− ラチェレンバルも、もう少しダグリオライゼを自由にしておけば −
サウダライトは愛人は欲しかったが、愛人に恋する事は無かった。
”愛人が欲しいだけで、愛人に愛情を求めてはいない” それが彼の姿勢であり、その姿勢を愛人達は良く理解していた。
常時八人ほどの愛人を抱えて、気楽に過ごしていた大公爵家の当主。彼も周囲の者達も、この先ずっと愛人を取り替えての残りの人生の性生活部分を過ごすのだろうと考えていた。
だが、事態が一変する。
その事態が発生したのは、サウダライトがグラディウスに出会う二年程前。
先代皇帝が体調を崩した所から始まる。
サウダライトはその頃、自分が皇帝になるとは思ってもいなかった。自分どころか、主家の後継者マルティルディ王太子が ”暫定皇太子” になるとも思ってはいなかった。
サウダライトには 《母方の親族に年下の従弟がいた》
母方の親族。母は親王大公であり皇帝の実妹。母の実の兄弟は姉一人で、それは皇帝である。
すなわち 《皇太子》 が存在していたのだ。サウダライトの母親は皇族の婚姻年齢十三歳で嫁ぎ十五歳でサウダライトを産んだ。
その母親の年子の実姉であった皇帝は、二十一歳の時に皇太子を産む。
目立っておかしな行動を取らなかった皇太子は、最後の最後になって大問題を暴露して 《死亡》 することとなる。
その結果がマルティルディ暫定皇太子なのだが、マルティルディは 《個人的な理由》 により即位を拒否し、結果先代皇帝の実妹と、マルティルディの祖母の妹を母に持っていた父を両親に持つサウダライトが皇帝の座に就く事になった。
サウダライトは皇帝になることが決定した時点で独身。よって独身皇帝となり、急いで正妃を娶らされるはめになる。
サウダライトに妻がいたら、その妻を正妃に押し上げて公爵時代に儲けた子が皇太子になったのだが、運悪く独身状態。
他王家はこれ幸いと王女を送り込み、正妃の座を埋めるが……ここにも大問題が発生して、宮殿はかなりの騒ぎになっていた。
「カードは仕上がりました」
「また何か頼むと思うが、その際はよろしくな」
「はい。此処での用事が済んだのでしたら……いいえ、済んでいなくともお部屋にお戻りください。本日はイレスルキュラン后殿下の元に通われる日です。待ち合わせ時間に遅れたりしたら、お金を払わなくてはならなくなりますよ」
サウダライトは ”それ以上喋るな” といった風に手を出して娘の口を封じ、部屋を出て行た。
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娘のクライネルロテアと同い年の妃イレスルキュランと ”責務としての同衾” し、翌日朝食を共に取り無事に朝の仕事を終えたサウダライトはすぐに ”散歩” に向かった。
夜から朝までの 《正妃と過ごす》 時間が苦痛で、それを終えると気分転換にと散歩に出るようになって、既に半年以上が経過していた。
人に会わないような場所を好んで歩き、誰もいない場所で書類に目を通して昼過ぎまでをのんびりと、そして来るべき夜の為に ”鋭気” を蓄える。
四十歳皇帝。まだ薬などには頼りたくないと、無駄な足掻きをしてしまう年齢らしい
「おっさん! 今日はあてし、午後のお仕事無いんだよ!」
休息場所に人の気配があると、すぐにルートを変えるのだが、人気のない場所が丹念に掃除されているのを観て、誰がこんな場所をこんなにも一生懸命に掃除したのだろう? 興味を持ち翌日もその場に向かった。
「そっか。じゃあおっさんと午後も一緒にいよう」
皇帝である自分を観て驚くかと思ったが、全く反応を示さない 《田舎娘》 は、彼にとって面白かった。
言ってはならない事だろうが田舎娘は 《珍獣》 の様に彼の目には映った。
グラディウスに会った後、他の田舎娘もこんな感じなのだろうかと、管理者である娘を伴い影から色々な娘を見たが、グラディウスのような娘は誰一人としていなかった。
それで余計気になった。見た事のない 《もさもさ》 した動作と 《もぎもぎ》 と食事をする姿。ペットを飼うならこれが良いかな……愛人を囲う事が好きな男は、この子なら愛人にしても正妃様方に叱られないだろうと考えていた。
「駄目。先にジュラスと約束したから」
「そうか、残念だなあ。次に午後の仕事がない時は、おっさんと遊ぼうね」
「いいよ。それでね、おっさんに聞いて欲しい事があるんだ」
「何でも言うと良いよ。おっさん何でも聞いてあげるから」
サウダライトを全く疑っていないグラディウスは、大きな藍色の瞳を輝かせて首からぶら下げているカードを取り出し、今日の午後買い物に行くのだが、幾らくらいなら使えるのだろうか? を尋ねた。
相変わらず要領を得ない喋り方だが、必死さは伝わってくる。サウダライトにはそれが楽しかった。
貴族や王族は言質を取られない様に、回りくどい言い方をする。それに比べたら、必死に語ってくるグラディウスの言葉は、幾ら聞いていても不快でなければ苛つくものでもない。
権力のない皇帝とは、忍耐を持って生きるものである
グラディウスの話を聞き終えたサウダライトは、持って来ていた仕事用の端末を開く。
「グラディウスのカード貸してくれるかな? 変な事しないよ。おっさんのこと信用して」
頷きながらグラディウスは、首にぶら下げたままカードを差し出す。その姿が面白くて、サウダライトは端末をグラディウスに近づけた。
「そう、この画面にくっつけるんだよ」
「平べったい穴じゃないんだ」
「うん、おっさん結構新しい物使ってるから。公共の場だと、スロットルの方が安全面で優れてるからね。おっさんのは、高価だから安全だけど」
カードが触れた画面はすぐに切り替わり、
「宇宙だ! 宇宙になった! なんで! なんで! おっさん」
「グラディウスの生まれ故郷の惑星までの行路を……おっと、出た。これがグラディウスの生まれた惑星か」
「凄い! おっさん凄いね!」
映し出された惑星とそこまでの料金を見て、
「そうだね、支度金に手をつけると帰られなくなるな」
サウダライトは頷きながら、カードを再び画面に触れさせて、支度金は使えない様に設定を切り替えた。
「これで支度金は使えないから、安心して買い物をするといいよ。支度金を使う時はおっさんに言いなさい」
「ありがとう! どうしたの? おっさん」
グラディウスは漠然と支度金はおっさんが守ってくれたんだ! と理解して、礼をいった。その目の前の差し出されたのはカード。
「グラディウスはまだ宮殿に来て日が浅い……じゃなくて、少ししか働いていないから、支度金に手を付けないとあんまりお買い物出来ない。だからお買い物はこっちのカードですると良いよ」
昨日娘に作らせたカードをサウダライトは、グラディウスの手を掴み掌に乗せる。
「色々な物を買ってきなさい」
「……」
カードを掴まされたグラディウスは、暫くおっさんの顔を見上げてから、笑顔でそれを返した。
「あてしさ、カード落としちゃうかも知れないから、要らない」
「要らないのかい? グラディウスの持っている給金だけだと、あんまり買い物できないよ」
「いいの! ジュラスも見てるだけでも良いって言ったから! あてしこれだけで良いよ! おっさんありがとね!」
「……そうか。すっごく欲しいものがあったら、おっさんに言いなさい。何でも買ってあげるからね」
両手を振って ”ありがとう!” と言い去っていった 《田舎娘》 が見えなくなった所でサウダライトは苦笑いをした。
「意図通りに動かないのに、気分が良いな。……愛妾にするなら手を付けた方が良いんだが、さて」
返されたカードを見下ろして、握り締めその場を後にした。
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