白骨の名を知り給うもの 
「あの、よろしいでしょうか? 副宰相閣下」
「エルイツで良いって。こっちも、国王の前以外はレフィアって呼ばせてもらうし」
「はい。じゃあ、エルイツ。処刑って、何のために?」
 先ほど血の匂いをさせて戻って来た国王。
 人を殺すのが趣味と実益、そして存在価値でありそうな国王なのだが、無作為に人を殺せばベルライハ公から叱責される。そのベルライハ公が話を聞いて、何も言わなかった所から「エヴェドリット王国として正当な理由」があるのは解ったが、それが何なのか? レフィアには解らなかった。
「それね。あの映像、そして脚本、演じている人々、それら全てが処罰対象になるんだよ。サフォント帝は遺言で、異母弟で皇君だったゼルデガラテア大公をモチーフにして作品を作る事を禁じていて、それを破れば厳罰だ。一応エヴェドリット王国も、シュスターの末裔を名乗ってるからそれらの法律を復古させるって事らしい」
 そしてレフィアは最近思う事があった。
 国王のジルニオンはベルライハ公に叱られたくて、無軌道に人を殺しているのではないかと。
「何故?」
 思っていたとしても口には出せないし、ベルライハ公も根は[人殺しのエヴェドリット]なので、ジルニオン王がどれほど人を殺しても叱責止まり。思うだけ無駄なのだろうと考えつつ、自分自身を「平凡な軍人」と思っている戦略の天才は進軍の毎日を過ごしていた。
「一言で表現するなら、相当好きだったらしいぞ弟の事が。良い機会だから、タースルリの真実を教えてやるよ」
「それにしてもエルイツは知識があって」
「あの人の家奴だからな」

 エルイツはレフィアを連れ、ジルニオンの旗艦の私室に向かった。
 この国の最も重要な部分は資料室になどない。存在するとしたら個人の部屋。もっと重要なものは、ほぼ口伝で継承されているらしいが、そこまではエルイツは知らないし、知ろうとは決して思う事はない。
 寛大な主ではあるが、あくまでも王と奴隷の関係。
 賢く、王であるジルニオンの意思を汲み取り、読み辛い感情を察する事の出来る最高の奴隷・家奴である事が重要であり、それ以上のことは決して行わないし、考えることもない。
 大帝国の歴史を表層よりも少しだけ深い所まで知っている彼は、踏み込む事の危険さを誰よりも理解していた。
「んーと……これ、誰か解るか」
 生体コードを読み込ませ、教えてもいい部分までの中にある映像を引き出す。
「ゼルデガラテア大公殿下では?」
 エルイツが引き出した映像は、レフィアの知っている『ゼルデガラテア大公エバカイン』
 短髪とは言え前髪が目の上辺りまであり、有名な琥珀色の両目。
 肌は透き通るように白く、微笑んでいる姿は女性のよう。初の奴隷から皇后となった、彼の名前にも使われているロガにとてもよく似ている映像。その立体映像をエルイツは軽くトントンと叩きながら、
「実はこのゼルデガラテア大公は偽物」
 驚く事を言った。
「え? に、偽者って」
 軍の教科書にも載っている写真が偽者とは普通考えないだろう。
 驚いているレフィアを見ながら、エルイツは話始める。
「このゼルデガラテア大公は、元になった女性を大柄にしただけなんだ。この大公は彼の名前にもあったロガ皇后、彼女の映像を元にして作られた贋作。まあ170少ししかなかった皇后とは体格差が20cmくらいあるから、体格は記録に残っている数値で復元したそうだ」
 言いながらエルイツはロガ皇后の映像をも出した。
「……同じ顔……ですね」
「大帝国じゃあ顔が同じ事は別に珍しくもなんとも無いから、誰も違和感覚えなかったんだろう。それがサフォント帝の狙いでもあったんだろうさ」
「どうしてまたそんな事を」
 何でそんな無意味な事をしたのだろう?
 レフィアは当然の疑問を抱きながら、無理矢理作られた男の映像を眺める。
「サフォント帝はよほどこの大公が気に入っていたらしく、弟が戦死した直後から徐々に弟の映像を消去していった。そして最後に止めの遺言を残した」

− 何時か帝国が滅びた時、焼かれては可哀想だ − 

「とかいう理由らしい。あの絶対零度とまで言われた皇帝が、そんな事を口にしたかどうか? ただ、皇帝の強い意志であった事だけは確か」
 サフォント帝は誰にも気付かれないように、本当にゆっくりと、だが確実に弟の映像を削除し別の物に置き換えていった。
「へえ、でもこれが大公だと思ってました」
 その結果、現在ではサフォント帝の目論見通り、全く違う “映像” がその名と共に残る。
「で、タースルリになるんだが。現在銀河には二種類だけ “本物のゼルデガラテア大公” が残ってる。その一つが、これだ。大公二十三歳、皇帝二十六歳、挙式の記録」
 エルイツは言いながら全く別の映像をレフィアの前に出した。
 原寸大のそれは、伝説の赤い髪の皇帝の隣に立つシャンパンゴールドの礼服を纏った目つきの鋭い男。溢れんばかりのレースが付いた冠を被っている、琥珀色の瞳を持つ[男性]
「挙式だから残ってるんですか?」
 その映像を見上げながら、レフィアは息を飲んだ。
 感動からではなく、二人とも迫力があるのだ。
「違う。挙式も全部編集されて、公式映像にすら残されていなかった。この映像、不思議な事に二人の視線がカメラに向いているだろう?」
 さすがエヴェドリット王国をも支配下においていた「帝国」の支配者とその配偶者、そう感じさせるほどの威厳と迫力。
「そうですね。……見上げているような感じですか」
 その映像は二人で見上げている物で、両者共微笑んでいるようにレフィアには見て取れた。
 ゼルデガラテア大公は顔すら本物を知らなかったレフィアだが、サフォント帝のことは知っている。殆どの者は彼が笑っている姿を見た事がなかったと聞いていた。
 声を出して笑った事はあったが、それはあくまでも威嚇するような笑いだけであって(有名なのはゼンガルセン王の叙爵式)決して穏やかに微笑んだりするような人ではなかった。
 顔が動かないのではないかと言われた程。
「この映像は、頭上を飛行していた、記録にない船に残されてたものだ」
「?」
「サフォント帝から六代程下った時代のことだ。辺境探査の者達が、とある惑星に降り立った。その惑星、天然で人が生活できる環境に野生動物も確認できたんだが、先客がいた。その先客が問題だった。白骨化した男性の遺体が寄り添うように並んでいた。その遺体を取り囲むように咲いていたのが白い秋桜」
 男達の白骨は人間の形状を保ったままであった。
 その惑星には獣もいれば鳥もいた。そんな状況であれば、肉を食われ死体はバラバラになるのだが、彼等には守護するものが存在していたらしい。
 調査隊が入った頃には既に動く事がなくなった、四足のロボット。
 かつては何かを被せていただろうそのロボットが、彼等の死体を守り続けていたのだと推察された。そうでなければこれ程完全に人間の形を持ったまま白骨化などしない。
 朽ちゆく二つの死体を守り、地に還るのを見守ったロボット。その製作者もまた不明である。
 動く事はなくなり、赤い目だけが点滅してそれでも白骨を守っていたそれは、二つの遺体が埋葬される時に共に葬られた。
「白い秋桜って、皇族の花ですよね?」
「そう。自生でも白い秋桜が咲いていて、この穏やかな環境なら皇帝に献上するに相応しいだろうと皆考えた。それで自生していた白い秋桜を調べた。天然ものだったら、新しい皇帝の株として登録できるだろうと考えてのことだったんだが……前に登録者があった」
「サフォント帝? ですか?」
 普通に考えればレフィアと同じ答えになるのだが、エルイツは首を振り、
「違う、それより一代前のクロトロリア帝。サフォント帝とゼルデガラテア大公の父親として名を残すだけの、どんな人物なのかも良く解らない男。彼の御世の秋桜だった」
 違う皇帝の名を口にした。
 サフォント帝の父親に当たるクロトロリア帝は、長い帝国の歴史の中で埋没してしまっており、殆どの者は詳細どころか大まかな事すら知らない。
「ですが皇帝陛下の御成婚式の映像を上空から撮影できた人達ですから、記録は残ってますよね。映像は消去されたとしても」
「ところが残っていない。彼等の貨物船は……まあこれは、帝星製でサフォント帝の代に入ってから作られたものだとは調べられているが、購入者は全員身元がはっきりとしている。墓に入ったところまで、確りと確認されているのにも関わらず」
 何故か時代が前後する、不思議な組み合わせ。
「彼等の登録情報は?」
「登録されていなかった。よって奴隷という判断が下された」
「奴隷?! サフォント帝は生前は奴隷に対して全く」
「そう、表面上は奴隷を一切無視した政策を取り続けた方だった。奴隷如きに己の式典の映像を撮影させるとは、到底思えない」
 サフォント帝は死後、奴隷の地位や学識向上に心を砕いていたと知られたが、在位中・生存中は奴隷を排除するかのような姿勢を見せて、それを貫き通した皇帝。
 一つの例外も無いその皇帝が、挙式を撮影させたとはと考えにくい。
「知らないうちに撮影された? ……そんな訳ないですよね、警備が杜撰だったとは考え辛いですし」
 国王に対しての警備が甘くない事は、軍人であるレフィアは良く知っている。
 尤も、現在の国王はちょっと目を離した隙に、その類い稀な身体能力を生かして消えていなくなって、警備達が青い顔になり、無事戻って来た後にベルライハ公が怒鳴りつけるのがお決まりになっているのだが、それはあくまでも例外中の例外。
「ああ、この大名君が警備の穴を見過ごすとは思えない。それに、何よりサフォント帝は、この男二人が映像を持っている事を知っていた可能性が高い。いや、間違いなく知っていただろうな」
「どうして?」
「タースルリって解るか?」
「サフォント帝の詩集のタイトルですよね」
「そう。それを付けた当時は、誰も意味が解らなかった。名字としては存在していたが、サフォント帝の周囲には誰も居なかった。それが判明したんだ、白い秋桜と共に。彼等が乗っていた宇宙船こそ、タースルリ。登録されていない宇宙貨物船の船体に書かれていたタースルリと。登録されていない非認可の貨物船の名を何故サフォント帝が知っているのか? そして彼等が何故この映像を持っているのか? 謎のままだ」
「それで、タースルリって神の残映って意味になったんですか」
「その通り。その惑星は当初の予定通り皇帝に献上されて、手付かずにされていたが、銀河大帝国が崩壊した際に破壊されて終った。中々遊びのある皇帝だったらしいよな、サフォント帝は。タースルリの最後、何て書いてるか知ってるか?」
「いいえ」
「軍人には必要ないだろからな。タースリルの〆は『その白骨の名を知り給う者は貴方』だ」
「その貴方って誰なんでしょうね?」
「貴方と呼びかけているから近しい人なんだろうが、誰なのかは判明していない」
「謎ですね」
「謎だなあ」
「でも、この人が……サフォント帝の……かあ」
「想像してたより、ずっと男らしいだろ? 男皇帝の配偶者にされたって事実と、ロガ皇后に似た瞳と似たような髪質だと噂が残っていただけで、美女皇后ロガの顔を元に作らせてごまかした訳だが、実際は普通の男だろ」
「はい。陛下や大元帥の方が、よほど……」
「ウチの陛下は完全にケシュマリスタ顔だからな……あ、まてこれだ、コイツがさっき陛下が言ってたクロトハウセ親王大公の恋人になる、ケネス大君主だろう。着衣からして、この当時はまだケシュマリスタ王だろうな。で、隣に立ってるのが多分クロトハウセとかいう親王大公だろう」
 映像をその人物に寄せてゆくと、純白を多く使ったの軍服を着用し、前髪を全て上げている黒髪の軍人然としている男に腰に手を添えて支えられるようにして立っている金髪の国王が確認できた。
「確かに似てますね。……同じ顔かもしれませんが、随分と雰囲気違いますねえ。こう、儚そうっていうか、何か違います。体格でしょうかねえ。隣に立たれて支えてらっしゃる、多分クロトハウセ親王大公って人は、本当に軍人ですね。ジルニオン王やベルライハ大元帥で軍人は見慣れてますが、この方も軍人として立派な方だったんでしょうね」
 軍事国家の最高の軍人の傍で働いているレフィアから見ても、ケネス大君主の隣に立つ軍人は、その風格を確かに湛えていた。
「あんなのがそうそう居たら困るだろ。因みに大元帥殿下は若干ロヴィニアとテルロバールノルが混じってるが、大きくみれば整ったケシュマリスタ系だから、正直このゼルデガラテア大公よりはよほど綺麗だ。そうそう、ゼルデガラテア大公は性格は良かったらしいが」
 映像を縮小し、ポンポンとエルイツは顔の辺りを叩く。
「“いい性格” ……ですか?」
 その言葉に、ついついレフィアは眉を寄せて聞き返してしまった。
「いや、言いたい事は解るけどな、この凛々しくキリリとした隙の無さそうな表情から察すれば “イイ性格” してそうだが、本当に “お優しい性格” だったらしいぞ」
「そうなんですか」
「ま、同時代にサフォント帝やハウファータアウテヌス王、ゼンガルセン王がいたんだから、多少キツイ性格でも “御優しく” 見えただろうよ。そうそう残る一つなんだが……そろそろテクスタード王子が持って帰ってきてくれんじゃないか? 確かこの国で最も厳重な金庫の中にしまわれている筈だ」


ロガ皇后の容姿をある程度引き継いだゼルデガラテア大公。彼だけがロガ皇后の容姿遺伝子を引き継いでいた為、彼以降 ”あの琥珀の瞳” を持って生まれてくる者はなかった。


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