繋いだこの手はそのままに −107
格納庫に向かう途中、ロガは少し下がりガルディゼロと話をしながら歩いている。
ガルディゼロは話術に長けているというか、普通の話が出来るからな。
進軍開始から殆ど毎日のようにロガの所に来てくれていたガルディゼロだが、途中で姿が見えなくなった。
『キュラさん、最近あんまり来て下さいませんね……』
話をしてくれる相手がいなくて (余は上手く会話できないので除外) 寂しそうにしていたので ”ガルディゼロのことだが、警備以外でもロガの元に来られるようにしてくれないか?” その様にタウトライバに依頼したところ、ザウディンダルの警備分を全てガルディゼロと交換してくれた……。
あまりと言えばあまりな超過勤務だと思って、訂正させようとしたのだが、超過勤務になったガルディゼロ本人が、
『陛下、その分の仕事を無しにしてやるって言えばいいんですよ』
言ってくれたので、そのように取り計らいガルディゼロはずっと余とロガと一緒にいる。
その関係で仲良くなった。
ロガ、そしてボーデン卿とも。余が近寄ると 《不甲斐ない! 立ち去れ!》 と言った顔で睨まれるし、不用意に触れると怒るが、ガルディゼロが触っても怒らないのだ……ガルディゼロのほうが確りとしているし、信頼するに値すると判断なされたのだろう。
シス侯爵ボーデン卿よ、余はより一層努力するゆえに、その……まあまずはトイレから三十分以内に出てくることだろうな。
進軍中にトイレで一人、用を足す練習をしておる。一人では何とか出来るようになったのだが、その……時間がかかってなあ。
入って出てくるまでに四十五分ほどかかるのだ。
ガルディゼロに 《陛下のお志は立派なんですけれど、一時間近くほったらかしにされる后殿下の身にもなってくださいませ》 言われた。
ロガに釣り合うために一人でトイレで用を足せるようになる努力をすると、ロガを一人きりにしてしまう……難しいものだ。
「……陛下」
「おおっ! なんだ? エーダリロク」
「あの、話を聞いていてくださいましたか?」
な、何か喋っていたのか!
「済まん! 全く聞いておらんかった。その、ロガのことを考えていたら!」
前を歩いているカルニスタミアの背中が震えて、余の方を少し振り返った。その表情は穏やかに笑っておった。
「陛下が后殿下を大切に思っておられるのは、このセゼナードも承知しておりますが、今だけはお時間をいただきたい」
「お、おお」
……だが、なぜ廊下を歩きながら ”セゼナードがお時間” なのだ? セゼナードと名乗ったからには、公的な依頼であろう。
公的な依頼……
「ザウディンダルの事か?」
「はい。やっと長官殿下から許可をいただけました」
「ザウディンダルをお前の部下にする話であらば、余に直接持ってくれば良いと言ったではないか」
「それではありません」
「え?」
「このダーク=ダーマの第二補佐とすることを認めさせました。後は陛下が許可してくだされば」
余はザウディンダルとエーダリロクの顔を見比べた。
「?」
「陛下、格納庫に向かう前に休憩しましよう」
そうだな、ちょっと遠いな格納庫。
格納庫に向かう途中にある休憩スペースに、召使い達が控えていて余が座ると、飲み物を持って来た。
カルニスタミアが一口含んでから余に渡してくれる。
ロガは少し離れた場所に座り、ガルディゼロと話をしている所を観るとロガには聞かせられない話か。
「して、どういう事だ? セゼナード。ダーク=ダーマの補佐となればアルカルターヴァが直接余の元に報告しに来る筈だ」
あの規範に煩いカレンティンシスだ。例えザウディンダルが両性具有であっても、認めた以上は規範に則り自ら足を運ぶであろう。
「アルカルターヴァが陛下の元に直接足を運びますと、第二補佐が慣例になってしまいます。今回の第二補佐はあくまでも特別です。第一補佐であるこのセゼナードの能力不足から端を発しました」
カレンティンシスは国軍総帥の上、帝国軍に籍がないので、第一補佐であるエーダリロクが実質取り仕切ることになっていたのだが……ロガを連れてきた事で、エーダリロクの仕事が増えてしまい、その結果もう一人補佐を置く必要が出てきた。
だがダーク=ダーマの全機能を把握し支配下におけるのはあくまでも皇帝と技術庁長官だけ。
「第一補佐の地位が出来るまでの長い道のり、陛下もご存じでしょう?」
他者に権限を与えるのは、この中央集権国家では中々困難な事だ。第一補佐を置くのにも……
「陛下」
「どうした? ガルディゼロ」
「后殿下が体調不良に。格納庫へは陛下がお一人で」
「ロガが! どうしたのだっ!」
ロガは座っていた椅子ごと近衛兵達に持ち上げられている。
「君たち、先に向かって。すぐに追いますから、安心して下さいね后殿下」
ガルディゼロの言葉を受けて近衛兵達はロガを連れていってしまった!
「あのっ! ロガが!」
「陛下、后殿下は体調不良じゃなくて、突然女の子の日になったんです。だから歩かせる訳にはいかないので。本当は陛下に抱きかかえてもらって医務室に行きますか? と聞いたのですけれど、それは恥ずかしいと」
「ロ、ロガは何時も女の子だぞ。もしかしてロガは、奴隷は男の子になったりする日もあるのか?」
余がそう言うと、周囲が静まりかえった。
な、何か……え? 余は何か変な事を言ってしまったのか! いや言ったのだな! ああ! この場にボーデン卿が居てくれない事が悔やまれる!
ボーデン卿! 余を噛んでくれ!
「御免、僕后殿下の警備に戻るから。後の説明お願い!」
ガルディゼロは空白から立ち直り、あの美しい顔に苦笑いを浮かべてそれだけ言うと駆けていった。
「あー陛下。儂とザウディンダルはこれから格納庫に向かって、陛下の機動装甲 《ブランベルジェンカIV》 の整備に入ります。エーダリロクとの会話を終えられたら、お部屋に戻られたいかがでしょうか? 后殿下もその頃には……なあザウディンダル」
「あ、ああ。陛下の 《ブランベルジェンカIV》 の整備に向かわせていただきます。じゃ! エーダリロク」
それだけ言って二人も立ち去ってしまった。
「エーダリロク。余は余程な事を言ったのか」
「はあ、まあ。女の子の日ってのはメンスのことですよ」
「……ああ、メンス……はうわぁっっ!」
そ、そうか。そのことを ”女の子の日” と言うのか。
「別に男になったり女になったりする訳ではないのだな」
「そんな ”あれ” みたいな体質は、血統上我々には稀に現れますが、純粋な人間には……ですが良かったですな、陛下」
「何がだ?」
「陛下には秘密にしていたそうですが、妻……の女官長から私が聞かされた所によりますと、后殿下は宮殿に入ってからストレスで止まっていたそうです。宮殿を離れた事と、陛下と何時も一緒にいられる事でやっと体調も元に戻り始めたのでしょう。とは言っても、既に一年近くになりますか」
「あ……」
気付かなかった。
まさかロガがそんなにストレスを感じていたとは。
「そんな顔をなさらないでください。男には解りませんが、女性は繊細で些細な事でも止まってしまうことがあるそうです。本来ならばその状況は薬を使い、正常に戻すそうなのですが、后殿下の主治医、団長の妃であるロッティス伯爵がストレスその物に耐えられるようにならなければ、妊娠しても流産してしまうとかで……その様な判断で、今まで自然にさせていたそうですよ。なんつーか、陛下は后殿下に触らないから、知っている者達も后殿下に子供ができなくても誰も何も言わないので。そりゃまあ、それで」
「もっと気遣ってやらなければならなかったと言うことだな」
「さあ。こう言っちゃなんですが、陛下や俺はその……女性を気遣うなんてできないんじゃないかなあ……と」
「ま、まあ。確かに……エーダリロク、話を終えたら格納庫に向かわずロガの元に戻りたい。それで良いか?」
「勿論……ただ……話は長いぞ 《私》 よ」
何故突然 《ザロナティオン》 が?
「聞け 《私》よ。私はあの両性具有を通信局の長官にしようとしている。理由は通信システムの脆弱性。お前の声にある。全システムの無人化により引き起こされた暗黒時代。それが再び起きぬようにするために、全てのシステムが人を介するようになった。それによりシステムの穴が見えてきた……」
ザロナティオンが語り続ける。言っている事は、世にも理解出来た。エーダリロクは随分と昔から考えていたらしい。
「よって両性具有、レビュラ公爵ザウディンダルを推している」
「なるほど……」
重要な部分には人、要するに我々が必ず存在するシステムに切り替わった事により、余のような声を持った者が現れると、無人化システム時代とはまた違った 《危険》 が存在するようになった訳だ。
この 《声》 に抵抗できるのは 《我が永遠の友》 と 《無性》 そして 《両性具有》 だけ。だが《我が永遠の友》 は一人に対してだけ抵抗出来るが、別の者には抵抗出来ない。
《無性》 や 《両性具有》 は全ての支配音声に対して抵抗力がある。
「解った、全面的に協力しよう。もう話は終わったな?」
「いや、終わってはいない。急く気持ちはわかるが、男の私達が急いで戻った所で何ができる?」
「確かに何もできないが、心配なのだ! そしてその……それほどストレスを感じていた事に気付けなくて悪かったと謝りたい」
「好きなだけ謝るが良い。その前にだがディルレダバルト=セバインの末王……ではなく、クレドリアス=デヴィランガの玄孫……でもなく現リスカートーフォン公爵だが、あの男は多方面に 《レビュラ公爵 ザウディンダル》 を欲しいと言っている。勿論、性的に欲しているのではなく 《帝国騎士》 として欲しいと」
「ザセリアバは欲しがるであろうな」
「お前も気付いているかもしれないが 《全ての母体》 は 《ティアランゼ》 要するにお前の生母皇帝にある」
え? 何を言っているのだ? ちょっと待ってくれ?
「ちょっと待て、ザロナティオン……何を言っているのか、全く理解できないのだが」
余が困惑した面持ちで ザロナティオン を見上げると頷き、
「お前は ”やはり” 全く気付いていないか」
「やはり? とはなんだ? いや! そんな事よりもティアランゼとは、あの両性具有の塔に存在する 《ティアランゼ》 も関係するのか!」
余の問いに答えず、口を開く。
「教える為に細かく行く……この場合はエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルに説明してもらった方が早かろう。またな 《私》 よ」
そう言うと、ザロナティオンは消え去った。
「うあっ……」
人格が入れ替わった 《衝撃》 なのだろうか、エーダリロクは崩れて膝をついた。
「申し訳ありません、陛下。それで《全ての母体》ですが、陛下はご自分を含めて、異父兄弟が全て揃っている事に気付きませんか?」
「全て揃っている?」
「新兵器の核である 《帝国騎士》 我々の体を覆う 《異形》 帝国の発生に関わる原始核 《両性具有》。両性具有が存在するので無性はいませんが、それは仕方ないことであり、別の話となります。続けていきますと理論上最強兵器と計算されていた 《陛下》 その上イレギュラーな存在である 《藍后の瞳》 も 《軍妃の瞳》 も存在します。特筆すべきは、陛下の兄弟全員の身体能力が高い事」
藍后の瞳はザウディンダルに、軍妃の瞳と言われる ”ヴァイオレット” は今回は従軍せずに、バロシアンと共にフォウレイト侯爵領へと向かった近衛兵ジュゼロ公爵セルトニアードに。
平民正妃の血を確かに表す二種類の瞳は、確かに珍しい。再建された他の王家には現れたとは聞かない。
「それは余の兄弟が多いからであろう? 他の王家は多くても五人前後……」
いいや違う! 目の前にいるエーダリロクは、兄弟は三人だが庶子兄弟を含めたら膨大な数になる。余の兄弟数など足下にも及ばない!
先代王バイロビュラウラは先々代ロヴィニア王に負けず劣らず愛人に子を産ませ、それをランクレイマセルシュが処分していった。
「あの兄王が役に立つ駒を殺すとお思いですか? 帝国騎士に関係する能力を持つ者を捨てると思えますか?」
ザセリアバが両性具有と帝国騎士を欲している事は、ランクレイマセルシュは誰よりも良く知っているであろう。
とすれば、あのランクレイマセルシュのことだ、高く売りつけるであろう。
「待て、エーダリロク」
「はい」
「お前は余に全てを教えてくれるのか? ディブレシアの企みの全てを」
体中が震える。
何が起こるのだ? 一体何がそこに存在するのだ?
聞いて大丈夫か?
ロガの元に戻りたいが、これは聞かねばならぬ事……
「全てかどうかは解りませんが、俺と銀狂で調べた全てを貴方に伝えたいのです」
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