藍凪の少女・下働きとおっさん[07]
 サウダライト帝にはイネス公爵の頃、妻との間に四人の子を儲けた。

第一子・テールヒュベルディ《男》 現イネス公爵 二十一歳 既婚
第二子・ザイオンレヴィ《男》 シルバレーデ公爵 十九歳 独身 
第三子・クライネルロテア《女》ビデルセウス公爵 十九歳 独身
第四子・トラルディウラヌ《男》 エレンザイグ男爵 享年五歳 生きていたら彼は現在十六歳になる。

 イネス公爵を継いだ長子は、十八歳の時に婚約していたケシュマリスタの名門副王家カロラティアン伯爵姫と結婚した。
 末子は今から十一年前に病により死亡。
 第二子と第三子は男女の双子で、本来は十八歳になると同時に婚約者と成婚の運びだったのだが、父親が皇帝の座に就いたことにより結婚は一時凍結された。
 初の傍系皇帝誕生で、息子や娘の結婚などしている暇がなかったというのが真実だが。
 この結婚しそびれた二人にも当然婚約者はいる。
 第三子のビデルセウス公爵は母親の生家・ヅミニア伯爵の跡取り。第二子のシルバレーデ公爵は与えられたギュネ領の隣(公爵の息子だった頃、ザイオンレヴィはギュネ子爵)に住んで居たウリピネノルフォルダル公爵の跡取りと、両者とも十歳以前に婚約が成立しており、後は結婚するだけだった。

 父親の即位により一時的に流れた結婚の結末だが、ビデルセウス公爵はこの四年後に婚約者と無事結婚し、シルバレーデ公爵は様々に色々あって独身のまま人生を終えた。
 前者の結婚に関してグラディウスは全く関係ないが、後者の独身にはかなり深く関係する。
 それはまだまだ先の話ではあるが。

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 グラディウスはザナデウから貰った小さな宇宙を掌に乗せて、湯につかっていた。
 硝子のリボンも気に入ったが、貰った硝子球も気に入ったグラディウスにジュラスが小さなケースを買って渡した。
「ここに乗せて枕元に飾ると良いよ」
 夕食後、言われた通りに枕元に硝子球を飾りベッドに腰をかけて嬉しそうに一人眺めているグラディウスに、リニアは声をかけた。
 時間が過ぎるのも忘れて眺めていたグラディウスを促し、部屋に付いている風呂に湯を張り、離れがたそうにしているグラディウスの背をおして、
「じゃあ持って入ると良いわ」
 最後にはそんな提案までして、やっと風呂に入れることに成功した。
 リニアはグラディウスの世話を任されているわけではないのだが、別れる事になった自分の子供と年齢の近いグラディウスが可愛くて仕方がなかった。
 昔自分が愚かで何もしてやれなかった子に対しての償いに近い、だが全く違うことをグラディウスにしたかった。それにより、自分の心が幾分か軽くなるので。
 だが、このような代価行為で心が軽くなる自分に嫌悪感をも抱いていた。彼女の複雑な心の内はグラディウスが知る所ではなく、知ったところでどうにもできはしない類のものではあるが。

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 エルメリアを数人の貴族男性で玩ぶのに邪魔だという事でグラディウスは午後が暇になった。
 グラディウスがジュラスと楽しく遊ぶ前からエルメリアは、掃除に向かう部屋で次々と貴族達に抱かれていた。
 エルメリアは拒否はしなかった。
 自分を遊んでいる貴族達の誰かを虜にして、愛人に収まるつもりでその美貌と、故郷にいた頃に数多くの男と持った関係から、男の好む動きをして夕方前にはすっかりとその乱交は終わり、彼女は二人の貴族の愛人の座に収まる。
 フランザードにこの場を持たせた貴族は、エルメリアの魔性に笑い、フランザードは顔を青くする。
 共同部屋部屋を乱交の場に使われたレミアルは追い出された形になっており、その不満を管理者へと訴えた。
「夜まで待つようにとの事です」
 表情のない職員にそう言われて、悶々としたまま時間を潰す事となった。
「ビデルセウス公爵、どのような処遇を?」
 レミアルを遠ざけた管理者ビデルセウス公爵は、部下を数名率いて乱交が終わり、全員で動物のように 《飲み食いしている》 部屋へと足を踏み入れる。
 訪れた人間には腐臭にしか感じられない体液の匂いに眉をしかめながら、ビデルセウス公爵は 《冷静》 を装い、全員に何の説明もしないまま宮殿から追放した。
 母親に似てこのような事に関して厳しいと噂のあったビデルセウス公爵に見られてしまったことから、この処分に貴族達は納得し、言い触らさない方が良いことだけは理解し、得た愛人を持って各々の家へ帰る。
 彼等はその後も貴族の逸脱を繰り返しながら人生を送ったであろう。語られるような、実りのある人生は何一つ送ることはなかったに違いない。

 グラディウスとは出会わなかったが、レミアルも下働き区画の街にいた。そこで時間を潰し、日が暮れてからもう一度管理所の立ち寄ると、
「もう戻っても良いですよ」
 また表情のない職員にそう言われ、何もしていないのに疲れた体を引き摺りながら部屋へと戻った。
 部屋は外部から連れてこられたグラディウスのような素人ではなく、宮殿清掃を専門とする者達が現状復帰をさせており、今日この部屋で男女の乱交があった痕跡など一つもなかった。
 レミアルは部屋を回り、フランザードの荷物が無くなっていることを確認してから自分のベッドに入る。
 疲れている体を横たえて目を瞑っているのに、眠気は全く訪れない。その事に 《誰に対してか解らないが》 腹を立てて、起き上がり再び化粧を施し、また街へと向かった。
 食堂もそうだが、下働き区画の街も休むことはない。
 朝に仕事がある者もあれば、夜に仕事がある者もいる。気晴らしと食事は何時でも出来るようにと、それらの施設に営業時間はなかった。
 目的がある訳でもなく、ただ夜の街を歩き回る。

「あの女……」

 人が声を掛けるのも憚るような雰囲気で歩いていたレミアルは足を止めた。彼女の視線の先にいるのは、プラチナブロンドの長い髪を持つ女性。
 レミアルのような下働きが住んでいる部屋の並ぶ廊下を優雅に歩く、嫉妬の対象。
 美しいと自信を持ってきた自分達のプライドなど、簡単に壊した見るからに 《上級貴族》 大貴族の落胤かなにかで、下働き区画にいるのだろうと専らの噂だった。
 その彼女が最近下働きの食堂で、鈍そうな田舎娘と仲良く食事をしていると噂になっていた。
 彼女は背の高い髪の短い男性と、街灯の下から少し外れた暗がりと明かりの狭間で会話をしている、その姿が気になりレミアルは近付く。
「愛妾紹介者になるのか?」
「何で私がグラディウスを紹介……厚化粧の無様な負け犬が聞き耳を立てているわ」
 レミアルは足を止め、その場に縫い付けられた。プラチナブロンドの女性の視線が、レミアルの夜と同化しそうな影を縫い止め、動けなくしてしまった。
「夕食まだでしょう。個室で食事をしながら話しましょう」
「解った」
 身なりは 《奴隷》 だが全く奴隷らしさのない、女性よりも色の濃い金髪の「短い鬘を被った」男性は、勝ち誇ったように歩く彼女の後ろを付いて去った。
 動けなかったレミアルは大きな敗北感に俯き、街から部屋へと戻る。

 レミアルにとってその日から世界の全てが悔しく、腹立たしくなった。レミアルはその悪夢から目覚めることは永遠になくなった
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