繋いだこの手はそのままに −4
「平民か?」
ディブレシアの呪い……そのように余が勝手に命名しておるが、皆もそう思っているであろう。
この47年間、皇族と四大公爵家に娘が生まれないのだ。母が、皇帝ディブレシアが存命中は男だけでも良かったのだが、余は男なので后が必要だ。
その后となる女が全くいない。今、ヴェッテンスィアーン公爵の妻が妊娠したが、やはり男のようである。
養子を皇帝の妃、または夫とする事は禁じられている為(養子自体が、相続の問題が絡む故に)全員一致で余に四大公爵以外の娘を皇后に迎えるように頼んできた。
だが、四大公爵以外の貴族の娘を皇后として迎えるとなると、他の貴族の台頭が気になる。あくまでも緊急措置だが、別の貴族の娘が次代皇帝を産む訳であるからして、権力の移行などが問題になってくる。
そこで、余の賢い兄・デウデシオン(女嫌い、むしろ女性不信)が案を出した。
平民を選ぶというものだ。
今まで平民の皇后はいない。最初の平民出の皇帝の正妃・ジオは皇妃(三番目の正妃)であるし、グラディウスは帝后(二番目の正妃)である。余の代で初めて平民皇后の誕生となるらしい。
それはそれで良いのかも知れない。……全く、母も一人くらい姫庶子を産んでくれていれば、それを皇后に迎えたのに。
皇帝の庶子は皇位継承権はないが、皇帝の正妃になる権利はある。権利というか血統を繋ぐための、バックアップ機能というのか? バックアップは違うか。
余に姉なり妹なりがおれば、それは即座に皇后となっただろう。出来れば姉が望ましいかもしれぬ、余の性格からして。
ちなみに四大公爵の庶子は正妃には出来ない。
なぜなら、四大公爵は一王一配偶者制であるからだ。皇帝は一皇帝四配偶者制。
……正直言えば、王族の庶子まで入れると、範囲が広くなり過ぎて配偶者が選び辛くなるからだ。
そんな選ぶ苦労とやらを、してみたかったものでもあるが。もっとも余が選ぶのではなく、兄や父達が選んで差し出したであろうが。
「よろしいでしょうか?」
四大公爵の当主四人と、余の兄弟である14人。上からデウデシオン、タバイ=タバシュ、キャッセル、タウトライバ、デ=ディキウレ、シムシャント、アニア
ス=ロニ、クラタビア、クリュセーク、アウロハニア、ザウディンダル、クルフェル、セルトニアード、バロシアン……となっている。一度くらい全員自己紹介
しておくべきだろう。
その全員が平民を皇后に迎える事を頼み込んできたのだ、頷いてやるべきであろうし、それ以外の策も余には見出せない。
他の家名持ち貴族に『娘』はおるようだが、王族の遠縁であるからして……次の皇帝が生まれたら厄介な事になるのを見越しての事であろう。
「何かお望みがありましたら。この際、陛下のお気に入りの娘を迎えられてください」
お気に入りと言っても、会った事もない娘の何処を気に入れるか、甚だ疑問なのだが。
何にせよ、皇王族やら王族の重鎮全員が必死で『平民』を勧めるなど、
「歴史上、稀な話でございます」
そうであろう。
自分の好きな平民の娘を、何の障害もなく皇后に出来るなど。
かの賢帝・オードストレヴが知ったら、羨ましがるに違いない(ジオは迎え入れた順番としては二番目の妻であったが、平民であったので三番目に下げられた。子が生まれなければ四番目の帝妃にまで下げられていただろう)
「余は別に平民に気に入った娘はおらぬ。ただ、好みはある」
「どのような?」
「賢い娘が良い。余はボンクラ故に、少し頭がピシッとした娘が良い。出来れば年下が良いが、年上でもこの際我慢しよう。だが、年上は五歳くらいまでにしておいてくれ。あまり離れておると母親の事を思い出してしまうのでな」
「全力を尽くして年下の娘を探します」
デウデシオン兄の顔がひきつった。(兄はある一定の年齢から上の女性が嫌いである……理由は聞くまい)
余はボンクラだが、他の兄弟は全て才長けている。一番、何にもならないのが皇帝とは良く出来たものだ。
これが暗黒時代であれば、余はさっさと殺害されて、有能な兄弟と四大公爵がその才を競って戦争をしていたであろうが、暗黒時代の爪あとが未だ残っているせいで、無能でも至尊の座を追われることはない。
因みに母の淫乱が許されたのも、暗黒時代再来を忌避したいが一心で、母の廃嫡・廃位を誰も進言しなかったことにある。親帝ですら、それを口にしなかった。
“廃位・廃嫡”は現時点で、忌まわしい過去と抱き合わせなのだ。
余も母も、暗黒時代の遺産で生きているようなものであり、それほどまでに暗黒時代は傷跡が深い。
そんな暗黒時代の幕開けは『後継者が途切れた事』にある。皇帝に子がいなかったのが引き金だ。その引き金を再び引くわけにも行くまい。そして、それを回避できるのは余だけである。宇宙で一番責任がある『種馬』として、頑張ろうではないか。
「そうか。出来たら可愛らしいのが良いが、性格が確りとしていればそこも目を瞑ろう。ただ、余の隣に立って見栄えのしないのは選ばないように」
「心得ております」
余はボンクラで、武芸の心得もないのだが見た目だけは一流の『シュスター』である。宇宙の星々を纏ったかの如き艶やかに光る黒髪も、皇帝眼と言われた濃蒼
と深翠の瞳も持ち合わせており、唇も薄く肌色と同じ色合いで赤みを帯びていない。そして背も高く足も長くて、手も長い。
なので余の皇帝名はシュスタークという。『皇帝再来』という意味の名だ……完璧に名前負けしておるが、別に自分でつけた名前でもないのでどうでも良い。
さて、どんな娘が準備されるのであろうな。
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