「そっか」
翌朝グラディウスは、ドミニヴァス夫妻とピラデレイス、そしてレンディアから急いで帝星に戻らなくてはならないので、村までは連れて行けないと告げられた。
「御免ね」
「ううん。此処まで連れてきてくてたんだもん! そして連れて行ってくれるんだもん!」
村に帰れないのは寂しかったが、仕方ないとグラディウスは納得した。
「驢馬はちゃんと買って村に届けておいてあげるからね」
朝娘の部屋で、仲良く眠っていたグラディウスにミルクを差し出しながら、ナナの母親が告げる。
「わかった! あてしのお金を……」
グラディウスは肌身離さず持っているカードを取り出し、金を渡そうとしたのだが、
「いいよ。お祝いに来てくれたから、お兄さんが買って、ナナちゃんの両親に届けてもらうから」
みんなに言われて、結局カードを出せずしまい。
ピラデレイスがあげた市販のカードケースの中には、白地にザウデード侯爵紋が金で彩られ 《キュレイナン(帝后) グラディウス・オベラ・(空白)》 と書かれたカード。
それを見ることが出来たのだが、彼等は金を求めなかったので見ることが出来ず、正体もわからないまま。
もちろん知らなかったのが良かったのだろうが。
「これあげる」
ナナはグラディウスがもう帰ると聞かされて、すぐに絵を描き、上手に畳んでプレゼントしてくれた。もちろんグラディウスが描かれている。
開いて見たグラディウスは、顔をほころばせ、その絵にほおずりをして喜んだ。
ナナの家族とドミニヴァス達、そしてグラディウスで観光地を回り、そしてグラディウスを村へと連れて行かない為に、変更した宇宙船に乗るために宇宙港へと向かった。
「じゃあ、トイレに行ってくるから。いこ! グレス!」
「うん!」
二人で手を繋ぎ、トイレに向かう後ろ姿は年の離れた姉妹のように見えたという。
「もう帰っちゃうなんてさ」
トイレに行きたかったわけではなく、ナナはグラディウスと二人で話がしたかったので、少し離れたのだ。
両親もピラデレイスも解っていることなので、二人きりにして、彼等は彼等で話をする。
「でも、みんなお仕事あるから。あてしもお仕事あるし」
もともとグラディウス以外の人達も、ナナの家には一泊しかしない予定だったのだが、ナナはそんな事は知らない。
「もっと泊まって行けば良いのに。明日幼稚園に一緒に行こうとおもったのにさ!」
グラディウスが 《あてし幼稚園って行ったことないよ。村には無かったよ》 言ったので、ナナは連れて行こうとしたのだ。勿論連れて行っては駄目だが、ナナは自分の友達にも会わせて仲良しになって欲しかった。
幼稚園を楽しそうに語るナナを見ながら、
「ありがとうね。あのね……これ、あてしからのプレゼント」
グラディウスはザナデウと一緒に作ったベゼラを差し出す。その差し出された硝子のリボン 《ベゼラ》 を両手で受け取り、ナナは明かりにかざす。
「わあ! 初めて見た!」
「そう? あのね、その花ね……」
ナナはそのリボンをポケットにしまい、手を繋いで待っている人達の所へと戻った。
ナナはベゼラを見たのが初めてなのではなく、ベゼラを彩る花を初めてみた。小さな白い花、そして少し大きめな白い花、そして大きい花が二種類。
白い鈴蘭に白い蒲公英に白い朝顔と白い夕顔。
一般では見る事のない王国国花。
白い鈴蘭のロヴィニア。白い蒲公英のテルロバールノル。白い朝顔のケシュマリスタ。そして白い夕顔のエヴェドリット。
帝国の花である白い秋桜は、髪飾りには少し大きすぎるので入れなかった。
娘の笑顔と、グラディウスの笑顔にナナの両親も微笑みながら、五人を見送る。
「また会えたらいいのにあ」
ロビーにあるモニター映像で宇宙船を見送ったナナの言葉に、娘を抱きかかえて、
「帝星に行けばあえるかもな」
昨晩ドミニヴァス夫妻がグラディウスを養女にしようかと考えていることを聞いた父親は、娘に向かってそのように言った。
「連れて行ってくれる?」
「そうだな。でも今年一年は無理だな」
「なんで?」
「陛下のご成婚式があると、平民は帝星には降りられないから」
ナナは皇帝の 《せいこんしき》 なんてすぐに終わっちゃえばいいのに! と思ったが、口には出さなかった。
皇帝に関してそのような事を言ってはいけないことは、両親に言われているし、幼稚園でも教育されているからだ。
ピラデレイス達が早急にエルターズ28星を立ち去った理由に、皇帝の成婚式もあった。ピラデレイスとレンディアが結婚を決めた頃は、中年皇帝の盛大な式典は行われる予定はなかったのだが、平民が帝后に迎えられたことで、急遽執り行われる事となり、帝星周辺が俄に騒がしくなった。
挙式が行われるとなると、帝星へ立ち入る診査も厳しくなるので、診査が厳しくなる前に戻るのはピラデレイス達にとって重要なことだった。
”何時帝星に連れて行ってくれるの!” と何度も繰り返すナナと両親が宇宙港のレストランで食事を終えて帰宅しようとした時、突如警告音が鳴り響いた。
割合平和な、特筆する物は何も無いエルターズ28星には不似合いな警告音に、誰もが 《何事か?》 とモニターを見上げる。
通常映像が切られ黒い画面が少しの間、沈黙を与えた後、エルターズ28星全ての画面にほとんどの人が知っている紋様が現れた。
「イネス公爵軍? 何事?」
ナナを抱きかかえた母親と、その母親を抱き締める父親。
事態が解らずに戦いている両親とは裏腹に、ナナは大きな声で叫んだ。
「あ! グレスの持ってた手袋の模様だ!」
腕に抱いている娘の言葉に驚き、
「ど、どういう事?」
「グレスが持ってたの。あの模様の手袋」
両親は顔を見合わせる。
帝国から来た 《グラディウス・オベラ》 という名前の女の子。それは……
「ほら、グレスから貰ったの」
そして自慢げに掲げられたベゼラ。
エルターズ28星に降りてきたのは、兄の軍を借りたシルバレーデ公爵ザイオンレヴィ。帝后グラディウスが既に帰途についた事を確認した彼は、義理の母である帝后が滞在した家の者達に直接礼をしに向かった。
「これ、返さなきゃ駄目?」
国花が使われているベゼラを返しなさいと両親に言われたナナは、目を腫らしてザイオンレヴィに尋ねた。その泣きすぎて目を腫らした子供に、視線を合わせてザイオンレヴィは美しく、取っ付き辛い顔に出来る限りの優しさを見せて答える。
「いいえ。持っていてください。返されてしまうと、帝后が悲しみますから」
そう言われて、ナナはおおいに喜んだ。
ナナは賢い子だったので、グラディウス自ら作ったベゼラを持っていることを自慢する事は無く、ベゼラをあの日グラディウスに見せた栞と共に大事にしまい、誰にも見せずに過ごした。
ナナは中年を過ぎた頃に、そのベゼラを帝星の美術館に寄進する。
グラディウスが悲しまないように、亡くなるまでずっと大切に保管していたベゼラは、とても状態が良かったという。
寄進後、彼女の元に差出人不明の小包が届いた。
厳重な包装を開いた中に、自分が五歳の時に描いたグラディウスと、グラディウスがナナを描いた 《らしい》 絵、そして数冊の本が入っていた。
− あなたの描いた絵は祖母の宝物の一つでした −
自らが茶色と灰色で描いたグラディウス。大きく藍色の瞳を描いているだけで、知らない人がみたら誰なのか全く解らない人物。
そしてグラディウスが描いた絵は、前髪が切りそろえられた黒い髪にピンク色の服を着た自分と、隣には自分が描いたのと同じような ”あてし”
握っている手が上手に描けなかったらしく、試行錯誤した跡。[私とナナちゃんは手を繋いでいるの]と文字で注釈までつけられていた。その下に[じょうずに描けてるよ]と褒め言葉。
繋いでいない方のナナの手には栞が握られていた。それにも注釈がある[本に挟むナナちゃんのたからもの]そして、その注釈に答えが付けられている。[しおりですね] とも。
ナナは微笑み差出人の名を問うことも、語ることも無かった。
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