繋いだこの手はそのままに −154
 余はロガを伴い、演説会場へと向かった。
 演説会場は天井部分が透明なドームで、それを飾るかの如く機動装甲が配置される。本来であれば「皇帝の騎士」たるオーランドリス伯爵キャッセルが筆頭で立つのだが、怪我の状況が酷くて並ばない。
 本人は「陛下の一世一代の演説ですから!」と、死んでも良いから行くと騒ぎ、周囲を困らせていたそうだ。
 タバイに「陛下のご命令ということにしていただきたいのですが」頼まれた。余としても、余の演説の為に並んで死亡させるような事はしたくない。
「キャッセルよ。今回は諦めろ」
『ですが、陛下』
 言いたいことは解るのだ。余は二度目の親征はない。
 もしも二度目があるとしたら、それは皇太子が成人年齢に達し、正配偶者を得て、皇太孫となることのできる親王大公を二、三名儲けていたら親征することもできるが、余の寿命からして、それは叶わぬ。
 余の寿命を知っている数限られた者……デウデシオンや四大公爵、父たちとエーダリロク。そして機動装甲搭乗者の情報を管理する、キャッセル。
 恐らくキャッセルがオーランドリスである間に、余が親征する機会はなく、ダーク=ダーマで演説する機会は二度とない。
 だからこそ、並びたいのであろうが。
「キャッセルよ。余はやっと正妃を得て、そなたと二人きりで直接会えるようになったのだ。今こそ皇帝の騎士を、帝国軍の真の支配者として直接認めることができるのだ。余の騎士はキャッセルであろう? 帝星において余に任命させよ」
『陛下! このガーベオルロド公爵キャッセル・アレリキャラス・ビルトハルディアネスズ! 陛下! 貴方さまの!』

……興奮して危険な状態になってしまったようだが、機動装甲に搭乗するよりかはマシだと皆が言ってくれたが……まあ、その……なあ

 何はともあれ、あとは帰還するだけだ。帰還して凱旋式典を行った後にでも、特別に場を設けて叙爵しよう。

 会場の入り口は十五箇所。
 円形状であり、収容人員も相当数なので入り口が十五箇所でも少ないくらいだ。それに実際は入り口は十箇所。
 説明する必要もないが、余専用の入り口が一箇所で、四大公爵専用入り口が各一箇所。あとは、並ぶ場所によって入り口が決まる。
 ロガをどこから入場させようか……
「ロガ」
「はい、ナイトオリバルド様」
「……」
 タバイがロヴィニア王に「入り口」を貸して欲しいと打診し、快諾を得たと言っていた。
 ランクレイマセルシュを厚遇するのは、別に構わんのだが……ロガを厚遇するのとは少々違う気がする。
 ロガは……やはり……
「ナイトオリバルド様?」
 ロガの小さな手を握り締めて、余は自分専用の入り口へと進んだ。
 やはりロガは、余と同じ入り口から入場せねばならぬと思う。
 開かれた扉の向こう側に、二人で足を踏み入れる。余の入り口は壇上故に、整列している四大公爵から高級将校まで全員が一度に見渡せる。
 ドームの外側に待機している機動装甲部隊は、エーダリロクが筆頭で隊列を組んでおった。
 余の反対側にしっかりと壇上が設えられ、椅子も用意されている。
 光沢あるアイボリー色の、背もたれと肘掛けのある椅子。
 ロヴィニア王の入り口に待機しておった、メリューシュカが余の方を見てた。
「バールケンサイレ」
 握り締めていたロガの手を前に差し出し、目配せをする。
 近寄ってきたメリューシュカの姿を見て、ロガは余に小さく頭を下げて壇上を降りていった。薄く広がりやすい生地でできている薄紫色のドレスのような軍服が、白い空間に映える。
 メリューシュカとクラタビアに伴われて、後部に作られた段へと向かう後ろ姿。
「ヴェッティンスィアーンよ」
「はい」
 最前列にいるランクレイマセルシュにも、礼をしておかねばな。
「入り口を借りておきながら、使わずに悪いことをしたな」
「いいえ、いいえ。陛下はご自身のお気持ちのままに」
「あとで相応の褒美を取らせてやる。考えておくがいい」
「お言葉に甘えさせていただきます」
 ランクレイマセルシュが笑って頷いた。黙っているとそっくりの四大公爵だが、笑うと特徴が出るから見分けやすいから、いつも笑って欲しいのだが、ランクレイマセルシュの笑いはデウデシオンをして「企みとそれ以上に節約が全面に出て、正直胃が痛みます」なのだとか。
 ランクレイマセルシュ外戚王の立場で帝国の財政にも深く関わっており、特に大宮殿の経費については、それは厳しいのだそうだ。
 カレンティンシスをして「儂が個人で寄付してやるから、大宮殿運営費に関しては少し黙らんか!」と言う程であり、ザセリアバをして「軍事費の一部を回してやるから、大宮殿設備に関してお前は黙れ」だとか。ラティランクレンラセオに言わせると「献金は幾らでも致しますし、今までもしておりますが……使われた形跡がなく」なんだとか。
 もっとも、そのくらいでなければ王家と帝国の両方を建て直すことは不可能であっただろう。……思えば、ランクレイマセルシュの祖先の従弟である余……変な言い方だが、要するにザロナティオンは吝嗇だったのであろうか?

《しゃろせるて は けち じゃねえよ》

 そんな事を考えながら、ロガを追う。
 メリューシュカの介添えで椅子に座り、余を真っ直ぐに見つめ返してきた。

 余は息を吸い、ドームを見上げる。
 機動装甲が儀式用の剣を両手で持ち、胸の前で捧げ持ったのを確認して、声を発した。

「全ての臣民よ、余に跪け」

 出だしがとても偉そうだ。まあ余は偉いらしいが、まあ……その……余が偉いというか皇帝が偉いのだというのか……余は皇帝だがな。

**********


 宇宙を背にして皇帝が両手を広げる
 腰まである星々の煌めきをまとった黒髪
 前髪は若干長目ではあるが
 その奥には正統な皇帝であることを納得させる左右の違う瞳が
 光りをたたえている
 宇宙を背に白く
 純白の内側に宇宙
 襟を飾る金で作られた秋桜 曹長の階級章
 肩から胸元までを飾る金糸を編んだ房
 空色の釦
 左肩からかかる緋色の布
 軍刀の柄を飾る赤
 声は低く通り
 王たちは頭を下げて、肘を折り胸の前で平行に
 黒い手袋で覆われている指は、張り詰めたように伸ばし

 皇帝は語る 命じる 告げる 帝国のために死ね
 王たちの答えは一つ 喜んで死にます

 両者とも本心からの言葉でなくとも

**********


 さてと、演説は無事に終わったな。これから簡易の祝賀式典が行われる。開始までしばし時間があったな……ロガを迎えに行こう。
「陛下!」
 壇上から勝手に降りたら、カレンティンシスが声を上げた。
 当然であろうな。
「余は妃の元へゆく。道を空けよ」
 並んでいた将校たちが両脇に三歩ほど下がり、王以外は皆膝をつき頭を垂れた。
「用意が整い次第、使者を立てよ」
 タウトライバに命じて、余は背後にタバイを連れてロガの所までのんびりと歩く。
 然程の距離ではないのだが、ロガのところまで遠いなあ。駆け出して手を取りたいような気もしたが……
 メリューシュカがロガを立たせようとしたが、手で制する。
 宇宙を背に座るロガの前に立ち、腰をやや下げて手を出しだした。
「ロガ、手を」
「はい」
 差し出した余の手に、ロガの小さな掌がのせられた。
 その掌を包み込むように握り締めて、立つことを促すよう軽く引っ張る。眉と目蓋の間あたりで切りそろえられた優しい金の前髪が揺れ、目を細めて立ち上がる。
 手はそのままに、片手で余は自らのマントを持ち、ロガはドレス調の裾を持ち、壇上から降りた。
 余は手を引き、ロガは手を引かれたまま、専用の出入り口から廊下へと出た。
 廊下で待っていたタウトライバが右手で指し示す。
「もう少し進んだ方に、半ドームのテラスがあります。そちらでお待ちいただけましたら」
「良かろう」
 手を繋いだまま、廊下を歩く。
 本来であれば、エスコートとして肘に掴まらせるべきであろうが、そういう気持ちではなかった。
 無言であるいていると、
「ナイトオリバルド様」
「どうした?」
 ロガが余を見上げて、話しかけてきた。
「やっぱりお話は難しくて、私は解らなかったです」
「そうか」
 でも聞いていてくれて嬉しくあった。余が親征に出ることは無いに等しい。もしも最後に親征に向かうことがあったとしても、もうその時はロガを連れては来ない。
「でも、楽しいって言ったら変ですけど、ナイトオリバルド様がお話しているところを見ることができて、とっても嬉しかったです」
「……ロガ、少し話をしたいのだが、良いか?」
「私は良いんですけれど、この後会食があるんじゃないんですか?」
「時間はある」

**********


 周囲が透明で風景が見渡せる場所へとやってきた。
 装置による透過とは違う、本当に透明なドームに覆われている殺風景な場所だ。明るさの調整は床が行っていると聞いているが……それはどうでも良いだろう。
「いつ見ても……いつまで見ても見飽きない世界ですね」
 ロガと手を繋いだまま、外を眺める。
 暗闇と星々。
「ロガ」
「はい」
 星空を左手にロガに正面を向き、もう片方の手をも握り締める。
「決意表明のようなものだが。ロガ、余は死ぬまで皇帝であるつもりだ」
「ナイトオリバルド様?」
 物心ついた時から皇帝であった。自覚を持っていたつもりだが、それは思っていただけのことで実際は覚悟などなかった。
 余の僅かばかりの”心”が、退位したら楽になれるのにと囁いていた。
 戦死者の数は”それ”とも向き合うことを求めた。戦死者の数が多かったからではない。退位した皇帝が責任を放棄しているとも、楽になれるとも思わないが、余は余であることを振り返った時に、この方法でしか責任を果たせないことを知った。
「皇帝は退位し大皇となり、皇位を皇太子に譲ることができる。だが余は退位はせず、最後まで皇帝であろうと決めた。理由は親王大公に、自由な時間を与えたいからだ。余が皇帝であり続ける限り、ロガは皇后であり続けることとなる。それは苦難の道だ。退位して大皇と皇太后となった方が楽だ……だが、余は最後まで死ぬまで皇帝でありたい。その時まで、皇后として傍にいてくれるか?」
 指を絡めるようにして握り締めている手に、少しばかり力を込める。
「はい。私の寿命が先に尽きるかもしれませんけれども、最後まで正妃として……皇后として、奴隷として、ロガとしておそばに」

「ありがとう」
―― ロガ、余の方が先に死ぬ。その先は自由になってくれ

 ロガを愛している。自由になりたいと思う。
 だが未だ見ぬ我が子に皇位を譲り、二人で帝星を去りたいかと言えば、全くそのように考えられない。
 余の隣にいるのはロガで、まだ見ぬ我が子に囲まれて幸せに過ごせるのであれば、死するまで皇帝であっても良いであろう。
「どうしました? ナイトオリバルド様」
 ずっと傍にいてくれると言ってくれたロガと共に、余は僅かに削ったが、寿命を全うして目を閉じよう。
「嬉しくてな」
 余の最後の瞳に映るのがロガであることを願い、それを叶えるために生きよう。
 永遠は人が望む傲慢であり、永久は愚かな人の企みである。終わることがあるからこそ、人は……
「ナイトオリバルド様、まだ時間はありますか?」
「平気だ。時間になったら、エーダリロクとビーレウストが呼びに来る手筈が整っておる」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」


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