繋いだこの手はそのままに −18
本日も昼食を持参して来た。
「ナイトオ……ナイト様!」
「ロガ!」
おや、周囲に人がおるの? 男と子供か。
さすが、一度「他者がいる時はナイトと呼ぶように」と言っただけで、それを完遂するとは賢い娘だ。
ロガよりは年上であろうか? その男が、
「昨日菓子のおすそ分けもらったんで、お礼しにきました。ほら! お前もちゃんと頭を下げろ」
「別に俺、食いたくなかったのに」
「悪いですね。思いっきり食いやがったくせに。俺はシャバラ、この小さいのがロレン。お袋も貰ったんだが、仕事があるんで俺達だけで」
ほぉ、わざわざ礼を言いに来るとは。
「礼は受け取っておこうではないか。それでは、ロガ。本日の菓子である。お前の口に合うように料理人に作らせた苺のシャルロットだ。後で食べても良いが、冷やしておく場所はあるか?」
「ないです」
「では先に食べるか。お前達も食べて行けばよいのではないか。ところでお前達は男の兄弟か?」
二人は顔を見合わせて、
「どう見ても男だろうが! 貴族のほうがわかり辛いじゃねえか。髪が長くて、ベロンベロンな格好してて」
「ロレン!」
確かにそうであろうな。貴族は服も重装備であるからして、胸の膨らみや尻の形など着衣の上から先ず解らぬ。……まあ、余は薄着であるロガを男と間違ったわけだが。
「確かにベロンベロンであるが、これには意味があってな。これでも随分と簡略化した服装をしておるのだ。手袋は必須であり、マントも身につけておかねばならぬ。腰から下げている剣も、使わぬとはいえこのベルトを回し下げておかねばならぬのだ。我輩は身分からいって70cm以上の長さの剣を所持していなくてはならぬ。服もブーツの長さと紐の種類から細かくてな。だがこれらを身につけておらぬと裸で歩いているのと同じ事になり、後ろ指をさされるのである」
ロガと兄弟は顔を見合わせて、
「大変だな」
一番の年長者であろう男が口にした。確かに大変であるが、余が自分一人で着るわけでは無いからしてそれ程苦労はない。
その後全員で苺のシャルロットを食した。あまりに勢いよく食べる兄弟を前に余は呆然とするのみであったが。
「シャバラもロレンも! ナイト様吃驚してるよ! もっと綺麗に食べてよ! 恥ずかしい……」
何が恥ずかしいのか良く解らぬが、ロガは気にしているようなので、
「良い、それほど気に入るとは。さあロガも食べるがよい。足りなければ我輩の分もやるぞ、ほら」
余は食べずとも宮殿に戻れば好きなだけ食べられる……然程菓子は好きではないが。
ロガが切り分けたものを差し出すと、
「あのっ!」
答えにつまった。
「嫌いな味か?」
料理人は余の味覚にあわせるからして、ロガの口に合わぬ事も往々にしてあるだろう。ロガは、余の差し出した皿に手をおき、
「凄く美味しいです」
微笑んで受け取った。
「では食べるがよい。お前が元気に食べている姿を観るのがとても好きだ」
突然全員の動きが停止した……おかしい事でも言ったか?
その後、全員無言で食べた後、兄弟は仕事へと戻った。戻る際、
「あんたお金持ちだろうから、ロガに最後まで飯くわせてやってくれよ!」
年長の方がそのように言って去っていった。
最後まで飯? ……持ってきた昼食の事であろうか? どのような意味だ?
「ご、ごめんなさい、ナイトオリバルド様。ちょっと噂になっちゃって、幼馴染のねシャバラが変な貴族じゃないかって……心配って、全然変な貴族じゃないのに……」
身分をやつして来たつもりであったが、目立っておったか。やはり毎回ズラを変えたのがいけなかったか? 初日銀髪、翌日金髪、そして赤毛のズラに栗毛では目立つか。いや、今日のステンドグラス風バタフライマスクが良くなかったか?
「変な噂を立てられたのか」
「あの……貴族様がおいでになってるって。それだけですよ!」
「迷惑になっておらぬか? ただ、迷惑と言われても我輩はまだ此処に来たいのだが」
よく解らぬな。
年頃の娘の元に男が通っているなど良い噂ではなかろう……それを打ち消す為には余が此処に通わぬのが一番である。それは解るのだが……
「やめなさい、ボーデン! 顔突っ込んじゃ駄目!」
老犬がバスケットの中に顔を入れて食しておった。
ボーデンなる犬に抱きつきながら、ロガは謝罪してきた。
「ご、ごめんなさい!」
いや、全く気にならぬが別のことが気になる。それを伝えるべきであろう。
「それは良いのだが、犬に人の食事を与えると良くないと聞いた事があるぞ。犬専用品を与えたほうが健康に害がないはずだ」
ロガは不思議そうな顔をして、
「犬専用? 犬だけが食べるの?」
「そうだ。人間には害にならぬ物でも、犬が食すれば害となる物が存在するそうだ。明日にでも犬の食事も持ってこよう……おや、この犬」
ロガが抱きかかえている犬は毛がはげておった。
残った料理を全てロガに与え、話を聞くとこの犬の毛がない部分は負傷した痕なのだと。寒そ……
「バウ!」
「ボーデン!」
傷口を触ろうとしたら手を噛まれた! びっ! びっくりした! 傷などは付いておらぬ……手加減されたのか? 余……余のような軟弱な若輩者にはその勇者の証たる傷跡を触らせるわけにはいかぬと? ……どういう理由で付いたのかは知らぬが。……聞いてみるか。
「平気である、ロガ。犬は手加減してくれたようだ。ところでこの怪我はいかにして負ったものだ」
聞いた所では、この犬の持ち主はゾイであるのだと。
ゾイには父親しかおらず、酒癖の悪い父親だったようだ。何時もゾイに手を上げておったらしい。
ある日、刃物か何かを取り出してゾイに襲い掛かろうとした所、ボーデンがその父親の腕に噛み付きゾイを守ったのだという。そのもみ合いで老犬は胸のあたりを大きく切られた。
ゾイは迷い犬であったボーデンに自分の少ない食事を別けて与えていた、その恩を老犬、当時は若かったボーデンは恩を返した……いい話だ。父親の方は指が二本ちぎれたそうだが、当然であろう。騒ぎに周囲の者が駆けつけボーデンは一命を取り留め、指を噛み千切られた父親はその傷が元で死んだそうだ。
ゾイに身内はなかったが、奴隷では珍しいことではない。子が一人しかいなかったロガの家でゾイとボーデンを引き取ったのだという。
まさに勇者の証! 偉大なる老犬である、その高潔な行動に敬意を評しこれからはボーデン卿と呼ぼうではないか!
そうだな、そのような名誉の負傷を、余如きが触るのは許される事ではないのだな。解った、詫びようではないか。
「申し訳なかった、ボーデン卿。その傷は触らぬ。うら若き乙女を守りぬいた名誉の負傷、宇宙において何一つ守れぬ我輩如きが触れてよいものではかったな。これからは言動に重々注意する、それで許してくれるか? ボーデン卿よ」
ロガは呆気に取られた顔をしておった。言い方が硬かったのであろうか?
『最後まで飯を食わせろ』と言われた以上、確りと料理を全部食べ終えたのを確認してから帰る事とした。
「また、明日も来る」
「は、はい! 待ってます! 待ってますから!」
―― 待ってます ――
この感触は……なんだ、この身体の内側から沸きあがって来る、感じた事のない感情は?!
……あ、謝罪していない……余の愚か者め!
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