朝目を覚ましたらベッドで、隣にデウデシオンがいた。
「おかえり、デウデシオン」
「ただいま。昨日は楽しかったか?」
「とっても楽しかった。あのね、俺、赤い大きな魚みつけたんだ!」
「そうなのか。ところでいいのか?」
「なにが?」
「その赤い魚、グラディウスが飼うと聞いたぞ」
「買う? 買ってないよ」
「そうではなくて……お前の手元に置いておかなくていいのか?」
「うん! だって、あの魚食べられなさそう! だから要らない」
「お前が良いのなら、構わんのだがな」
デウデシオンともっと話をしていたかったけれども、二人で朝食の用意をして食べ終えると、もう出かける時間になっちゃった。
デウデシオンを見送ってすぐに俺はもぎもぎの家へと飛び込んだ。
「おはよう! もぎもぎ。魚見せて!」
「おはよう、ざうにゃん! 見て見て、昨日の夜の間におっさんが水槽を用意してくれたの!」
もぎもぎの家の応接室って所にでかくて透明な筒が置かれていた。
「どこからでも見られるんだよ。なんとか動物園の水槽を真似たんだって」
赤い魚は優雅に泳いで……
「すげえ! ……あれ、この魚、昨日より大きくなってない?」
昨日は四十五リットルゴミ袋に入ってたけど、今日は七十リットルのゴミ袋でも入り切らなさそうな感じだ。
「おっさんもそんなこと言ってた」
「おっきくなるの早いんだな」
「そうだね。いつか鯨さんみたいになっちゃったら、海に連れていくよ! その時はざうにゃんも一緒に」
鯨ってどんなお魚か分からないけれど、とっても大きいんだろうな。
「もちろん! ところで、こいつの名前決まった?」
「うん! サフォントがいいって」
「サフォント? 似合うね。おっさんが付けてくれたの?」
「違うよ。お魚さんが言ったの」
「この魚、喋るのか!」
「うん!」
「話しかけてもいい?」
「もちろん! たくさんお話してあげて、ざうにゃん」
うわああ、楽しみ。
「初めまして、サフォント! 俺、ザウディンダル! ざうにゃんでいいよ」
水槽を叩きながら話しかけたら、横向きだった赤い魚がこっち見た。
『おはよう、ザウディンダル。いや、ざうにゃんと呼ばせてもらおうか』
「おお! 声が低くてすげえ!」
『余の名はサフォント』
「もぎもぎから聞いた。ねえ、なんか食べる? ポテトチップスとか食べる?」
サフォントは色々なことを知っていて、勉強まで教えてくれた。
『この地上に存在している学問であれば、なんでも教えてしんぜよう』
頭がいい魚サフォントは、勉強もいいけど遊ぶのも重要だって。
「お日様の匂いを捜しにいってくる」
「晩ご飯までには帰って来るからね、サフォント」
俺ともぎもぎは、外に変態がいるとも知らずに――
**********
―― 俺はもぎもぎのこと、守るんだ!
「もっと速く走るんだ! もぎもぎ!」
俺ともぎもぎは知らない人に追われてる。
二人でちょっと”とおで”して、人が少ない道を歩いていたら、窓まで黒い車が突然止まって、俺たちを車の中に引き摺り込もうとした。
俺を抑えているやつと、もぎもぎを抑えているヤツに噛みついて、
「逃げるぞ! もぎもぎ!」
もぎもぎの手を引っぱって走った。
助けを呼びたかったんだけど”車”が通れないような道を選んで逃げたら、近くには誰もいなくて。もちろん叫んだ。でも誰もいなかった。
気付いたら本当に誰もいないような場所に辿り着いてしまった。
「ざう……にゃ……あてし、もう……」
もぎもぎは玉のような汗をかいて、あちらこちら剥げているアスファルトに崩れ落ちた。
「でも逃げなきゃ! あいつらきっと、変態だよ!」
ハイネルズ☆が教えてくれた。
子供を車に無理矢理連れ込むのは漏れなく変態。それも悪い変態。悪い変態は悪いことするから、絶対に逃げなくちゃ駄目って。
「あてし、むり……ざうにゃんだけ、でも、逃げて」
もぎもぎが泣きながら……そんなこと言われたって、
「出来るわけないだろ!」
一緒に逃げるんだ! 逃げるんだよ!
「だって……」
「立つんだもぎもぎ……一緒に逃げてくれよ」
もぎもぎは悲しそうな表情になって力強く立ち上がってくれた。
「ごめん、ざうにゃん。あてし悲しかったこと、思い出した。一緒に逃げる」
二人で一生懸命に走ったけど、人がいないところばかり。もぎもぎはとっても苦しそうで、もう走るのは無理みたいだから、建物の中に入って隠れることにした。
壁が錆びて蹴ったら簡単に破れた。そこから中に入り込んで、
「使ってない……倉庫だね……」
隠れられる場所を探すつもりだったんだけど、倉庫には隠れられる場所がなくて、必死に場所を探すためにあっちこっち叩いてたら,その音を聞いた悪いやつらが、車で薄い壁を破って入って来た。
どうしよう、どうしよう……そうだ! デウデシオンに電話を! でも取り出したら電話がつながらない場所だった。
「妨害電波を出してるからな」
変態がそんなことを言いだした。
どうしよう……続々と悪い変態がやってくる。
「俺たちになにするつもりだ! 変態」
「悪いことしちゃダメなんだからね!」
もぎもぎも叫ぶ。
俺はもぎもぎを守らなくちゃと思う。多分もぎもぎは俺のことを守ろうと思ってるんだ。
二人で勇気を持てば!
「俺たちは黒髪のお前に用事があるだけだ」
俺が狙い? 俺だけが……
「ざうにゃんは渡さない! 悪いやつらには、絶対に!」
もぎもぎが自分の体を盾にして首を振る。どうしよう! どうしよう! あいつらが近付いてくる。
「もぎもぎ! 俺、戦うよ!」
自分ももぎもぎも守るんだ! 牙をたてて爪で引っ掻いて頑張ったけど、誰かに棒で頭を殴られた。
「ざうにゃん!」
倒れた俺にもぎもぎが覆い被さった。
「悪いことをしちゃいけないんだから!」
近付いてくるやつらにもぎもぎは必死に手を振って払おうとしている。俺が頑張んなきゃ! 俺が……。変態たちが嫌な笑い声を上げながら、もぎもぎを引き離す。
「触るな! あてしは……いたいい」
あいつら、もぎもぎのおさげを!
「止めろ!」
飛びかかろうと思ったら後ろから掴まれた。
「放せ! 放せ! もぎもぎを放せ!」
俺変態に捕まって、変なことされるんだ! やめろ! 放せ!
「神様、助けて!」
もぎもぎが叫んだら、
「神様じゃないが、助けてもいいか?」
天井から声が聞こえた。俺やもぎもぎを掴んでいる奴も驚いたみたいで、みんなで上を見る。天井から降りて来た人は着地しても音一つたたなかった。
「てめえ、何も……」
降りて来たのはデウデシオンよりも大柄で、俺と同じく頭の上に耳がついて、腰のあたりからしっぽがある、金色でキラキラしてる生き物。
「ざうにゃんのお友達?」
「違う……同じ種類かもしれないけど」
なんか凄く恐いよ。もぎもぎもびっくりして震えてる。そして変態たちも震えて、俺も震えてる。もぎもぎと抱き合って、なんか恐い生き物を見る。
「俺の名はジルニオン。ざうにゃんと同じく、猫耳に猫尻尾を持つ元猫科の生き物だ」
音もなく俺たちに近付いてきて、
「さあ、逃げようか」
口を開いた。普通に開いた筈なのに、口元ぐああああ! って見えた。
すごく恐かったけれども、
「月の使者に変えてもらったのさ」
「ええ! 本当!」
「ああ」
同じ月の使者と会ったなら……良い人なんじゃないかなあ……んーあんまり良い人には感じられないけれど。
ジルニオンは俺ともぎもぎを片腕一本で抱えて……なんだろう、頭上から恐い空気が降り注いだ。
「じゃあな、変態ども」
ジルニオンは変態じゃないけれども、変態よりも恐いひとのような気がする。
**********
「ボーデンどうしたの?」
滅多に吼えないボーデンが珍しく吼えるので、ロガが様子を見に来ると庭の隅、木々に影に血まみれになった居候ラードルストルバイア……の上半身が転がっていた。
「ゼークさん! 大丈夫ですか?」
驚き同様したロガは、上半身しかないラードルストルバイアに声をかけた。
「あの化け物猫め……」
本当に上半身だけなのに、口調はいつもと変わらない。
「あの、病院。きゅ、救急車……えっと」
「おい、落ちつけ」
「あ、はい!」
「時間が経てば元に戻る」
ラードルストルバイアは人間ではないので、病院に連れていかれても困るのだ。
「そ、そうなんですか?」
「羽生えてる人間なんていねえだろ」
「あ、そうでしたね。あの羽もまた生えるんですか?」
「大丈夫だ。ちょっと休ませてくれ」
「分かりました!」
ロガは部屋に戻り古くなり穴がなどがあいたが、掃除用に取り置いているバスタオルを持ち、小さく軽くなってしまった血まみれのラードルストルバイア(残っているのは右腕一本と胸から上だけ)を包んで、物置に持ち込んだ。
「ごめんなさい。今日はご主人様がお帰りになられるから」
「大丈夫だ。あと猫避けようとかいって、ペットボトルに水入れておいてくれないか」
「わかりました」
二リットルの空きペットボトルに水を入れ運び込む。
「夜にこっそり様子見にきますから」
「いや、気付かれると困るから来るな」
ラードルストルバイアがロガの家にいる理由――フォローしていた月の使者ことシュスタークが、とある黒猫を半端に人間にしたことにより、一人の人間を変態的な行為に走らせてしまい、帰ると弟帝王に叱られる(半殺しにされる)ので、この状況をどうにかしよう……と帰宅せずに悩んでいたところ、ロガと出会い家に案内される。
羽丸出しの妖しい人を保護してくれる、優しいロガであった。
―― あの化け物なんだ……自称猫とか言ってやがったが、あいつ猫じゃなくて……
帰るために色々と考えて手段を講じていたラードルストルバイアは、二日ほど前にベルライハという人間の家へと行き、そこで彼の飼い猫? に性的に襲われ激しく抵抗したところ、飼い猫が余計に乗ってきて、気付いたら羽を食われ、その猫は猫耳猫尻尾を――俺の名はジルニオンだ――持つ化け物になった。
昔悪かった月の使者 vs 狂気の猫耳猫尻尾。タイトルを付けるのなら「アタック・オブ・ザ・キラー・タマネギ」
最後はタマネギじゃなくてオニオンでは? という突っ込みは受け付ける。
どうみても宇宙最終兵器化け物を作ってしまったラードルストルバイアは、命かながら逃げ延び、そして二日かけてロガの家へと辿り着いた。
ちなみに、ベルライハは帰宅後、血まみれの部屋で待っていた、変容した飼い猫――本人は猫だと言い張っているが、グリズリーより大きいトラだ――に驚き、押し倒され、ラードルストルバイアが何とか逃れた性交渉から逃げそびれ……それでも翌日、仕事に向かったのは、彼が真面目だからであろう。
ベルライハはデウデシオンやダグリオライゼと同じ役職の人だ。
で、ジルニオンは今度部屋を出て好き勝手にふらつき、誘拐をしでかしたりして、ざうにゃんともぎもぎを付け狙う人物たちを見つけた。
そこで彼らを付けてゆき、子供二人が泣き叫びながら相手を守ろうとしている心意気が楽しくなり、助けることにした。
ジルニオンは二人を連れて倉庫を出ると、用意しておいたガソリンが大量に積まれたタンクローリーに穴を開けて蹴り倒し滑らせる。倉庫のなかで驚いていた彼らの元に近付く可燃物。指を鳴らして火をともし、二人を連れてまるで飛んでいるかのように跳び上がる。
みるからにまずい形の火柱を上げて吹き飛ぶ倉庫。爆心地から半径数十キロメートルに渡り、震動が感じられたと言われている。
「おい、飯奢ってくれねえか」
「いいよ」
「あっち、あっちに美味しいお店があるよ。エバたんお兄さんと食べに行ったお店が。あ、あてしグレス! グラディウス・オベラ。グレスって呼んでね! 助けてくれてありがとう! ジルお兄さん」
「おれ、ザウディンダル! ざうにゃんでいいよ。助けてくれてありがとう!」
―― その見た目で猫耳猫尻尾って時点で、通常変態を軽く越えてますよ(☆)