君雪 −2
「王太子の遺体はこれで “全部” か?」
「右脛がまだ見つかってない……諦めるか?」
「もう少し探してみようか。えーと……さすがに此処まで混ざっちまうと、死体判別機でも簡単には判断つかねえなあ」
 議場での大乱闘、積み重なった死体を踏みつけながら交戦に次ぐ交戦の結果、最初に床に捨てられた王太子バーランドゼアスの死体は、蹴られ飛ばされ転がされ、四肢がバラバラになって回収班を多いに悩ませた。

 結局クロトハウセは、ロヴィニア王の懇願により議場に現れた皇帝と、クロトハウセを制止するよう皇帝に命じられたゼンガルセンの二人によって捕らえられた。
 そのまま薬を大量に投与して意識を失ったところで『皇族専用牢』に収監し、皇帝はゼンガルセンと共に謁見の間へと向かう。そこには既に他の三王が待機しており、皇帝が玉座についた後、事の次第を各々に問いただした。
 事態の根本を知らなかったロヴィニア王は、記録に残されている息子の最後の声に涙ぐむも、内容は “殺されても仕方のないもの” ととられても仕方ないものであることは理解した。理解はしたが感情を制御はできない為、クロトハウセを厳罰に処して欲しいと申し出る。
 皇太子の外戚であることを最大限に生かし、
「親王大公の処分は、死刑をも視野に入れていただきたい」
 ロヴィニア王は強く出た。
 テルロバールノル王は『バーランドゼアスにも罪はありますので、極刑は行き過ぎと思います』と皇帝に意見を述べた。
 クロトハウセの実兄であるケシュマリスタ王は『私が親王大公を庇えば、血縁だからと言われるでしょうから、私はバーランドゼアスの発言を記録した証拠を提示するのみで、この件に関しては意見を述べることを差し控えさせていただきます』そうかわした。
 最後のエヴェドリット王は『陛下がお好きなようにお決めください。陛下は肉親であろうが判断を誤るようなお方ではありませんので』と、ゼンガルセンらしからぬ態度でこの問題に関わらない姿勢を見せた。
 四王の意見を聞いた後、
「リスカートーフォンよ」
「なんでございましょうか? 陛下」
 皇帝はゼンガルセンに問う。
「先ほどのロヴィニアの意見を聞いておったであろう? お前は何故あの場にいて混乱を収めようとしなかったのだ。お前の力をもってすれば事態の収拾は簡単とは言わぬが、この結果よりはよい方向で収まったであろう」
 皇帝はゼンガルセンが何故手をこまねいていたのかは理解していた。クロトハウセの罪をより重くして、皇帝のそばから遠ざけようと傍観していたことを。あわよくば極刑を、と考えていることも。ロヴィニア王と同じく極刑を望むが、その感情と、そこから発展する事柄のすべてが違う。
 だがそれは今は水面下にあること。ゼンガルセンを罰するつもりのない皇帝は、ロヴィニア王がクロトハウセの罪と同じく、ゼンガルセンが行動を起こしていなかったことをも批難したので、それの “弁明をさせてやろう” と質問を投げかけた。
「その事ですか。あの時はケネス大君主を守るので精一杯でした。あの場で激昂し逆恨みしたロヴィニア側の者がケネス大君主を害そうとする可能性も捨て切れませんでしたので。何せケネス大君主はバーランドゼアス王太子 “殿下” の言葉を借りますと “本当に愚か” らしいですからな。ご自分が殺されそうになっても解らないかもしれないので、御傍で我が永遠の友をお守りさせていただいておりました」
 いざこざを起こした方が悪いのだと、暴徒の手から大君主を守ってやったのだと、全く表情を変えないでゼンガルセンは言い返す。
「理解したか、ヴェッティンスィアーンよ」
「はい」
 皇帝が “このことに関して” ゼンガルセンを罰する気が全くないことを知り、これはさすがに強くは押せないとクレニハルテミアは引くことにした。
「してヴェッティンスィアーンよ。此処に並べたのは何もクロトハウセ親王大公の罪を裁くだけではない。王太子バーランドゼアスが生前、ケネス大君主に吐いた暴言に関しての処罰を決めるためでもある。それに対しての申し開きは」
「それは……」
「余は罪は罪によって相殺されないという信念を持っておる。クロトハウセの罪はクロトハウセの罪。バーランドゼアスの罪はバーランドゼアスの罪である。殺された方が哀れゆえに罪は不問などという考えはない。言葉語れぬ大君主の代弁者が暴れすぎたのは認めよう。次は死者の言葉を語るがいいヴェッティンスィアーンよ。死者の言葉を紡げ、バーランドゼアス・ディグレンガ・シベール=イベールが何を考え大君主に対し不敬を働いたのか。もしもお前がこの発言において弁護と保身を重ねすぎればどうなるか、解っておるであろうな」

***********

 人気のない宮殿に片隅で、シャタイアスは一人壁に背中を預けつつ腕を組み、何度目かのため息をついていた。
 今回の事件、自分が近くにいればどうにかなったとは言わないが、せめて即死状態になったバーランドゼアスを運び出して蘇生させてやることが出来ていたら……と、何故あの場にいなかったのだろうと後悔をしていた。
 もちろんその後悔は故人となったバーランドゼアスに対する哀れみではなく、彼が暴言を吐いて殺されたせいで前線の間隙が発生する可能性を憂えての思いだ。
 “クロトハウセが軟禁か……前線をどうするつもりだ。次の会戦の帝国軍の総指揮はクロトハウセだろう。今から代理……第三皇子を配置するのか? 出来ないわけじゃないだろうが王妃は心配なされるだろうし、そうなれば時期的に産後の体調回復にも影響がでると医師達も言っていたしな。今生まれるのは王女だから出来れば皇太子の婿として送り込む王子も欲しがるだろうし……絶対ゼンガルセンは産ませるつもりでいるし……ん?”
 最悪帝国軍は出撃しない可能性もある、そうなったとしても帝国騎士は単独で出撃部隊を編成しなければならないので、そうなった場合、それを取りまとめる帝国最強騎士としての仕事の段取りを何度もシミュレートしていた。
 『はあ……戦争しているだけなら幾らでもし続けるのだが』そんな ”エヴェドリットらしい事” 考えている憂鬱な帝国最強騎士の視界に突然飛び込んできたのは、
「どうした? カウタ」
 目にも鮮やかな色彩のカウタマロリオオレト。
 今回の事件はカウタマロリオオレトがあの場にいたことが原因で起こったとも言えなくはないが、それを言及するものは誰もいなかった。
 本人は目の前でバーランドゼアスが殺された後のことは、ほとんど覚えておらずいつも通りの行動をとっているはずなのだが、全くと言って良いほど人気のない宮殿の片隅に包装された箱を持って現れた。
 自分がいなければ迷子になって、また大騒動になるだろうに、なまじ宮殿内部に詳しいから何処にでも行けてしまう……と思いながら声をかけると、
「あっ! レッ君。あのね! ラスにね謝ろうとおもって」
 カウタマロリオオレトにとって最も重要な日常の出来事が返ってきた。
「ん?」
「私がね、勝手にラスのチョコ食べたからラス怒って暴れてバラバラが、バラバラが……」
 泣き崩れるカウタマロリオオレトに、
「バラバラというのはバーランドゼアスのことか?」
「うん」
 “バラバラね……”バ“ と ”ラ“ があっている分、私よりマシか……だが何故かマシなのにマシではない気がする……まあ良いか”
 なんともいえない気分に陥ったレッ君ことシャタイアス=シェバイアス・二十八歳であった。
 カウタマロリオオレトが会いに行った理由は通達されていたので、その手の中にある箱が喧嘩の原因であり、仲直りの “しるし” であることも。何時も食べてしまった菓子と同じものを用意して謝りに行く、その行為の繰り返しでありそれが日常なのだ。
「クロトハウセに会いたいのか?」
 何時もは大君主の言葉に従う者達も、今回ばかりは誰も会いに連れて行ってくれないため、自分で動いた。自分一人で行動することが、どれ程危険で後で騒ぎになるかは[まだはっきりと覚えている]カウタマロリオオレトだが、それを考慮してもどうしてもクロトハウセに会いたく行動に移したのだ。
「うん、会いたいよ。会ってゴメンって言う。そしたらラス、許してくれるはず」
「クロトハウセは元々怒ってないだろうが……会いたいなら連れて行ってやるからついて来いカウタ。先ずは陛下に特別に許可をいただかないとな」
 クロトハウセが監禁されている牢に直接向かっても、途中ロヴィニア王の配下が見張っているため通ることも許可されないのは明らか。牢は偶に『捕らえられているのではなく、中に入れ身を守るもの』と言われるが、今回は本当にそれが当てはまる状態だった。
 もっとも捕らえられている方にしてみれば『見張っているお前達の命を守っている壁だ』と言いきるであろうが。
 カウタマロリオオレトの手を引いて、怒鳴りあいと冷笑が渦巻いているに違いない謁見の間に向かおうとしたシャタイアスに、
「ありがと、レッ君! レッ君、子どもの頃いっつもここで考え事してたから、今ももしかしたらと思ってきたんだ!」
「……ありがとう」
 “まさか覚えているとはな……覚えているのだよな。悪口を言われたことも、いつかは忘れるが理解できないわけではない……あの場に、バーランドゼアスが殺される現場に私がいたとしても、今の事態となんら違わなかった……だろうな”
「何が?」
 人狂わす黄金の髪の隙間から見える、かつての地球を模した蒼と翠の瞳を細めて屈託なく笑う大君主。それを握る手に少し力を込めて足を促す。
「なんでもない」


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