繋いだこの手はそのままに −10
夢にまで見る程の相手……の意味が少し違うのだが。
「うあぁぁぁぁぁぁ! ……はぁ……ゆ、夢と……いうか……何をおどろいて……いるのだ、ナイトオリバルド。あれは、人の顔だ」
ナイトオリバルドは余の名前だ、ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウス。そこら辺にはない、立派な名だ! 全て皇帝名変形で形成されている、銀河唯一の名! よし! 頭は確りとしているな(元来ボンクラだが)! シュスターク! 自分に言い聞かせて、息を整えようとする。
「陛下如何なさいましたか?」
側に控えている不寝番が声をかけてきたが、
「下がれ」
即刻下がらせた。酒を飲んで寝たのだが、本日暗がりで出会った“驚かせる役”の娘の顔を夢見てしまい、飛び起きるとは。
「全く、自らの臣民の顔を夢見て、飛び起きるとは」
でも何となく怖いので……
「常夜灯を持って来い」
その明かりの下で、再び酒を飲んだ。凄い顔だった。右側が赤黒くて……何故、あれ程までに驚いたのだろう? いや、確かに生理的に驚く顔ではあるが。
目を閉じると……う゛っ……あ゛っ……。いや、地顔なんだ、だから思い出すな! ナイトオリバルド!
それから毎晩、余はあの顔を夢に見ては飛び起き不眠状態。
別に余が夜に眠れず会議中に熟睡していようが(途中で飛び起きるが)、謁見中に居眠りしていようが(謁見するものからは、余の顔はみえない)誰も困りはしないので、悩みつつも放っておいた。
放ってはおいたが、何となくモヤモヤしたものがある。
恥ずかしいや、そういった感情以前に……いや、それもかなりあるのだが! なにより大失態した気分だ。……実際、大失態をおかしたのだが。
二十三になって失禁か……落ち込むな。バカなりに気を張って生きてきたつもりなのだが。
誰もそれに関しては触れない。余の失態には誰も触れぬのが不文律ではあるが、触れられぬのも苦しい時がある。何をして欲しい訳ではないが、何か言って欲しいものだ。だが、何もいえない気持ちも解らなくはない。余とて、兄弟の誰かがそんな事をしたら知らぬふりをするであろう。
それにしても余自身の大失態よりも……何かこう、したこともない失態が……上手く言えぬが。
人生において初めての失敗
そんな言葉が頭を過ぎった。……色々失敗していたような気もするが、これは今までとは全く違う失敗のような気がしてならない。それを考えてはため息をつきつつ、自室で過ごしていると来訪者が。
「陛下。お加減が悪いとお聞きしました」
礼をしつつ入ってきたのは、
「デキアクローテムスか」
余の実父。皇帝になれば、父を“父”とは呼ばないので、名前か爵位で呼ぶのが決まりだ。余は名で呼んでいる、理由は爵位名が長いからだ。
バーランロンクレームサイザガーデアイベン侯爵。何故こんなにも爵位名が長いのか? 儀典省の長官を問い詰めて降格させたい気持ちで一杯である。とは言っても、父を任命した長官は既に退官しておるので、無関係な今の長官に責任を負わせるわけにもいくまい。
「加減が悪いのではなく、寝られないだけだ」
デキアクローテムスも、特に失態には触れず、最近の余の眠りが浅いことに関して話をはじめた。
本心から心配しておるのは解るが、心配だけでは余のこれはどうにもならぬのだ。特に解決策を作れぬ父の会話では。
父は普通の王子で、特段に才能はない。ごくごく一般的な『皇帝の夫になる為に育てられた男』であり、その規格に見事に当てはまっている。その父を見ていると、余はこの男の遺伝子とやらを半分受け継いでおるのだなあ、それを強く感じる。
母から受け継いでおるのかどうかは怪しいが。……それほど好きじゃないしな、アレ。
父と話す気分にならないので、ある程度会話したら下がらせようと、適当に受け答えをしておく。
「それは、お加減が悪い……」
「違う。ただの自己嫌悪というのか? それだけだ」
ボンクラだがプライドはそれなりにある、余にも。まさか肝試しで観た娘の顔を思い出して、怖くて寝られないなど……言えるか!
「娘の方は気にしていないとの事でしたので」
「ん? ……なんの話だ?」
瞬間的に、父と話をしていた事に後悔した。理由は解らぬが、何故か後悔を。
「陛下が顔を見て驚いた娘は、全く気にしていないそうです。何時もの事ゆえに」
……何時もか……
「まあ、……そうだろうな、あの顔では」
言いながら感じるこの不快感は……何だ?
「ですので」
何が『ですので』だ!
「それ以上、その話しはするな! 解かったな! デキアクローテムス!」
父を怒鳴りつけた後、目の前に出された酒にも鬱陶しさを覚えて、酒瓶ごと壁に投げつける。
「御意」
父は礼をして去っていった。
居なくなった後に息を吐き出す、片付けに来た者達の動きを見ながら憂鬱な気分に落ちていった。
不快であり、憂鬱であり、そして大失態であり……
どうしていいのか解からないまま、本日もシルクに刺繍の施されたシーツに躯を投げ捨てる。どうせ、夢を見て起きるのだ……夢で見た娘は、どこか悲しそうであった。
『おい、娘……悪かったな』
ん? 娘? あの者の名前は何だ?
起きて考えるが出てこない。当然であろう、聞いておらぬのであるからして。
そういえばあの娘には、服を後日取りに行かせると言ったような気がする。慌てていたのではっきりとは覚えておらぬが、あんな洋服置いておきたくもなかろう……見ず知らずの……。一度袖を通した服は二度と着用せぬので、捨ててくれても構わぬのだが。余があのように言ってしまった以上、取って置いているやも知れぬ。
「そこの。デウデシオンを呼べ」
「御意」
兄を待っている間、何かが降りてきた。余にしては珍しく『案』とうものが生まれた。
洋服を取りに行った際に『謝罪』をすれば良いのだ! 謝罪した事はないが『申し訳ございませんでした』と言い頭を下げれば、謝罪になる筈である。
「陛下。このデウデシオンめを御呼びと」
洋服に関して問うと、
「人を遣ってはおりません。必要でございましたら、今すぐにでも派遣いたしますが」
当然であろうな。だから
「余が行きたい。いや! 余が行く」
「陛下! 洋服など」
「行くと決めたのだ! 良いな!」
此処は兄に負けてはならぬ所……であろう。
兄の決定に反対を口にしたのは初めてかもしれぬ。
「御意。準備がありますので、明日の午後でよろしいでしょうか?」
本来ならば『口答え』なのだろうが、余の方が形式上偉いので、口答えとはならないらしい。
……反抗期? 二十三歳にもなってか? だが余はぼんくらであるから……それは良い! それは良いのだ!
「委細は任せる。それと、娘が好みそうな菓子でも準備しておけ」
「御意」
……だが、謝って許してもらえる物なのであろうか? 余は謝罪を受けた事はあるが、余が“それら”に対し腹を立てていた事は一度たりともない。
余が受ける謝罪は、帝国に対する謝罪であって、余個人に対する謝罪ではない。無論余は帝国であるからして謝罪は受けるが、余に対して無礼を働くものはない。あの集められた娘達のように不快を感じ取る事はあっても、謝罪を受ける程の非礼は取られた事はない。
それらが排除された生活を送っており、周囲もそのように教育されておるのであるからして当然ではあるが。
心底腹を立てていた者は、謝罪くらいで許せるものなのであろうか……難しい。
哲学のようである……そのように考えていたら、寝るのが遅くなり起床時間を大幅に過ぎておった。
あまり起床時間を守った事はないのだがな。適当な時間に寝て、適当な時間に起きる……それが余の毎日だ。余が目を覚ますと、デウデシオンが出発の準備を整えておいてくれた。
デウデシオンに言われ、準備用の部屋に入り全てを整える。
さて、娘の所へと行こうか。
「陛下。昼食をおとり下さい」
そうだ、そうだ。朝食も取っておらぬので、腹が減っておった。
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