PASTORAL −77
 『エバカインは控え目ゆえに、十人も侍らせれば後は無用であろう』
 優しい兄上は、エバカイン用に女を千人ほど準備しておいた……わけではない。勿論それが最も重要な目的であったが、その他にも理由があった。
 今回の皇帝の影の命令により、戦争で軍律違反を犯した形となる『彼女達』に褒美として与える為にも準備しておいたのだ。
 命令違反を仕出かした部下に、宮殿に戻ってから褒美を与えたのでは少々問題となるが、帰還中に「ゼルデガラテア大公が余した女を貰い受けた」のであれば、身分から云ってもそれほど不思議がられない。
 エバカインの残りをクロトハウセに回すが、彼には必要ないので必然的に部下に回される……といった仕組みだ。
 表面上はエバカインのお誕生日用、実際は彼女達用。要するにそっち方面の女性を多数だが、彼女達には言い聞かせてある。「先にゼルデガラテア大公がお選びになるゆえに、その際は心してご奉仕するように」と。
 結果として、エバカインは『要りません』となり、四人で千人を分けるのだが「一人に二百五十人」といっても好みやら、なにやらがあって……
「だから、喧嘩なんてするなって言ってるだろうが!」
 好みが被れば取り合うのが人の世の常。
「ああ、もう! 女なんて嫌いだ!」
 クロトハウセは女嫌いになっていった。元からソレっぽいので、その発言を聞いても誰も何とも思わなかった。クロトハウセの名誉の為に言っておけば、クロトハウセは女性に対して嫌悪感などない。ただ、男が性的に好きなだけである。
 クロトハウセの容姿は典型的な同性愛者になる要素が強かったため、両親も彼がそっちの道に進んでも口をはさまなかった。「皇族の血を引いて、皇帝眼で黒髪の男児にして軍人」これだけ揃っていれば、三分の一以上は同性愛者になる。
 クロトハウセの場合、厳密にはリスカートーフォン型の黒髪なのだが、黒髪は一律その容姿に組み入れられる。
 「皇帝眼で黒髪」は初代皇帝の容姿で、この特徴的な初代皇帝の容姿(特に瞳の色合い)を引き継ごうと相当に遺伝子に手を加えた。
 その代償なのか、この容姿を受け継いだ男性の多くは『初代皇帝の叶わなかった恋』を成就させたいという思いまで引き継いでしまい、高確率でケシュマリスタ系の男性に恋をする。
 ケシュマリスタ系とは「柔らかな波打つ金髪と線の細めな体つき」顔は言うまでもなく、最も女性的であり美しい。現在のケスヴァーンターン公爵ことカウタは、見事にこの容姿を受け継いでいる。それだけは見事なのだが、それ以外は……。
 カウタの容姿は全体的に春の木漏れ日のような優しさで、一般階級から見れば「氷の美貌」と言われているエバカインとは正反対に位置する。
 中身は同じようなモンなのだが、そこら辺は庶民にはわからない。因みに「氷の美貌」と言われているエバカイン本人は、自分がそんな呼ばれ方をしているなど全く知らない。聞いたとしても、違う誰かだろうと通り過ぎるくらいに自覚はない。
 サフォント帝の容姿が不思議であり、強烈な違和感を人に与えるのは、この遺伝子操作の弊害だ。
 彼等は自分達の一族の特徴を組み込み、それが強く出るようにした。そのうえ四代公爵と皇族とで結婚を繰り返すので、偶に遺伝子が喧嘩して顔全体が纏まらない人が現れるようになった。パーツ自体は整いきっているのだが、調和がない。
 サフォント帝は輪郭が皇族の男型、目の形がエヴェドリット男型、鼻がテルロバールノル男型、口がロヴィニア男型、眉がケシュマリスタ女型の特徴を完全に兼ね備えている”せい”で、整っていても全く調和しない。四大公爵の足並みと同じ事らしい。
 よく表現すれば『全ての王家の血を引いている皇帝』とも言えなくはないが……。
 そんな顔面不協和音を奏でる整ったお顔立ちの兄上の元に、クロトハウセはお礼を言いに向かった。
 レズ大公様方がやっと無事に分け終えて、女性達と楽しい時間を過ごすようになってから『自分が貰った形』になっている女性達についてお礼を言いに行くのだ。
 彼女たちは宮殿に戻った後、暫くは蟄居を命ぜられて其方の関係も控える生活が続く。対するクロトハウセは栄達して多少のハメを外しても大目に見てもらえるので、今の所は何もしない。
「お礼の挨拶に参りました」
 儀礼といえば儀礼なのだが、兄弟仲の良い二人にとって儀礼でも会話できるのは楽しい時間だ。
「参ったか。多少の諍いはあったようだが、何とかなったようだな」
「はい」
 その代償としてクロトハウセは少し女嫌いになりましたが、クロトハウセが「女嫌いなホモ」であろうが「ホモだが女嫌いでは無い」であろうが、全宇宙的事実だけで見ればクロトハウセはクロトハウセなわけで、あまり重要な問題ではないので”多少の諍い”で事は済んでしまうのだ。
 大局に視線を置くご兄弟は、仲良く今後の対応策をお話中。サフォント帝は基本的に平等がモットーなので、兄弟にも同じだけの時間を割く。
 二人で仲良く酒を飲みながら暫く話を続け、
「それはそうとクロトハウセ。エバカイン、次は一年後に“ゼンガルセン”につけてやる事にしておる。“居れば”の話ではあるが」
 サフォント帝はグラスを置き腕を組みつつ、クロトハウセに告げた。
 ”一年後に居れば” 即ち、
「居りますでしょうよ。とても負けるような男には思えません。シャタイアスも付いておりますし……今すぐにでも動くつもりでしょうね」
 ゼンガルセンが遂に『王位簒奪に向けて動く』という事。
「祝いの品に赤い戦艦ときた。元々それを隠れ蓑にして戦力を増強しておったのであろう。主がエバカインに与えた領地に艦隊を移動させる途中、リスカートーフォンの本星(王国首都惑星)がある。あの男と話し合ったわけでもなかろうが、連携の取れた“贈物”であったな」
 ゼンガルセンはエバカインに艦隊を贈った。その贈物の中に、彼がイネス公爵家の処分を任された際に受け取った奴隷まで含めていた。
 エバカインは今まで宮中公爵であって、大公としては手持ちの奴隷が少ない。その為ゼンガルセンは態々イネス公爵家の奴隷を、戦艦が扱えるように仕立てて贈ると申し出てきたのだ。
 奴隷の別支配星系間の移動は皇帝か王の許可が必要である。実際ゼンガルセンが、ケシュマリスタのイネスの奴隷を貰った際に許可を出したのは皇帝。
 それを再び『ゼルデガラテア大公殿下の誕生日に贈りたい』と皇帝に申し出てきた。
 表面的には『元々はイネス公爵家縁の皇子ですから、元の持ち主に返すだけです。大公の財産にはイネスから没収した財産も含まれてますので、お返しするだけですよ』その言葉に皇帝は許可を与えた。
 だが本当に、その戦艦に乗っているのが『イネスの奴隷』なのか?
「連携など。私は兄上に相応しいと思い贈らせて頂いただけでして。あの男が勝手にそれに乗ったまでの事」
 誰も乗っている者が『イネスの奴隷』などとは思ってはいない。
 その戦艦に搭乗しているのは、間違いなくゼンガルセンの部下。戦艦に自らの部下を乗せ『大公殿下に贈物を届ける』という名目で、エバカインの領地に向かう。
 その途中にあるのが、リスカートーフォンの本星。即ち、王が住む城。
 危機感の無いゼンガルセンの父親は、息子が大公に贈物として戦艦を届けるという言葉を鵜呑みにして、本星の傍を通行させる。
「では、そうしておこう。それにしても“あれ”の欲のなさのお陰で余の戦歴が“ガーナイム”を遙かに上回ったのも大きい。もう一押しくらいせねば動かぬと考えておったが、お陰で少々此方の動きを早める必要がでてきた。それもエバカインの言葉で上手くいくであろう。余がエバカインと共に宮殿を空けた際は任せたぞ。委細は語らぬ、主の考えた通りにせよ」
 その本星からみて最も近いエバカインの領地惑星を贈ったのがクロトハウセ。
「御意。それにしても兄上の誕生日をこのような事に使って、非常に心苦しく……」
「そう気にするな。あれの寛大さに甘えておるのは余も同じ事。事態が収拾した所で説明をする」
 ゼンガルセンを王にする為に七年近くかけ、色々な事が水面下で行われていた。その中に、「エバカインが破婚して皇族に復帰する」などなかった為、色々と行き違いが……まあ行き違いだらけなので、この際一つや二つの行き違いが増えた所でそれ程大変ではなないのだが。
「ですがこのクロトハウセ、本心より兄上の事を」
「解っておる。それはあれにも通じておろう」
「それにあの男が望みの地位に就けば、余が命じてあれと共に帝星に残ることも出来る。今は気楽な第二王子だが、公爵ともなれば自由に戦争に出られぬ。そうなればやっと主に全権を預けてやれるなクロトハウセ。その際は主とエバカインの二人が指揮官だ。エバカインには皇君権限で相当数の軍を率いらせてやれるし、主達ならば仲違いせずに指揮できるであろう」
 皇帝の正配偶者には基本的に「帝国軍の二割」を指揮する権限が与えられる。(一人に対して二割ではなく、全員に対して二割)
 普通は後継者問題の絡みで前線に出てくる事のない「皇帝の配偶者」だが、エバカインは後継者を産むも何もないので、その権限をフルに使う事が出来る事となるのだ。二割の全てを使う為には、他の妃からの委任状が必要となるが、それはサフォント帝の一言で解決できる。
 そして、元帥であるクロトハウセは「帝国軍の三割」までなら指揮できることとなり、両者を指揮官として“親征”と同規模の戦争を行う事が出来る。普通は総指揮官を二人置く事は無いが、
「このクロトハウセ! 必ずやロガ兄をお守りいたします」
 クロトハウセはこの通り、エバカインにかなり勝手に忠誠を誓っているので、先ず問題はない。
「それでは思う存分戦えぬのではないか?」
 精々問題なのは、兄上大事で戦争に負けそうになる可能性だけだ……一番問題なのだが、それは言うまい。

 クロトハウセが退出した後、グラスを傾けつつ『もう少し会話する機会を与え、双方の意思の伝達を円滑にしてやらねばな』銀河帝国皇帝は、兄弟間の行き違いにも細心の注意を払う。

……ご自分の行き違いは……


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.