「忙しくて帰ってこれないってか。30分もあれば戻ってこれる距離なのに、薄情なヤツだ」
　ゾイは急な「昇級研修」を受ける事になり、予定していた帰宅が出来なくなった事を書いた手紙を、土産の箱と共に郵送してきた。
「何か突然予定が入ったんだって。これをやると出世できるらしいから、シャバラ寂しいかもしれないけれど、我慢してね」
　ロガは箱に入っているシャバラとロレンへの土産を置きに来ていた。
「そりゃ良いけどよ。ロレン、お前そんなの読んでどうすんだよ」
「試験受けるに決まってるじゃないか」
　シャバラはロガと顔を見合わせて、やれやれと言った顔をする。
「勉強もいけどよ、試験費用は自分で稼げよ」
「解ってるって！」
「解っちゃいねえだろうが。鶏もまともに捌けねえだろうが。この前あのロガんとこの貴族が来た時、足離したの誰だよ」
　片手で鶏の足を掴み逆さにして首を切るのが、ここでは一般的な捌き方。
「肉屋が嫌だから！」
　ロレンは切った後、間違って手を離してしまいシュスタークの眼前を首の無い鶏が疾走する事になったのだ。
「そりゃいいけどよ、帝星に入って試験受ける為に部屋借りたりする時、アルバイトすんだろ？　ゾイだって此処で働いた技術を生かして帝星の食肉加工店でアルバイトしたって言ってただろうが。何か一つくらい技能持って行かなけりゃ、試験費用も滞在費用も稼げネエだろ。本読む前に捌いておけよ」
　足を結ばれた鶏を三羽投げつけられたロレンは、ゾイが送ってきてくれた本を大事に片付け、渋々ながらも真剣に仕事を始めた。
「手紙、元気そうだったか？」
「うん」
「それにしても、荷物取りに行ったの気付かなかったな」
　ロガの住んでいる墓地から荷物が届く管理区画までは一本道で、シャバラの家である肉屋の前を絶対に通る。顔の半分を隠している顔馴染みが通れば気付かない筈が無いのだが、今日は気付かなかった。そのことに特別何かを思ったわけではなく、軽く口にしたシャバラだったがロガは困ったような表情を浮かべて答える。
「あのね……」
「どうした？」
「警察さんが持ってきてくれたの」
「は？　あの穀潰し達がか？」
　奴隷達を管理している「警官達」はロクなのが居ない。
　特に今ここを管理している責任者、ラバン・レボンスは最低な警官だ。だが最近異変が起きている、それが奴隷達には何なのか全くわからないのだが、何かが変わっている。
「うん。あの新しい髪の長い警察さんの一人。綺麗な茶色の髪の一番おっきい人が、これと一緒にお菓子までくれたの……」
「あの髪長い奴等か……」
　奴隷を殴ったり蹴ったり、店から勝手に商品持ってゆく強盗犯のような警官とその家族ばかりだったのだが、ある日を境に全員が奴隷達の目の前から消えた。
　前から、入れ替えがある時期などは居なくなるので［今回もそれだろう］と暴力的で威圧的な官吏が消えた事を喜び、束の間の平和を満喫しようとしていた奴隷達だが……何時までたっても警官達が出てこないのだ。不思議には思ったが、権力を笠に着て暴力ばかりふるう管理区に近寄る奴隷はそういない。
　もちろん、権力におもねる奴隷はいたが、気が付けば警官の手下のように働いていた奴隷達も消えていた。それに奴隷達が気付くのは、もっと後の事ではあるが。
　警官のいる管理区画は宇宙港も兼ねており、そこから全ての物品が出入りする。その為、月に一度は生活必需品や外部から連絡が来る者は、その区画へと向かう。強盗さながらの警官達が消え去ってから、月一の商品運び込みの為、区画に向かった者達は絶句した。
　いつの間にか区画全体が完全に遮断されていたのだ。それこそ天を突くような塀が区画全体をグルリと囲んでいて、絶対に中をうかがうことが出来ない状態。
　そして入り口前に、淡いピンク色のテーブルクロスがかかった横に長い事務用のテーブルが並べられ、警官達が数名立っていた。殆どは、覚えたくなくても覚えてしまった警官達だったが、彼等・彼女等の表情は奴隷達から見ても怯えていた。目はキョロキョロし、手は震えるような状態。
　それらの視線は、髪の長い五人の警官に向けられている事は解ったが、彼等が何者なのか奴隷達には知る余地もない。
　ただ、警官達は非常に手際よく、そしてまともに仕事をするようになった。前は平気で荷物を空けて中身を拝借していたのだが、全く手をつけないで奴隷達に渡すようになる。それは普通の事なのだが、今までそんな状態になった事のない奴隷達は警官達の変わり様に　“興味”　よりも　“恐怖”　を抱いた。
　その恐怖の元になっているらしい五人に対しては、出来るだけ関わらないようにしようと本能的に感じ取ったのだが、髪が長く目深に帽子を被っている背の高いその五人は、それからちょくちょくと町に出てくるようになった。
　殴る為や物を奪う為に徘徊していた警官とは違い、本当に警邏している彼等なのだが、今までが今までだったので　“ただ歩いているだけ”　の姿を見るのは奴隷達にとって違う種類の恐怖。
　機嫌を取ろうとして商品を差し出した奴隷は蹴り飛ばされて転がされた。それでも違うのは決して商品には手をつけない事。
　蹴り飛ばし、そんなもの必要ないと完全に無視し、差し出された物に手を出さないどころか、興味すら抱かずに去ってゆく、

不必要なまでに体格の良い彼等

「茶色のねえ……」
　とにかく、話しかける切欠など掴みようもない奴隷たちは、当然警官の名前など知らない。
　だが、目立つ相手を話題にしたいとい気持ちはあるので、その髪の長い大きい警官達を［髪の色］で判別して呼んでいる。茶色はカルニスタミア、金色はキュラティンセオイランサ、白髪はエーダリロク。白髪と言われているエーダリロクは「これは白髪ではない！　高貴なる銀髪だ！　それも解らんのか奴隷め！　……っ！　奴隷に教育せねば解らぬか！」顔を引きつらせつつも黙認している。
　最後二人、ビーレウスト＝ビレネストとザウディンダルは同じ黒髪。その質も何もかも同じ二人を、奴隷達は「細い黒髪」と「黒髪」と呼び別けていた。
　ザウディンダル、背は高いのだが体格は他の四人に比べて細め。
　それは彼一人だけが［男性］ではなく［男性型両性具有（両性器所持・男性繁殖機能のみ稼動・俗称：女王）］なので、体格に女性らしさが出ている為。
　尤も、女性らしいといっても、奴隷達からみればデカイだけの人。恐ろしいほど体格がいい男と、それよりちょっとだけ細い背が高い男でしかないのだが。
「うん、すごく美味しいお菓子だった。だからポーリンさんにも持ってきたの。シャバラとロレンには後で持って来るね」
　“ポーリンさん”　とはシャバラの家の向かい側に住むようになった［両足を失った奴隷］こと、シダ公爵　タウトライバ・ポーリンクレイス・ウェルスタカティア。
「ああ。ついでにこれも持って行けよ」
　シャバラは燻製したばかりのベーコンの塊を紙に包んでロガに持たせる。受け取ったロガは
「ポーリンさんお金払うって言ってるけど」
「いい、いい。最近警官が盗んでいかネエから平気だって言っておけ。それより、明日暇あるか？　ミネスの爺さんそろそろ洗ってやらないとな」

　何となく、奴隷たちにとって平和な毎日が続いていた