繋いだこの手はそのままに −172
妻であり同僚であるバールケンサイレ大将と共にダーク=ダーマの艦橋を守っていたユキルメル公爵の元に、
「ユキルメル参謀閣下。副司令がお戻りになられました」
タウトライバが戻って来た。
「無事か?」
タウトライバは目的があり、一時ダーク=ダーマを部下であり弟であるユキルメル公爵に任せていたのだ。
予定の刻限を過ぎても戻らず、目的も果たせないでいる兄の副司令の身を案じてはいたが、安否を確かめる術が無く、旗艦で指示を出して応戦していた。
「レビュラ上級大将閣下もご一緒です」
こちらも所在不明で心配していたザウディンダルが一緒に現れたことで、ユキルメル公爵も安堵した。
艦橋を死守している近衛兵を抜けて、公爵夫妻の前に現れたザウディンダルと、背負われているタウトライバ。
「如何なさいました?」
そして足元には何故かついてきた清掃機S−555改。
「説明は後だ。まずは会議室へ」
ザウディンダルと背負われたタウトライバと清掃機は艦橋の治療室へと改造されている会議室へと入り、
「ザウディンダル、義足の調整を頼む」
「解った」
まずは失った足の装着をザウディンダルに依頼した。義足の調子は良いのだが、試作品であることと、
「エーダリロク特有の配線だなあ」
天才特有の独自の配線で、取り替える際に知識のない人には扱えない物となっていた。
幸いザウディンダルは、エーダリロクの部下として手伝うことが多いので、これらの独自配線がある程度理解できる。
切り落とされた足の残骸部分を外す指示を腰骨に送りつつ、使う義足の起動を開始する。
「途中でそんな目に遭われましたか。それと后殿下の無事が確認されました」
「本当?」
「ああ、ご無事だよザウディンダル。安心していいよ」
妻に艦橋を任せてから遅れてやってきたユキルメル公爵は、タウトライバがいない間に起こった出来事の要点をまとめて説明する。
「僭主部隊はどうなっている?」
「通信が回復していないので、途切れ途切れの情報しかはいってこなくて状況把握、報告とまでは行きません。セゼナード公爵殿下が通信補助機を作成してくれたとテルロバールノル王から連絡がありました。殿下自ら届けてくれるとのことですが、まだ届けられてはおりません。それと近衛兵団団長閣下の状況は一切わかりません」
「タバイ兄はまだあの相手と戦っているのだろう、応援のしようがない」
タウトライバの足を切り落とした相手は、タバイが戦い続けているヴィクトレイ。タウトライバは遭遇した直後に片足を切り落とされ、タバイが駆けつけなければ逃げ果せることも出来ず、殺されていたところであった。
「タウトライバ兄が逃げるので精一杯だったというのでしたら、通常部隊では無駄死にするだけでしょうね。デファイノス伯爵を向かわせるように伝令を出しましょうか?」
「いや、いい。僭主艦隊の方は?」
「エヴェドリット軍が応戦中です。ケシュマリスタ軍はテルロバールノル王の命令に従っておりますが、エヴェドリットはアジェ伯爵の指示のもとに」
「そうか」
二人の話を聞きながら、ザウディンダルはタウトライバの足を接続する。
「タウトライバ兄、足どう?」
「調子は良い。……ザウディンダル!」
タウトライバは足を再装着したら、自分でもう一度向かおうと考えてた任務をザウディンダルに任せることにした。
「なに?」
タウトライバは袖口から保護ケースに入った、プログラム専用媒体を差し出す。
ケースには「オーランドリス伯爵」の紋。
「聞いてくれ、ザウディンダル。私たちは僭主の襲撃をある程度つかんでいた。ザウディンダルに説明しなかったのは悪かった……だが理解して欲しい」
「ああ、解る。俺も言われたら困る」
ザウディンダルは自分が秘密厳守が苦手なこと、身をもって感じていた。
両性具有は隠し事が苦手と言われ”そんな事はない”と反発していたが、実際秘密を持つと相当に苦しかった。
最近はなんとか我慢できるようになり、自分の特性を身をもって理解した。それらを考えてザウディンダルは、兄たちの判断に文句をつけるつもりはない。
「僭主に異形が含まれていることも知っていた。異形が襲ってきた場合、艦内に放射線が充満する恐れがあることを考えて、システムとは違う独自の回復装置を設置しておいた。本来この任務は兄、キャッセルが受け持つものだったが、負傷のため戦線離脱した。私は予備として待機人員だったので私が任務を遂行に向かったのだが、途中で阻まれて動くことができなくなった。そこへザウディンダルが来てくれて助かった」
予備空調の確保はしていたが、起動させる途中で阻まれたのだ。
「だから、オーランドリス伯爵の紋が」
「帝国には浮遊画面で痕跡を残さないでアクセスすることができる人物が三名いる。長官のアルカルターヴァ公爵と、巴旦杏の塔の管理者セゼナード公爵。そして帝国最強騎士の兄キャッセル。私たちが使うとしたのは、兄の持っている権限で、使用するのは”ブランベルジェンカ105”。私は足の治療後再度向かおうと考えていたが、先程ザウディンダルの話を聞いて決めた。行ってくれないか? ザウディンダル」
予備空調の動力はシステムとは繋がっておらず、帝国のそれも皇帝の傍にいる者達がある程度自由に出来て、なおかつ補える力と細工を施すことができる”もの”である必要があった。
「……」
それを満たすものは機動装甲しかなく、ダーク=ダーマ内に機動装甲は二つしかない。一つは護衛であり囮でもある「ブランベルジェンカ105」ザウディンダルが搭乗する機体。もう一つは皇帝の機体「ブランベルジェンカIV」
「プログラムを作成したのは、私たちだ。おかしな物を作ったとは思っていないが、私たちは万能ではなく間違いがないと言い切れない。万が一のこともある。このプログラムを流して不具合があった場合、ザウディンダルならその場で修正できるだろう。なによりブランベルジェンカは両方ともザウディンダルが調整していた機体だ、私よりも良く解っている。もしも105が破壊されていたとしても、ザウディンダルが持っているその陛下の剣で隣にある”ブランベルジェンカIV”を機動させて、使うことができるはずだ。私は陛下を捜す指揮を執ると同時に、敵を格納庫にむかわせないよう陽動して補佐する」
ザウディンダルはプログラムを受け取り、
「任せておいてくれ。絶対にやってみせるから」
笑った。
―― 整備は”エーダリロク”とザウディンダルが ――
**********
壁に肩をぶつけ、体重を乗せて足を引きずるようにしてディストヴィエルドは歩いていた。
「……」
生まれて初めて”足を引きずる”感覚に、敗北だけを感じた。負けた事に対する憤怒や激情は一切ない。
ディストヴィエルドは”ザロナティオン”に手も足もでなかった。
帝王はまさに赤子の手を捻るかのように戦い、ディストヴィエルド最大の利点である超回復を破壊しにかかった。
ディストヴィエルドは殺されると感じたが、迷い込んできた一般兵の集団を守ろうとしたザロナティオンの隙をついて逃げる。
追われることを恐れ必死の逃走をし、足首の骨が折れてすぐには治らない状態に驚きながら、這いずりまわり物陰に隠れてしばし回復を待った。
自分が手も足も出なかった状況とザロナティオンの余裕を見て、ザベゲルンがザロナティオンと激突することを望み、知らずのうちに笑みが零れる。
―― あの男なら倒せる。確実にザベゲルンを倒せる。ヴィクトレイも倒せるだろう。さすがにあの二人とあたれば、ザロナティオンでも分が悪いだろうな
「こっち……だな」
ザベゲルンとヴィクトレイがザロナティオンを疲弊させた後、倒せるようにとディストヴィエルドは機動装甲格納庫へと向かった。
あそこには治療回復に使える機器が揃えられているからだ。
「裏から回るか」
**********
「そういう訳だクラタビア。艦橋の守りの三分の一ほど割いて連れて行くので、ここは更に危険になるが」
「ご安心くださいタウトライバ兄よりも弱いとは言え、これでも近衛兵級の強さは持っております……ザウディンダル? 何をしている?」
話を聞いたザウディンダルはS−555の制御部分を開き、
「プログラムの検査」
検査を開始していた。
「清掃機で?」
「これさ、もともと自動操縦だからある程度のプログラムデバックならできるんだよ。それにこれエーダリロクが手加えてるやつで、中に放射線緩和装置が入ってるんだ。その装置を動かすためのプログラムを簡単ながらエーダリロクは組んだはずなんだ。エーダリロクはこれを走らせるのが目的だから、途中で止まった場合は動作用プログラム不具合を洗い出す安全機能も入っている筈だ。大雑把なものだけど、エーダリロクが作った大雑把って結構厳しいからな」
ユキルメル公爵はザウディンダルの頭を撫でて、
「任せたよ」
「お、おお。クラタビア兄も頑張れよ」
「では副司令。用意が整いましたらお越し下さい。部隊の選別は私が代理で行っておきますので」
”副司令”に頭を下げ、会議室をあとにした。
「ザウディンダル」
「なに? タウトライバ兄」
黙って清掃機を見ていたザウディンダルを背後からタウトライバは抱き締めて、
「ごめんな」
肩に顔を埋めながら”謝罪”した。
「なっ! なんの話だよ」
突然のことに取り乱すザウディンダルを強く抱き締める。
「あの時だ」
「どの時?」
**********
ザウディンダルは言いたかったが、何も言えなかった。
泣きはしないのが、嗚咽のような声が漏れ、足が動かない。その声にタウトライバはマントをはね除けて振り返り、ザウディンダルの傍まで近寄り襟を持って引き寄せて、口元だけで語った。
「両性具有如きが作戦に異義を唱えるな!」
言い放ち椅子に向かって突き放すように放り投げた。
椅子に体が埋まる音を聞き、そして会議室から二人が出て行った足音をも聞いた。
「下手くそ……もう、子供じゃねえんだ……よ」
溢れてきた涙を拭いて、何事も無かったかのような顔でザウディンダルは会議室を出て、艦橋から去った。
ザウディンダルが去った後、クラタビアが頭を振りながら隣に立つ兄タウトライバに声をかける。
「心にも無い事など言わなければ良かったのに」
「嫌われても良いし、嫌われたと思いたい」
二十年以上昔に駄々をこねたザウディンダルをはじき飛ばして大怪我をさせた男は、疲れたように、そして昔を懐かしむように笑った。
本心から言った言葉ではない事をザウディンダルが理解してくれている事を知りつつ、
「死ぬのに覚悟が必要だ」
弟を最も卑怯な言葉で傷つけた自分は死ぬべきだと自らに言い聞かせる。
**********
「……解ってるよ。もう子供じゃないんだからさ」
”その時のタウトライバの気持ち”が完璧に解るとザウディンダルは言わないが、今こうして触れているだけで感じることはあった。
「ごめんな」
”あの時の気持ち”を弁明するのは卑怯だが、謝罪はしなくてはならない。
「解ってるって、気にするなって……検査終わった、不具合はないみたいだ。行ってくる」
手を離しタウトライバはザウディンダルの顔を両手で包み込んで、笑うのではなく泣き出しそうな顔で頷く。
本当は行かせたいわけではなく、できればここで待機していて欲しいのだが、同時に弟の可能性を潰すことを恐れ”一人で歩き出した”ことに敬意を評し送り出す。
「ザウディンダル、そこから出て行きなさい」
タウトライバの指さした先に進み手を触れると、隠し扉が現れた。当然ながら灯りなどなく、暗闇だけの通路。
「じゃあ、行ってくる」
「頼んだよ、そして気を付けて」
見送るタウトライバの足元を抜けて、S−555改がザウディンダルの後についてゆき、扉は規定時間となったので自動で姿を消し再び壁となった。
「なんで! お前ついて来るんだよ」
足元で”きゅるきゅる”と回るS−555改と共に、皇帝の剣を握り締めブランベルジェンカが待機している場所へとむかった。
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