「おっさん! 象に乗ってお仕事行くの?」
グラディウスの大きな藍色の瞳は ”象で行くなら、あてしも、もう一回一緒に乗りたいな” と物語っていたので、乗って行く予定のなかったサウダライトは予定を変更するように命じた。
警備責任者の息子・ザイオンレヴィが象の歩みでも到着予定時間に間に合うように 《道を組み替える》
寵妃達の館のある区画から外部に出ることが出来るのは一箇所しかない。その一箇所に繋がるルートの ”下” は大きなパネルが敷き詰められており、組み替えによって幾種類ものルートを創り上げることができる。これは珍しいシステムではなく、少し大きな一般市民が遊べる遊園地などでは、迷宮として存在する。宮殿のそれと違うのは大がかりな所や、カモフラージュの風景の豪華さもそうだが、行うのが機械に組み込まれたプログラムではなく、
「最短距離に組み直すか」
”人間” が行う所にある。
特殊な機械を頭部に付けて、機械を動かす指示を出す。ザイオンレヴィはこの種の能力がとても優れていた。
「さ、グラディウス。おっさんと一緒に乗ろうか」
誰が見ても怪しい笑顔、正直に言えばエロ臭い笑顔でグラディウスの手を引いて、ソーサーで組まれた階段を仲良く登る。
「嬉しいなあ! 昨日は寝ちゃったから」
寝たのではなく、気を失っただけなのだが、その辺りグラディウスには解らない。
満面の笑みで半身を乗り出して、
「ぞう! ぞう! ぞうそう!」
嬉しそうに奇妙な音程を付けて歩き出した2599世に揺られた。嬉しそうに2599世に揺られているグラディウスの背後におっさんの邪な気持ちの篭もった手が伸びるが、当然グラディウスは気付かない。
「ぞう! ぞう! ぞうぞう!」
青空に届くかというような声で叫びながら、2599世の頭の上をペチペチと叩く。
脇で見ていたザイオンレヴィは、少しだけ気になった。この2599世、帝国建国以前から続く白象の血統を持ち、地球時代 ”神” とも崇められていたガンダーラ白象族は、総じて気位が高く、その中の頂点に立つガンダーラは我が儘な所がある。
「なにっ!」
そう思っていると、突然2599世は頭を叩いていたグラディウスを鼻で掴み、
「何をするつもりだ」
すぐに反応し、手を伸ばしたザイオンレヴィを一瞥すると、グラディウスを自分の長い鼻の上に置き、象特有の撫で方、要するに鼻で頭を撫でてやり、前足を思いっきり上げた。
鼻に俯せになっている形のグラディウスは、鼻に抱きついて驚いた顔をしている。
「歓迎しているのですよ。怖いことはないですよ」
移動用ソーサーでグラディウスの傍に近寄った白鳥が声をかけると、少し時間をおいて ”にっこり” と笑い、
「じゃ、じゃあ! ここに乗ってていいの? 白鳥さん!」
弾んだ声で聞き返す。白鳥言われたほうは 《白鳥は……》 と思いつつ、
「はい」
それをおくびにも出さずに答えた。
そして、
「ザイオンレヴィ」
「陛下、お呼びですか」
自分を呼んだ父親の傍まで上昇し、
「グラディウスの後ろに付いて抱き締めて歩きたいんだが」
「あっ……そ……じゃなくて、解りました、陛下」
父皇帝の馬鹿な願いを家臣として聞き入れ、サウダライトを肩に担ぎ鼻の上に乗せた……のだが、
「おっさん!」
「陛下っ!」
乗せた直後、2599世が咆吼を上げ鼻でサウダライトを掴み、乗るスペースに叩き込んだ。
「パオオオオォォォォォォンンン!」
そう咆吼する2599世の声を解析できない訳ではないが、解析する必要もなかった。
警備の誰もが、そしてサウダライトも理解できてしまったのだ。
《中年オヤジのふぐりを朕の鼻に乗せるんじゃねぇぇぇ! ふぐり、うぜぇぇぇ!》
ガンダーラ2599世、歴とした雄象である。
その血統アッシリア帝国時代まで遡ることのできる2599世、そんな彼の気持ちが理解できてしまった彼等は黙って付き従った。
結局サウダライトは背後から抱き締めるのを諦め、上から手を振ってグラディウスと会話を楽しみながら、目的地であり死地である、
「来たか、ダグリオライゼ」
「出迎えありがとうございます。アディヅレインディン公爵殿下」
マルティルディの待つ場所に到着した。
「おや、グラディウス。2599世の鼻に乗っているのかい。へえ、楽しかったのか。良かったね」
2599世から降りたグラディウスは 《ほぇほぇでぃ様! 今日は!》 そう挨拶して、すぐに2599世の足の間に入り、色々な所を触り始めた。
グラディウスに儀礼的な挨拶を求めるつもりのないマルティルディは、それを見て表情は変えなかったが、内心は頷きながら少しだけ楽しかった。
グラディウスは象の体の向こう側で転んで土だらけになった後、立ち上がり2599世の足跡を ”トンボ” で消し始めている人達の傍に近寄る。
「ザイオンレヴィ」
「御意」
マルティルディの言葉にザイオンレヴィが動き、グラディウスの傍まで行き、トンボの使い方を教えた、召使いの持っていたトンボを掴み、手袋に装備されているスキャン装置を可動させて、危険がないことを確認したあと、
「どうぞ。ガンダーラ2599世の足跡を消しながらお帰りください。足跡があるから、道に迷う事もないでしょう」
跡の付きやすい月の土が敷かれた道は、そこを歩いた象の足跡だけが残されている。
ザイオンレヴィから両手で受け取り、抱き締めながらサウダライトに振り返り、
「おっさん! お仕事頑張ってね! あてしもお仕事頑張るから!」
「ああ。じゃあね、グラディウス」
「うん!」
グラディウスはそう言って、トンボを ”前に置いて” 走り出した。
形は原始的だが、機能は最新鋭の、抵抗の少ない滑るような動きをするトンボに体を持って行かれそうになりながら、走るグラディウスの足跡が確りと残っていた。
「ザイオンレヴィ」
「申し訳ございません、マルティルディ殿下。使い方の詳細までは教えませんでした」
”ちょっと考えれば解ることだ” という先入観から、トンボの位置までは教えなかった。グラディウス本人は2599世の足跡を消すのに必死で、自分の足跡が付いている事には興味がないのだから仕方がないとも言えるが。
「まあいいや。それで、連れきなよザイオンレヴィ」
マルティルディの言葉を受けて、ザイオンレヴィは一人の男を襟を持って歩き、皇帝と最高権力者王太子の前に引き出した。
「マルティルディ様、何を?」
目の前で震えている男にサウダライトは見覚えなどなく、
「跪け、ダグリオライゼ」
そして理由も解らずに跪くことを強要された。サウダライトは皇帝らしからぬ勢いで跪き、マルティルディに頭を下げる。周囲の警備達もザイオンレヴィ以外は全員平伏する。
そしてサウダライトはマルティルディから右頬に二発鞭を食らい、
「僕はその男に気分を害された。銀河帝国の臣民が僕の気分を害した、よって僕は責任者であり統治者である皇帝に鞭をくれてやった。ダグリオライゼ、お前が成すべき事は解ってるだろう」
それだけ言って、輿の動力達を立ち上がらせ歩くように命じて去っていった。
鞭で打たれた顔を手で覆いながら立ち上がったサウダライトは、息子に尋ねる。
「一体何があったんだ?」
「この者が2599世の影で寵妃を転ばせたのです。勿論故意で」
サウダライトは息子の報告に、心底嫌そうな顔をして、
「えーと。じゃあ、お前に任せる。マルティルディ様のお怒りを鎮める事ができるよう、その男と一族を殺害するなりしておいてくれ」
息子に全てを放り投げた。
サウダライトは死体を見るのが嫌いで、出来る限りそれらには近寄らない。映像でも嫌で、いままで貴族として統治してきて、処刑を命じることはあっても、それらの経過と死体を見るような事は一度もなかった。
息子はそれらを知っているが、
「今回はそうは行かないでしょうね。マルティルディ殿下は貴方の臨席も命じるでしょうから」
今回はそうは行かないぞと父親に声をかける。
「ええ……じゃあ、見た目が酷くない殺し方で」
「マルティルディ殿下の溜飲が下がると?」
意識喪失状態の男の頭上で皇帝と息子は 《我等が主》 の機嫌を取るべきかを語り合う。
「私が見ないなら、何でも平気なんだが……私が見ても平気で、マルティルディ様のお怒りが収まるような処刑方法無いのか?」
「無茶言わないで下さい。 《ほぇほぇでぃ》 殿下のスタンダードは、生きたままミンチなんですから」
「ザイオンレヴィ! お前なに 《ほぇほぇでぃ》 様のこと 《ほぇほぇでぃ》 様って言って……」
互いに顔を見合わせて口に手をやり、青ざめる。
グラディウスの 《ほぇほぇでぃ》 が伝染してしまったようで、
「僕が何時君達に 《ほぇほぇでぃ》 を使う事を許可したんだい?」
言いながら鞭が風を切る音をサウダライトは聞き、ザイオンレヴィは逃げられるがここで逃げたら ”ますますお怒りを買ってしまう” と黙って立っていた。
サウダライトとザイオンレヴィはマルティルディの鞭に打たれ、
「ダグリオライゼ、会議だ行くぞ」
「……は、は……い」
鞭でしばかれまくった男は、よろよろと彼女の後ろを付いて歩き、
「さてと……」
息子は処刑対象の男を連れてその場を去った。
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