繋いだこの手はそのままに −101
―― 帝国宰相閣下、レビュラ公爵閣下より緊急の通信が ――

 その報告を受けて、帝国宰相は何事が起こったのかと不安を感じながら通信室へと向かう。
 ザウディンダルがケシュマリスタ王に狙われていることと、皇帝が異母兄を両性具有と知って以来興味を持った眼差しを向けていることも帝国宰相は気付いていた。
 兄がそのような複雑な心境で画面の前に座り、通信画面を開くとそこには髪を梳かしている弟の姿が。
『ザウディンダル』
「兄貴!」
 驚いてヘアブラシを投げ捨てて、帝国宰相に笑顔を作った辺り “悪いことではないな” と表情には出さないで安堵しつつ机に肘をつき話を聞く体勢をとる。
『そういう事であるならば。それにしても料理人の頑固さには……』
 ザウディンダルの報告を聞きながら、団長であるタバイから上げられた報告書にちらりと視線を落とす。
 皇帝の口にはいるものを作るという重要な役割に対する責任感は解るが……思いつつ、エーダリロクが一人で作ったオーブンで調理した菓子を皇帝の前に出す許可を与えた。
『やれやれ』
 許可を出した後にそう呟くと、
「アニアス兄って、そういう所が兄貴に似てるよな!」
 ザウディンダルは嬉しそうに語った。
『まあな』
 ザウディンダルには悪意はない。
 むしろアニアスを最上級に褒めたつもりだった。以前諸事情により、エーダリロクが添い寝してくれた際に(奥様了承済み)感謝の “ありがとう” をザウディンダルなりに最上級の言葉で飾った。その言葉とは

「エーダリロクってデウデシオンに似てるから、安心できる」

 デウデシオン大好きなザウディンダルにとって、それは最高の言葉のつもりなのだが、清らかに添い寝してやっていた爬虫類王子はベッドから転がり落ちた。
《ザウ、そいつは褒め言葉になんねえよ》
 そうは言う物の、何時もの彼は人を爬虫類と並べるので違いはない……当人同士は「自分の方がましだ!」そう主張するであろうが。

「じゃあビーレウストに伝えてくる!」

 そう元気よく言って去った弟との通信が切れた後、近衛兵団団長と副司令官に許可を送り、帝国宰相は深い溜息をつきながら崩れる。
「何ダメージ食らってるんですか、長兄閣下」
 “私はそう言うことに関しては、アニアスよりも融通が利くと思うしアレほど頑固ではないと思うのだが” 真っ暗な部屋で一人革製のデスクマットに打ち臥していた所、背後から声をかけられた。
「私はそれほど頑固か? デ=ディキウレ」
 “なーに当たり前なこと聞いてでしょう” といった気持ちを隠しもせずに、だが最愛の弟にして妹に言われて落ち込んでいる長兄のことを少しだけ考慮して、暗闇に忍び情報を集めることを得意とする男は微妙に語った。
「帝国において二番目くらいに頑固だと思いますが」
 この広大な銀河帝国において “最も頑固” でも “二番目に頑固” でも大差ないような気もするが、そう言われた方は少しだけ立ち直った。
 デウデシオン三十六歳、頑固と言われると年を取ったような気がするお年頃。
「一番は誰だ? デ=ディキウレ」
「テルロバールノル王カレンティンシス以外に居ないでしょう」
 最古の王家の王は頑固な者が多い。
「確かに奴は頑固だが。……やはり奴は両性具有だった」
 帝国宰相は『テルロバールノル王が両性具有であった場合、必ず知っている男』から情報を得ることの出来る女と通じて情報を得た。知っている男とはケシュマリスタ王、彼を無条件に信用するのは危険なので、もう一人に尋ねる。
 尋ねた相手はセゼナード公爵。彼の中に存在する 《銀狂》 にも問い 《銀狂》 は

―― 《私》に伝えないのならば教えてやろう ――

 という条件でテルロバールノル王が両性具有であることを教えた。
 ”やはり” ザウディンダルに対し興味を持ってしまったシュスタークに、見た目はザウディンダルを超える両性具有「エターナ・ケシュマリスタその物」カレンティンシスの存在を伝えることは帝国宰相も出来なかった。
 シュスタークの知らないところでカレンティンシスを処分しようかとも思ったのだが『あのルクレツィアの末王に手を出したら、貴様の命もない』と言われ、動くことを諦めた。
 帝国宰相は皇帝の絶対の信頼を受けているが、エーダリロクの中にいる 《銀狂》 はそれを凌ぐ。

**********

 エーダリロクの中にいる 《銀狂陛下》 ことザロナティオンの存在が知られたのは二十年近く昔に遡る。
 発端はシュスタークがロガと出会った場所にあった桜の木。
 僭主の一人が桜の木から合成劇毒を含んだ物体を落下させ、殺害しようと試みた。
 触れるだけで命が危ない、シュスタークからは ”毛虫” に見えたそれは、見事に顔の中心に落下する。だがその劇薬のもたらした生命の危険を訴える激痛は、過去に何度も生死の境を彷徨った 《銀狂》 即ちシュスタークの中に眠っていたザロナティオンを呼び起こす。
 シュスタークは五歳児とは思えないうなり声を上げ、近衛兵をなぎ倒た。
 この当時シュスタークには我が永遠の友は存在しなかった。そしてシュスタークが自我を失って暴れたのは、五歳のこの時が初めてであり、次に目覚めたのはロガを殴った貴族を殺害した時だけ。
 だが皇帝の意識を取り戻すのに「我が永遠の友」が有効だと誰もが知っており、ロガを殴った貴族を前に暴れ出したシュスタークをカルニスタミアが鎮めた。
 カルニスタミアは 《そのようなことが出来る》 と教えられていた。
 “我が永遠の友” というのはその様なものなのだろうとカルニスタミアは特に疑わなかった。過去の例から、導き出された答えなのだろうと。帝国の重要な記録が散逸している現在 《記録はないが、間違いない。口伝だ》 と言われれば納得するしかないものだ。

 だがそれは以前にシュスタークを元に戻した 《精神感応》 があったことから導き出された答え。

 五歳のシュスタークを元に戻したのは六歳のエーダリロク。正確に表現するのなら 《105歳のザロナティオン》 暴れたシュスタークを殴り倒し、特殊な精神感応で意識を取り戻させて、王達の前に立つ。
 六歳の体に潜む圧倒的な力と、各王家の王と同等の神殿の知識を持つ、王太子ではない王子。
 意識を取り戻したシュスタークに、エーダリロクは 《ザロナティオン》 の存在と記憶を語り、正気の時に一度だけ精神感応を見せ、シュスタークに我が永遠の友を持つことを勧めた。
 エーダリロクの中にいるのは 《第一の男》 と呼ばれ、ザロナティオンが狂う前の意識を保った状態人格が存在しているが、シュスタークの中にいるのは 《第五の男》 完全に神経が失調し力は使えても意識を保つことが出来ない存在である。

 ザロナティオンは多重人格者でもあった。もちろんそれは全く知られていない事実。

 死亡したザロナティオンが別の体で自分が目覚めたとき他の人格と別れたことを、最上位人格であった 《銀狂陛下》 ザロナティオンは気付いたが、シュスタークの中にあるまさに狂った人格はそのことを、当時の人格は知らなかった。
 下位人格でありながら上位人格の精神を食い荒らした凶暴性の高い人格の一つがシュスタークの中に存在している。
 以前は同じ体にあった人格は全てを無視して、精神感応を操ることができた。

 エーダリロクはシュスタークに事実を伝えることが出来る

**********

「……そうでしたか」
 中に潜んでいるのが両性具有に異常なまでの執着心を持つザロナティオンである以上、帝国宰相も迂闊には動くことが出来ない。
「ザウディンダルを憎悪する理由は解った。解っても同情はせんがな」
「両性具有であるという前提の元に立てた仮説ですが、これが正解に近いと思います。あれが両性具有であるのならこれ以外理由はないかと」
「聞こうか」
「巴旦杏の塔<ライフラ>ですが、あれが持つ機能に注目いたしました」
「機能?」
「<ライフラ>は両性具有の種類を判別できる唯一の機能を所持している<もの>です。当然巴旦杏の塔を “巴旦杏の塔として” 動かさなくては<ライフラ>は稼動しません」
 両性具有といっても全てが同じではない。
 商品として売られていたので、多様な種類が存在する。ザウディンダルは 《幼児》 の特徴を持った両性具有で、生涯独り立ちが出来ない性質を持っている。主に対する依存性が高い機種で、寂しさに極端に弱い。
 カルニスタミアと付き合っていた頃は、朝まで隣で寝ていてくれたので良かったのだが、別れたことにより相手をするのがビーレウストになり、行為のあとは一人で寝ることになる。ザウディンダルという両性具有の機能部分には 《行為のあとの褒美として一緒に寝てもらえる》 なるプログラムが存在するために、行為のあとに一人きりにされると余計に不安定になる。
 ただビーレウストは人と一緒に寝るのが苦手なので、その両方の特徴を知っているエーダリロクは、両性具有の管理者として添い寝して落ち着かせていた。
「ウキリベリスタルは 《息子の種類》 を判別したくて稼動させたのか?」
 ザウディンダルは本来ならば 《幼児体のまま》 存在する個体。
 成長することのない両性具有だったが、他の血と混ざり体だけは成長してしまった。だが、精神は両性具有の特徴を強くのこしてしまい情緒面が幼児のまま。
 よって他者は「我が儘で子供っぽい性格・体だけが成長した子供」とザウディンダルを馬鹿にするが、これはザウディンダルが悪いわけでも、育て方が悪いわけでもなく 《商品としてのつくり》 なのだ。
 両性具有を調べ抜いた帝国宰相は、ザウディンダルを人間らしくしようと厳しく接しある程度の所まで持って行ったのだが人間らしさの引き替えに、両性具有は決して取らない行動「自殺」を行った。
 《永遠の幼子》 幼児型両性具有に年相応の行動を求めた結果、ザウディンダルの精神が破綻しかけ、両性具有の管理者であるエーダリロクから “両性具有を殺すような行動は慎め”  と警告を受けて再び甘やかすことにする。
 兄弟達がザウディンダルに甘いのはこの機能、どうしても変えられない性質を知っているためだ。
「そう見るのが妥当だと思います。稼動に際しては必ず 《両性具有の登録》 が必要です。生命反応のない両性具有ではあの塔は稼動しません、その生命反応は[神殿]によりもたらされますので、偽装は不可能、登録後の削除はできますが。なによりあれは再建後の初期稼動、当然ながら四王の同意が必要である以上、書類を提出し 《誰》 を登録したのかはっきりとさせなくてはなりません。おそらく、ザウディンダルはカレンティンシスの 《種類判定》 の隠れ蓑、そう考えるのがもっとも妥当ではないかと」
 多種多様な商品 《両性具有》 の機能を正確に判断することができるのは、帝国に存在するたった一つのシステム<ライフラ>のみ。
「たったそれだけのためにザウディンダルを登録したと?」
 帝国宰相がザウディンダルが 《幼児型》 だと知っているのも、登録があるからに他ならない。
 この登録により判断され、取扱書を与えられなければデウデシオンも “幼稚で精神的に成長が見られない弟” と判断を下しただろう。
「私達にとっては “たったそれだけ” ですが、ウキリベリスタルにとっては王家の存亡に関わる重大事であったでしょう」
 両性具有には幼児型以外にも多数の種類が存在する。
 その中には 《気の強いもの》 や 《極端に賢いもの》 そして 《特別な能力を持つもの》 も存在する。
「確かに……な。私達の視点から見てしまえばそうだが、最古の王家の王とその後継者となれば、重要なことなのかも知れん。認める気はないが……どうした? デ=ディキウレ」
 ベースに “純粋さ” を求めたために、人間では考えられない程に 《他人を疑えない・容易に信じてしまう・裏切られてもまた信じてしまう》 両性具有。
 両性具有に王の座を与えないのはこの操りやすさにも似た精神面の脆さも関係している。
 その身で猜疑と欺瞞に満ちている王の座に就くことになった両性具有カレンティンシス。
「ディブレシアは何故 “ウキリベリスタルを愛人” にしていたのか? あの人は、名も知らないただ寝所に送られた男と “個のある男” の扱いは違うと……仰られていましたね」
 カレンティンシスの父は、当時両性具有のことを最もよく知る男だった。
 何故彼がこんな行動に出たのか?
「間違いなくディブレシアは哀れな罪人共はただの奴隷扱いだったが……ディブレシアはカレンティンシスが 《両性具有》 であると気付いたとしよう。だがウキリベリスタルはカレンティンシスに執着する必要はないはずだ。王妃も本人も若く健康体であった。特に王妃はロヴィニア傍系、出産には最も適した体質の持ち主だ……」
 両性具有をよく知っている男が取った “知っている者なら取るとは思えない行動” それに裏がないはずがない。
「どうなさいました?」
「ディブレシアの目論見とウキリベリスタルの目論見、その出発と終着地点は全く違うのだろう。偶々途中の 《両性具有隔離棟の復元》 という箇所だけが、重なっただけであって……ウキリベリスタルの望みとディブレシアの 《何か》 は違うところにあるはずだ」


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