、君
藍。海と【01】
 デウデシオンは休暇が終わって仕事にいった。
 ちょっと寂しいけど我慢できるもん! 帰ってきたら、いっぱい甘えてセックスするんだ! 下半身にデウデシオンが埋め込まれると、自分の体じゃなくなるような気がするけれど、それが段々と気持ち良くなるし、デウデシオンもすごい嬉しそうにしてくれるんだ。
 目を開くと見上げたかたちになる、顎から喉にかけての線が格好良いの。デウデシオン、格好良いよ。今日の夜も全部を埋めてくれるんだろな。
 あんまりこればっかり考えてると、胸がどきどきして、お尻のあたりがうずうずしてくるから違うこと考えようっと!
「せっかく人間みたいな形になったんだから、デウデシオンのためになにかしよう!」
 ”家事”ってやつをしてみよう!
「お前がいいかな」
 猫だった頃の俺が乗っていた”掃除機”ってのを使うことにした。
「デウデシオンはここら辺を触って……」

 スイッチ、おん!

※ ※ ※


 ”少女”が住んでいた場所は、インターフォンがなかった。
 どの家にも「こんにちは」と言って、玄関を開けて上がり込んで良い。そんな所で生活していた。そしてこのマンションにもインターフォンはない。だから少女はなにも疑わずに、少女の常識のまま扉をあけた。
「こんにちは。あてし……」
 少女の挨拶は
「うわあああ! 誰かあ!」
 少年の悲鳴によってかき消される。
 少女は持って来た荷物を放り投げ、靴を脱ぎ捨てて悲鳴のする方へ駆けつける。
「どうしたの?」
 少女の目の前には、洋服の裾が掃除機に吸われて困り果てている少年の姿が。
「そ、そうじ! きがあああ!」
「待ってね!」
 少女は掃除機のホース部分を掴み、スイッチを捜して「off」にすることに成功した。音が消えて、吸い込む力がなくなり、少女がヘッドに吸い込まれた服を引っ張る。
「あ、ありがとう!」
 驚きから解放されたザウディンダルは感謝を述べる。
 言われた方は、
「あてしグラディウスです」
 自己紹介をした。
「グラディウス? デウデシオンの兄弟?」
「デウデシオンって人は知らない。あのね……ああ! あそこに!」
 玄関へと戻り、放り出した箱を持ってきた。
「あのね、これ引っ越し蕎麦」
 ザウディンダルはグラディウスに警戒することなく、リビングに通して話を聞くことにした。一人っきりになって寂しいのも理由の一つではあった。
「?」
 リビングテーブルに置かれた「蕎麦」
 蕎麦がなんなのか解らないザウディンダルだが、訪問理由に耳を傾ける。
「引っ越してきたら、近所に配るんだって。あのね、あてしね、一ヶ月くらい前にここに住むことになってね、それでね……あのね」
 要領のよくないグラディウスの説明と、一般的な人間の知識などないザウディンダル。二人の会話は成立はしなかったが、
「よく解らないけど、俺ザウディンダル」
 互いに嫌いになることはなかった。
「じゃ、じゃ……じゃうでぃ? いんでる?」
「ジャウディインディルでもいいよ。ザウでもいいし」
「じゃあ! ”ざうにゃん”って呼んでもいい?」
 ”にゃん”は、猫を指しているのではなく”ちゃん”と言っているつもりなのだが、発音の問題で周囲には”にゃん”と聞こえるのだ
「いいよ。それでさ、蕎麦ってなに?」
 初めて存在を知った”蕎麦”に興味を持つザウディンダルに、箱の蓋を開いて見せながら、
「美味しいお蕎麦だって。とびきり美味しいの買ってもらったんだ!」
 グラディウスは笑顔で説明する。
「へえ。蕎麦って食べ物なんだ」
 ”美味しい”の言葉に、これが食べ物なのだと知ったザウディンダルは顔を近づけて指先で触ってみる。
 乾麺ではなく生タイプ。
「お蕎麦食べたことない?」
「ない」
「あのね、じゃあ。あてし作るよ」
「え! いいの? ……でもさ、キッチン? ってのは使っちゃ駄目だって言われてるから」
「おっさんのお家においでよ」
「おっさん?」
「あてし、おっさんのお家に住んでるの。向かいだよ。いっぱい作るよ!」
「うん!」
 グラディウスは片手で箱を持ち、もう片手でザウディンダルの手を握り、二人は仲良くグラディウスの家へと向かった。
 向かうといっても廊下を挟んだ反対側なのですぐ到着できる。
「俺、他所の家に入るの初めて」
「あてしも、このお家に来てからお友達招待するの初めて!」
 同マンションで、同じ広さで向かい側なのだが、内装はかなり違う。このマンションはフロアを買ってから、部屋を自分の好みで決める造りになっているので同じ部屋は一つとしてない。
「お友達? 俺が」
「駄目?」
「いや。お友達って分かんないけど、どういう物?」
「あのね……一緒にお話したり、遊んだりする人……かな?」
「俺、生まれてすぐだから、分かんないことだらけだけれど、それでもいい?」
「うん! とっても嬉しい!」
 デウデシオンの家は建築家の弟に《モデルルーム》を依頼して、その物の作りになっている。
 グラディウスの家はというと、
「なんかキラキラしているね!」
「うん、きらきらしてんだ」
 西洋貴族の屋敷そのものと言った内装。
 シャンデリアがあり、テーブルの脚は曲線的で彫刻が施されている。
 内装は大理石が多く、
「裸の人だね」
「げーじゅつなんだって」
 古代ギリシアの彫刻なども飾られてた。
「へんなの」
「不思議だよね」
 グラディウスとザウディンダルにはあまり良く解らない世界だった。二人が興味のある世界は、
「お蕎麦つくるね。ざうにゃんは温かいのがいい? 冷たいのがいい?」
「え……」
「じゃあ両方つくるよ。二人で食べよう!」
「おう! グラディウス大好き」
 お蕎麦である。

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