繋いだこの手はそのままに −51
 ちょっと胃が驚いたが目が覚めたら平気になったので、本日もロガの家に。
 さて、ロガにこの気持ちを伝えて、宮殿に来て欲しいというためには、どのように切り出せばよいであろうか?
「ナイトオリバルド様」
「ロガ。今日も花と食事を持って来た。明日はボーデン卿の食料と水を運んでこよう」
「そんなにして下さっていいんですか?」
「うん……あのな、ロガ」
「はい」
「…………」
 なんと言えばいいのだ!
 えーと、えーと、最初に余が皇帝だと打ち明けてから……いきなり、皇帝だと言って信用してもらえるだろうか? 普通は信用せんのではなかろうか? 余の皇帝らしいところといったら容姿だけで、それ以外に皇帝らしいところは一つもない。
 いきなり「独身皇帝なので、正妃となって皇太子を産んで欲しい。よって結婚してください」……うぉぉ! 怪しい! 正直ボンクラな余であっても疑うぞ!
 突然奴隷の住む区画で『皇帝です』などと名乗ってみろ! 僭主と勘違いされて通報ものだ! 未だに地方では『シュスタークが僭主であり、我々が正当なシュスターだ!』と声を上げておる者も存在するという。
 いや、確かに余は直系ではないが……余が、ロヴィニア王族系皇族ザロナティオンの子孫なのが問題なのは重々承知しておる。
 だが今更、はいどうぞ! そう言ってこの位を差し出すわけにもいかぬ。というか、僭主の時点で大体みな同じ立場ではないかな? 思うのだが。いや、同じ立場だからこそ皇帝になれなかったがの悔しいのか?
 僭主問題は重大だが、今は! 今は!
「すみません! お届け物です!」
 悩んでいたら、傍に人が。
「ん?」
「は、はい?」
「う、あ……」
 大きな荷物を背負った
「ベッドです」
「ベッド……ですか?」
「ここにお届けでよろしいのですよね! 桜墓侯爵閣下」
「……キャッ……?」
 キャッセルだ!
 キャッセルに直接会ったことは無いが、この力とこの顔と身長と雰囲気はキャッセルに違いない!
 それに「キャッ」と呟いたら、笑って口の前に人差し指を立てて、頷いた。言うなということなのであろう。だから、キャッセルに違いない。
 ……で、ベッド。
 多分このベッドは余の為に持って来たものであろう。となれば……
「あーうーあのな、ロガ。先ずはベッドをこの家に置いても良いか? その……我輩、こ、こ、これ、これから少々日中仕事があって、ここを訪れるのが夕方過ぎになることもある。で、できれば、一緒に一杯一杯居たいので、と、と、と、泊めて、ほ、ほ、欲しい。で、でも、ベ、ベッドが小さいので、新しいのを持ってこさせた! その……夜泊まっても良いか!」
 嘘ではない!
 このところ、全く玉座に座っておらぬ故に、偶には座って謁見してやろうと思っておる。ロガのところに来る前も、それ程真面目に謁見を受けていたわけではないが……少しくらいは仕事をしておいた方が、後々良いと思うので。
「は、はい」
「では運ばせていただきます。そんな訳で、家の中のベッドを外に出させていただきますよ」
 キャッセルは家の中からロガのベッドを出し、外で梱包を開いた。
「組み立て式なんですね」
「そうです」
ベッドがパーツになっておった。それを家の中に運び込み、次々と組み合わせてゆく。かなり大きめなベッドらしい……ベッドとしては小さいがロガの家の大きさからすると、相当に大きく感じられる。
 キャッセルが組み立て、ロガが脇で手伝い、余はボーデン卿と共に外で座って空をみておる。

 う〜む、我無能也。

 そうこうしているうちにベッドが出来上がった。梱包材をまとめて回収用の袋に入れているキャッセルにロガが話しかける。
「この古いベッドなんですけど」
「大丈夫ですよ、此方の方で引き取りますので」
「あの!」
「どうなさいました? ロガさん」
「あのですね、このベッドを運んでもらいたいんです。お金払いますから!」
「何処にですか?」
「ポーリンさんのお家に。あの、案内しますから運んでもらえませんでしょうか?」
「勿論、何せ私は運送が仕事ですから」

 本当の仕事は帝国最強騎士として帝国騎士をまとめるのだがなあ

「お金は幾らで」
「要りませんよ」
「でも……」
 無料で運んでもらうのは悪いと思っておるらしい。気にする事は全く無い。よし! ここは余のフォローを!
「ロガ! これは、我輩の家でやっておる仕事で、代金は必要ない!」
 何かおかしな言い方だが、
「ナイトオリバルド様の……会社?」
 少し話題はずれたな。
「そ、そうだ! 我輩の一族で経営しておる会社だ!」
 間違いではない。
 銀河帝国を会社に例えれば、余を筆頭に親族で経営をしておることになろう。経営とは税金の徴収や国家防衛などだ。
「そうだったんですか」
「そうなのだ」
 納得してもらえたようだ!
「ではお願いします……あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「…………これは、これは!」
 余は偽名であるからして、キャッセルも偽名の方が良かろう。シュスタークもそうだが、オーランドリス伯爵にしてガーベオルロド公爵 キャッセルの名も有名であろうから……
「ロガ、こ、これはキャ!」
「キャ? さんですか?」
「いや……その、キャメルクラッチだ!」
「私、名をキャメルクラッチと申します!」
 駱駝を固定してしまいそうな名だが、
「キャメルクラッチさん……ですか?」
 受け入れてもらえたようだ。
 受け入れざるを得ないだろうがな、このように言われたら。何だか、あの居た堪れない空気が流れておるような気がするが……
「そーです! そうそう、ポーリンさんってのは肉屋の向かいに住んでいる、ちょっと身体の不自由な方ですよね!」
 妙に明るい声でキャッセルが語りだした。
 キャッセルとは直接会ったことはないが、これ程に陽気でオーバーアクションな男だったとは。今度、宮殿で会って直接オーランドリス伯爵位を授与してやりたいものである。
「知ってるんですか?」
 ポーリン……そう言えば、足の不自由な奴隷が肉屋の向かいに住むようになったとか聞いたが、ベッドもないようなところで生活しておるのか? 大変だなあ。
「はい! 実は、そこにもお届けにあがる物があるので! では、このベッドごとお届けに参ります! ちゃんと、ロガさんからの贈り物だと説明しておきますので! それでは! また!」
 そう言って、キャッセルはベッドを背負って去っていった。
 ポーリンとやらに届け物があるとは、嘘であろうが。キャッセルが何かを届けるとしたら管理区の五人だけであろう。
 ……まあ、それはさて置き、余が泊まるベッドが運び込まれた。泊まるつもりはなかったが……泊まれたら嬉しいような気もする。その……
「ちょっと順序が逆になったが……その、本当に泊まってよいか?」
 ベッドまで運び込んでおいて今更と言う気もしなくはないが。
「……は、はい」
「淫らなことはせぬからな! そ、その! そのうちはしたいと思ったりするが、い、今は! でもゆくゆくは、触ってその……」

何を言っておるのだ、余は……


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