繋いだこの手はそのままに −163
容姿はリスカートーフォンそのもので、体格はザセリアバほど。カルニスタミアよりも背は低いが、エヴェドリット特有のリーチの長さ。カルニスタミアの軍刀と同じ程度の長さの剣をふるい襲いかかってくる僭主。
―― 銃器を所持しておらぬのは、念動力で全てをカバーできるからか。儂としては好都合じゃがな
刃を合わせながら、名も知らぬ敵と戦いながら考える余裕はあった。カルニスタミアの中では敵は然程強くはない。
決して弱いわけではなく、カルニスタミアの基準では充分勝てる相手なだけであり、通常の近衛兵でも二、三名程度で遭遇したら勝ち目はない程の強さ。
本来であれば簡単に止めを刺すべきところなのだが、カルニスタミアは復元したばかりの体の状態を測るのに、どうしても相応の敵と戦ってみる必要があった。
―― ふむ……然程違和感はないが、少しばかり力を抜くタイミングが合わんな
体の九割が消失し、復元されたばかり。どれほど技術が進歩していても”認識のずれ”だけはどうにもならない。
それともう一つの目的。相手からある情報を聞き出そうと考えていた。
相手の戦闘力を封じてから尋問するばかりが尋問ではない。戦いながら、失言を促すのも有効な方法。
「若造のわりに、やるではないか」
カルニスタミアは相手に唾を吐きかけて言い捨てた。矜持云々に拘っている場合ではなく、その為には手段も選ばない。
―― さあ、どう答えてくる。それともこの程度の揺さぶりでは、まだ聞き出せんか?
カルニスタミアが聞きだそうとしているのは、敵の年齢に関すること。対峙しているリスカートーフォン容姿の相手は、見た目はカルニスタミアと同じくらいなのだが、先程話しをしている最中にカルニスタミアは相手が”自分よりもかなり年上”に感じられた。
人造人間の中には容姿が幼児で止まる者もいれば、十代後半や二十半ばで止まってしまう者も多数いる。
この見た目が若いまま止まってしまう系列には、異形が多く生まれる。
最初に僭主による機動装甲の襲撃を見たカルニスタミアは、目の前の人物が超能力を使っても驚くことはなかった。一族の中に”騎士能力”を所持している者が存在するのだから、根本となる能力を所持している僭主がいるであろうと考えて移動していたためだ。
そして遭遇した敵だが、見た目よりも年を取っていたとしたら、異形が含まれることになる。
異形が存在することを確認するのは何故か?
システム副中枢に侵入されたらしい形跡が関係してくる。システムの副中枢を手に収めた僭主側が、使わないはずはない。数では劣る僭主側は効率性と確実に勝利するために、必ずや使用してくる。その使用方法の一つによっては、ここから引き返して”ロガ”の安全を確保することが重要となる。
システム副中枢の侵入と異形。これにより、放射線物質が艦内に充満するおそれがあるのだ。異形のほとんどは、放射線で回復する。
治療に時間と人員を割くことの出来ない僭主側は、異形が存在した場合は確実に放射線を空調設備を使いばらまく。それだけがカルニスタミアにとって気がかりだった。
カルニスタミアやヤシャルなどの人造人間は、高濃度の放射線を浴びても問題はないが、ロガが即死することを考慮しなくてはならない。
人造人間はその特性上、着衣に放射線対処がなされていない。一般兵はある程度考慮した軍服が支給されている。
だがロガは皇帝の正妃として、カルニスタミアやヤシャルと同じく、放射線防護しないタイプの軍服を着用していた。
―― たしかあちら側の通路をすすむと……遠回りだが安全が第一じゃからな
「誰が若造だ。アルカルターヴァの小僧め」
「若造に小僧と言われる筋合いはない」
刀を構えて、間合いをつめる。
「人を見た目で判断してはいけないと、習わなかったか? 小僧」
喋り方と笑いに”知っているだろう”というのが含まれ、カルニスタミアは確信した。
―― やはりそうか。的中して余計に危機的状況になってしまったがな。さて、どうしたものか
「名も知らぬ相手では、見た目で判断するしかあるまい。それとも貴様は儂に名乗りでもあげてくれるのか?」
そんな物は必要ないのだが、ロガを連れて食堂へと向かうタイミングを測りながら、話しかける。
「…………」
カルニスタミアたちの居る通路に、通信が入った。
―― 陛下の咆吼だとして、どうする? この僭主を殺害して走るか? それとも未だ情報を引き出すか? どうする。
最初は雑音で次に、
「うあああああああ! ぎあああああ!」
帝王の咆吼。
「ごふっ」
その声に僭主が膝をついた隙に、カルニスタミアは再度二人を抱えて、目的の港ではなく食堂へと向かった。
まだ相手から情報を引き出すことに決め、安全確保のための疾走を開始した。
**********
そんな渋面の達人であり、帝国の権力者たる帝国宰相がザウディンダルに指示したのは『第80059食堂を使え』とのこと。
ザウディンダルが理由を尋ねると、その食堂が艦内で最も使用人数が少ない食堂のため、多少の融通が利くからだと、眉間に皺を濃くしながら帝国宰相は語った。
その許可を持ち中心部からかなり離れた、皇帝や王子が足を運ぶことを全く想定してはいない食堂へ七人が向かった。
「焼くのは一般食堂でとは。楽しみだな」
シュスタークとロガ、そして五人が付き従う。
皇帝にとって大切な『后殿下ってか、俺が殆ど作ったアイスボックスクッキー』を運ぶビーレウスト。打ち粉やナイフなどの機材を運ぶカルニスタミア。オーブンの具合を調べる為に同行する、エーダリロク。
シュスタークの今現在の警備責任者キュラティンセオイランサ。同じくロガの現在の警備責任者ザウディンダル。
ロガと肩を並べて……全く肩の高さは違うが、言葉として肩を並べて歩くシュスタークは、初めて歩く空母の外れを楽しそうにキョロキョロと見回し、宇宙で最も長いマントの端を踏んで “何度も” こけそうになりながら目的地へと向かう。
『此処に至るまで、結構大変なことがありましたがねえ……』
彼等は楽しそうな陛下と、緊張している后殿下を交互に見ながら指定された食堂へと入る。
**********
カルニスタミアが向かっている食堂は、以前ロガがシュスタークのためにクッキーを焼いた一般兵用の食堂。
目的はコンテナ。食堂に必ず存在する食糧は別のプラント艦からコンテナで運び込まれる。カルニスタミアが必要としているのは、そのコンテナだった。
輸送艦が破損しても食糧は無事であるようにと、人体に害のある放射線などを完全に遮断し、呼吸が確保できる作りとなっている。
―― 失礼ながら、葉物あたりのコンテナに入っていただこう
持ち運べる程度の大きさのコンテナにロガを入れて、放射線対策を施してから再度港へと向かうことにした。
全く人気がなく、死体もない通路を帝王の咆吼とともに駆け抜ける。
カルニスタミアとしてはロガの安全を確保するまで”帝王の咆吼”が艦内を支配して欲しかったのだが、通信は直ぐに切れた。
敵のシステム侵入者が手を打ったのだろうと恨めしく思ったと同時に、あることに気付いた。先程の”帝王の咆吼”を全艦放送にしたのは誰か? ということ。
”帝王の咆吼”の下、動けるのは人間を除外すると、帝国側には後天性のカルニスタミアと先天性のザウディンダルの二人しか艦内には存在しない。
ザウディンダルは今回特別にダーク=ダーマの補佐エーダリロクの”通信補佐”として、ある程度の権限を与えられていた。この放送をザウディンダルが行い、敵の動きを封じている間に、艦を立て直そうとしているのであれば、それは危険区域に自ら飛び込んでいっていることになる。
―― 僭主が両性具有を連れてきているとは考えにくい。ザウディンダルは初めてのタイプだとエーダリロクもいっておった。僭主側にいる可能性はないじゃろう
ザウディンダルは両性具有初の帝国騎士能力を有するタイプ。
数が少ないことと、歴史が浅いことから「珍しい」だけかもしれないが、それは帝国騎士としてだけのことであり、本来の特性”弱い”という部分は誰もが知っている。
よって襲撃部隊に混ざっている可能性は限りなく低い。
―― となれば、僭主側に属している「人間」も少なからず艦内に存在しておるということじゃな
通信を途絶させて、行動不能を引き起こす帝王の咆吼を阻止しているのは人間であるとカルニスタミアは推測した。
―― 通常の人間相手であればザウディンダルに危険は及ばぬが……人間の傍に僭主がいたら危険じゃな。なによりザウディンダルの傍にエーダリロクはいない。エーダリロクがいたら、何度も敵にシステムを奪われんじゃろう。
助けに向かいたくなったものの、異父兄たちと合流して近衛兵と一緒に移動していると自分を騙す。
―― ここまで近衛の姿を全く見ないところを見ると、敵の襲撃ポイントをかなり掴んでおったのじゃろうな。……無事でいてくれよ、ザウディンダル
まさかザウディンダルが自分の王家の将軍、両性具有嫌いの急先鋒と言われるデーケゼン公爵リュゼクや、自分の配下でザウディンダルを嫌い抜いていたリュバイルス子爵アロドリアスと共闘しているなど考えるはずもなかった。
咆吼が止んだのでヤシャルを自分で走らせ、カルニスタミアはロガを抱えたまま再度走り出す。
「恐らく追ってくるはずじゃ。盾になれ、ヤシャル」
「はい」
念動力を防ぐ無効化領域を形成しつつ、カルニスタミアは食堂へと向かった。
―― だがザウディンダルがシステムに触れることができるのに、エーダリロクが……どうした? 何故エーダリロクはシステム副中枢に辿り着いていないのだ? 何に足止めされておるのじゃ?
「ライハ公爵殿下!」
ヤシャルの声に振り返ると、先程の僭主が猛スピードで追いかけてきていた。
「足が速いな。じゃが、もう少しじゃ」
ロガを抱きかかえて走るカルニスタミアは、本来のスピードは出せない。ロガの体のことを考えたスピードというものがある。だが後ろから追ってくる僭主は、そんなものはない。自らの体が耐えうる速度で追うことができる。
もっともカルニスタミアとしては、ロガを抱きかかえているから追ってくるだろうと考えているところもあった。単身であれば姿が見えなくなったところで僭主も諦めるというもの。
通路を駆け扉に手をかけて開くと同時に、抱きかかえているロガを守るように体をむけて、食堂の中に敵がいないかを確認する。
「ここは安全ですよ」
人気のない食堂の、カウンターの向こうにある調理室から聞こえてくる声に、刀を構えて近付いて行く。
ヤシャルは食堂の入り口で、銃を構えて僭主を狙って撃つが、相手の動きが速く当てることができない。
「無駄に撃つな。三発撃って当てられぬのであれば、貴様の腕では無理じゃ」
「は、はい」
そう言いながらカルニスタミアはカウンター越しに、声をかけてきた相手を探る。
「貴様は」
テーブルクロスを被って小さくなっている相手。
「姿を見せ……ちっ!」
食堂の扉を開き僭主が踏み込んできた。
「久しいな、シューベダイン=シュリオダン」
全く聞いたことのないエヴェドリットの名が、追いかけてきた僭主の者であることはシューベダインの驚きで解ったが、名を語った相手が誰であるか二人には全く解らなかった。
テーブルクロスが舞い上がり、調理室の包丁立てが武器庫のように直立し、それを指に挟み両手で六本の包丁を投げつける。
「……っ!」
「なっ!」
人間には不可能な速度で投げられた包丁の一本が、シューベダインの額を切った。
投げられた速度と、テーブルクロスの下から現れた、その人物。
「ダーク=ダーマ!」
「まさか……」
この旗艦の名ともなった、父であるエヴェドリット王アシュ=アリラシュと帝国の覇権をかけて戦い、二十五歳の時に戦死した”漆黒の女神”とも呼ばれる第三代皇帝ダーク=ダーマの姿と瓜二つ。
右に金の瞳を持ち、左に銀の瞳を持った、漆黒ではなく宇宙の如き輝きを誇る”皇族女”その物の顔立ち。
背は高くカルニスタミアに迫るほど。
―― 僭主同士のこちらを騙すための寸劇か? まずは出方を見るか
カルニスタミアは”ダーク=ダーマ”に注意を払いながら、
「ヤシャル、此方へと来い」
ヤシャルを呼び寄せ”僭主二名”から距離をとった。
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