帝国は馬鹿に寛容である
「でかいお乳のおきしゃきしゃま。あのにょーどー……」
「その前に、グレス」
「?」
「お前は馬鹿で不幸せだったか? グレス」
帝国は馬鹿に弱い
本物の馬鹿の前には、為す術がない
「あてしは、馬鹿でもいいけど。でも、ベルテは賢いほうが嬉しいなあ。なんでそんな気持ちになるのか、分かんないけど。馬鹿だから解んないだろうなあ」
《もう降ろしても良いだろう、ルグリラド》
《黙れと言っておるじゃろうが! 眉なし!》
「解らなくてもいいじゃないか、グレス。アルトルマイスに幸せになって欲しい。それだけで充分だ。解る必要などない」
「でかいお乳のおきしゃきしゃま……」
だが帝国の皇帝は馬鹿ではならぬ
それは馬鹿も理解している
私達は馬鹿をこよなく愛している
馬鹿が帝国の未来に 《賢さ》 を求めるのであらば
私達は愛する馬鹿の望みを叶えてやるべきであろう
「グレス、お前は馬鹿だが、私達は皆お前が好きで、アルトルマイスも愛している」
《サウダライトは入れるなよ! 帝妃!》
《落ちつけ、ルグリラド!》
愛する馬鹿を幸せにするために
その未来は賢くしてやるのだ
「で、 ”にょーどーかいはつ” な。それは残念ながら、私も解らない。知識不足で御免な。今度調べて教えるから、それまで待ってくれるかな? なあ、皇妃ルグリラド。お前も知らんよな」
「知らぬわ! この眉なしも ”にょーどーかいはつ” など知らぬ! もしかしたら、皇帝しか知らぬ言葉かもしれんぞ!」
「そっか、おっさんしか知らない言葉かあ。一番偉い人なんだもんね、おっさん」
− その頃、宇宙で一番偉いはずのおっさん −
デルシ=デベルシュとマルティルディに「体育館裏」で書いてはならないような事をされていた。その周囲を取り囲んでいる皇帝の身辺を守る帝国近衛兵団が、帝国軍総司令長官の率いた部隊と共に、長官の指示の元、
「シュスター! シュスター! 私達のシュスター!」
歌いながら一糸乱れぬステップを踏む。
宇宙で最も権威ある帝国上級士官学校卒業の、直系皇帝の血を引いている皇王族ほとんど全員で、
「シュスター! シュスター! 私達のシュスター! 明日の朝日を拝めるか! 今日の夕日を拝めるか! シュスター! シュスター! 私達のシュスター! 」
元気付けているのかどうか、かなり怪しい歌をうたいながら、常人には踏めない複雑過ぎるステップを踏み続ける。助けようという気は皆無のようである。
何のための近衛兵なのか? 甚だ不思議なものだが 《これが正しい》 と言われたら、誰も言い返すことができないも事実であった。
− その頃、宇宙で一番偉いはずのおっさん 《終》 −
グラディウスは腕の中で眠ったアルトルマイス親王大公と、
「降ろさぬか、眉なしめ。何時まで儂を抱きかかえておるのじゃ、変態か? 空気を読まぬか、眉なしが」
ルグリラドとイレスルキュランと共に、昼寝をするために専用室へと向かった。
グラディウスはアルトルマイス親王大公の寝顔を見ながら、眠りに落ちる。その表情は何時もの幸せさが惜しげもなく漏れて、周囲を幸せにするものだった。
二人はグラディウスとアルトルマイス親王大公の寝顔を見ながら、
「アルトルマイスは立派に育ててやらねばな」
「そうじゃなあ」
意見の対立することが多い二人だが、これだけは当たり前のように同意して、無言で寝顔を見続けた。
眠っているのに同じようなタイミングで笑う二人に目を細めながら、全く退屈しない時間を過ごす。
キーレンクレイカイムは、疲れ切ったテルロバールノル王を見送った後、
「さてと、私も仕事に戻る……」
本人も仕事へ向かおうとしたのだが、そこへ息を切らせてはいないが 《息を切らせているように見える表情》 で、グラディウスの護衛ことケーリッヒリラ子爵が飛び込んで来た。
「どうした? 血相を変えて」
「フィラメンティアングス公爵殿下! マルティルディ王太子殿下とディウライバン大公殿下は何処に!」
何事かあったのだろうな……と思ったが、今二人はサウダライトを拷問するのに忙しい。
「私が代わりに聞いておこう」
「……我としては直接お伝えしたいのですが、判断はフィラメンティアングス公爵殿下にお任せいたします!」
そう言って、ケーリッヒリラ子爵は 《グラディウスは今の年齢からマイナス一歳》 であることを伝えた。
聞いたキーレンクレイカイムは、
「お前に任せる、ケーリッヒリラ」
場所を教えて、ケーリッヒリラ子爵に全てを託した。
下手に自分が報告しに行くと、巻き込まれる恐れがあるので。その点、ケーリッヒリラ子爵は王族ではないので、暴虐に巻き込まれることは少ない。
「王族とは大変なものなのだよ」
呟いて、結婚式の準備が何処まで進んだかを確認する為に、部屋をあとにした。
グラディウスを見失うという大失態を犯しているケーリッヒリラ子爵は、二度目はないことを理解しているので、一大事に走る。
その姿がガルベージュス公爵と瓜二つ、要するに 《初代皇帝シュスター・ベルレー》 と瓜二つの男の目に止まった。
「そこの」
声の調子にケーリッヒリラ子爵は足を止めて振り返りざまに頭を下げる。
「何でございましょうか? ベル公爵殿下」
ベル公爵イデールマイスラ。マルティルディの夫であり、ルグリラドの双子の弟。
「この先は立入禁止だ」
皇帝が妻と皇后に ”ボコ” られているので、行くなと止めるが、
「いいえ! 例えベル公爵殿下であろうとも! 止めて下さるな!」
ケーリッヒリラ子爵は死んでも行くと叫ぶ。
仕方ないなと、進む事を許し後をついて走る。イデールマイスラは知己であるガルベージュス公爵同様軍人。
本当はケシュマリスタ王国軍の全権を委任される筈だった男なのだが、
「死ねよ、ダグリオライゼ! でも死ぬなよ、ダグリオライゼ! グレスが悲しむから死ぬなよ! 僕は殺すつもりで殴るけどね! 転がったら蹴るよ!」
妻であるマルティルディに信頼されていないこともあり、三分の一しか与えられていない。
残りの軍は今転がされている皇帝の息子 《白鳥》 が預かっている。
ベル公爵の知己が指揮する 《皇帝陛下のバックダンサーズ》 の間をすり抜けて 《白鳥》 と悲哀を共にする男・ケーリッヒリラ子爵は叫んだ。
「帝后殿下の年齢調整がなされていなかった事、只今報告されました! 実年齢はマイナス一歳です!」
ガルベージュス公爵とベル公爵は互いに顔を見合わせて頷き、
「離せよ! 僕に触るな! イデールマイスラ!」
「我を止めようと思うのか! ガルベージュス!」
これ以上はさすがにヤバイと、本気でマルティルディとデルシ=デベルシュを止めに入った。
「ケーリッヒリラ! 今のうちに急いで陛下を! 私の 《強敵と書いて親友》 である白鳥の代わりに!」
《白鳥》 ことザイオンレヴィは、エルターズ28星で後始末を終えて帝星へと向かっている最中。
「その傍系皇帝、治療してこい! お前も少しは落ちつけ、人造王」
イデールマイスラは実家で 《ケシュマリスタは人造人間》 と教えられて育ったので、意識しないとすぐに 《人造王》 と言葉が出て来る。
そして当然ながらこの言葉が出ると、マルティルディは烈火の如く怒り出す。
「煩い! 黙れ!」
周囲の空気を震わす叫びを聞きながら、必死の思いでケーリッヒリラ子爵はサウダライトを救出した。
恐ろしい夫婦喧嘩の結末をケーリッヒリラ子爵は知らないが、皇帝と 《帝后》 そして皇子の幸せの始まりは見る事ができた。
サウダライトとグラディウスの間にアルトルマイスを置いてベッドで眠る。
「おっさん、あてしベルテを潰さないか心配だ」
「絶対潰さないよ。大丈夫だから」
仲良く眠りに落ちた三人に、
《帝后が成長するまで、子供は増やさないで下さいよ、陛下》
それだけを願いながら。
そんなケーリッヒリラ子爵の願いは、近いうちに無残に散るのだが。
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