繋いだこの手はそのままに −97
 何はともあれ『后殿下のご希望で、陛下も絶対に喜ぶ』ことなのでビーレウストは、全裸にマント追加の手袋姿で帰還後からそれなりに動く。
 先ずは陛下の御口に料理人以外が調理したものを口に入れたいと、近衛兵団団長イグラスト公爵タバイ=タバシュと、帝国軍総司令長官、何時もは代理総帥だが今回は『本物の総帥』が進軍を指揮しているので副司令官として控えているシダ公爵タウトライバに、珍しく自分で書いた報告書を提出。
 団長はロガの前回作った「多分カップケーキになるはずだった物体」を思い出し、弱い自分の胃を押さえて難色を示すも、可愛らしい恋愛が大好きな弟副指令の説得を聞きいれて、デファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネストに一任することに。
 そこからビーレウストは菓子作りの達人アイバス公爵アニアス=ロニの下へと向かい、団長と副指令の書類を渡す。
「かしこましました」
 アニアス=ロニは、皇帝陛下が食する菓子の責任者であり前皇帝第七庶子。許可書を見た後に兄達に直接連絡を入れて、本当に作らせても良いのかを聞いてから、ビーレウストに菓子の作り方を教えた。
 菓子といっても簡単に作れるものを。
 なにせビーレウストも本当の初心者なので、とにかく簡単に作れるものを。そしてチョコチップのアイスボックスクッキーの作り方を覚えて、この事件の元凶で現在ロガの警備担当のカルニスタミアと、団長級の強さを誇る副司令官タウトライバに招集をかけてロガの元へと向かう。

 この頃エーダリロクはキュラを連れてラティランと面会していた。

「お待たせいたしました、后殿下。ではこれから菓子をつくりたいと思いますので、材料を取りに向かうのにご協力頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
 まずは材料を取りに向かった。
 皇帝の口に入るものは、厳重な警備と最高の材料によって作られる。 
「ここは全く機械の制御が利かない場所なのですよ」
「なぜですか?」
「陛下の御口に入るものですから、警備は厳重にして厳重。機械制御で開閉ができますと、簡単に忍び込めますので、開ける人が限られる “重さ” で守っています」
「そうなんですか……廊下狭いんですね」
 ロガが驚く程に通路は狭かった。正確に表現するなら、小振りな一般住宅の廊下より少し狭い程度、ロガなら問題なく真っ直ぐに歩くことが出来る位の幅。それしかない幅なので、他の者達は全員体を横にして歩いている。
「扉を破壊することが出来る機械を持ち込めないように廊下の幅は異常に狭くなっています。扉の前には組み立てるスペースはありますが、解体して組み立て扉をこじ開けるのは警備体制からして不可能です」
「荷物運ぶの大変じゃないですか?」
 この大きな人たちが荷物を持って、狭い廊下を横歩きするのは大変に違いないとロガは不思議に思って尋ねる。
「通常の場合は、荷物運ぶのを役目としている体の小さい者が伴われますので」
「そうなんですか」
 ロガは納得して、横歩きしている王子達に挟まれながら普通に歩いていた。
 狭い通路と、突然立ちふさがる大きな扉。それら全てを力で開き、何度か繰り返して食糧庫へと進んでゆく。
「ここが陛下と后殿下の食糧庫となります」
 シダ公爵が指し示した方向には、外敵の浸入を防ぐための先ほどまでの扉の五倍はありそうな扉がそこにあった。
「この扉は両側、内側からも外側からも押し開くことが出来ます」
「押し開く?」
 ロガは興味本位で扉を押してみたが、動く気配を手に感じる事はできなかった。この扉が押し開かれるなど、想像も付かないと見上げる。
「后殿下、前の方よろしいでしょうか?」
「はい」
 扉の前をシダ公爵とカルニスタミアに譲る。二人は各々左右の扉の前に一人で立ち、片腕を置き体で押すと扉は容易に開いた。
「すごい……」
「入ってみますか?」
「はい!」
 ビーレウストの案内で食糧庫へと立ち入る。まずは開いている入り口扉の厚さに驚き、自分の両手を広げてその厚さを測ろうとした。
「后殿下のリーチよりも厚いですよ。俺のリーチよりも厚いですからね」
 そう言ってビーレウストは扉の厚みの前で手を伸ばす。ビーレウストですらやっと手が届くか届かないかの厚さの扉。
「さて、后殿下。抱えて跳びあがらせていただきます」
 そう言って食糧が置かれている宙吊り部分へと跳び上がる。
「本当はこんな事をしてはいけないのですが、后殿下と一緒で特別を許可されましたので。わざわざこのような場所へ付いてきていただいたのは……俺の我が儘ですね」
「……あの、ナイトオリバルド様が食べる物だから下に直接置いちゃいけない……んですか?」
 食糧庫は広いが、床置かれている物はない。敵の侵入を阻む堅固な素材の箱と、宙吊りの板。
「はい。陛下のお口にはいるものですので。本来ですと、この宙吊りも古めかしい鎖で吊されているでしょう」
 ビーレウストの言葉に乗っている板の四方から上の方に伸びているロープが纏められて、そこから繋がっている鎖をロガは目で追う。
 その鎖は滑車から床に備え付けつけられている台座へと伸びていた。
「本来ですと、あれでこの板を下げて取るのですが、そうなると人員がもっと必要になってしまって……正直面倒なので」
 言いながらビーレウストは飛び降りて、片腕に抱えていた小麦粉の袋をカルニスタミアに渡し、次は砂糖の載っている板へと跳び上がる。
「この板は各材料に適した温度調整を行うもので、吊しているロープ部分は温度を閉じ込める機能を持っています。それだけは最新鋭の技術といえますね」
「詳しいんですね、デファイノス伯爵さん」
「作っているのはエーダリロクなんで」
 ビーレウストが武器や兵器以外のことで詳しい場合、大体エーダリロクが絡んでいるのは、帝国では常識というか上流階級なら聞かないでも解るレベルまでに到達している。
 原材料を全て降ろしてロガを床に置いたビーレウストは 『聞きたいことあるんですけど、良いでしょうか?』 といった眼差しを感じた。
 后殿下の頼みは聞かなけりゃな、と扉を押さえている二人に軽く合図を送り、二人も荷物を持ちながら扉を押し続けつつ軽く頷く。
「何かこの場に関して質問でもありますか? 答えられる範囲で答えさせていただきますよ」
「あのですね……ここに、こんなに一杯食糧を運ぶのはどうやってしてるんですか?」
「それはですね、あの天井をご覧下さい」
 ビーレウストが指さした天井には、あの部分は取り外しが出来るのだろうと解る部分があった。
「そこから食糧を運び込むのです。我々が通った通路は、食糧庫から食糧を運び出す専用口で、こちらの通路から食糧が運び込まれることはありません。それであの上部から運び込まれるのですが、その道筋やどこから繋がっているのかは俺は知らされておりません。シダ公爵閣下なら知っているかもしれませんが」
 そう言われたシダ公爵だが、
「残念ながら私も知りません。知っている人は知っていますが。私の異父兄の帝国宰相、近衛兵団団長、そして異父弟のハセティリアンのみと聞かされています。運び込み専用通路は、ハセティリアンが部下を使って作ったものだと聞いています。食糧の運び込みは近衛兵団団長とハセティリアンとその配下で行っていると聞きました。その場を見ている訳ではありませんが」
 彼も知らなかった。
「部下ってハセティリアン公爵さんのお妃さんもですね。お妃さん皆さんと同じで強そうですから、一杯運べるんでしょうね!」
「?」
「あの、后殿下……ハセティリアン公爵妃をご存じなのですか?」
 食糧庫にいた三人の表情の硬直具合にロガが驚く。
「あ、はい……この前お会いしました……」
「うわっ! メーバリベユ以外にも見たことあるヤツがいやがった!!」
 無礼きわまりないビーレウストに、
「お妃! 本当にいたのか! 都市伝説じゃないのか?!」
 妃を ”見た” という言葉を初めて聞いたカルニスタミア。
「え? 弟の! デ=ディキウレの妃ってどんな人ですか?」
 そして忍ぶ弟とその子供達は知っていても、妃とは会ったことのない異父兄タウトライバ。
 あまりの驚きに、扉を開いていたカルニスタミアとシダ公爵がロガに近寄り、自動的に戻る力の働く扉は閉ざされた。
「あー! 扉があ!」
「マズいぞ!」
「タバイ兄! 申し訳ございません! このシダ公爵が付いていながら! 死んでお詫びを!」
「陛下の食糧庫で死ぬな! ハセティリアン公爵妃ってのは、本当に美人なのか?」
「今はそれどころではないだろう、ビーレウスト。早く扉を開かないと、団長が!」

 何を焦っているのかロガには解らなかったが、この食糧庫は内部の監視映像がない。扉の入り口を監視する映像機器が、扉を開いている状態の食糧庫の内部を映す仕組みになっている。内部に監視映像を撮影できる機器を置かないのは、死角無しに全体を映す場合、機器は皇帝の食糧が乗せられている板の上に設置しなくてはいけない。
 監視するものが皇帝の食糧を見下ろすのは良くないとして、それらの機械は設置されていなかった。それを補うためにの扉の反対側からの撮影となるのだ。
 食糧の安全性を考慮して、内部に人がいる状態で扉を閉じるのは禁止されている。内部で何事を行っているか扉を開いて見せていなくてはならないのだが……驚きのあまりに扉から身を離して近寄ってしまったために……

「お前が付いていながら、なんたる失態だ……タウトライバ」
「申し訳ございません……顔色も悪く、胃を傷つけてしまって……本当に……」
 近衛兵団団長の前で帝国軍参謀長は土下座して謝っていた。人が内部にいる状態で食糧庫の扉が閉ざされると、いかなる人物であろうが食糧の安全性に問題が生じるために、一斉入れ替えをしなくてはならない。
 皇帝の食糧を保管し厳重に封印された無人の戦艦が幾つか従っており、それを空母内に入れて団長として封印を解いて食糧の入れ替えをする作業が始まる。近衛兵団は花形だが、地味な作業も多数存在するのだ。
「本当に申し訳ありません!」
 作業着に着替えた団長を見ながら、参謀長は土下座から縋るような手を伸ばした体勢で “ごめんなしゃい! ごめんなしゃい! タバイにいしゃんごめんなしゃい!” と幼いころの表情そのもので謝っていた。

「胃が痛んでいるのはお前の失態もあるが、お前が食糧庫に向かっている最中、陛下の目の前でザウディンダルがアルカルターヴァに叱責されて……叩かれそうになったのだが、陛下がそれを庇われた……やはりザウディンダルは陛下の警備回数を少なくした方が良さそうだ。委細はクラタビアに聞き、警備体制予定の変更しておいてくれ。任せたぞ、タウトライバ」

 胃が痛くなることが一杯の帝国近衛兵団団長閣下は、とぼとぼと歩き出した。その背中の哀愁は、帝国宰相によく似ている。


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