グラディウスは驢馬の背に乗り、使命を果たしていた。その使命とは ”マッピング” である。マルティルディから提示されたのは ”驢馬に乗って色々な所に行くこと。そして帰ってきたら、持って歩いたこれ(記録媒体)を画面にあてて記録させる。それを繰り返し画面上の地図を埋めていく” と言うもの。
勿論説明を聞いただけではグラディウスは全く理解できなかったのだが、周囲のサポート体制(かみ砕きまくって聞かせる)もあり、何とか ”驢馬と共にマッピング” に乗り出すことが出来た。
驢馬は一説にはかなり頭が良く、一度通った道は忘れないと言われており、実際、
「あてしが村で一緒に塩を取りに行ってた驢馬も、道を知らないあてしを塩のあるところに連れて行ってくれたよ」
グラディウスも体験している。
驢馬に絶対の信頼を置いているグラディウスは、なんの躊躇いもなく驢馬の背に乗り後宮内の一区画を探検して歩くことになった。
「一人で歩かせるのは危険かと」
よからぬ輩などがいるのでは? とケーリッヒリラ子爵が申し出て、せめて自分だけは遠くから見守らせて欲しいと言ったのだが、
「グラディウスを転ばせた輩の一族が辿った末路を見て、何かするつもりになれるんなら、見てみたいもんだよ」
マルティルディから投げつけられた記録媒体から映像を起こして、これが一般に後宮内の警備全員が視聴したのかと思うと、少し憐れに思いつつも ”ここまでされると解っているのなら……” と考えると共に、グラディウスが一人で出歩いて考えられないような突飛な行動を取ることを期待し、それを録画し鑑賞することを目的としてるとザイオンレヴィにも言われ、ケーリッヒリラ子爵は引き下がった。
実際、誰が観てもグラディウス一人の 《おっさんの為に驢馬とまひぐ(マッピング)》 は笑いを誘うものであった。
「驢馬、良いお天気だねえ」
グラディウスはリニアの作ってくれた弁当を持って、ルサ男爵は驢馬に今日の通路を必死に教えて、二人は一人と一匹を毎日見送っていた。
驢馬がルサ男爵の言葉を理解しているとは思えないのだが、ルサ男爵が指示した道とあまり違わないルートを通ってはいた。そして日々驢馬に道を教えるルサ男爵は、鬼気迫るものがあった。
普通に考えれば、鬼気も迫るというものだろう。なにせ驢馬とグラディウスだ
ただマルティルディの前に礼を失することが無いように引き下がったケーリッヒリラ子爵だが、黙って引き下がっているだけでは 《皇帝から命じられたグラディウス・オベラの警備責任者》 としての責任は果たせない側面もある。
彼は主家王女で、皇帝の正妃の一人でありグラディウスをこよなく可愛がってくれているデルシ=デベルシュに連絡を入れて、警備に関して便宜を払って貰えることにはなった。
その彼女の笑いの奥に何があるのかまでは、読み取ることは出来なかったが。
様々な人の思惑など知らない 《思惑》 という言葉すら知らないグラディウスは、サウダライトの為にと一生懸命その仕事をこなしていた。
午前中に出かけて、昼食を取った後暫く歩き、午後二時前には ”戻るよ” と声をかけて、驢馬はその声に忠実に反応して帰途につく。
「今日はね! こんな事があったの!」
データを記入して、みんなに報告しながら午後のお茶、グラディウスはお菓子を楽しむ。
「驢馬がいろんな事教えてくれるの! 驢馬とお話してるの! あてし、驢馬好き!」
グラディウスは嬉しそうに毎日語り、マルティルディより与えられた ”使命” を必死に果たしていた。
その日もグラディウスはおっさんの為にマッピングを行っていた。
「良いお天気だね、驢馬。あの鳥綺麗だ……あれ? お歌?」
途切れ途切れに聞こえてくる歌を耳にした。
「ほぇほぇでぃ様の声に似てる……」
グラディウスの言葉に驢馬は足を止める。グラディウスは暫くそれを聞き、驢馬に言った。
「お歌が聞こえてくる所が何処か知ってる? 知ってるなら連れて行って!」
グラディウスは驢馬の首にしっかりと抱きつき、それを確認したあと驢馬は走り出した。全て純金で作られた 《夕べの園》 と呼ばれる庭園を抜けてゆく驢馬。
小川のせせらぎと共にはっきりと聞こえてくる、美しいがか細い 《声》
必死に驢馬の首にしがみついていたグラディウスは、驢馬の足が止まったところで目を開いて周囲を見回した。
そこは空を突くような四角錐の塔が、蔦で覆われていた。その葉の奥に、
「ほぇほぇでぃ様?」
黄金で柔らかく波打つ長髪を持ち、雪よりも白い肌をした、蒼と翠の瞳を持つ 《生き物》
グラディウスには、男なのか女なのか判断できない 《存在》
グラディウスを見たそれも驚きを隠さなかった。
「あなたは?」
「あてし、グラディウス!」
言いながら笑顔で近付いてきたグラディウスに、存在は声を荒げる。
「近寄っちゃ駄目よ! 触っては駄目! ここは皇帝以外は立ち入ることができないの」
喋り方からグラディウスは、蔦に絡まれた建物の向こう側にいる存在が 《女性》 らしいことを理解した。
「あてしグラディウス・オベラ。おねえさんのお名前教えて?」
グラディウスに名を問われた存在は、儚げに笑い名を言った。
リュバリエリュシュス・アグディスティス・ロタナエル
その響きが何を意味するのか、グラディウスは知らない。
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帝国では種類にして一つ、存在にして二つを隔離することが決められている。それは忌避される存在であり、蔑まれる存在である。
隔離される存在とは ”アグディスティス(両性具有)” 男性と女性の二つの性を持つ者。
かつては人間にも先天的に存在するものがいたが、今ではその存在は注意深く消されており、通常の人間は誰も知らず、人造人間を祖に持つ者だけが持ち得る 《性》 となった。
存在を知っているのは貴族であっても、上級か王族、または皇族(皇王族)でもない限り存在は知らない。それはこの 《性》 が王族か皇族(皇王族)にしか現れないためである。
血の濃さにより 《両性具有》 は誕生する。ならば血を薄めれば良いようなものだが、彼等は元が人造人間で、ある程度の血の濃さを維持しないと 《崩壊》 してしまう。
大多数の維持の為に、少しだけ生まれてくる両性具有を 《存在しない者》 として扱い、閉じ込めるか、殺害する。
両性具有は皇帝の性別に左右される存在で、皇帝が男性であれば女性型(妊娠可能な体) ”ロタナエル” は殺害される。女性が皇帝であれば、男性型(妊娠をさせることが可能な体) ”エタナエル” は殺害される仕組みになっている。
この両性具有、生殺与奪に関しては皇帝が全て握っており、皇帝以外は殺害することができない。
今グラディウスに名を名乗ったリュバリエリュシュス・アグディスティス・ロタナエルは女性型両性具有であり、今の皇帝はサウダライト、男性である。
サウダライトが帝位について約二年、その間彼女はひたすら殺される日を待っていた。
両性具有は自殺することが出来ないので、新たな皇帝が立った後に殺害されるのを待つ。二十二代皇帝シャイランサバルトには一人息子しかおらず、彼が皇帝の座に就くことを彼女は知っていた。
幼い頃ここに入れられ、先に収容されていた同じ ”型” のたった一人 ”ランチェンドルティス” に育てられ、そして彼女が両性具有の寿命である五十歳前後の範囲に入る 《五十四歳》 を迎えて死んだ後、彼女は一人で殺される日を待つ。
”ランチェンドルティス” が死んだのは今から四年前、その時先代皇帝シャイランサバルトは現れ、彼女の遺体を持って去っていった。二年後そのシャイランサバルト帝が崩御し、息子が即位して殺しに来ると思っていたリュバリエリュシュス。
だが二年経ってもその気配はなかった。
彼女は知りたかった、今世界はどうなっているのか? そして自分は何故殺されないのか? 皇帝は男性皇帝なのに何故?
リュバリエリュシュスは突如現れたグラディウスに、一人で過ごした死に怯える長い二年の答えを求めた。
殺害されるのならば、殺害されても良い。だが真実が欲しかった。
リュバリエリュシュスの必死の問いかけを聞いていたグラディウスは、
「……」
「あの、あの? どうしたの?」
目に涙を浮かべて、そして泣き崩れた。
「あてし馬鹿だから、何言われてるのかわかんない! うわああん! こんな綺麗な人が、一生懸命お話してくれたのに、あてし馬鹿でちっともわかんない! うわああああん! あてしの馬鹿ぁぁぁ!」
リュバリエリュシュスは此処に来る事ができるのだから、瞳は左右同じだがある程度の知識のある子供だと考えて話かけたのだが、
「あのね、泣かないで」
「あてし、あてし……うわああん!」
目の前にいる ”グラディウス” はリュバリエリュシュスの想像を遙かに超えて、馬鹿だった。
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