繋いだこの手はそのままに −39
シュスタークの一連の騒動の後、我に返った奴隷達は後片付けに奔走した。
「あ……吃驚したな」
「シャバラ……あの貴族……」
「そんな事よりロレン、死んだ豚や鶏を急いで捌くぞ。血抜きが出来ねえが……全滅かあ……警察に頼めば二三匹配給してもらえるかなあ……早くしろロレン!」
皇帝の絶叫を近くで聞いた豚や鶏は、ショック死してしまった。
死んでしまったものは仕方ない、味は落ちるが急いで血抜きして……と二人は夜遅くまで作業に没頭する。
本当は一段落ついたらロガの様子を見に行くつもりだったのだが、夜間外出禁止令が出されたので ”それなら仕方ない” と二人はとにかく肉を捌いた。
「あー疲れた……そうだ、ポーリンの様子も見に行くか」
「そうだねえ」
不眠不休で働いて、やっとの思いで片付けた二人は、向かいに住んでいる足のない奴隷の様子を見た後、ロガの所へ行こうとしたのだが、
「トラックかなにかの音だね」
店舗に面した道路に止まった音がした。
「そうだなあ……なん……?」
店舗入り口をノックする音に二人は顔を見合わせ、そして扉を開ける。
立っていたのは、
「くっ! 黒いの!」
デファイノス伯爵ビーレウスト。
「あん? 黒いの?」
「す、すみません!」
唯でさえ大柄で謎の警官だったのが、昨日の出来事で『目合わせちゃいけない人たち』に見事に格上げになった。
「おい、昨日死んだ豚やら鶏やら引き取りにきた。新しいのはこれだ、降ろせ」
通り前に止められたトラックには、色艶の良い丸々と太った豚と元気な鶏。
「こ、これ……」
「昨日ので死んだだろ、持っていけ。それと死んだのは買い取るそうだ、死体は何処にある」
頭をかがめながら肉屋の中にズカズカと入ってゆくビーレウストの後を二人が追う。
「……お前ら、捌いたのか? 食えねえってかマズイんじゃねえのか?」
中で見事に捌かれた豚や鶏を見て「へー」といったある種の感動を持った声で尋ねる。
「料理方法によっては何とか食えるだろうし、安くして売ればいいかなって……」
「そうかい。じゃ、コレは受け取っておけ」
腰にぶら下げていた小さなバッグをテーブルに叩きつけ、ビーレウストは持ってきた豚をトラックから降ろす。
バッグの中身は「買い取り金」
二人は要らないと返そうとしたのだが、
「ん? それ返されても困る。返されたら返されたで ”引き取り金を返された経緯” を書かなきゃならねえから面倒だ。だから受け取れ」
「え……でも」
「俺が苦労して書類を書いて時間外労働して支払われる給料と、手前が受け取ったその微々たる金額。どっちが上だと思ってんだよ」
そこまで言われて、
「はい。この豚と鶏全部貰っていいんですか」
両方を受け取ることを決めた。
「ああ、昨日暴れた方が全部の費用を負担するとさ。じゃ、あとは任せた。俺はアッチの壁ぶっ壊した方に行く。じゃあな」
二人に興味なさげに去っていった警官を見送ったあと、
「俺は世話するから、ロレン、お前ロガの家に様子見に行って来いよ。平気そうだったら、ポーリンの世話頼め」
「解った……」
「どうした? ロレン」
「あの警官、発音おかしくなかった? ちょっと変な感じが……」
「良いから行けよ!」
*************
その日の夜、前日の外出禁止令も解かれ、夜空に次々と上がる花火に驚きの声を上げて喜ぶ奴隷達の姿があった。
「あの花火もナイトが準備してくれたんだろうな」
ナイトオリバルドが贈ってくれた(正式にはデウデシオン……ではなくタウトライバの妻)ケーキの詰め合わせを持って、ロガはポーリンの家に来ていた。
仕事が終わったシャバラとロレン、そしてミネスと家の主であるポーリンと共にケーキを食べながら夜空に上がる花火を楽しむ。
「ナイト様って言ってよ、シャバラ」
「悪い悪い。それにしても、凄いのに気に入られたな、ロガ。それにしてもよ、あのナイトは最初何をしたかったんだ? 夜の墓地に興味でもあったのか?」
(帝国の一大事だったんだよ……シャバラ)
勧められたケーキを食べながら、花火の陰以外の物を表情に落としつつ、タウトライバは此処に至るまでの経緯を思い返す。
「し……知らないよ。た、多分そうなじゃないのかな……」
ロガは色々な事に口を噤みながら、入っていたエクレアを口に運ぶ。
「いいけどな。で、ポーリン。明日、管理区画に連れて行けばいいんだな? 本当に大丈夫なのか? 一人であんな場所にいって」
ポーリンことタウトライバは明日と明後日 ”管理区画に来る昔馴染みの巡回医者” に足の傷を見てもらう事になっていた。
「平気だよ。知り合いの巡回医師が立ち寄ってくれるだけだから。管理区画の隅で再会を祝いつつ診察してもらうよ」
タウトライバの足の傷など完全に治っている。明日と明後日はタウトライバは一度帝星に戻り、皇帝の警備に就くことになっていた。
その「空白の時間」を作る為に理由を前から作っていた。タウトライバは久しぶりに会える愛妻と息子達のことを想いつつ、花火を見上げるロガを見守っていた。
「でも、本当に大丈夫なのか? 管理区画に連れて行かれた奴隷は戻って来れなかったりするぜ」
シャバラは心配そうに尋ね、
「お爺ちゃんが、管理員は奴隷にゴーモン加えて遊んでるって言ってた」
ミネスも続ける。
(此処の管理区画員め……殆どザウディンダル達に殺されたけれど……全く)
「平気だよ。心配してくれてありがとうな、シャバラ、ミネス」
「あ、あの! 大丈夫だと思うよ……カルさん優しそうだから……変な事しないと思う……怪我にスプレーとかかけてくれたし」
言いながらロガが、恥ずかしそうに頬を染める。
「カルさん?」
「ちゃ、茶色い髪の人、カルさんて言うの」
「ロガ、何か顔赤くない? 照れてない?」
ロレンが言うと、
「ち、違うもん! 照れてなんてないもん! 照れてないってば! で、でも優しいと思うよ」
花火の打ちあがる音を背に、シャバラやミネスにも ”頬が赤い もしかしてナイトじゃなくて茶色のカルってのが好みか!” と冷やかされるロガと、脇でそれを聞いていて内心穏やかではないタウトライバ。
(カルニスタミア! ちょっとカルニスタミア! ロガ様に何した! お前なにしたんだ!! 唯でさえお前は女性受けが良いから……お前という男は! 女たらしのビーレウストの方が……あれはあれで……ああ!!)
「へー、でもカルって言うのか。あの大っきい茶色いの」
「う、うん。今日ケーキ持って来てくれた時に ”カルと呼べ” って」
「やっぱり顔赤いよ! ロガ! 何で照れてるの!」
「そんなんじゃないってば!」
(タバイ兄よ。胃が痛むというのが今良く解ります……ど、どうしてカルニスタミアの話題でロガ様の頬が赤らむのだ。陛下の話の時は普通なのに!)
*************
ポーリン事タウトライバは宮殿で[ロガが顔を赤らめた経緯]を聞き ”若干” 胸を撫で下ろしつつ[異父弟・ザウディンダルの身に及ぶ危険の可能性]に ”かなり” の不安と自らの責任の重さを感じながら奴隷区画へと戻って来た。
「迎えに来るの遅くなって悪かったな、ポーリン」
奴隷管理区画の門の前でポツンと座っていたタウトライバに、ロガから借りたシートを小脇に抱えたシャバラが走りよってきた。
「いやいや。待ってるのなんて平気だよ。でも、何かあったのか?」
「おう、ミネスの爺さんがなあ。もう老衰だから仕方ねえけど。何か爺さん ”ロガ呼んでこい” って大騒ぎしてて、俺が急いで呼びにいったんだよ。死ねばロガが体綺麗にしてくれるってのに、生きてるうちから呼べって煩くてよ」
「へえ……気になるなら、私を引き摺ったままミネスの所に行こうか? 私も気になるし」
「おう! じゃあ、振り落とされないようにシートにつかまってろよ!」
結局、タウトライバとシャバラは臨終には間に合わず、簡素な葬儀のあとロレンがタウトライバを乗せたシートを引き自宅に置きにいった。後はロガとシャバラはミネスと共に後片付けを始めていた。
「俺、兄さん……じゃなくてシャバラほど料理上手くないけど、コレ食べておいて。明日の夜までの分だから! 足りなかったら大声で叫べば、誰か気付くと思う」
「ありがとう! 気にしないでミネスの家に手伝いにいってくれ」
ロレンは肉の塊を焼いたのを切り分けたものと、小麦を練ったものを油で揚げたドーナツのようなものを山ほど置いて去っていった。
「それにしても老人は、ロガ様に何を?」
「爺さん、ロガに何を言いたかったんだ?」
放心状態のミネスを休ませ、ロレンが作ってきた「あまり美味しくないドーナツのようなもの」を食べながら、シャバラが尋ねる。
ロガは首を何度か捻り、
「あのね…… ”バオフォウラーになれ” って。それをずっと繰り返してたの ”ロガ、お前はバオフォウラーだ”……それだけ」
「何だそりゃ? 爺さん、本当にボケてたんだろうなあ」
やれやれとロガを呼びに走ったシャバラはドーナツを食べ終え、水を飲む。
その脇で、
「なんかさ、それ聞いた事ある」
突如ロレンが口を開いた。
「何だ? ロレン?」
「ゾイがいれば直ぐ解ると思うんだけど……それ、多分誰かの名前だよ。一回聞いた事あるんだけど……誰だったかなあ」
入庁を目指す弟が頭を悩ませているのを見ながら、
「お前が出てこないんだったら、俺が考えても解らねえな。今度ゾイが戻って来た……ナイトに聞いてみるか。あいつ、知らなくても調べてきてくれそうだしな」
”解ったら儲け物” 程度で話を終わらせ、全員眠りについた。
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