繋いだこの手はそのままに −147
見渡す限り荒れ果てた大地
半円型の居住ドームは煤けてしまっていた
彼は戦闘機から降りて、足を運ぶ
居住区の生命維持に必要な装置はまだ稼働していた
彼はヘルメットを外して

―― 誰?

黄金髪に人間本来の”白い肌”とは別種の”白い肌”
背に負う羽根も純白で

古びたかつての宇宙船で、エターナ・ケシュマリスタはシュスター・ベルレーに跪き、そして……

**********


「きたか、アルカルターヴァ」
 床に広がる黄金髪が綺麗だなあ……見とれている場合ではるまい。
「はい」
 余は立ち上がり、
「共に行くか、アルカルターヴァ」
「御意」
 顔を上げたカレンティンシスの前に、先程受け取った銃を出す。それを恭しく受け取ったカレンティンシスが立ち上がり、今度は軽く礼をする。

 よし! あとは戻るだけだ! 待て、シュスターク! まだ気を抜いてはいかん! ダーク=ダーマ、いや現在はボーデン卿の旗艦であるロシナンテに戻るまで、皇帝然としておらねばならぬ。

「艦長も後を付いてくることを許す。副官にローグに武器を返してやれ」
 カレンティンシスが余の前に立ち、ローグが武器を返して貰って先導する。余の背後は艦長が守り、艦橋には副官が残る。これで良いはずだ。
「ゆくぞ」
 余は艦橋に居る者たちに手を振り、兵士たちが両側に立つ通路を通り抜けて廊下へと出て、カレンティンシスの乗ってきた移動艇までやってきた。
「ローグ! 移動艇内部を調べろ」
「はい、殿下」
 何事もないとは思うのだが、決まりだからな。
 移動艇にはプネモス以外にも、信頼の置ける部下が何名か乗っておった。揃いも揃ってテルロバールノルの名門の者ばかりだな。
 つい先達て若干十五歳で爵位を継いだ、テルロバールノルのタカルフォス副王まで乗っておる。
 移動艇が着陸したところは、開いたままなので宇宙空間と機動装甲が二体見える。
 つい先程まで”高速で”漂っていた宇宙空間。身を持ってその広大さを感じた。
「艦長」
「はい」
「良くやってくれた」
「あの!」
 さて、あらん限りの声でこの場にいる全ての者へ、感謝を叫ぼう。
「大義であった!」
 本当は”ありがとう! みんな!”と言いたいのだが、そう簡単には言えぬ。皇帝が家臣に臣民にかけて良い言葉は決まっておる。
「御意」
 艦長は再び膝をつき頭を下げ……いつの間にか用意していた”余のヘルメット”を外した時と同じように掲げた。
 来る途中で受け取ったのだろうな。
 全く気付かなかった。
「艦長。いやドゥービシリアス、褒美としてそれはくれてやる」
 艦長の爵位間違ってないよな。イズモールだとちょっと……であるからして。
 顔を上げたイズモール艦長が、変な顔をしている。
 驚きと恐怖と、それ以外にも色々な感情が交ざったような。あれ……もしかして爵位名間違ったか?
「なにをしておる、ドゥービシリアス! 陛下に礼をせぬか!」
 ドゥービシリアスで良かったようだな。
「アルカルターヴァ。そう急かすな」
「失礼いたしました」
 いや、怒鳴りつけたことでイズモール艦長は正気を取り戻し……てない? なぜ泣く。ひぃ! 余の使用済みヘルメットなど寄越されても邪魔だったか? それとも、カレンティンシスの怒鳴りに吃驚したか?
 大泣きするのではなく、それこそ”つう”と涙が一筋頬を伝って。
「陛下より下賜していただいたことに……身に余る光栄。我が一族、陛下に永の忠誠を再度ここに誓わせていただきます!」
「受けやろう。これからも帝国にあり、繁栄せよ」
 ふう……嫌がられたのでなくて良かった。
「殿下。用意整いました」
「遅いわ! ローグ」
「申し訳ございません」
 儀礼だと解っていても、そう怒鳴るなカレンティンシスよ。
 タカルフォス副王が白い絨毯を持って出て来て、余の足元から移動艇の席まで敷いた。
「タカルフォス如きが敷いた道ですが」
 よし、歩くぞ。歩いて、移動艇に足をかけたところで振り返って……振り返って!
「諸君が余の臣民であること、誇りにおもう」
 手を掲げて叫んだ。
 声も震えてないから、大丈夫であろう。……どれ? カレンティンシス、マントは上手く外れたか?
 ここで余が臣民たちに声をかけている間に、カレンティンシスは着用しているマントを外させて、自ら手に持ち余が座る部分を覆う。
「陛下。儂の、アルカルターヴァの忠誠を」
 余が心配してやる必要もなく、カレンティンシスは見事な動きでマントを敷いてくれた。
 これに腰をかけて、天井部分が閉じて、そして飛び上がる。

 透明な覆っている部分から手を振り、そして寄港場所から飛び立った。

**********


 皇帝としての失態はなかったと……思いたい。
 カレンティンシスに「間違いはなかったか?」と尋ねたいところだが、皇帝が”それ”ではいかんだろう。
 ここは皇帝としてアルカルターヴァ公爵に接してやらねばな。
「アルカルターヴァよ」
「はい」
「そなたが、あの艦で余の前に立ったとき、余は帝国建国史を思い出したぞ」
 あのやや古めかしい宇宙船で、美しきケシュマリスタが、荒れた金星の大地に太陽が照りつけた時にもにた緋色をまとって現れた姿。
 エターナ=ケシュマリスタを思い出しても……
「それは……」
 思い出しては駄目だった!
 もしかしたら、カレンティンシスは両性具有かもしれないし、なによりテルロバールノル王家はケシュマリスタ王家が嫌いだった!
「余の失態だ。ゆるせ。お前の到着があまりにも嬉しくてな」
「失態など! 陛下に第一の家臣と重ねていただけたことに対し不満などございません」
 相変わらずな余の大失態。少しばかり気を抜くと、すぐこれだ。
 ”何となく”という言葉で括ってはいけないのであろうが、カレンティンシスを見ていると両性具有が思い浮かんでくる。
 確証はないからそう思うなと自分に言い聞かせるほどに、その考えに取り憑かれる。
 都合が悪くなったので外をみると、ザウディンダルと……紋章からしてカルニスタミアの機動装甲が付き従っておる。
 カルニスタミアの機体は先程余が突き刺さった移動艇を牽引しておった。
 治療者と回復者の出入りが頻繁な医療艇の寄港所に、余のマントが刺さった移動艇を置いておくと邪魔であるからして。
 みな良く気がきくな。
「アルカルターヴァ」
「はい」
「前線はどうなっておる」
「ライハ公爵めが前線を移動させて、ただいまも陛下が指揮なさっておる状態ですので、ご安心を」
「え?」
 あーあの……もしかして、わざわざ確保していた空間を捨てて後退して、余の居る場所を前線範囲内にしたのか?
「出過ぎた真似でしたでしょうか?」
「いや、そんな事はない。よくぞ、やってくれたな……と」
 そういうこと、できるものなのか?
 いや、カルニスタミアだから出来るのか?
 もう一度視線を動かし……ふと思い出した。機動装甲搭乗中は、艦隊指揮はできないのでは?
「カルニスタミアが指揮を執っておるのか?」
「はい。陛下より代理を任せられたロガ中将に、連合許可をとりました。指揮が主で、機動装甲は艦橋より遠隔操作で行っておりますので、規則には反しておりません」
「そうか」
 やはりアルカルターヴァ勢、規則に反する行為をするわけがない。
 連合の許可をロガから……ロガ……。退却か帰還だけを命じてくれればいいと言ったのだが、実際はそれでは済まなかったか。
 ああ……ロガに早く会いたいな。
 涙がでそうな気がする。気持ちだけではなく、潤んできたのがわかる。
 向かい側に座っているカレンティンシスに泣き顔を見られる訳にはいかない。顔を手でおおい隠し頭を下げた。
 もう少しで会える。
 もう少しで会えるから、泣くなシュスターク。お前は皇帝であろうが。なあ、余よ。お前は皇帝だ。戦場で泣いて良い立場ではない。

―― ナイトオリバルド様 ――

 泣くな、シュスタークよ。
「陛下……」
 ほら副王が心配げに声を……
「貴様、陛下に声をかけるとは! 身の程を知れ! タカルフォス!」
 カレンティンシスの怒鳴り声とともに”撲殺三歩手前”くらいの音が響いた! 驚く必要もないほどに何があったのかは解ったのだが、やはり驚いてしまった。
「おっ! 落ちつけ、アルカルターヴァ!」
 アルカルターヴァは本当に身分と礼儀に厳しいので、タカルフォスは余に直接声をかける事は”まだ”許されない立場にある。
 あと五年ほど当主を務めて、タカルフォス副王は……ではなく、止めなければ!
「貴様! 陛下がお優しいからといって、副王如きの身分で声をかけるとは、貴様貴様きさ、あああ!」
 殴るのを止めるのだ!
「よい! 良いからして! カレンティンシス!」
 涙はすっかりと引いた。感謝する、タカルフォスよ。
《涙流すよりも、尿漏らせば良かったじゃねえかよ。成分的には、大差ねえだろ》
―― ロガのことを想いながら、失禁せよと言うのか

《誰だっけ? あの娘の顔みて失禁した皇帝陛下は》

「ぬあああ! それ以上言うなあ!」
「殿下。陛下は如何なされたので……」
「黙っておれ、貴様等。陛下は今、中の御方ではなくて、中の人……いや中の銀色……煩いぃ! 黙れ、ローグ! タカルフォス!」
「うわああああ!」
「黙れ、黙れえぇぇ!」
「申し訳ございません、殿下」
「お許しくださいませ、アルカルターヴァ公爵殿下」
「ぬおおおぉぉぉあ!」
「うぎゃあああ!」

**********


 ザウディンダルは聞こえてくる絶叫に関して、
「カル……どうしたらいい?」
 遠く離れ艦隊をも指揮しているカルニスタミアに尋ねた。
「気にするな。兄貴はいつものことじゃ」
「まあ、お前のところは……」
「陛下のことも気にすることはない。この我が永遠の友には解る」
「そうか」
 何が解るのかに関して、ザウディンダルは深く追求はしなかった。

《うぐああああ! それは、それは》
《中の! 内側めええ!》

**********


 騒いでいるうちに元ダーク=ダーマ、現在はロシナンテに到着した。
 ボーデン卿からこの旗艦を返して貰わねばな……と。
 カレンティンシス指示のもと、ローグとタカルフォスの二名に着替えを手伝って貰った。やはりこの特殊スーツは、脱ぐのにも相当苦労する。
 脱ぎ終わって、まずは全裸状態。
 その後、体を特殊溶液で洗浄するのだそうだ。これをしないで、艦橋に戻ったりしてはいけないとのこと。
 そういえばロシナンテに収容された際にも移動艇もろとも「これを吹きかけるのが決まりですので」と、全身に粒子を振りかけられたな。同じようなものなのであろう。
「単身で宇宙空間に出た際には、必要なことですのじゃ」
 もちろん、体を洗浄する前にトイレに行ってきた。なんだろう、この晴れやかな気持ちは。全裸でトイレって、失敗する可能性が低くて気持ちが楽で良いな。

《…………にじゅうごさい……》

 洗浄後に体を温めて、肌着を着て、簡易の体調検査をして、薬品で栄養を補給し、そして正装して、最終チェックをカレンティンシスにしてもらう。
 襟元の軍章をの位置が悪かったらしく、
「失礼いたします」
 カレンティンシスが自ら直してくれた。
 余の目の前にある顔は本当に美しい。見惚れる程に美しいというのは、こういうことなのであろうな……だが見惚れられんのだ。
「手間をかけたな、カレンティンシスよ」
 なんであろうか? 世の中でカレンティンシスの顔は見るものではなく、呆けるものでもなく、王者の顔なのだ。
「そんなこと。本来でしたら、陛下にこのような危険な真似をさせるなど……」
「お前は余が撃つことに関しては反対であったのだろ? 解っておる。反対であっても、反対出来ぬ時もある。解っておる……余の我が儘を通してくれて、感謝しておるぞ」
「感謝など」
 あまり重ねていうと、カレンティンシスの性格だ否定してしまうであろうから、これ以上は言わぬが、感謝はしておる。
 家臣として努力してくれていること、感謝してはならぬと言う。
 皇帝に従うのは当然であるのだから、感謝するなと。でもな……一度くらいは、
「余の気持ちだ。一度きりだから受け取れ」
「御意」
 お前達の忠誠に対して、感謝したいのだ。
 あとは迎えを待つだけ。椅子に腰を下ろして、喉を潤す。先程栄養を補給したのとはまた違い、喉を通る水の心地良いこと。

《で、また指揮中に、トイレ行きたくなるんだな》
―― やめてー

「陛下」
 グラス半分ほど飲み干したところで、タバイがやってきた。
「どうぞ」
 タバイとカレンティンシスと、ローグとタカルフォスと共に艦橋へと向かう。
「タバイ、ロガはどうしている」
「いまだ陛下の椅子を守っておいでです」
「そうか」
 あと少しだ。走りたい気持ちがないわけではないが、余は皇帝としてこの場にいるのだから、皇帝でなくてはならない。
 戦場が落ち着いたのか近衛兵が何時ものように通路に立ち、余はその間を歩く。
 艦橋入り口前で、一息つき扉を開かせた。


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