繋いだこの手はそのままに −118
後宮ともう一つ 《神殿》 の警備責任者を任されている皇君は 《神殿》 の扉を見上げる。
「銀狂にして銀狂。貴方達すら、この呪縛を破ることはできないのか」
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ディブレシア、貴女はとてもチェスが強かった。皇帝である貴女は何時も白の駒で、我輩はいつも黒の駒だった。
勝てた事は無かった。
だから貴女はこの勝負も、自分が勝つとお思いだろう。
我輩も二年前まではそう思っていた。我輩の負けは確実だと思っておりました。
ですが違いました。
我輩は貴女と勝負できる場所に座っていなかった。
貴女と勝負をし始めたのは、貴女の歌声の効かない相手、奴隷です。小さな小さな奴隷は我輩達の可愛いザロナティウスの為に ”白き黒の王” を持ち貴女に立ち向かう。
奴隷は何も知りません。
ルールを知らない、何より貴女の前に座り、貴女と勝負していることすら知らない奴隷。
我輩は何時も黒の駒だった。それを不服と思った事はありません。
我輩は皇位継承権を持ちますが、皇帝の座に就こうと考えた事もありません。貴女は我輩の言葉を信用しては下さらなかったが。
信用しないから、このような策と立場を与えた。
貴女は初めて敗北するでしょう。
我々を思いのままに動かせる歌を紡ぐ貴女だが、奴隷にはそれは効かない。
たった一人の奴隷が帝国の呪縛を解くと言ったら、貴女はどのような顔をするでしょうな。
我輩は貴女が負けたら死ぬでしょうな、全てが白日に晒されるのですから、死しかありませんでしょうな。
それでも我輩は奴隷を応援しますよ。愚かですなあ。
貴女と勝負をした瞬間から、我輩は愚かであったのですが。
死者皇帝よ 貴女は今 生者奴隷と戦っている。ディブレシア 貴女は今 ロガと戦っている
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「ヴェクターナ大公殿下」
「おや、アウロハニア。どうしたのかね?」
「開戦前の陛下からのお言葉が」
「前線に辿り着かれたのか。態々済まないねえ」
そう言いながら皇君はバイスレムハイブ公爵アウロハニアと共に通信の入る部屋へと向かう。
皇君は思う所があり、足を止めて皇帝の異父兄であり帝国に残った近衛兵の統括を任されている青年に声を掛けた。
「君は、パスパーダ大公デウデシオンの作戦を全面的に支持しているのかね」
アウロハニアは足を止めて、
「お答えできません」
そう答えた。
「それは答えと言えば、答えだね。我輩は作戦を支持してはいない。何故だと思う?」
「私のような者には、大公殿下のお考えを理解は出来ません」
「帝国宰相は簒奪に動くよ。そのように 《決まっている》 からね。そして帝国宰相を簒奪者にしない為に、近衛兵団団長は自ら弑逆に走る。そう、帝国宰相を簒奪者にしないために、団長は敢えて弑逆者となる。君は団長からその話を聞いているのだろう?」
「ご存じでしたか」
アウロハニアは二年ほど前に、兄であり上司である団長のタバイから聞かされた。デウデシオンの心の内を誰よりも理解しているタバイは「長兄が簒奪しようとしている」ことに気付いていた。
《何かが兄の心を乱し、簒奪に向かって歩ませている》
タバイはそれに気付いているが、何が心を乱しているのか? 何が彼を簒奪に向かって歩ませているのかまでは解らなかった。
長兄が 《国璽》 を用い簒奪者になった時、タバイは自らの手でシュスタークを殺害する覚悟があった。
苦悩の道を歩いて生きてきた長兄に、簒奪者という名を着せぬ為に彼は自らが弑逆者となり、そして処刑される道を選ぶ決意をしていた。
「知っているよ。なにせタバイは ”皇帝シュスターク” 殺害用に準備された駒だからね。彼だけが 《異父兄弟》 でただ一人直接攻撃で陛下を殺害できる。陛下は人型を保ったままでは最高の戦闘能力を有するが、異形と比べると若干劣る。タバイ=タバシュ、彼はアシュ=アリラシュによく似た異形だ」
アシュ=アリラシュとは全く違う異形形態の皇君は語る。
「ヴェクターナ大公殿下……」
対機動装甲戦で ”皇帝シュスターク” を殺害する為に用意された駒はキャッセル。
「我輩が言うのもおかしいが、君達は最後までデウデシオンを信じるべきだろう。タバイが弑逆者の名を持ち討たれる覚悟をしながら、今まで動かない。それは臆病なのではない、彼は信じているのだよ ”兄が簒奪をせずに踏みとどまる” それは希望ではなく信頼なのだ」
アウロハニアは皇君に頭を下げて、無言のまま付き従った。
皇王族などが多数控えている通信の繋がる部屋で、アウロハニアはデウデシオンの隣に立つ。
タバイは仕事を選択する際に、近衛兵団を選んだ。それは仕事ではなく、人生の選択だった。
キャッセルは帝国騎士。これはもう動かす事が出来ない。
タウトライバはキャッセルと共に前線に赴くために、指揮官の道を選び、タバイは帝国に残る道を選んだ。
帝星に皇帝と共にある摂政であり宰相である兄から離れない為に。帝星に囚われる皇帝の傍にいて、兄と共にある為に。
だが彼は今、兄から離れ遠い場所にいる。
『変わりはないか? 皆の者』
「陛下がおられぬ宮殿は、寂しいものです」
『そうか? デウデシオン』
皇帝と画面越しに対話する帝国宰相。皇帝の後ろに立つ近衛兵団団長。
全ての機は熟した。後はそれが何処へと進むか。
「皇王族を代表して、陛下のご帰還を一日千秋の思いでお待ちしております」
『そうか……そうか』
通信が切れ、部屋から出て行く皇君がアウロハニアに軽く手を振った。
最後まで残った帝国宰相とアウロハニア。
「”陛下のご帰還を一日千秋の思いでお待ちしております” か。貴様等は陛下がご帰還なさった時にはもう存在しない。いや……存在はしているが」
「そうですね、帝国宰相」
皇王族に対し、優しげに微笑んでいたシュスタークを思い出し、アウロハニアは少しばかり胸が痛んだが、それをすぐに封じ込める。
通信のから二時間後、シュスタークは攻撃命令を出す。
「全軍、攻撃開始」
この日から銀河帝国第三十七代皇帝シュスタークの戦いが始まった。
第五章≪前線≫完
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