結婚式の料理はグラディウスにとって大満足であった。
そして王族達にとっても。
《もぎもぎ……ぶほぁぁぁ!》 ロヴィニア王族一同
《なんたるもぎもぎじゃ》 テルロバールノル王族一同
《こいつが最強もぎもぎ》 エヴェドリット王族一同
料理以外のもので、お腹一杯になることが出来て、非常に充実した時間となった。
グラディウスの参加する式典は極力減らされ、お祭り的な楽しめるものにだけ出席させた。グラディウスは飽きることなく ”結婚式のお祭り” を楽しむ。
そんなグラディウスだが、一つだけ気になる事があった。
《神殿》 の存在。
グラディウスも 《神殿》 前までは連れて行ってもらったのだが、中に入ったのは他の正妃三名で、グラディウスは中にはいらなかった。
その時丁度、アルトルマイス親王大公がぐずったので、立ち入るチャンスを逃した……というのもあるのだが。
サウダライトはグラディウスを 《神殿内部》 へと連れて行こうとはしなかった。
また結婚式典では必ずある ”同衾” だが、グラディウスは年齢が年齢なので当然除外。その分の時間で、
「エリュシ様! あてしのお洋服みて!」
「結婚おめでとう! グレス」
巴旦杏の塔に居るリュバリエリュシュスに、サウダライトと共に豪華な洋服を見せに向かう事にした。
リュバリエリュシュスに褒められて、嬉しさで満たされているグラディウスに、
「グレス」
「なに?」
「お祝いになるかどうか解らないけれど、出来上がったわ」
リュバリエリュシュスは笑顔と共に届ける。
「なにが?」
「お歌よ ”藍凪の少女”」
大きな藍色の目を見開き 《一番に聞かせる相手、おっさん!》 と共に、その歌を聴いた。
最後まで聞き、グラディウスは暫くその場を動こうとはしなかった。
平易な言葉で綴られた歌詞と複雑ではない音。
それをリュバリエリュシュスという、機械では決して出す事の出来ない音を紡ぎ出す 《両性具有》 がただ一人の 《人間》 のために歌った時、この世でもっとも美しい歌となる。
グラディウスが自分で立ち去ろうとするまでサウダライトはじっと待ち、予定をかなりオーバーするも、存分に余韻を堪能させてからその場を後にする。
予定が狂った事に関しての一般説明はなく、サウダライトも注意されることはなかった。
「ほぇほぇでぃ様!」
「なんだい、グレス」
「藍凪の少女が出来あがった! おっさんと聞いたから、次はほぇほぇでぃ様と一緒に!」
「……仕方ないな、聞きに行ってやろうじゃないか。僕は驢馬に乗って、君が驢馬を引け。いいな?」
「うん!」
その幸せな歌は暗黒時代の始まりと同時に ”巴旦杏の塔” と共に失われる。それだけでは終わらず、暗黒時代終結後のある時代において大きな 《鍵》 となる
三週間に渡る式典も無事に終わり、後片付けにはいっていた。
「グレス、おいで」
アルトルマイス親王大公をリニアに預けて、グラディウスはサウダライトに連れられて 《神殿》 へとやってきた。
《神殿》 の中には、この帝国の支配者達の真の姿が存在する。
彼等は全て人造人間。嘗て人類に虐げられていた者であり、その姿は空想上の生物が殆どだった。《神殿》 の中にはその 《原型》 の全てが収められている。
彼等の瞳は全てが明かりが無くとも、暗がりを見る事に差し支えがない。左右の目の色が違うのが 《人造人間が元》 の名残の一つであり、そのせいで若干聴力が低い。
稀に聴力に優れたものが現れるが、それは遺伝する確率が極めて低い特異な物であり、彼等の世界では 《異能》 と呼ばれる。
《神殿》 は彼等の全てが収められ、彼等以外の立入が禁止されている。
よって、
「真っ暗だ!」
「だからグレスを招待しなかったんだよ」
真の暗闇の中をグラディウスと腕を組み歩く。
「何にも見えない!」
「でもさ、おっさん達には見えるんだよ。だから明かりとか付けてないし、明かり持ち込んじゃ駄目なんだ」
暗がりに怯え、サウダライトにしがみついていたグラディウスが突然その手を離して、
「おっさん」
「なあに?」
全く見えていないだろうが、サウダライトを真っ直ぐ見上げて話しかけて来た。
「あてし、おっさんの事、大好きだ!」
「おっさんも大好きだよ」
周囲を取り囲んでいる幻獣。
かつて人間が美しいと褒め称えたそれらは、今は 《醜い存在》 となっている。彼等が二度とそれらを作らぬように、人々の精神構造を変えたのだ。
翼の生えた人間は 《奇怪》 であり、蝶の羽を持つものは 《醜悪》 である。
角の生えた馬は 《畸形》 であり、人の顔を持つ動物はやはり 《畸形》 である。
エルフなる生物は 《醜く》 天使なる生物は 《失敗した存在》 である。
人々が二度とそんなものに興味を持たないよう思考を変え、それらを維持するために世界を統一し、支配を続けている。
多くの 《上流階級》 は人間が嫌いだ。
今だ人間に支配されていた頃の痕が何処かに残っているからだ。
「おっさん」
「なあに?」
そして人間は教えられる。
帝国の支配下で言語と共に、醜悪を。
「あてし、おっさんに角が生えても、羽が生えても、尻尾が生えても嫌いにならないから!」
「……」
それは彼等が人類に植え付けた否定を 《否定》 せずに越えていった。
「だからおっさんも、あてしに角が生えても、羽が生えても、尻尾が生えても嫌いにならないでね!」
愛と呼べば消えてゆくような不確かな言葉に、サウダライトは手を伸ばし、グラディウスの頭を撫でながら言う。
「そう言って貰えて嬉しいし、おっさんは絶対にグレスのこと嫌いにならないよ……それでね」
「なあに? おっさん」
「もしもおっさんの背中に翼が生えて、角が生えて……顔まで変わってしまったら、おっさんを見つけてくれるかな?」
「むり!」
笑顔で即答だった。
「そうか、無理か」
「だってあてし馬鹿だもん! 絶対分かんないもん! だから、そうなったら、おっさんがあてしを見つけて傍にきてくれたら良いよ!」
「そうだね。おっさんは絶対にグレスを見つけるよ」
「うん!」
頭を撫でていた手を頬に降ろし、口付ける。
抱き締めて着衣を乱して、抱き合った。全てが終わり口付けると、何時も通り ”満面の笑み” を向けてくる。
そして、帝星に 《崩壊警報》 が鳴り響く。
「何事だ!」
一般の人々どころか上級貴族も 《崩壊警報》 が何なのか知らない。
「誰が神殿に侵入したんだ!」
「どうやって侵入したんだ!」
その理由を知っている王族が次々と 《神殿》 へと向かう。 《崩壊警報》 とは神殿に登録されていない者が侵入した時に鳴り響くもの。その音波に 《崩壊情報》 が含まれており、人造人間の末裔達はそれを聞き分ける事ができる。
集った彼等、彼女等は、
「びっくりしたよ」
泣きながら出て来たグラディウスの格好を見て誰もが理解した。
グラディウス内腿を伝ってあふれ出ている精液。そして遅れて出て来たサウダライト。
神殿内での性行為で、グラディウスは妊娠したのだ。その胎内に宿った生命を 《神殿》 は瞬時に確認し 《登録外異物》 として攻撃を開始するところだった。
血相を変えてきた正妃達は互いに目配せして、
「さ、グレス着替えようか」
「そうそう、着替えるぞ」
グラディウスを連れて行く。
「サウダライトは、もう一度神殿の中を確認してこないといけないからな」
「うん……びっくりした……」
「そうだなあ。もうちょっとしたら、もっと吃驚するかもしれないぞ」
その場に残ったサウダライトに向けられる、王と王太子の視線は冷たいを通り越し、殺意すらも通り越していた。
「なんか、話の流れで……」
その重すぎる空気を切り裂くように聞こえてくる二つ足音。
一つは紙を持っている、皇帝の護衛シルバレーデ公爵ザイオンレヴィ。
もう一人は、帝后の警護ケーリッヒリラ子爵 エディルキュレセ。
《神殿》 は、その前庭にあたる部分であっても原則として王族や皇王族(大公まで・正配偶者も許可される)しか立入が許されていない。だから彼等は警備から外れていた。
「うぉぉぉ!」
叫び声をあげてサウダライトを殴り飛ばしたのは、
「皇帝を殺すために軍門に下った男アシュ=アリラシュに従いしサラ・フレディルが子孫! ケーリッヒリラ子爵 エディルキュレセ=エディルレゼ! 祖先の遺志を継ぎ貴様を殺す!」
ぶち切れた ”おじ様”
床に叩きつけられた父親に、持っていた紙を開いて叫ぶ息子。
「今日から貴様はここに書かれている通り! 「”きょうてき” と書いて ”とも”」 と呼ばせて貰う! 殴らせろ! 強敵!」
立入禁止の部分に命と引き替えなのか、最早何も考えていないのか解らないが激突してきた二人の暴行っぷりに王達はサウダライトを生かしておく許可を与えた。
「ちゃんと掃除しろよ、屑が」
その後サウダライトは、暫定皇太子であり神殿に立ち入る事の出来るマルティルディの監視のもと、必死に床掃除をすることとなった。全裸で鎖付の首輪をつけて、バケツと雑巾を持って。中年おやじの全裸姿を監視するハメになった神殿も、大迷惑である。
118代続いた帝国。その首都帝星・ヴィーナシアにおいて 《崩壊警報》 が鳴り響いたのは、これが最初。
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