藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[20]
「きゃあ! サウダライト陛下!」
 多数の愛妾に囲まれて、サウダライトはご満悦であった。愛妾達を侍らせ、好きな時に誰の目もはばからずに好きな場所に指を伸ばし、そして奉仕をさせる。
”グレスは触っているのを見られたらマズイからなあ。マルティルディ様はザイオンレヴィの報告でグレスを十五歳だと思っておられるから、今のところは知られても事なきを得ているが……”
 私も、私も! と群がる愛妾を前に、サウダライトは知られたら殺されはしないが、拷問は確実なことを考えていた。
 マルティルディは基本的に情報を腹心の玩具ザイオンレヴィに集めさせる。そしてザイオンレヴィは父親であるサウダライトを疑っていない。
 そのため、マルティルディにグラディウスの年齢を聞かれた時、十五歳と答えてしまったのだ。妹のクライネルロテアに年齢を尋ねれば良かったのだが、クライネルロテアは母親から教えられた愛人を絶対に嫌悪する考え方から、父親が「十三歳の子供」を可愛がっている事に腹を立てて、少しでも話題にすると不機嫌になり怒り出す。
 周囲の者達も出来る限りクライネルロテアの前でその話題に触れないようにしていた。
 兄のザイオンレヴィも、妹の気持ちがわからないでもなかったので、出来る限り触れないようにしていた。
「陛下。私に情を!」
「私に!」
 多数の 《普通の》 美女に群がられ、サウダライトは満足しつつ一人の女を選んで、充分に堪能して……
「陛下。泊まっては下さらないのですか?」
「それではな」
 持てる限りの色気と、憐れみを誘う声と態度でサウダライトを引き留めようとした愛妾だが、それは成功しなかった。
 サウダライトも一人に選んだ時点で、朝まで楽しもうかと思ったのだが、愛妾に腰を打ちつけていると、なにかが頭を過ぎった。
 何かを考えながら射精したところ、それは形になった。
 満面の笑みで 《おっさん!》 と駆け寄ってくるグラディウス。グラディウスを思い出した時点で、やる気が失せてしまい、
「わざわざ瑠璃の館まで戻られないでも。寵妃殿は眠られているでしょうし」
「寝てて良いんだ、寝てて」
 もう起きているはずもないグラディウスの居る邸へと戻ることにした。
 出迎えの間を抜けて、寝室へと向かう。
 ”少しくらい起こしても平気かね。驚いてくれるかね”
 そんな事を考えながらグラディウスの眠っている部屋へと足を踏み入れると、
「え?」
 変なものが見えた。正確には 《変なかんじのグラディウス》
 ベッドの上のグラディウスは妙に 《こんもり》 としているのだ。何かを抱えて寝ているかのような盛り上がりに、近付いて毛布をはぐと、
「グラディウス……グレス、苦しくないか……」
 グラディウスはザナデウが作ってくれた手袋を保管する硝子ケースに抱きついたまま寝ていた。横になって抱き締めるくらいなら良いが、何故かそれにのし掛かっている。
 寝顔は何時も通りの幸せそうな物だが、呼吸は当然ながら浅い。
「おやおや、寝苦しかろうに」
 言いながらサウダライトはグラディウスから箱を取ろうとするが、しっかりと抱きついていて取れない。力尽くで引き離すのは簡単なのだが、そうはしたくなかったので、
「グレス、起きて。起きてグレス。おっさんだよ」
 耳元で何度か囁くと、とても幸せそうで、かなり間の抜けた顔で、
「おっしゃん?」
 目をこすりながら体を起こした。
「おっさんだよ」
「おっしゃん……おがえりー……ああ! おっさん! おかえり! あのね!」
 夢から覚めたグラディウスは、起き上がりベッドの傍においていた皿を持って来た。
「これね、美味しかったからおっさんにもあげようと思って!」
 グラディウスが持って来たのは、チーズケーキ。半分くらい食べた歯形がついているものだったが、
「美味しかったからとっておいたんだよ! 帰ってきてくれてうれしいなあ!」
 サウダライトは笑顔でそれを摘んで食べた。
 食べている脇で眠たさを含んだ笑顔で、幸せそうにサウダライトを見つめるグラディウス。
「おっさん……良い匂いするね。女の人みたいな匂いだ」
「ぶはっ……そ、そう?」
「うん! 良い匂い!」
 先ほど抱いた女の残り香だが、良い香りなのには変わりなく、それが何なのかも解らないグラディウスは嬉しそうにサウダライトに近付き、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「えーと……グレス。あのね……そうそう、なんでその箱持って寝てたのかな?」
 笑顔で匂いを嗅がれて、返答に窮したサウダライトは当初の目的である箱を持って寝ている理由を尋ねた。
「おっさんと一緒に寝たかったけど、おっさん忙しいから帰って来られないって言われたから。おっさんの手袋と寝ることにしたの」
「……その硝子箱から出して、手袋と寝ると良いのに」
「駄目だよ。あてし涎垂らすもん。おっさんの大事な手袋に涎染みが付いたら大変だもん!」
 チーズケーキを食べ終えたサウダライトは、グラディウスの頭を撫でる。
「待っててね。おっさんすぐに着替えてくるから。そしたら一緒に寝よう。その硝子箱は、別のところにおいておこうね」
「うん!」
 硝子箱を渡されて、その箱を別の部屋に置くように命じてから早急に着替え、寝室に戻ったが、
「やはりもう寝ていたか」
 グラディウスは笑顔で眠りに落ちていた。その隣に横になり、笑顔を堪能してからサウダライトは目を閉じた。

**********

 翌朝サウダライトは、鼻息で目が覚めた。顔の正面に感じる鼻息に薄目を開くと、そこにはグラディウスの顔が。
 真剣にサウダライトを見ているグラディウスに、ゆっくりと目を開いて声をかける。
「どうしたんだい? グレス」
「あのね、おっさん! お早う! あのね!」
「お早う、グレス」
 上体を起こして、飲み物を持って来るように命じて、グラディウスにゆっくりと話すように促す。グラディウスは気が焦って言葉が上手く言えないタイプで、時間をかけるとマシにはなる。だが少しマシになる程度なので、かなり待つことが必要だが、サウダライトはコーヒーを口に運びながら、グラディウスと会話が成立するまでを楽しんでいた。
 ただグラディウスと会話しているときに、飲食していると酷い目にあう事も多いのだが。
「おっさんって子供の頃からその髭だったの!」
 言いながら、自分の鼻の下あたりを撫でる。
「い、いや。おっさん子供の頃は髭生やしてなかったよ。おっさんも子供の頃は割と綺麗な顔してて、女の子に間違えられたんだ。それが嫌で髭伸ばしたんだよ」
「えーおっさんの髭って伸びるの? そのままじゃないの? いっつもそのまんまだよ!」
 グラディウスは少し蜂蜜を混ぜた、ぬるめの薔薇水を口に運ぶ。冷たすぎると、驚いて吹き出してしまうために、ぬるめに設定されている。
「えーとね。これ、毎日専門の者に整えさせているんだよ。グラディウスの前髪を揃えるのとおんなじ」
 実際は日に五度、髭を整えさせている。特別に珍しい事でも贅沢でもなく、大貴族は髭が少しでも伸びて形が悪くなることを嫌うので、誰もがしていることだった。
「そうなんだ! あてし、おっさん産まれた時からその髭がその形だと思ってた! びっくりだ!」
 《むしろおっさんが吃驚だよ。なんでそんな結論に到達したんだろう……ま、良いか》
 ベッドの上で会話して、目もすっかりと覚めた所でベッドから降りて着替えや洗顔を済ませてから、
「え……砂肝」
「はい、砂肝です」
 朝食のテーブルに付いたサウダライトは、目の前に山盛りになっている砂肝に吹き出しそうになった。
「昨晩、寵妃殿が砂肝を食べて気に入られまして。朝も食べたいと仰っていたので、陛下の分も含めて用意させていただきました」
 サウダライトに遅れて朝食を取る部屋に到着したグラディウスは、
「やった! 砂肝! 砂肝!」
「そ、そっか。良かったね、グレス」
 喜びの声を上げる。
 サウダライト四十歳。十三歳の寵妃と共に、
「はい、おっさんあーん!」
 朝から砂肝三昧である。
 砂肝を平らげて、少々生臭いキスをして、出かける準備を整えてから呼び寄せていたガンダーラ2599世の頭にグラディウスと乗り込み、のんびりと前宮へと戻る。
 その途中 《えろいこと》 をしようとしたのだが、
「バボォォォンンン!」(朕の鼻の届く範囲でわいせつ行為はさせぬわ!)
 なる叫び声と共にグラディウスを取り上げられた。

皇帝サウダライトのある日のプライベートであった。
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