繋いだこの手はそのままに −63
 余は帰途につき、デウデシオンを呼び出し、先ずはタウトライバのことを問うた。
 思ったとおり、余の身の回りの安全を図る為にあの場に志願して向かったのだと。これについて、否定するのは簡単だがその必死な気持ちを受け入れる事も大事だろうと、後の事をデウデシオンに一任した。
 そのタウトライバを宮殿に戻す為にも、余はロガを此処につれてこなければならぬ。
「デウデシオンよ。ロガは余が触れてもよいと言ってくれたので、連れて帰ってこようと思う」
 ロガを宮殿につれてきて、一緒に暮らしてゆきたい。
「おめでとう御座います、陛下。これで帝国も安泰でございましょうぞ」
 そして、頑張って種馬になるぞ! 綱渡り状態の帝国に安泰をもたらせるように努力をする! ……だが、余は種馬でもよいのだが……
「それでな、デウデシオン」
「何でしょうか?」
「あのな……他の正妃候補などは、どのようになっておる?」
 ロガは……と考えると少々。それに、平民の娘達もまだ宮殿におった筈だ。宮殿に残っておるという事は、恐らく余の妃候補としての選抜が行われているのであろう。
「 “どのように” と申されますと?」
「四大公爵が用意してくれた平民の娘達も、やはり候補に入ったままなのであろう? まだ宮殿にいる所からすると」
「あの平民達のことですか」
「そうだ。ロガを連れて帰ってきても良いといってくれたが、皇帝の正妃は四人が通例。残りの三名は集められた平民から選ばれるのか?」
 全く会っておらぬが……その、会いたいと思ったこともないので、この先も大した興味を抱けないであろう。
 いや、妃として迎えろといわれたら確りと迎えるが……その扱いがちょっとロガと違ったら悪いなあ……と、そういう事を言いたかったのだが、デウデシオンは、
「陛下、四大公爵の一家を潰すおつもりでしたらこの帝国宰相、それに従いますが、それは今の時期になされない方がよろしいかと存じ上げます」
 苦笑いを浮かべながら、物騒な事を言ってきた。
「え?」
 いや! 余はそんなの、考えたこともないぞ! 何故平民の正妃を迎えると、王家を潰すことになるのだ?
「皇帝の正妃は四人、これは四大公爵から一名ずつ選ぶことが前提で四名です。今陛下がロガを選べば、残りの席は三名。四大公爵のどれか一家が抜けることになります。これは王家としては由々しき問題であり、誰も引かないこと確実です。となれば、最終段階では武力で激突になるでしょう。何処か潰したい王家があるのでしたら、平民を妃に迎えるようにいたしますが」
「あ〜ということは、余はロガだけを妻に迎えてよいのだな?」
「はい。この先、陛下が別の女性を気に入った場合、その方をも妃としても良いかと……」
「要らない! そんな事には絶対にならん!」
 これだけは確実に言える!
 余はロガ以外の女に興味を持つ事は決してない! それを断言すると、
「左様でございますか」
 そう言って頭を下げた。
「だが、平民の娘達はどうするのだ?」
 結局集められただけで帰してしまう娘達。妃にしようとは思わぬし、異性としての興味は湧かぬがその扱いは当然気になる。
「帰します。今まで帝星においておいたのは、目くらましの為です。陛下の妃を選んでいるように見せかけておりました。これは四大公爵側とも話が通っておりましたので」
 だから帝星にいたのか! ……あ、成程な。
 そういった事だったとは、全く気付かなかった!
「えっと……公爵たちもロガを妃にする事に関しては?」
 ロガは帝国奴隷だから、四王達にはなんら関係のない故に利害関係が……となれば、異義もあろう。
「陛下の正妃ですので、本来ならば四大公爵の意見など必要ないのですが、少々。ただ今最終調整中でございますよ」
 やはり異義があったか。
「最終調整? とは」
 聞いた所で解らぬが、そのデウデシオンの眉間の皺が深くなったのはそれが理由か? 済まぬな……タウトライバは両足切断で、そなたは眉間の縦皺が。少々比べるのはおかしいかも知れぬが、ただタウトライバよりもデウデシオンは苦労していると……思う。
「たいした事ではございません。調整は長引きますが、正妃として迎えることに彼等も異存はないそうです」
 正妃として迎えるのは良くても、調整?
 何を調整しておるのであろうか? それは教えてくれなかったが、それでも良い! 今、余に出来る事はただ一つ、
「そうか……では、明日プ……プ、プロポーズしてくる」
 ロガを妃として迎えることに全力を尽くすことのみ。
「お待ちしております。それと陛下、お気になされているようですので平民の娘達は今日明日中に帰途に着かせておきます」
「そうか、頼んだ。それにしても悪い事をしたな」
「気になされることではありませんよ」


 それでプロポーズの言葉を色々と考えたのだが、全く思い浮かばなかった……父達に聞いても『残念ながらプロポーズしたことありませんので』と泣きそうな顔で返された。済まぬな、聞いてしまって……


 何を言えばいいのかよく解らぬのだが、
「おはようございます、ナイトオリバルド様」
「ああ、参ったぞ!」
 言わねば始まらぬのだ。
「あのな……話たいことがあるのだが、良いか?」
「はい」
 よし! さあ! 結婚して欲しいと……あ、その前に余は皇帝であると告げるのだ! だが、目の前で余が話すのを待っているロガを見つめると、照れてしまうな。
「その……な」
「はい」
 仕方ない、意気地はないが、
「散歩しながら話しても良いか?」
「はい」
 墓場を散歩しつつ、語ろうではないか。
 さくさくと土の上を歩きつつ……折角ロガが隣にいて歩いているのだから、
「ロガ、手を握っても良いか?」
「は、はい」
 手を出してくれた。余は礼儀作法からいけば、あまり良くないのだが手袋を外して、その小さな手を握り締める。
 この先もこうやって、ずっと手を握っていたいな……いや! 思っているだけではダメだ! シュスタークよ!
「ロガ」
「はい」
 繋いでいる手に、少しだけ力を込めて……来て欲しいと告げるのだ。
 緑の濃い季節となった。青空を隠す木の下、木漏れ日の中手を繋いで歩く。さあ、言おうではないか。
 
「あ! あれじゃない?」

************

 管理区画で『そろそろ仕事が終わる、帰還の準備に入れ』と命じられた五人は、それなりに仕事についていた。
 この管理区画を引き継ぐのは、ハセティリアン公爵とその部下。
 引継ぎらしい事はできないが、書類はまとめておく必要はあった。そんな中、着陸した小型船があった。
「え? 平民が」
「ああ。平民だから通したぜ。身分証もあるしよ。平民は立ち入り禁止にされてねえし、女ばかり四人だからさ」
 特に興味もなく、その上陸を許可した。
 武器も何も持っていない、平民の女四人を警戒する必要を感じなかったエーダリロクだが、
「……この女、何をしにきた」
「知り合いなのか? カルニス」
 カルニスタミアは表情を引きつらせた。
 彼はこの女を良く知っていた。ある人の記憶を見た時に紛れ込んできた『女』
「この女は、陛下の肝試しの際に相手に選ばれて逃げたハルミリアルテという女だ。逃げはしたが、元々驚かせるのが目的だった以上罰するわけにもいかず、懲罰を与えずに置いておいたのだが」
 全員が顔を見合わせて、
「ってことはその女、ロガの顔を直接見てるわけだよね」
「見ているだろうな」
「解散になってすぐに此処に来た理由って、何だと思う? まさか、平民死刑囚の墓参り?」
「そりゃねえだろ。仮にも陛下の正妃候補に選ばれた平民だ、一族に死刑囚なんていやしねえだろ」
 マズイだろ? といった表情を浮かべる。
「何処に向かってる?」
「墓地だ」
「陛下が墓地に通ってるのは知らないな……となれば、目的はただ一つ」
「オトモダチを連れて、お礼言いにきたわけじゃないよねえ。あの失態、許されたけど陛下の正妃への道は完全に閉ざされたわけだからさ」
「行くぞ」

************

 見たこともない娘達が少々遠く離れた場所から、此方を指差しておる。
 着衣から、奴隷ではない事も貴族ではない事も解る……となれば下級貴族か平民。ああ、此処は平民以外の立ち入りを禁じておったから、平民か。
「あ! いた」
「どれよ、ハルミリアルテ」
「ほら “あれ”」
 ロガの掌に力が篭った。さした指はロガの顔に向けられている。
「そう、あれ! あれが、肝試しのときに居たの! 不気味でしょ! 昼間見たって人間の顔じゃないでしょ!」
 美しい指だ。
 裕福な平民の娘なのだろう。ロガのかさついた、丈夫そうな指とは違う、しなやかで整えられている爪と細い指。
「わあ! 本当だ。気持ち悪い! なに、あの顔」
「あんなの、人前に出して歩ける神経がわからない」
「奴隷って、頭悪いから顔が崩れてるのもわかんないんじゃないの!」
 そして嘲笑が重なった。
 甲高い嘲笑が余の鼓膜を破るかのようだ。
「貴様等!」
 余はロガから手を離し娘達に近寄り叱ろうとしたのだが、その手を放した隙にロガは逃げるように背を向けて駆け出していった。

 ……泣いていた。

「愚民共が、分もわきまえずに良くも余の」
 嗚呼、来るな! ザロナティオンよ! 余は、お前にならずにアレを怒りたいのだ! お前ではない、これは余の問題だ!
「陛下!」
 一瞬、ザロナティオンに引き込まれたが、何とか戻ってくることが出来た。
「早く追って下さい、陛下!」
 ガルディゼロ侯爵が、ロガが駆けていった方を指差し追う様に指示をだす。
「これは、こっちで片付けますから!」
「あ、ああ」
 駆け出した直後、背後で娘達の悲鳴が聞こえたが、そんな事はどうでもいい。ロガが泣いてしまった……泣かせるつもりはなかったのに……

『肝試しのときに居たの』

 それを言った娘に覚えがあった。
 余と共に此処に来た平民の娘だ……あの娘、帰途に着く途中にわざわざロガを嘲笑いに来たと言うのか? 知人をつれてまで、ロガを笑い者にしに来たのか。
 ロガは家の中に居るようだ、泣き声らしいものが微かに漏れてくる。
「ロガ! その……」
 ドアをノックし、扉越しに声をかける。
「大丈夫ですよ。気にしてませ……んから……でもね、ちょっとだけ。今一人にして置いてください、お願いだから」
 扉を開くことは簡単だ。
 これでも力もあれば、余は何をしても良いらしいのでな……だが、
「済まぬ、本当に……申し訳ない」
 扉の向こう側で、余は一人膝をついて頭を下げて謝るしかなかった。
 こんな思いをさせるとは、最初の頃には思いもしなかった……こんな事になるとは。あの娘が、こんな事をするとは考えもつかなかった。
「陛下」
 ザウディンダルが近寄って……
「どうします? まだ此処に? それとも部屋に入りますか?」
 ああ、そうだ。
 宇宙の支配者ではあるが、宇宙に生きているものが全て余と同じようには思わぬと、ザウディンダルの一件で知っていたはずではないか。
「戻る」
 だが、あれは余に対しての感情であり、あの娘達はロガに対する……
「陛下」
 立ち上がる気力もなく肩を貸されて宮殿まで戻った。
 あの娘達がどうなったかは解らぬが、助命してやる気にもならぬ。自ら死地に楽しげに足を踏み入れ、そのスイッチを押した愚か共など知らぬ。
 歩くのが億劫で、離着陸港にある休憩所で何も考えられず座っていると、デウデシオンが入ってきて礼をして話始めた。
「本日の事は、気にせずに……」
「そうも言っていられまい、帝国宰相よ」
 それを遮るように、ケスヴァーンターン公爵が口を開く。
「ラティランクレンラセオ!」
「陛下、あえて言わせていただきますが、奴隷を妃に迎えるというのは本日起こった事以上のことが、日々後宮で起こる可能性が高いのです」
「嘲笑うというのか」
「違います、あれはすぐに治療できますが。身分に対する嫉妬でしょう。奴隷が正妃となったのに、然るべき貴族の家に生まれた自分がその位に就けないとなれば、嫉妬も生まれましょう。それを裏側から陰湿にぶつける事、疑いようはありません」
 余の妃という立場に対する嫉妬。
 そんな事があると、余は考えた事もなかったが、
「ラティランクレンラセオ。今陛下はお疲れだ」
「このラティランクレンラセオ、陛下の “忠臣” として、敢えて言わせていただきましょう。陛下、奴隷を正妃にするという事は、この宮殿にいる召使全ての者が、その奴隷に嫉妬すること確実でございます。おそらく、陛下や帝国宰相の見ていないところで、陰湿ないじめもあるでしょう。これは、どうやっても全てを」
 それが事実なのだろう。
「両名とも下がれ。部屋に戻る」
 私室に戻り、ベッドに身体を投げ出して何を考えているのか解らないのだが、何かを考えていた。
 此処に連れて来て、幸せに出来ないのであれば連れて来てはいけないのではなかろうか? この宮殿にいる召使の全てが、ロガを快く思わない? ……そうなるのであろうか?
「陛下」
「デキアクローテムス」
 部屋に入ってきた実父は、余の傍まで近寄ると、
「今日はゆっくりとお休みになってください」
 いつも通り声を掛けてきた。
「デキアクローテムスよ。皇帝の正配偶者の地位は、嫉妬を受ける立場か?」
「一概には言えません。私はどちらかと言いますと、哀れみを受けてこの地位に就きましたので……まあ、地位に対する嫉妬というのは解らなくはありません。王の長子として誕生していればこれでも王にはなれた身分でした。皇帝の夫よりならば王の地位の方が、そう思ったことは何度もあります。この気持ちは陛下には決して理解できぬ、下衆な嫉妬でしかありません」
「デキアクローテムス……」
「ですが陛下。先に言った通り、私達は先帝の性質上、随分と哀れに思われ、誰もこの地位を羨ましがりませんでした。陛下の妃に対し嫉妬が渦巻くということ、それ即ち貴方が立派で貴方の妃になりたいと思う者が多数いるという証明でもあります」
 余が立派かどうかなど知らぬ。
 だが、余の妃になりたいと『皇帝の妃』になりたいと思う者がおるならば、それを迎えたほうが≪ロガ≫は幸せになれるはずだ! ならば、
「余は何一つ、立派な所などない……デキアクローテムス! ロガの事だが」
 声を荒げた瞬間、頭を抱きすくめられ、
「少々、ロガには待ってもらいましょう。陛下が落ち着かれるまでは」
「だが」
「落ち着いてから、ゆっくりと考えましょう。陛下、皇帝は感情的になって命令を下して良い物ではありませんよ。貴方の一言が、宇宙を動かす。落ち着いてください」
 抱きすくめている腕は当然男の物なので、硬いがその懐かしい香りに包まれて少しばかり気が緩む。子どもの頃、玉座が大き過ぎ一人で座っていられなかった頃、父であるデキアクローテムスが膝に乗せて一緒に座っていてくれた、あの時余を覆うかのように包んでいた柔らかい香りだ。
「……」
「陛下、泣かれても宜しいのですよ。大丈夫、ケシュマリスタ王はあのように言いましたが、後宮には貴方のロガに味方するものも多数おります。私がその筆頭ですよ」
 涙が出てきているのは、それもある。そして、嬉しい。だが……
「なあ、デキアクローテムスよ。余は平民を嫌いに “ならない” でも良いのだよな? 平民が全てあのような者達ではないよな」
「勿論ですとも。そして、貴方は本当にお優しい。そのお心を失わないでくださいね」


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