繋いだこの手はそのままに −181
 アジェ伯爵シベルハムの食事開始から、ぞくぞくと現れた「リスカートーフォン勢」に、ザロナティオンとラードルストルバイアは全てを任せて、体を本来の持ち主に返した。
「エーダリロク、カルニスタミアは大丈夫か?」
「大丈夫には程遠いですが”あれ”は核に傷があると出来ません。逆に言いますと、核に傷がないという証明にもなりますので、ご安心してください。ここで一度機能停止させてやった方が、楽かもしれませんが」
 エーダリロクが診察しながら、一時的に《仮死状態》にして、再生させてやった方がいいだろうとシュスタークに告げる。
「そ、そうか……そこら辺は……カレンティンシス」
「はい」
「エーダリロクはそのように言っておるが、どうする?」
 兄であり王でもあるカレンティンシスの意思を尊重しようと声をかけてやった。
「陛下に全てを」
 カレンティンシスは一時的でも弟を殺したくはないが、そちらの方が楽だと言われると拒否するのも……という感情がない交ぜになり、自分で判断を下さずにシュスタークにまかせてしまった。
「そうか。カルニスタミアの意思は……解った。エーダリロク”このまま息が止まって意識を失うのは良いが、息の根止められて再生されるのは御免じゃ”だそうだ」
「カルニスらしいですな」
 本人の意見を聞いたらそう言うだろうなと、誰もが納得する答えだった。
 カルニスタミアという男は、そう言う男だろうと。
 ザウディンダルと別れた後の不安定さが払拭され、本来の性質を取り戻したカルニスタミアがそこにいた。
「それでエーダリロク」
 シュスタークはエーダリロクにあることを頼んだ。
「なんでしょう? 陛下」
「あのな。小型の艦内マップと人員が何処に居るかが解る機械持っておらぬか?」
「それは持っておりますが?」
「それを貸してくれぬか」
「なんでまた」
「それを持って、ロガとちょっと離れたところで待っておる。あの……あれが悪いとは言わんが、ロガには辛いかなと思って。その間、ロガと一緒に見ながら……」
 ”しどろもどろ”のシュスタークと、人間の物とは全く違う咀嚼音。
 肉を引きちぎり骨を噛み砕き、内臓をつかみ出す。攻撃型生体兵器の機能停止にもっとも効果的だが、シュスタークがマントの内側にロガを包み込み、視界を遮っていた。
「あ、そういう……」
 胸元から取りだそうと、頭をやや下げたエーダリロクの上、のし掛かるような圧迫感があり、手を留めて見上げると、、ドームに張り付いた「赤い機体」
 艦隊鎮圧を終えたエヴェドリット王が、ドームを抱き込むようにして張り付いた。
「ザセリアバが到着したか」
 触手を食いちぎりながらビーレウストが見上げていると、ザセリアバは操縦席を開く。ドームと操縦席を接着させたまま、拳でその境を割り飛び降りてきた。
 ドームに空いた穴からバラーザダル液も流れ込む。その液体で濡れた体のまま、ヘルメットを脱ぎ捨てて、
「タン残ってるだろうな! タン!」
 豪奢な黄金の髪を振り乱し、大好物の名を上げた。
「もちろん、取り置いてますよ」
 答えるシベルハムは胃袋が直接、ザベゲルンの肉を貪っている。
「はい、王どうぞ! お好きなタンですよ」
 カルニスタミアが突き刺したロケットランチャーの砲身を引き抜くのは、エレスバリダ。
「タンですよ」
 駆け出しその「残酷な月が笑うよう」とカルニスタミアが評した亀裂に噛みつき、舌を吸い出して噛み千切る。
「舌の量が多いな。これは楽しめる」

 狂宴が絶頂になりつつある様を見て、エーダリロクはカレンティンシスと目で語り合い、頷いて、
「どうぞ。できればこの近くにいてくださいね」
 ロガとシュスタークを別の区画に移動させることにした。
―― ラードルストルバイアがいれば大丈夫だろうしな
《ああ、ここで食われているのが最強らしいからな。あとはどんなのと遭遇しても、奴隷を護ることは可能だ》
 触手を千切って食べていたビーレウストが、シベルハムの脱ぎ捨てたマントを拾い上げ、
「陛下。部屋の扉にこいつを掛けて目印にしておいてください」
 赤地に白の朝顔が一つのエヴェドリット王族のマント。
 装着する者の頭の大きさと同じサイズの白い夕顔が一つだけ。夕顔の位置は、装着者の右肩胛骨下と決まっている。
 裏地は黒で白の縁取りがあり、両端に装着者の爵位を表す紋章が描かれている。
 受け取ったシュスタークは、シベルハムに手で軽く”借りて行くぞ”と挨拶し、シベルハムも笑顔で頷いた。胃袋は食べ続けたままであるが。
「ロガ、少し別のところで休もうか」
「はい」
「それと……ビーレウスト、耳を貸してくれ」
「幾らでも」
 ”なんだろう?”と思いながらビーレウストは黒髪をかきあげて、耳朶を露わにする。
「あのなビーレウスト。ロガと折り入って……あの聞かれたくないので、聞かないでくれるか?」
「……畏まりました。あなたの家臣として確約いたします」
 ビーレウストはシュスタークの言葉を”別の意味”で解釈した。《ロガと逢瀬を楽しむので、聞かないでくれ》と解釈したのだ。
 死に直面すると男女ともに”繁殖”を行おうとする本能が高まる。シュスタークも”それ”だろうと。もちろんシュスタークの意図は違うのだが。
 そしてロガはシュスタークに手をひかれて半ドームの部屋から去った。
 その後ろ姿を見送りながら、
「こういう時、抱きかかえて歩かないのが陛下らしいよな」
 ビーレウストは溜息混じりに言いつつ、部屋から消えた二人の後ろ姿に目を細めた。
―― 后殿下としちゃあ、初めてはもうちょっと色気のある場所の方が良いかも知れねえが、この状況下だと生命力が上向いてるから子供出来やすいしなあ ――
 そんなことを考えながら、手に持っていた触手を再び口に入れて噛む。
 ちなみに触手体は「通常の血液」を持たないため、ビーレウストも狂うことはない。
 食べている姿は、明かに狂っているような状態だが、本人としては狂っていない状態だった。

**********


 咀嚼音というより”人体破壊音”といった方が正しいような音の聞こえない部屋の扉にマントをかけて入ってすぐ、
「ロガ!」
 シュスタークはロガを拝むようにして”しなくてはならない”ことを告げた。
「はい?」
「ちょっとだけ、一人で待っていてくれないか? ここら辺には敵もおらぬし、来たとしてもザロナティ……じゃなくて、エーダリロクが気付く筈だから。その、ちょっと、どうしても行かねばならぬところが」
 シュスタークが向かおうとしているのは、
「何処ですか?」
「ザウディンダルを迎えにいくと言っておいてきたのだ。怪我もしておったので」
 下半身に性的暴行で怪我を負っていたザウディンダル。
 シュスタークはザウディンダルが既に治療を終えたことは知らない。
「ザウディンダルさん、どこにいるんですか?」
「待ってくれ」
 エーダリロクから渡された小型機で《シュスタークの偽造コード》を捜す。艦内はまだ完全に機能が戻っていないが、
「えっと格納庫の傍だ」
 皇帝のコードは復活していた。
 カレンティンシスはこれを最初に復活させた。
 カレンティンシスはザウディンダルが《シュスタークの偽造コード》を持っていることを知らず、自分の目の前にシュスタークがいるので”これを復活させ、僭主が騙されること”を考えてまず第一に復活させたのだ。
 それと帝王のコードはリセットし、シュスタークとエーダリロクが使えるようになっている。
 まずは偽装をおこない、そこからシステム全体を復活させようとしていたのだ。
 ザウディンダルがシュスタークの偽装コードを持っていることなど、カレンティンシスが知るはずもない。
「格納庫って?」
「機動装甲の格納庫の……裏側だ。ロガ?」
 ロガは治療用薬品の残量を確認して、シュスタークの手を引き、
「私がお守りしますから、一緒に行きましょう! ナイトオリバルド様」
 ”二人で”行く事を提案してきた。

《まあ、良いんじゃねえのか? さあ、とっとと行こうぜ》

「ではロガ、一緒に行こうか」
「はい。もちろん皆さんには秘密なんですね?」
「ああ。別にその……ちょっと怪我が怪我だったので……」
「私、誰にも言いませんから! 安心してください」
 二人は歩き出し、ロガは画面を見ながら話しかける。
「ザウディンダルさんの傍にいる人って、誰かわかりますか?」
 システムが完全回復していないので、画面には認識番号で表示されていた。シュスタークは自分の偽装コードは《マスク》がかかっていない状態でも解る。
「この番号は……エーダリロクだな。ちょっとしたエラーであろう」
 自らが許可した「エーダリロクの偽装コード」も、マスクなしの直接番号と生体波形で見分けがつく。
 ドーム状の部屋にエーダリロクが居ることを知っているシュスタークは「エラーであろう」と考えて。

**********


 リュゼクは膝に力が入らないことを感じ、視界に白い小石のような物が飛び散ったのが見えた。それが自分の歯であったことに気付かなかった。
 膝を折り床に座るように崩れ落ち、額も床につきそうになったリュゼクに、黒い軍靴が迫り、爪先が力尽くで口の中に入り込み蹂躙して、歯という歯を砕ききった。
 リュゼクの歯の殆どを砕いた蹴り。それはそのままリュゼクを仰向けにして、今度は床に背中から強かに叩き付けられる。
「パンチはそれこそ鉛のように重いが、鉛程度の重さとも言えるな」
 ディストヴィエルドは言いながら、リュゼクに馬乗りになる。様々な相手と遭遇し、負傷したディストヴィエルドも内臓の治療にかかり切りで、リュゼクに殴られた顔の傷を治す余裕はない。
 口の中が切れ血が溢れ出したリュゼクは、自分に乗っているディストヴィエルドを押すが、
「もう、無理だろうよ」
 全体重を掛けた肘を、豊かな胸の間にたたき込み骨が折られる。痛みと衝撃で呼吸が出来なくなる。ディストヴィエルドは今度は全体重を乗せた拳でリュゼクの顔を容赦なく殴る。
「お前たちは、顔が弱いからな」
 脳を守ろうと必死に頭蓋骨を治す体と、骨を折る感触を楽しむディストヴィエルド。
 顔は腫れ上がり目蓋も開かなくなる程になっても、頭蓋骨は再生され、脳も再生されてゆく。

『艦外通信回復、艦内空調回復。バールケンサイレ大将、ユキルメル大将からの指示を待て』

 辛うじて耐えていた鼓膜が、ザウディンダルの放送をリュゼクの脳へと届けた。
―― よし良くやった、レビュラ。あとは儂がここで時間を稼ぎ、逃がしてやるだけじゃ! 死ぬなよ!
 口どころか顔まで腫れ上がった状態のリュゼクに勝機はないが、死ぬまでザウディンダルの避難時間を稼いでやると、その目に再び輝きが戻って来る。
「両性具有が逃げるな。追うか」
 ディストヴィエルドはリュゼクの体から離れて、入り口へ向かおうとする。
 その足首にリュゼクは手をかけて引く。
「無様だとは思わないのか? プライドの高いことが自慢のテルロバールノル属の名門公爵家の当主が、両性具有を守ろうと死に体で床を這い足を掴むなど」
 ディストヴィエルドの言葉は、鼓膜が破損していたリュゼクには聞こえなかった。聞こえたとしても、足首を掴む手を離すことはなかったであろう。
 ディストヴィエルドは体を軽く降ろし、リュゼクの美しい栗毛をつかみ力尽くで引き上げ、格納庫出入り口の扉に向かって投げつけた。

**********


 ザウディンダルはプログラムを流し、それが機能するまでの間に考えなくてはならないことがあった。
 扉の向こう側にはリュゼクと僭主ディストヴィエルド。
「……」
 格納庫の中にあった機動装甲ブランベルジェンカIVは動力は残っていたが機体としては破壊されつくしていた。ブランベルジェンカ105も同じ状態。
 ブランベルジェンカ105の動力を破壊しなかったのは、
「こっちが予備か。あのバリアは俺には破壊できないし……」
 そこに艦内機能を乗っ取っている機器が存在しているのだが、ディストヴィエルドが用意したバリアによって破ることができないでいた。
「武器が全部破壊されて……直す時間は……」
 格納庫内にあった武器は、破壊されており直す余裕はない。
 リュゼク将軍に言われた通り、表側から抜けて逃げるべきなのはザウディンダルも解っている。弱い人間がどれ程”気合い”を入れようが、勝てないものは勝てない。
 気持ちだけで勝てるような相手ではないことは、何度かの遭遇で理解していた。理解はしているが、どうしてもリュゼクをおいて逃げたくはなかった。
 自分は嫌われていたという過去ではなく、この危機的状況の際に協力してくれたこと。それに対して自分は何ができるか? を考えて、ザウディンダルは《皇帝の剣》を握り締める。
「プログラムエラーはない……早く早く……」
 プログラムが早く正常に稼働してくれと思う半面、これが稼働したら覚悟を決めなくてはならないという焦りもあった。
 動力に繋いだ操作卓が、様々な色に光る。
「……」
 足元で”きゅるる、きゅるる”と回っているS−555改の鏡のような光沢のある背中部分に映った自分の顔を見た。
 左側の緑の瞳を手で隠し、右側の藍色の瞳だけで自分の姿をみつめる。
 むかし、幸せになった少女が帝国に持ち込んだ”藍色”
「馬鹿だったんだってなあ」
 馬鹿で愚かしいと、そして終生少女と言われ続けたその瞳で己の姿を見た時、
「ここで逃げたら、愚かでも馬鹿でもねえけど……」
 自分の中の何かが消えてしまうように感じられた。今S−555改に映し出されている自分の藍色の瞳は、暗く閉じていっていると。

 頭が悪いと言われた大帝太后だった藍色の瞳の持ち主だったらどうしただろか?

「やめてください! 放してください!」
「何だこの顔隠した奴隷」
「放してくださいよ!」
「奴隷ごときが、この私の足に纏わりつくな」


 愚かしいと言われた藍色の瞳を持っていた帝太后はどうするであろうか?

「離れろ! ロガ」
「放してくださいよ! きゃっ!」
「あの娘引張ってこい」


 馬鹿だと言われた藍色の瞳の少女なら ――

「何だこの顔」
「足はなしてくださいよ!」
「何だこの顔」


 シュスタークの頭を踏みつけた貴族に対して、必死に抵抗したロガの姿をザウディンダルは愚かだとは感じなかった。

 行為自体は無意味で、価値や意義はない。高尚な行為であったわけでもない。だが……

「逃げて助けを呼びに行けば良いんだろうが……」
 戻って来た時に、既にリュゼクが死亡していたら? そう考えると、ザウディンダルは怖ろしかった。
 ディストヴィエルドがエーダリロクの持っている権限の殆どを手中に収めているとしたら、リュゼクの核が存在する場所を知っていると考えて間違いはない。
 ザウディンダルは左目から手を離し、皇帝の剣を両手で握り締めて白い柄に口付ける。
「いいや、馬鹿じゃねえよ。勝てなくても……勝てなくても……それに……」
 柄と同じく白い鞘から刀身を抜く。濡れたような銀の刀身に映る藍色の瞳は、輝きを取り戻した。

―― プログラム起動 ――

「艦外通信回復、艦内空調回復。バールケンサイレ大将、ユキルメル大将からの指示を待て」

 それだけ告げ、ザウディンダルは裏側の先程の入り口へと進んだ。


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