれば到着する。ロガは窓から外を見ておる、余はコロッケを食べておるが。
 タダでくれてありがとうな、シャバラにロレンよ。何時かこの恩に報いることが出来ればよいが、余が余である以上それも無理のような気がしなくもないし、あの両名もそんな事期待していなさそうではあるが……コロッケは美味しいな。もう余自身が買いに行くことは出来ぬのが寂しいが、身の安全を考えれば仕方あるまい。
 余はロガにコロッケを勧めた。
 ロガは乗ってからずっと落ち着きなく周囲を見ておる。初めて乗るダーク=ダーマが珍しいのだろう。画面ではなく景色を見られるように外装に透過システムをかけさせた。周囲が風景になったことにロガは驚き、余につかまって来た。
「きゃ! 床がなくなった!」
「なくなったのではなく、透ける様にした。景色を楽しめるかと思ったのだが、嫌か?」
「嫌じゃなくて、びっくり……」
「落ちたりせぬから安心してくれ。コロッケも食べると良いぞ」
 ロガは食べながら周囲を見回す。
「これが宇宙……ですか?」
「黒く見える空間を総称して宇宙空間と呼ぶな」
 興味深く観ておるロガの横顔。余も初めて宇宙に出たとき、このような表情をしておったのであろうか?
 余が遠出したのは四回。各王の即位式典に参列する時に……近いうちにもう一回遠出することになるであろう、帝国最前線に。戦争か……行きたくないというか、行くだけだから迷惑だろうな。指揮など何も出来ない……宮殿にいても別に何もしてるわけではないのだから、変わりないか。
「そしてそこに見えておるのが帝星ヴィーナシア。帝星にある最も大きな建物が余の居城であり、ロガが住む場所だ」
 言っている間にその全容が見えてきた。
「あの、白い所がナイトオリバルド様の……お家ですか?」
 帝星の半分以上を覆っているので大気圏外からでも簡単に何処かわかる。
「そう、白い所が宮殿で、建前上ロガの視界に映る物すべてが余の物である。欲しくば何でも言ってくれ」
 ロガはおもいきり頭を振って、
「欲しいものなんてないです!」
 驚いたように否定する。
「あーそうか。余と同じだな。余も欲しいものはな……ロガだけだから、似ておるな」
 そう言ったところ、ロガが顔を赤らめてうつむいてしまった。
 な、何か悪いことでも言ったのだろうか? 恥ずかしいことでも口走ったのか? だが周囲を見回すと、カルニスタミアやビーレウスト、ガルディゼロ侯爵などが親指を立てて、軽く頷いておる。あの合図は “良し!” だと思われるので……良いはずだ。自信を持とう!
 そんな事をしているうちに宮殿に着いた。
 ロガの荷物とボーデン卿を手に持ち、タラップを降りると父達と帝国宰相であるデウデシオンが出迎えに来ておった。
「デウデシオンよ、ロガを連れて来た」
 デウデシオンが手を伸ばしてきたので余は荷物を渡す。
「お待ちしておりました」
 膝をついて荷物を受け取り、頭を下げてロガに挨拶をする。
「は、はい。あの……こ、こんにちは」
「后殿下は挨拶など必要ございません。陛下の家臣、帝国宰相パスパーダ大公デウデシオン。御用がおありの際は、如何様にもお使い下さい。非才なる身でありますが、后殿下のお心に副えるよう最大限の努力をさせていただきます」
「デウデシオンが非才であれば、余は脳みそすらない人間になってしまうぞ」
「陛下、そのような事は」
 本当のことだと思うのだが、デウデシオンに困った顔をされてしまっては余も困る。
 デウデシオンの後、父達が挨拶を始めた。
「余の実父である、帝婿デキアクローテムス」
「初めまして后殿下。陛下の実父 バーランロンクレームサイザガーデアイベン侯爵デキアクローテムスでございます」
「バーラン、ガーデ……アイ……」
 ロガが言葉に詰まってしまった! 此処はフォローせねばな。
「ロガ。実父の爵位は帝国で最も長いので一回聞いただけではとても覚えられぬものだから気にするな。かく言う余も、怪しい。呼びやすい名称に変えてもよいな」
「では后殿下、私めのことは “パパ” とお呼びください」
 そう言った傍から、皇君と皇婿とデウデシオンに叩かれておった。
「パパは我輩が呼ばれようと思っておったのだ」
 皇君、落ち着け。
「オリヴィアストルはパパなイメージはないですよ。ダディな感じで!」
 帝婿も落ち着け。
「でもデキアクローテムスもパパではないような、私が一番パパが似合いますよ」
 皇婿も落ち着くのだ。
 何もそんなに “パパ” に固執せんでも良かろうが。それともお前達、若い娘に “パパ” と呼んで欲しかったのか? 宮殿の性別分布を見ればそう願っていることも頷けるというか、何と申すか。
「どいつもこいつもパパでもダディでもダーリンでもない! サーターヒ(皇君) ロインゼ(皇婿) ビフォイザ(帝婿)で我慢しろ! 貴様等の耽美ズラにパパは似合わん! そんな呼び方を強いるなど拷問だ!」
 デウデシオンの首に青筋が。血管が切れてしまいそうなほどだ……ロガを見ると、目の前の騒動に驚いてしまったらしい。何時ものことなのだが、初めて見れば驚くであろうな。2Mを越えた……ディアクローテムスだけは194cmだが、とにかく着飾ったデウデシオンの言うとおり耽美な顔した大男達が “パパと呼んで!” と懇願する様は、慣れねば呆気にとられるであろう……慣れる物なのだろうか? 余は幼少期から “こう” であったので、慣れてしまったが。ちなみに父達は全員、死んだ帝君アメ=アヒニアンを含めたおやかに、だが美しい顔をしておる。
「デウデシオン、あまり怒鳴るな。ロガが驚いて体を強張らせておる。父達も、後で呼び名を考えておく。希望は聞くが希望通りにはならぬ場合もある。了承しておくように」
 ところで誰が “ダーリン” と言ったのだろう? まあ、気にしないでおくか。
 父達と一通りの挨拶を交わした後、
「デウデシオン。先ずは移動で疲れたであろうボーデン卿の住居から案内を」
 余の両手の上で眠っておるボーデン卿を、もっと広い安らぎの空間に移さねばならぬ。
「ボーデン “卿” と御呼びすれば宜しいのでございますね」
「何となく余が呼び捨てに出来ないだけなのだ。お前達は好きに……呼ばせてもよいか? ロガ」
「は、はい。何でもいいです。犬でもボーデンでもなんでも」
「陛下が呼び捨てに出来ぬ御方、臣が呼び捨てることなどできませぬ。ですが卿の称号を持つ以上、小さいながらも領地が必要となります。私が選び代理で授与してもよろしいでしょうか?」
「良い。その領地から上がってくる収益でボーデン卿の生活を賄うように。委細は任せるがボーデン卿の生活に何一つ不自由のないようにな」
「御意」

 ボーデン卿を連れて向かった先は、こじんまりとした空間であった。ん〜掘っ立て小屋というのだろうか? 床はなく地面で、大理石の壁で覆われておる。掘っ立て小屋といえば、掘っ立て小屋かもしれぬ、何せ飾り気のあまりない場所だ。
 世話をするのは獣医を筆頭に五十名ほどだと報告は受けておる。
「小さめではありますが、ボーデン卿の足腰でしたらこのくらいが適しているとのことです」
「小さい、んで……すか? ここ……」
 ロガが周囲を見回しておる。ロガにしてみれば広いのかも知れぬな。
「気に入ってくれたであろうか? ボーデン卿よ」
 ボーデン卿を用意されていたベッドに乗せたのだが、断固拒否らしく直ぐに移動されてしまった。き、気に食わなかったか……どうしたものか? そう思っているとボーデン卿はデウデシオンが持っておるロガの旅行鞄の傍に行き、一吠えする。
「この中に望みのものがあるようです。私が開けるわけには行きませんので、后殿下お願いいたします」
 ロガは急いで鞄を開き、中からボーデン卿が良く乗っていた布を取り出した。ボーデン卿はそれを口で引っ張る、
「これに寝たいんだと思うんですけど」
「では用意したベッドの上にかけてみてくれぬか?」
「こんなボロボロなの、あんな綺麗な所にかけて良いんですか?」
「ボーデン卿の望みであるから、気にすることはない」
 何時も使っていた布のほうが安心できるのであろう。ベッドに乗り≪まあまあだな≫といった表情を浮かべ、背を向けた。これから徐々に、気に入っていただける空間にしたいと思っておる次第である。
 そう! 銀河帝国皇帝の名にかけて!
「デウデシオン、ロガの住む場所は?」
 ボーデン卿を休めたあと、ロガの住居を尋ねると
「その前に陛下。これから后殿下には、医療棟の方に移動へ移動していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
 住む場所よりも先に治療する方向らしい。
「顔の治療か?」
 確かにボーデン卿の世話係も、奇異な目でロガの顔を見ておった。直ぐに視線は逸らし、何も言わなかったので罰する気はないが……気分が良いものではない。ロガを不快にさせない為にも、治療させてから宮殿を案内したほうが良かろう。
「はい。后殿下お一人で行っていただきます」
「ロガ、一人で治療に行ってもらっても良いか? 直ぐに治るし、全く痛くないそうだから」
 ロガにプロポーズする前に、治療方法の説明は受けておいた。余が受けたところでどうにもならぬのだが、痛くはないか? 治療方法はそれが最善か? など、質問もしておいた。治療にあたるのは、余専属の医師なので間違いはなかろう。
「はい……」
「何の心配も御座いません。四時間もすれば完全に治りますので。陛下の代わりなど到底務まりませぬが、シダ公爵」
 デウデシオンは手を叩き、タウトライバを呼んだ。
「ここに」
「ポーリンさん……じゃなくて、シダ公爵様」
 シダ公爵は短くて覚えやすいようだ。
「ポーリンで何の問題も御座いません、后殿下」
「このシダ公爵とその妃であるアニエスが責任を持ってお仕えいたしますので。シダ公爵、ご案内を」
 少し離れたところに居るアニエスが頭を下げる。
 そなたには本当に苦労をかけるな、アニエスよ。デウデシオンが帝国宰相になった後、乳飲み子だったバロシアンや幼児であったセルトニアードやクルフェル、ザウディンダルなどの面倒も見てくれたのだそうだな。その後タウトライバと結婚して実子を儲け自らの手で育てつつ、他の妃の子の面倒をもみてくれているとか。
 特別手当だけでは済むまい、本当に! 心より感謝しておる!
「では后殿下。陛下と離れるのは不安で御座いましょうが、是非ともこのシダ公爵、いえポーリンを信用して一緒にきていただけませんでしょうか」
 膝をつき手を差し出すタウトライバを前に、どうして良いのか解らないらしい。手首を掴み、タウトライバの掌にそっと乗せる。
「こうすれば良いのだ」
「はい。あ、あの……ナイトオリバルド様」
 振り返りながら、余を見上げて
「どうした? ロガ」
「あの、后殿下って私のことなんですか?」
 最もな質問を。
 説明しておらなかったな……
「そうだ。気にしないで、后殿下と呼ばれてくれ」
 余の正妃は全員殿下。
 皇太子を儲け、それが即位した場合は陛下と呼ばれるようになる……なるが、あまり配偶者は陛下と呼ばぬな。デキアクローテムスも帝婿とは呼ばれるが、陛下とは呼ばれたがらぬし。
「あの……ナイトオリバルド様のことも陛下って呼んだ方がいいですよね?」
「えっ? ……で、出来ればこのまま呼んでくれぬか? ま、まあ公式の場では陛下が無難だが、ナイトオリバルドも偶には良いなと」
 それは嫌だ。何かよく解らぬがロガに “シュスター” と呼ばれるのは、とても残念というか無念というか空腹感というか寂寥感というか……嫌が最も適した表現のような。
「それについては後でごゆっくりとお話下さい」
 タウトライバが立ち上がり、笑顔でロガを促す。
 ロガは頷いて、タウトライバと共に医療棟へと向かった。


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