繋いだこの手はそのままに − 84
 帝星から皇帝が出立する前夜、ザウディンダルは帝国宰相に呼ばれた。
 明かりを落とした室内で書類を難しい顔で眺めている帝国宰相に近寄ってゆくと、立ち上がりザウディンダルの方に近寄ってきて、
「何だよ、兄貴」
「確りと陛下と殿下をお守りするのだぞ」
 確認するように、そして子どもに言い聞かせるかのように言い出した。
「解ってる」
 しっかりと打ち合わせもした! と言い返すが全く聞いていない素振りで帝国宰相は話を続ける。
「お前が穴になる可能性が高いからな。弱い上に注意力は散漫だわ、適当で杜撰でずぼらで思慮は浅いは脆弱だし、気分屋で集中力を持続させることは出来ないわ、役立たずになること明らか。ゆえに陛下にも先に私から詫びておいたが、それを上回るような失態はせぬようにな」
 全く信用していないと言葉の端々に乗せて、言いたい放題追い討ちをかける。
「うっせーよ!」
 怒って部屋から出て行こうとしたザウディンダルの手首をつかみ引き寄せ、
「ザウディンダル……」
「何だよ! しっかりとやってく……」
 一度引き寄せた体を壁に押し付け、驚いているザウディンダルの耳元に口を近付け耳朶を軽く食む。
「戻ってきたら、望みをかなえてやるから、無事に帰ってこい」
 突然のことに耳を掌で押さえ、顔を赤らめて帝国宰相を見上げたザウディンダルははっきりと尋ね、答えもはっきりと返って来た。
「突然なんでそんな事言うんだ……」
 耳朶から広がった熱がザウディンダルの胸を妙に冷たくしてゆく。
「お前があのカルニスタミアと別れたからだ」
 兄の言葉が空々しく上滑りしているが、行動は逆にもう片方の耳朶にも噛み付いてくる。チリリと痛む耳と、身を引きたくなるような恐怖。
 意味の解らないことを言っているわけでもないのに、ザウディンダルには理解できなくなり全てを恐ろしく感じた。明かりを落とした室内も、目の前にいる兄も。
「……陛下と后殿下に誠心誠意お仕えしてくる……それで良いんだろ」
 言い知れぬ不安を抱いたまま、ザウディンダルは帝国宰相の部屋を後にした。
 誰も居なくなった部屋の明かりを完全に落とし、一人椅子に座って目を閉じている帝国宰相の傍にいつの間にかハセティリアン公爵が現れ、
「何故ザウディンダルにあのようなことを?」
 真意を問いただすが、帝国宰相は首を振るばかり。
「生きて帰ってきて欲しいとは当然願うが、関係を持ちたいのかどうかは……私自身解らん。何より……もう私がいなくともどの弟達も生きていけるくらいの力はつけた……もう私は居なくなるべきなのかも知れぬな」
 ハセティリアン公爵はその言葉に何も言わず、秘密警察の配置を告げて去って行った。

**************

 さて、本日は出立の日である!
 宇宙の軍全てを指揮する漆黒の女神ダーク=ダーマに乗り、国境まで行ってこようではないか!
 戦争に関しては門外漢なので黙って椅子に座っておるだけだが、行かねばならぬのだ。それが皇帝……らしい。
「陛下、御武運を」
「帝星のことは任せたぞ、デウデシオン」
 言ってはみるものの、今までずっとデウデシオン任せだったので言う必要もないのだが “形” としてな。
「后殿下もお気をつけて」
「は、はい。行ってきます、帝国宰相様」
 ロガはスカートの端を持ち、余の後をついてきた。
 さて最後にもう一人にご挨拶をして行かねばなるまい。
「ボーデン卿、ご足労をおかけした! 余はこれからロガを伴い初の帝国防衛戦へと向かう。その間、帝国宰相と共に帝星を守っていてく……うわっ!」
「ボーデン!」
 喋っている間に手をかまれた。
 そしてボーデン卿は余を無視しダーク=ダーマ搭乗用タラップの中ほどまで進み、そこで疲れたのか体を横にした。
 えーとこれは……
「もしかしなくとも、ボーデン卿も赴くと?」
 そのように口にしたところ、頭を持ち上げ

≪あたりまえじゃ! この若造が。貴様ではロガを守るには力不足も良いところよ! 身の程を知れぇ!≫

 と言ったような気がした。いや、絶対に言った。
 そ、そうだったな。ボーデン卿に前線に赴きますか? と尋ねることをすっかりと忘れておった。
 先ずは御免なさい。お伝えし忘れて、本当に申し訳ございませんでした!
 ロガが余と共に前線に出向くとなれば……余一人では頼りないしなあ。
「あーデウデシオン、ボーデン卿を同行させようとおもう。後で然るべき手筈を整えておいてくれ」
「はい、ただ今急いで当座の用品を運び込みます。ダーク=ダーマに同乗でよろしいのですね」
「無論。ボーデン卿はロガを守るわけだからして、ダーク=ダーマでなくてはなるまい」
 タラップに横たわっているボーデン卿のところまで走り抱きかかえさせていただき、
「行くぞ! 帝国の兵達よ」

 こうして余はロガとボーデン卿を伴い前線へと赴いた。

 それからしばらくして、ボーデン卿を大佐相当として、旗艦が後をおってきた。救護艦を旗艦に仕立て上げたそうで、旗艦名はロシナンテだそうだ。
「よろしいでしょうか? ボーデン卿」
「バウ」
「もう、噛んじゃダメだよ、ボーデン。ナイトオリバルド様は宇宙で一番偉い人なんだから。ナイトオリバルド様が優しいからって」
 ロガがそういいながらボーデン卿をブラッシングしておるが……その……優しいというよりは弱腰……
≪あん? 若造、文句あるか?≫
 睨まれてる、余は絶対に睨まれておる。
「気にせずとも良いぞ、ロガ。ボーデン卿にかまれて余は成長するので」

 ブラッシングなどは余もやらせていただきたい所存だ、何せ宮殿にいた時と同じく暇なのでな。

 それでブラッシングをしてみたのだが……
「バウ!」≪ど下手くそ!≫
「御免なさい!」
「ボーデン!」
 道はまだまだ長いようだ。

第四章≪遺言≫完



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